圧(K)
あけおめな季節に投稿です。
凄まじい圧。きっとエレナや寮長にも届いただろう。
俺は落としていた視線を上げ、再度黒ずくめの人物を確認すると、そいつは再び周囲を警戒し始めた。
まずい! そう思ったのも束の間、そいつは突然黒い球のような姿になると、そのまま段々と小さくなり、やがて目に見えなくなった。
なんだあの消え方は。魔法には見えなかった。
転移魔法であれば、術者と転移者を同時にこなすことはできない。つまり、一人で転移魔法を使って移動する場合には、魔法陣なんかを利用する必要があるというわけだ。だが、さっき魔法陣は一切見えなかった。なのにあいつは消えた。なんでだ?
見てはいけないものを見てしまったような気分だ。などと思っていると、今度は背後から強烈な圧が発せられた。驚いて振り向くと、俺の後ろの地面には魔法陣が展開されていた。
俺はすぐにわかった。この魔法陣はヴァイオレットが消えるときに使っていた奴だ。あんな特徴的なシーンを2回も見せられたんだ。間違いない。
俺が魔法陣を見つめていると、途端に、魔法陣から閃光が発せられた。
この近距離、最悪失明するぞと内心怒りながら、再度魔法陣のあった方向を確認すると、美しい紫の少女が立っていた。やはりヴァイオレットだった。
「今日は何の用かな?」
「唐突で申し訳ありませんが、先ほどの人物を見ましたか?」
「おいおいまずは挨拶が先だろ、お嬢ちゃん。それにその質問。まるで怪盗を追いかける刑事だ」
「えーと…… こんにちは、適格者。あの、それで、質問ですが」
「はいはい、見たよ。あの黒服で紅い目の奴だろ?」
そう投げやりに返すと、彼女は小さく「はい」とだけ答えた。
あの黒ずくめ、ヴァイオレットとは毛色が違うし、たぶん敵対関係だろうな。でも一応聞いてみるか。
「それで、あいつがどうかしたのか? 知り合いか?」
その質問に対して彼女ははっきり「いいえ」と否定し、続けて言った。
「ですが、あの人物には警戒してください。見かけても、近づいたりしないでください」
「と言われてもだな。第一、お前自体信用できるわけじゃないしな」
「……ですが、あの人物には警戒すべきです」
「あのな。信用できん奴に警告されても、困るんだ。俺からすれば、実はあいつはスゲーいい奴で、お前が嘘をついてる可能性だってあるわけだからな」
そう言うと、彼女は数秒間黙考したのち、「では、どうすれば信用して頂けますか」と呟いた。
「うーん、そうだな」
何が一番効果的だろうか。
暫く行動を共にするか? いや、それは危険だな。じゃあ色々質問してみるか? いや、これも駄目だ。質問事項が少なすぎる。だとすれば他には何が…… ああ、とってもいい手があるじゃないか。
「俺に着いてこい。そこで俺の信用を勝ち取れば、あの黒ずくめを見かけても放っておいてやる。……もし無理だったら、その時はお前とは二度と関わらない」
「……はい」
彼女の返答を聞いてすぐ、手を引っ張って馬車の方へと向かう。エレナ達にはどう言われるか分からんが、俺の保身のためだ。仕方ない。
「ハドア!? それ誘拐?」
「おいおい。あの林から女の子連れてきたら、普通は迷子ちゃんだと思わないか?」
「でもハドアって普通じゃないとこあるしぃー?」
「あのなぁ……」
エレナはさして疑っている様子はないが、寮長はそうでもないらしい。俺を怪訝そうに見ているのが、わき目でもよく分かる。
「ハドア君。その少女は、先の圧と何か関係があるのかな?」
「さて、どうでしょう。とにかく、学園に連れて行ってもらえませんか?」
「まずは質問に答えてもらえるかな」
寮長はいつになく鋭い眼差しで、立て続けに言った。
「最近、強い圧を感じることが多いけど、ほとんど私が管理する寮内で発生しているね。最初、空の魔法陣が動いたとき、学園に居なかった学生は君とムルフッフ君だけだ。それ以外の子からは外出申請を貰ってない。それから君と行ったサップーケでの出来事。私から見れば、ハドア君が一番疑わしい」
これは、困ったな。確かに、寮長から見ればそう映るはずだ。俺が適格者だって知ってるのは学長とエレナとワイナードだけ。サップーケでの出来事を体験した学園関係者は寮長だけ。これでは疑われても仕方ない。おまけに寮長は、紅い眼の人物が圧を発する姿を目撃している。
これは、困った。どう返せばいいかな。いや、ここは正直に言おう。
「寮長はさっき、何回圧を感じましたか?」
「2回、感じたね」
「その内1回、後に起こった方が、この少女によるものです」
「じゃあ、最初に起こった方は?」
「それは、知りません。この少女でないことは確かです」
「ふうん。じゃあ、私の寮で起こった圧は? それもその子かい?」
「はい、その通りです」
「そうか。じゃあ、何のためにその子を学園に連れて行きたいのかな」
「……学長と、会わせるためです」
言うべきかは迷ったが、言わなきゃ埒が明かないと思った。
「その子は、あんな凄まじい圧を発せられるほどだ。そんな危険因子を、学園に連れて行こうだなんて、ましてや学長と直接合わせるだなんて、それはちょっと無理があるんじゃないかな?」
確かに、そうだ。だけどここで下がるわけにはいかない。
これはチャンスだ。俺からヴァイオレットに会うことはできない。ここでヴァイオレットを逃がすと、もしかしたら、次会うときは学長が不在の時かもしれない。学長と会わせられるこのチャンスを、易々と逃すわけにはいかない。
「寮長が何と言おうと、連れて行きます。いっそ馬車に乗せてくれなくても、歩いていきます」
「……わかった。馬車に乗っていくといい。その代わり、もしその子が何かしようとしたら、すぐに降ろすからね」
「はい! ありがとうございます!」
寮長はにっこりと作り笑いして、馬車の操縦席に乗った。
「じゃあ、私たちも乗ろっか」
「ああ、そうだな」
ヴァイオレットの手を引っ張って、馬車に乗せる。まるで誘拐犯だが、まあ仕方ない。
俺たちは再度沈黙に浸ったまま、学園までの道のりを耐え抜いた。
「やっと、着いたな」
馬車を降りてエレナに言う。
さあ、学長との三者面談といこうか。
「じゃ、学長室、行こっか」
突然エレナはそう言った。コイツも着いてくる気なのか?
「なんでお前まで。お前も俺のこと疑ってんのか?」
「疑ってないけど、心配だもん」
ああ、そっか。コイツはそういう奴だ。コイツは俺のすることを疑ったりはしない。だけど、何をするにしてもすぐ心配してきやがる。そういう奴だ。
俺は幼馴染に、皮肉を込めてこう言った。
「お前は心配性だもんな」
そう言うと、エレナは笑顔で口を開いた。
「やっと分かってくれましたか」
「いいや。ずっと、わかってたよ」




