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一対のA級(K)

 寮長が操る馬車の中、俺とエレナは深い沈黙を決めたまま、互いに顔を合わせることもなく、徒に馬車に揺られていた。


「ひ、久しぶりね、こういうの……」


 そうエレナが声に出したのは、馬車に乗ってから十数分が経過してようやくのことだった。

 久しぶり、か。考えてみれば確かに、二人で過ごす時間は最近ほとんど無いような。

 そう思いながら視線をエレナの方へ向けると、今まで見たことないほど顔を赤く染めていた。恐らく、先の沈黙を打ち破るのが余程恥ずかしかったのであろう。ここは何か、適当にでも答えてやらねば。


「ああ。落ち着いて二人きりで話すのは久しぶりだな」


 先ほど思ったことを何も捻らずそのまま言う。でも何も言わないよりはマシだろう。


「そ、そうねー…… 二人きり、よね。ま、まあ、寮長がいるけど」


 ああ、なんで今はこう、妙にいじらしいんだコイツ。こうも普段と違う態度を取られると、どうしても弄りたくなってくる。


「顔が赤いぞ? 茹で蛸みたいだ」


「し、仕方ないわよ。だって、その……」


 何が言いたいんだコイツは。これからA級退治が控えているってのに、なに感傷に浸っているんだ。

 俺はエレナに顔を近づけて、忠告するように言った


「あのさぁ…… なんだ、そのしおらしい態度は。おかしくないか? これからA級退治に行くんだぞ? そんなんで生還できると思うか?」


 A級。元になる動物にもよるが、基本的に大型で凶暴だ。俺やエレナのような魔法の扱いに長けた者でも、戦闘前には万全の準備が必要だし、交戦時にも細心の注意を払う必要がある。


「ごめんなさい。で、でも、ちょっと嬉しくて。久しぶりに、ちゃんと話せた気がするから」


「そ、そうか……」そりゃ仕方ない。


「あ、あとね、その…… 顔が、その」


 なんだ? 顔に何かついてるのか? それともイケメンすぎることへの指摘か?


「顔が?」


「……ちょっと近い、かも」


「ああ、すまん」


 エレナから顔を離す。さっき顔を近づけてからそのままだった。息臭かったとかか? だとしたら最悪だ。


「まあ、何か話したいことがあるなら、後でにしよう。今は駄目だ」


「そうね。後で、ね」


 “後で”のことを楽しみにしているのか、エレナは機嫌の良さそうな顔をした。


 そうして、こうして話している間にも、段々と肌で感じられる圧が高まってきている。目標へ近づきつつあるという証だ。


「圧が濃いな。だけど、まだ目標は視認できない。今回の相手は少し厄介かもな」


 俺の意見に対して、エレナは先の可笑しな態度とは打って変わった、キリとした面持ちで言った。


「そうね。Aでも少し強い方か、もしくは大群?」


 強い奴が一匹ならばいいが、大群となると厄介だ。

 アギラは魔力が異常に宿って凶暴化した動物。普通であれば同族同士で殺し合うのがオチだが、常に群れで行動するタイプの動物に限っては、その本能故か、アギラになっても同族同士の殺し合いをせず、むしろ協力して他の動物を狩ることがある。

 A級の群れとなると、厄介どころの騒ぎではない。まあ、その場合は編成隊を派遣すればいいだけの話だが。


「そういえばエレナって、何カップなんだ?」


 A、Aと考えていると、どうしてもそこが気になる。いや、そこそこある方だと思うけど。

 そんな俺の疑問に対して、エレナは


「セクハラよ、それ。ちょっと南極で頭冷やして来なさいよ」


「すまん。俺、北極派だから」


「おい二人とも! もう馬車を停めるぞ。これ以上進むと、馬が癇癪を起こしちまう」


「寮長からの呼び出しだな」


「ええ。引き締めてかかりましょ」


 馬車が止まったのを確認して、馬車を降りる。


「すごい圧ね……」


「寮長、用具は全て荷台に?」


「うん。さあ二人とも、準備を始めようか」


 馬車の後ろにつけられた荷箱を開け、中を確認する。センサー、スコープ、地雷、魔封石…… おお、魔法銃(マスケット)まであるじゃないか。

 俺は一番に魔法銃(マスケット)を手に取って、じっくりと眺めた。


「あんた、ホントそういうの好きよねぇ……」


「仕方ないだろ、格好良いんだから」


「おお、気になるか。使ってもいいぞ? A級に効くかは知らんが」


「まあ、まずはセンサーからですね」


 そう言って俺はセンサーを手に取った。

 センサー。指向性魔力探知機とかいう、アギラ退治には必須のアイテムだ。不意打ちを避けるために、C級以上のアギラ退治にはよく使われる。

 そして肝心のセンサーの使い方だが、安価なものだけあって実に単純。アギラの居そうな方向に向けるだけである。


 センサーは薄い箱型の端末で、左右に手で持つ用の取っ手があり、中央には大きな画面が付いている。画面と言えど、操作できるわけでも、何かが表示されるわけでもない。

 このセンサーの背面には、直線で飛んでくる魔力だけ通す特殊なスリットが付けられており、暗い蒼色の画面には、魔力を感知すると赤色に変色する物質が混ぜられている。つまり、魔力を放っている物体(この場合はアギラ)のある方向に向けたときだけ、画面の色が変わるというわけだ。


 無駄な説明が長引いたが、アギラ退治はB級でもA級でも手順は変わらない。センサーで上下左右を確認して、画面が赤くなった方向をスコープで覗く。アギラの姿が確認できなければゆっくりと近づき、確認できたら地雷でも設置して後ろに下がって、音を鳴らして引きつける。後はアギラが地雷に掛かってズドン、だ。



 手に持っているセンサーを、上下左右適当に振りかざしてみる。


「おや? センサー反応あり。2体、しかも大物だな」


「ちょっと、私の胸に向けないでくれる?」


「ああ、すまん。気づかなかった」


「気づかないでやってんなら、あんたの方がよっぽど大物よ! もう、ふざけないでくれる?」


「ハッハッハ、もう本調子か?」


 やっぱこう、元気な方が良いもんだ。


「おかげ様でね」


 エレナはぶっきらぼうにそう答えたが、口調は嬉しそうだった。大丈夫だな。これなら無事に帰れそうだ。


「じゃあ行くぞ。センサーの反応は向こう。たぶん複数いる」


「ええ。私、スコープで見てみるわ」


 俺が指差す方向を、エレナはスコープで覗く。


「じゃあ寮長は色々持って付いて来てください」


「あっ、うん。そうするよ」


「ハドア! 見えたわ。あの林の方。ちょっと木に隠れてるけど、スイギュウ、かしら。ウシね。にしても、数が多いわ。地雷足りてる?」


「編成隊呼んだ方が良いかな? 3人だけでイケる?」


「寮長怖いんか~? 俺とエレナにかかればイチコロよ」


「怖かないけどさ。じゃあ、呼ばなくて良いね? とりあえず近づいて地雷セットしよう」


「了解」


 俺はセンサーで周辺を警戒しつつ、エレナは目の前の敵を警戒しながら、ゆっくりと敵へと歩み寄る。


「ここら辺で構えるか」


「そうね、そうしましょ」


 久々の強敵相手、俺の魔法銃(マスケット)の腕が試されるな。


「じゃあ、地雷を仕掛けようか」

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