狼将軍と巣作りについて
無駄に用意周到すぎる狼将軍……。短文です。
ここ最近の狼将軍は暇さえあれば分厚い本を片手に難しい表情でせっせと作業している。それは大きな商会で無料配布されているカタログというものだった。1ページ1ページ吟味する狼将軍の姿を見た部下達は、不正を見分けているのだろう、近々大きな摘発でもあるのかもしれないなどと思っていた。が、実際は何てことはない、必要と思える家具をカタログの本来の使用通りに見ているだけだったりする。と言うのも、今度彼の愛らしい恋人を自宅に招待したからだ。
あまり知られていないが、グランティルドは王都郊外に居を構えている。一人暮らしにしては随分と立派な家だが、それは結婚した当時に購入したものだった。と言っても、結婚後も離婚後も普段は独身寮にある自室で寝泊まりしているので、彼からすれば家というより物置場という感覚の方が強かった。手入れしなければ家はすぐ劣化するという母親の言に従って、定期的に掃除する者を雇っていたがそれだけである。彼がその家の存在を思い出したのも、2人でゆっくり過ごせる場所をと考えたからであり、決して世間様に顔向け出来ないような事をしようと思ったからではない。勿論、可憐な花を他の野郎共に見せびらかす趣味は無いので、独身寮に連れ込む選択肢は最初からなかった。
そんなわけで、元妻が出て行ったきり放置していた自宅に手を入れ始めたのだ。当時、妻に言われるがまま用意した家具は一切処分し、1から支度するのは決して簡単ではない。だが、恋人とカタログを見たり、家具屋を回ったりしながら少しずつ作り上げていく作業は思いのほか彼に幸福感を齎した。“共に築き上げる喜び”というやつだ。彼は人生の延長線上に彼女が隣にいることを疑わない。
ほわほわと幸せオーラを纏いながら、また一つめぼしいものに丸をつける。その瞬間、何かを察知した部下達の視線が集まったが、すぐにそれらは霧散していった。悪友に邪魔された狼将軍は気付かなかったが、隣にいた副官は違う。部下達の多くが飢えた狼であると、唯一の既婚者でありその手の僻みを一身に受ける立場だったからだ。上司の次は俺達が、と強気になるなら未だしも、幸せになるなど許せないと過激に走る馬鹿がいないとも言い切れない。勿論その時点で狼将軍の報復を受けるだろうが、その前にいい加減部下達の暴走を止める手立てを考えるべきか。また一つ仕事が増えたことにうんざりしながら、キレた狼将軍を止めるべく彼は動き出した。
狼将軍は部下達の重い愛に気付かない。そして彼の小さな花への重い愛情はやはり誰にも気付かれない。