08.魔導銃とか、いかにもファンタジー世界っぽい小道具だよね
「ガキ共め。こんなところにいやがったか」
みつかった!
ぶっ倒れたままの俺とお子様ふたりは、いつのまに3人ほどの悪党どもにとり囲まれている。ひとりを除いて猟銃みたいな筒をこちらに向けている。
「なんだ? ……この少女のまわりには、膨大な精霊があつまっている」
銃をもっていない奴が宙をみまわしている。そして俺を見る。なめるように見る。こいつ、さっき爆発の魔法を使った奴だ。
「おい、君。倒れている女。さっきのは治癒の魔法なのか? 君は何者なんだ!!」
治癒した場面を見られていたのか! しかし、そう聞かれても俺自身しくみはわからんのだ。
俺はゲロゲロのぐだぐだ状態から復帰していない。エルフっ娘ダーヴィーちゃんに背中をさすられた状態のまま、やっとのことで顔をあげる。たぶん口の端からよだれが垂れている。顔は紫色をしているかもしれない。
「魔物のガキをみつけたのか?」
わらわらと悪人が集まってくる。くそ。いったい何人いるんだ?
「おっ、ひとり増えてるじゃないか?」
「女だ!!」
ある者は銃(?)を、ある者は剣を、まったくの丸腰で無防備な俺たちにむけている。汚い顔をニヤニヤさせていやがる。
「へっへっへ、こんな森の中で女にありつけるとは思わなかったぜ」
この視線。俺の全身を隅から隅までなめ回すような視線。おもわず身震いしてしまうほどのイヤらしい視線。
やつらが俺を見て何を想像しているのか、俺には手に取るようにわかる。その想像の中で、俺がどんな表情をしてどんな声を上げているのかまで、俺にはわかる。そんな目で見られていると意識するだけで肌がぞわぞわしてくる。身の毛がよだつとはこのことだ。とても耐えられない。
女の子って、いつもこんな視線にさらされているのか? 確かに、俺も女の子に対していやらしい視線を向けたことが無い、というと嘘になる。しかし、視線を向けられる側にとって、こんなにも気持ち悪いものだとは思わなかった。
しかも、しかもだ。今の俺が身につけているのは、裾がビリビリに破け、ふとももが露出している服一枚。汗で肌に張り付き、凹凸の無い身体の線が露わになっている。あああ、下着もなしだ。一度それを意識してしまうと、素肌に絡みつくような粘っこい視線の感覚に、背筋が寒くなる。
気持ち悪い。吐き気もまだ収まっていない。が、こんな奴らの前で無防備に寝ているわけにはいかない。少しでも視線から逃れるために身体をよじる。膝をそろえる。腕を胸の前で組む。
そんな俺の姿が、恥じらっているように見えたか。かえって悪党共を興奮させてしまったのか。ヤニで汚れた歯を剥き出しにしながら、イヤらしい表情を隠しもせず一歩一歩近づいてきやがる。
オオカミ君が、俺と女の子の前にでる。全身の毛を逆立て、牙を剥き出しに威嚇している。いっちょまえに女の子を守ってくれるつもりらしい。だが、こうも多数の銃(?)に狙われては、どうしようもない。そもそもおまえ、出血は止まったといっても、血は足りないんじゃないのか? まだ動いちゃやばいんじゃないか?
「オオカミのガキ! おまえと肉弾戦をするつもりはねぇよ。一歩でも動いたら、うしろの女は蜂の巣だからな!!」
「おい、やめろ。うしろの子は魔物じゃない。人間の女の子だ」
悪党ハンターの中でも比較的見た目がまともな男、先ほど爆発魔法をつかった奴が、まわりの男達にむかって叫ぶ。
「そいつはラッキー。ついでに楽しませてもらおうか。ここんとこずっと街に帰ってないからな。女なんて久しぶりだ。お嬢ちゃん、こんな森の中にひとりでいるのが悪いんだよ」
「ただの女の子じゃないんだ! 治癒の魔法の使い手だぞ。彼女のまわりに膨大な精霊があつまっているがわからないのか?」
「ますますラッキー。魔法使いなら、エルフ共々さんざん楽しんだあとで奴隷として高く売ってやる。まずは、じゃまなオオカミのガキを始末してから……」
みため通りの外道ばかりだな。俺だけじゃなく、エルフっ娘も対象なのか。どうみてもこの子は小学生くらいじゃないか!
