水牛BATTLE GROUND(O)
一体の水牛が鼻から蒸気を出しながらこちらへと走ってくる。
奴の形相に恐怖を感じてはいけない。可愛い乳牛だとでも思ってしまえ。
俺は心を鬼にして叫んだ。
「たかがA級レベルの乳牛があああああ!」
ンモオオオオオオオオオ
俺の叫びに呼応するように、水牛はけたたましい雄叫びを上げる。いや、あれは乳牛の可愛らしい鳴き声だ。
俺は立ち止まり、右手の魔法銃を確りと握り締め、左手の平を水牛に向ける。
「オラよっと!」
掛け声と共に、揺らめく火球を放つ。火球は水牛目掛けて飛んでいく。
だが、火球は水牛に当てるためのものではない。火球は水牛の目の前で幾つにも分散し、水牛を覆い尽くす。
よし、水牛がよろめいている今がチャンスだ。
俺は魔法銃を水牛に向けて構え、引き金を引く。
大きな反動と、僅かな破裂音と共に発せられた銃弾は、素早く、水牛の左肩に命中した。
よっしゃ!
普段の射撃訓練であれば、こう上手く当たることはない。それなのに一発で弾が当たるという、この奇跡的事例に、俺は内心ほくそ笑んだ。
水牛の左肩からは血が噴射し、水牛は自らの勢いのあまり転倒する。
「アギラといえど所詮は動物。こうして身動きできない姿を見ると、少し可哀想になってくるな」
もう楽にしてやろう。
水牛は立ち上がろうにも立ち上がれず、魔法を使おうにも傷口から魔力が漏れ出し、最早何もできない状態であるらしい。段々と細身になっていくような気さえする。
もしかしたら、魔力で筋力を増強してたのかもな。だとしたら流石はA級。でも、あれは放っておいても死ぬだろう。
エレナと寮長は大丈夫かな?
突発的に、真後ろから結構な圧が来たのが分かった。俺はその圧の方向を確かめた。
「わー、すげーや」
水牛が空に浮いている。そして、すぐに地面に落ちる。
「あのエグイ戦い方、絶対エレナだな」
アイツ、手抜かりないからな。
そう言えば、寮長は二体を相手にするとか言ってたな。援護しに行こう。
度々発せられる圧を元に、寮長がいるであろう方へ向かう。
圧が近くで感じ取れる位置に来ると、周りの木々が薙ぎ倒されているのを発見した。その近くで水牛が一体倒れている。
前方を見やると、寮長と水牛が交戦しているのが見えた。
寮長は両手を地面につけた後、スッと立ち上がる。すると、寮長の足元に魔法陣が形成される。
突如、その魔法陣を中心にして、周囲に凄まじい風圧が発せられた。
「寮長おおおおおおお!」
俺までもが、その衝撃に吹き飛ばされた。結構な距離があった筈だが、大いに吹き飛ばされ、背中と尻を強く打ち付けた。
倒れたまま視線を寮長に戻すと、周辺の木々が全て薙ぎ倒されていた。近くに居たら死んでいただろう。
にしてもなんだあの力技は。もっとマシな技は無かったのか。まあ、勝手に来たのは俺の方だが。
寮長の動きに警戒しつつ、先ほど立っていた場所まで戻る。するとどうだ。寮長は地雷を仕掛けているではないか。水牛を遠ざけるためだけに、わざわざあんな大げさな魔法を使ったのか。なんてこった。
寮長は格好良さげなポーズで手拍子などを決めながら、「やーいやーい」と水牛を挑発した。
「ガキかよ、あの挑発」
だがその挑発に釣られた水牛は、見事地雷を踏み抜き、爆散した。
寮長の決着はついたな。
エレナは大丈夫かな、などと思っていると、丁度後ろからエレナが歩いてきた。
「魔法銃ちゃんと使えた?」
「おう! 一発でズドゥブーンだったぞ」
「なにそれ。絶対ウソ」
「それが本当なんだよね〜」
「二人ともお疲れさん! なかなか強かったねえ」
俺とエレナの会話に、寮長も加わる。
「おい寮長。俺吹き飛ばされたんだけど?」
「え、近くにいたの?」
「いた。痛い。腰痛い」
「そりゃすまんね」
「ホントド間抜けねでドジね、あんた」
エレナの台詞に寮長が笑んだ。すかさず寮長に合わせ、口だけで笑う
「め、目が怖いよハドアくん!」
「それじゃ早いとこ戻りましょ?」
ウキウキした感じでエレナが言った。
「ああ、そうだね」
寮長とエレナが、馬車を停めた方向へ歩き始める。
俺も、こんなジメジメした場所は早く抜けたい。
俺は寮長とエレナの後を着いて行こうとした。そう、行こうとしたんだ。
だがなんだ。こんなジメジメした自然の中で、見るはずのない色が目の脇を掠めた。見間違いかもしれないが、それは確かに紅色だった。
「ちょっと忘れ物しちまった。先、馬車戻っててくれ」
「急げよ~」
「こんな大自然に忘れ物? 知性とか?」
「うーるーせ」
寮長とエレナを行かせ、俺は紅色が見えた方向へ歩んだ。
ここら辺、見覚えがあるぞ。さっき俺が戦っていた場所かも知れない。そう思っていると、木々の間に紅色が見えた。
息を殺し、紅色を凝視した。
人間だ。黒いコートで全身を覆い隠している。さっきの紅色は…… あいつの瞳の色か? それにしても、時折コートの隙間から伺い見える肌が、何とも妖艶だ。潤ったような、透き通ったような、そんな綺麗な肌だ。遠くからでも分かる。
いやいや、今はそこじゃない。
暫く尾行すると、その人間は、先ほど俺が仕留めた水牛のところで足を止めた。
そいつは懐から何かを取り出すと、しゃがんで水牛に触れた。
水牛はまだ生きていたようで、少しだけ動いたが、間もなく動きを止めた。
そいつは水牛から何かを取り出したようなそぶりを見せた後、急に立ち上がってこちらへ振り返った。
やばい。バレる!
だが、俺の不安も杞憂で終わったらしい。そいつは俺を視認することなく、再び水牛へ向き直った。
そいつは右手に血の滴る銀のナイフを持っていた。血の正体を確認するべく水牛を見つめると、水牛の胸部から腹部が切られているのが見えた。
人間は口部分まで覆っていたコートのチャックを開けた。すると、水牛から取り出したであろう片手サイズの光る何かを、そっと口の中に入れた。そして、口元のチャックを締めた。
瞬間、そいつの目は輝きを増した。
また、あの圧を感じることになろうとは。




