導かれるままに(K)
「この箱って、どう使うんですか?」
学長の半歩後ろを歩きながら、渡された“ツール”を掲げて言う。
「それはね、側面にボタンがあるじゃろ? それを押しながら箱を開けるんじゃよ。するとね、中に説明が全部書いておる」
「あっ、そうなんですか……」
あー、聞いて損した。学長に聞かなくてもわかるじゃんこれ。
ここは話を変えよう。
「ところで、えーっと、これから会う人って、どういう人なんですか?」
その問いに対して、学長はこちらに視線を向けて言った。
「そうか。ハドアくんは、これから会うのが人だと思っているのか」
「また、ルダさんみたいな感じのなんですか?」
「ふっふ。いいや、ルダも、顔はあれでもほとんど人のようなものだよ」
あれ、なんか嫌な予感がする。
さっきザナキやら龍やらと言われたことを含めると、これから向かう所はとんでもない人外魔境であったりしないだろうか。
大丈夫かな。ちょっと足が震えてきた。武者震いではない。
「そう怖がるものではないぞ。そこに辿り着くまでは色々あるかもしれんがな」
その“色々”とやらが怖いんだろうが!
「龍とか出るっていうのは、本当なんですかね?」
「ああ、勿論だとも。ハドアくんも本で読んだことはないかい?」
本当にいるのかよ。
「そりゃ、フィクションでならありますけど」
「フィクションに出てくる動物のほとんどは、本当は実在するものなんだよ」
……この台詞、学長以外が言っていたら「何言ってんだこのおっさん」で済ますところだぞこれ。
「ってことは、ミノタウロスとかエルフとかもいるんですか?」
「そうとも。ミノタウロスみたいに、上下で別々の体構造を持ち合わせた動物は非常に珍しいがね。でも、いるんじゃよ。エルフは……、今はいないじゃろう。少なくとも学園周辺で見たことはないな」
「絶滅したんですか?」
「いや、そうではない。エルフは人間との近縁種だからね。互いに生殖できるんだ。それで、大昔はエルフもいたみたいだが、人間と同一化してしまったね。ここより木々の多い南の地方に行けば、まだ残っているかもしれないが」
「ちょっと見てみたいですね。生エルフ」
「ははは、そうか。勉学というのは、そのような純粋な好奇心を深めたものだよ。この騒動が終わったら、南方へ移住してみるとよい。きっと良い経験になる」
「エルフって、やっぱり魔法使えるんですか?」
「うむ。人の扱える魔力が、植物が作り出した生体魔力だけというのは知っているね?」
「ええ、はい」
この前アーカブ教授から聞いたばかりの話だからな。
「エルフは森林だらけの土地で暮らしてきた種だから、魔力を扱えるんじゃよ」
あれ? これってつまり、人間は魔法が使えなかったってことなのか?
「人間は魔法が使えなかったんですか?」
「優秀だ。エルフと人間の血が混じる以前、この土地の住民は魔法が使えなかったんじゃ。魔法の扱いに個人差が出てしまうのも、それが原因じゃ。古い記述によると、エルフはどの個体も平等に魔法が上手かったという。だからつまり、ハドアくんも他の子と比べるとエルフの血が濃いというわけじゃな」
「へぇ~。なんだかエルフに親近感が湧いてきましたね」
「そうじゃろうそうじゃろう。アーカブ教授ならもっと詳しいかもしれんな。学園に戻ったら聞いてみると良い」
ああ、結局アーカブ教授に戻るのか。
「おっと。楽しい話もここまでじゃ」
突然学長はそう言って、俺が歩くのを手で制止した。
「あれ? 着いたんですか?」
まだ明らかに道の途中だ。もしかしてさっきみたいに中身の見えない結界でも張っているのか?
「今流れてる圧、感じ取れるかな?」
圧? 言われてみれば微かにあるようにも感じるが、特に感じ取れやしない。というか、さっきのウィガロさん宅の方が圧があった気がするけど。
「分かりません」
「うむ。人間が感じ取れる魔力は、天然魔力、生体魔力、体系魔力の三種だけなんじゃ。つまり、今は別の魔力が流れてきているということになるのぉ」
改めて嫌な予感がする。
「ぐ、具体的には……?」
「高次魔力の一種じゃな」
「高次魔力? そんなのもあるんですか?」
「うむ。普通の生き物には扱うことのできない魔力のことじゃ」
「龍とか、ですか? それともザナキが?」
「さあ、何が出るかは分からないね。吉と出るか凶と出るか。どちらにしても、友人の家の近くで野放しにはできない」
「じゃあ、行くしかないんですか?」
「うむ」
ああ、なんてこった。
学長、ほんとに守ってくれんのかなぁ。ちょっと心配。ハドアくんも戦ってとか言われそうだ。
「圧はこっちから来ているね。ちょっと林に入っちゃうけど、大丈夫かな?」
「ええ、まあ。というか、圧の方向が分かるんですか?」
普通はセンサーを使わなきゃ分からないはずだけど。
「慣れれば分かるもんだよ。ワシは何回圧を浴びてきたか分からんからね」
はぁ~、すっごい。
そうして学長の後ろを歩いて、ひたすら林の中を進んで行った。
「そろそろじゃな。ここからはもう少し、ワシの近くに寄ってくれんか? 狭域結界をかける」
「はい。分かりました」
接近しても姿が見えないってことは、少なくとも龍ではないってことだ。一安心。
そのままもうしばらく歩いた頃、
「ん? もしやあれかな?」
そう学長が言った。
学長が向いている方向を見ると、オレンジ色の仄かな光が見えた。
ここに来ても、俺は圧を感じられない。学長は圧を感じているんだろうか。というか学長って何者だよほんとに。
学長が光の下に走りよると、少し嬉しそうに言った。
「すごいものが見つかったよ。ハドアくん。早くこっちに来るんだ」
走りよって近くで見ると、それがウサギの死体であることが分かった。腹の傷が死因の様だ。
「ウサギの死体? これが凄いんですか?」
「凄いかどうかは、調べなければ分からないんけどね。宝玉の様に特殊な性質を持ったものを、オラクルと言うんだが、これもその一種なんだよ」
「こんなウサギの死体がですか?」
「オラクルっていうのはね、高次魔力版のアギラってところだね。高次魔力が異常に宿ってしまったんだよ。これもアギラと同様、原因は分からない。でもとにかく、このウサギの死体は、今を持って、何らかの特殊な性質を持ち合わせてしまったことになる。しばらく眺めていれば、『適格者を探す者』が出てくるかもしれないね」
「でも死体ってことは、腐るんじゃあ……?」
「うむ、間違いなくそうだろう。冷凍保存しておくしかないね。可哀想だけど」
そう言って学長は嬉しそうに笑った。