だが、俺の怒りなど関係なく、外道モヒカン達は銃(?)をオオカミ少年に向ける。
「やめるんだ! この少女がさっき使ったのは先史魔法だぞ! 信じられないが、先史魔法文明時代の魔法使いだ!」
先ほどの魔法使いの男が叫ぶ。こいつだけはちょっとまともな理性があるらしい。が、しかし、他の悪党どもは、仲間に対して銃を向けることにも躊躇しなかった。
「うるせえ! いくらおまえが貴重な魔法使いだからって、俺たちの邪魔をするならいっしょに殺しちまうぞ。この森の中は治外法権だ。王国の法律も関係ないからな!」
エルフっ娘は震えている。オオカミ君は外道共を威嚇しているが、この状況ではどうにもならない。そして俺の体調は最悪だ。頭の中はまだガンガンしているし、吐き気も絶好調、正直言って目をあけていることもつらい。
だがしかし、ここが、今この瞬間こそが、俺の人生でもそう何度も無い、真の頑張りどころにちがいない。ここで頑張らなければ、俺の人生は悲惨なものになるに違いないのだ。……がんばれ俺! 力をふりしぼれ!!
俺は、むりやり上半身を起こす。ふっ、と意識が飛びそうになる。しかし、気を失うわけにはいかない。気合いで意識を現世に戻す。強引に目をあける。いつまでもこんなガキふたりの後ろに隠れているわけにはいかない。這うようにして、エルフっ娘とオオカミ少年の前にでる。
「おい、この子達はケガをしているんだ。助けてくれ」
外道のモヒカン共に通じるとは思えなかったが、大声で叫ぶ。全身のちからを振り絞って叫ぶ。それ以外にどうすればいいのか思いつかなかったからだ。自分でもびっくりするほどかん高くて可愛らしい声がでた。
「お嬢ちゃん。魔物をかばうなんて、人間の風上にもおけないねぇ」
外道共は一瞬ポカンとした顔を見合わせたものの、次の瞬間には示し合わせたように薄汚い顔全体に下卑た笑いを浮かべやがった。くそ。おれの脅しは全然きいていない。
「ふたりとも子供なんだ。たのむ、見逃してくれないか」
「そうだなぁ、お嬢ちゃんが俺たちの全員の相手をしてくれるなら、エルフは奴隷、そのオオカミのガキは苦しまないように殺してやるよ」
正面の一番汚い顔をした男が、ニヤニヤしながら銃を空に向ける。そして、無造作に引き金を引いた。
ぱん!
撃ちやがった! 反射的に銃身の向けられた方向を見る。数メートル先にある大木に、大きな穴が開く。しかも、……。
爆発?
弾(?)が木に命中してから数瞬後、爆発がおこったのだ。
ただの鉛の銃弾じゃないのか? 耳をつんざくような爆発音とともに衝撃波。そして吹き上がる炎。天を突くほどの大木が、大音響と共にゆっくりと倒れていく。なんて威力だ。
ひいいい。
腰がぬける。必死に起こした上半身がふたたびうしろに崩れる。おもわず尻餅をつく。
「おびえた顔もかわいいじゃねぇか。んんん、綺麗なふとももだねぇ」
やばいやばいやばい、おしりでずり下がりながらも、とっさに太ももを隠す。とりかこむ十人ほどの悪党どもが、包囲の輪を縮める。引き金を引いた男が懐から弾(?)をとりだして、銃口からつっこんでいる。約十丁の銃口がゆっくりとオオカミ少年に向けられる。
くそ。ちょっとは覚悟していたが、やっぱりまともな方法じゃどうしようもないのか。俺は、オオカミ男のビージュ君にだけ聞こえるよう、小さな声でささやく。
「こら、オオカミのガキ、おまえエルフっ娘をつれて逃げろ!」
オオカミ君が驚いて振り向く。あほ、正面を向いたまま聞け。いいか、俺がおとりになるから、奴らが俺に向けて撃った瞬間、ふたりで逃げろ。わかったな。
そう、今の俺は動けない。しかしふたりのガキなら逃げられる。しかも、悪党どもは俺をいやらしい視線で見ている。本気で俺を殺しはしない、……はずだ。たぶん。
三人全員が助かるのが無理なら、俺が囮になるのが正解だろう。うん、実に合理的だ。これこそが功利主義だ。取り残された俺が外道共に何をされるのかは、……とりあえず今は考えない。
隣のエルフっ娘が俺の袖をつかむ。しかし、時間をかけてはだめだ。勝機を失ってしまう。全身の力でエルフっ娘の手を振り切って、俺は駆け出した。華奢で細っこい身体の力を全て振り絞り、正面の男に体当たりをかけた。狙いは足元だ。ラグビーのタックルのようにボールを取るためのものではない。すこしでも相手の注意をそらし、時間を稼ぐためのタックルだ。
