馬車道(K)
ここからロリエンヌ市までの道のりは、極めて単純だ。険しい山林を挟むわけでもなく、直線で向かうことが出来る。
だけど、気がかりなことが一つだけある。それは、何も無い10キロの道のりをムルフッフと同じ馬車で過ごすことだ。話したくない奴と何も無い道のりをどう過ごすべきか、それが唯一の気がかりだ。
不幸なことに、ロリエンヌまではこれといった美景がない。実際には度重なる往来のせいで見慣れてしまっただけなのだが、とにかく、その退屈で鬱陶しい道のりをいかにしてやり過ごすかが、今の最重要事項ということだ。
ふとムルフッフの方を見やると、彼がもじもじと動いていることに気がついた。いや、もじもじと言うより、うねうね? いや、うにょうにょかもしれない――。まあ、細かい形容はさて置き、とにかくその動きが目障りで、俺の心の平穏にとって非常に厄介だった。小便でもしたくなったのか?
「ところでキミ、魔封石が余っていたりしないかい?」
ああ、そういうことか。どうやら俺の(今回限りの)相方は、壮大な忘れ物をしてきたらしい。
魔封石というのは、魔力を閉じ込めた石のことで、これがあればムルフッフのような魔法が下手くそな間抜けでも、安定した魔法を使えるようになる。つまり、俺には必要ないものだ。
本当はロリエンヌ市で売り捌く用としてポケットの中に余らせているのだが、コイツにくれてやる気はない。
俺はポケットに詰まった魔封石をジャリジャリいわせながら答えた。
「魔封石? んん、いや、余ってないね」
それを聞いたムルフッフは、分かりやすく肩を落とした。
「それは残念。ボクが活躍する機会が来ると思っていたのに」
そんな機会はないから安心しろ。俺は心の中でそう言った。
「着きましたよ」
馬車を操縦する御者から声がかかり、間もなく馬車が停まる。
完全に止まり切ったのを確認し、馬車から降りて頭を下げる。
「運転、ありがとうございます」
「いえいえ。ところで、目的地ですが――」
「確か、商業地区近辺の下水道でしたかな?」
紳士的な御者さんの言葉を断ち切って、空気の読めないムルフッフが正答する。正義感が強いのは分かるが、所詮C級。C級だぞ? そんなに急ぐ必要は無いだろう。
「ええ、その通りです」
多少驚いたような素振りを見せながらも、紳士的な態度は崩さずに答える。この人、若い頃は結構モテたんじゃないかな。
「そいじゃ行きましょうかね」
「ああ、そうだな」
かくして、つまらないC級退治が幕を開けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。今回の話は、私Kが担当しました。
執筆し終えての感想としては、ロリエンヌ市に着いてからの話ももっと書きたかった、という感じでしょうかね。
でも、ロリエンヌ市までは10キロメートルもあると書かれていたので、10キロというと自転車で1時間弱ほどの距離ですから、まあ、カットするのは忍びないな、と。それで多少会話シーンを書きましたが、結果としてそこまで進展の無い回になってしまったかもしれません。まあ、主人公のゲス度を上げられたので、満足していますが。
それから前回より、C級のアギラはクソ雑魚いということが、地の文より判明しておりましたので、ネズミとルビを振ってみましたが。次のSの回では本当にネズミが出てくるんでしょうかね。
以上です。後書きまでお読みいただき、ありがとうございます。