だが、……タックルは届かなかった。撃たれたのではない。こけたのだ。たった数メートルも進まぬうちに足元がふらつき、木の根にひっかかり、それはそれは不様にこけた。もろに顔から地面にこけてしまった。
一瞬ひるんだ悪投共の顔が、怒りにかわる。圧倒的優位なはずの自分たちに対して反抗してきた小娘が許せなかったのかもしれない。
「このガキ!!!」
銃口が俺に向けられる。短気な奴らだ。しかし、これはこれで結果オーライだ。そうだ、撃て。全員で俺を撃て。その間にしっかり逃げろよ、オオカミ君。
……だが、オオカミ君はバカだった。あれほど俺をおいて逃げろといったのに、俺に覆い被さって来やがった。エルフっ娘もいっしょにだ。
正直言って嬉しい。涙が出るほどうれしい。だけどな、俺だって決して自分だけが犠牲になって死のうとしたわけじゃないんだ。最低でも生き残れる方策はあったんだ。さっき一発撃たれた瞬間、ほんのわずかに勝算がみえたのだ。……そう、あれは猟銃に似ているが、俺の知っている『銃』とは根本的にちがうものだ。あれは火薬をつかったものではない。
激高した男達が、俺たち三人にむかって引き金を引く。銃身の根元付近で淡い光が輝く。ほんの小さなものだが、輝く文字が銃身の周りに浮かび上がる。
そうだ、あれはさっきの爆発魔法の時と同じものだ。『魔法陣』とかいうやつだ。そして、銃口から火の玉がとびだす。あの火の玉が目標に着弾後、爆発を起こすのだ。確かに、火薬だろうと魔法だろうと人間を殺す武器なのにはちがいない。あの火の玉にあたれば、そしてあの爆発をくらえば、まちがいなく死ぬ。しかし、……俺にはヘアバンドがついている。
思った通り、やつらが引き金を引いた瞬間、またしても俺の頭の上が光った。俺の周りに柔らかい光の繭が展開される。さっきの爆発魔法を防いだ時とおなじだ。光の繭は、俺達三人をやさしく覆う。
魔法の銃弾は繭を通り抜けられない。銃口から飛び出た火の玉が、光にぶつかり目の前で停止して、そして消えた。
「なんだぁ、魔導銃が不発か?」
「全部の魔導銃が同時に不発なんて、ありえるのかよ?」
モヒカン達は一様にぽかんとして見ている。
『緊急モードを開始しています。至近距離で危険なコードの転写および実行が検知されたため、自動的に防御結界コードが実行されました』
ヘアバンドの声だ。ありがとう。とりあえず助かった。
ほら、今のうちだ。奴らの銃は先込式だ。次弾の装填に時間がかかる。今のうちにおまえら逃げろ。俺は、……無理みたいだけどな。
『警告! 防御結界コードのため、生命維持活動がさらに約10%低下しました。警告! 心肺機能および循環機能が限界まで低下しています。安静にしてください。これ以上精霊を生命維持活動以外に利用することは危険です』
ぐらり。俺の視界が歪む。
さっさと逃げろって。俺は寝る。ねむいんだ。寝かせてくれ。
どんどん目の前がくらくなっていく。息がくるしい。動悸がはげしい。頭の中がぐわんぐわんする。これはあれだ、中学生の時にインフルエンザで四十度の熱が出たとき同じ感じだ。
「くそ、せっかくの懸賞首の魔物と女をあきらめられるかよ!」
「もうやめろ! おまえらわからないのか! この少女には魔法も魔導銃も効かない。この娘は俺たち人類に精霊魔法を授けてくれた神話の中の……」
「うるせぇ」
唯一まともそうな男が、仲間に殴り倒された。
「魔法も魔導銃も効かないのなら、こいつでバラバラにしてやるよ」
仲間割れを始めた悪党どもが、銃をあきらめ剣を抜く。刀身がぎらりとイヤな色の光を反射する。すぐ目の前で剣が振り上げられる。
もう俺はうごけない。遠くなる意識のなかで、オオカミ男の声が聞こえる。
「ねーちゃん、大丈夫か! ……人間ごときが、銃なしで、格闘戦で、オオカミの俺に勝てるつもりかよ? ダーヴィー、ねーちゃんを守っていてくれ。こいつら、……皆殺しにしてやる!!」
目を閉じていても、肉や骨を切り裂く音や、野太い悲鳴や絶叫が聞こえるような気がする。でも、万が一たとえオオカミ君が悪党どもを撃退しても、……俺はもうだめかもしれないなぁ。
2013.08.07 初出
2013.08.09 ちょっとだけ修正しました
2017.05.20 ちょっとだけ修正しました