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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第4章 ふたつの世界を股にかけ
70/71

70.お礼とお詫びはきちんとしておいた方がいいよね


 太平洋上、成層圏のはるか上層を飛行中の往復機母機。


 システムはすべて正常。にもかかわらず、コックピットのクルー達は苛立っていた。管制から指示された飛行コースが、離陸前の予定とはまったく異なるのだ。


「機長。……このコースどう思います?」


 コックピットのモニタに描かれるのは、修正された飛行プランだ。この母機の飛行コース。背中に背負った二段目液体燃料ロケットの分離ポイント。さらに二段目のてっぺんに搭載された滑空試験用の無人シャトルが分離されるポイント。


「……このポイントで分離しても、シャトル実験機が予定通り滑空して基地まで還るのは不可能だろうな。同時に分離されるはずの試験衛星も、予定された衛星軌道には届かない」


 俺達が、大勢の人間が、その半生をかけてやっとここまできたプロジェクトを、失敗させようとしているとしか考えられない。


「それに、レーダーによれば前方に飛行物体がいますね。下にいるのは自衛隊機らしいですが、上方のは、……なんだ? こんな高度を飛べる航空機など……」


「地上の連中はいったい何を考えているんだ?」


「極秘の軍事ミッションが急遽強引にねじ込まれた、……とか?」


「この往復機はまだ飛行試験の段階だぞ? 極秘ミッションなど無理だろう。それに、重要な任務ならばなおさら、俺達クルーにも内容を明かすべきじゃないか」


 何度問い合わせても、管制は『黙って指示に従え』と繰り返すばかり。いったい何を隠しているのか。


「そもそも、この母機が背負ってるシャトルは本当に無人なのか? なにか搭載されているんじゃないだろうな」


 まさか、秘密兵器?


 二段目ロケットの分離まであと数分。クルーの困惑は深まるばかりだった。







 宇宙往復母機の遙か先、ふたつの翼をもった槍が虚空を切り裂き飛行していた。往復機とは高度も速度も全く異なるものの、やはり人間が作り出した翼だ。しかも、それは純粋に戦闘のために作られた翼。


 そのキャノピーの中、パイロットは前方を凝視する。


「先日遭遇した奴は、西洋風というかファンタジー風というか、とにかくおとぎ話の『ドラゴン』そのものだったんだがなぁ……」


 しかし、いま彼の視線の先に存在するのは、あきらかにそれとは違う。

 

 とてつもなく巨大で長い身体。宇宙の色に溶け込むほど深い緑色のウロコ。一見ヘビのようだが、確かに手足がある。頭部にはでっかいツノ。


 それが、身体を縦にくねらせながら、まるで成層圏を泳ぐように上昇していく。


「こいつは、竜じゃなくて『龍』ってやつか……」


 パイロットは、知らぬ間に自分の身体が細かく震えていることを自覚した。決して恐怖ではない。むりやり言葉にするならば、それは畏怖。


 ……まるっきり龍神様だ。威厳あるよなぁ。大陸からきたのかなぁ。さすが四千年の歴史だなぁ。


 おとなりの大陸の国で神獣とされ、歴代王朝の権威の象徴とされきただけのことはある。


 やっぱり喉の下には逆鱗とかあるのかなぁ。宝珠をかかえていたりして。


「サラマンダー03、こちらルイーダ。武器の使用を許可する。ドラゴンを墜とせ」


 パイロットは我に返る。


「ルイーダ。もういちど言ってくれ」


「アイセイアゲイン。オールウェポンズフリー。キルドラゴン」


「……ラジャー」


 操縦桿を引く。スロットルを開く。


 そうだ。たとえ見た目が龍神様だろうと、命令されれば躊躇なく撃つ。奴が飛行するコースは、我々の後方から凄まじい速度で追い抜いていく宇宙往復機の軌道と重なるのだ。邪魔者を排除するのが俺の仕事だ。


 ウエポンベイからミサイルが現れる。大気圏外の低軌道衛星すら撃墜可能といわれる、極超音速長距離空対空ミサイルだ。






 ふむ。確かに次元の『穴』があるのぉ。『穴』の向こうから、こことは異なる世界の臭いを感じるわい。


 成層圏を泳ぐように飛ぶ『彼』の視線は、虚空の一点を向いたまま微動だにしない。


 ……さぁて、どうしたものかのぉ?


 『穴』を目前にして、彼の心に逡巡が生じている。


 人間どもからなにとぞ力を貸してほしいと請われ、たまには力を見せつけてやるのも良いかとここまで来てみたものの……。


 無数の王朝の栄枯盛衰を横目で眺めながら無限とも思える時間を生きてきた『彼』は、いま数千年ぶりともいえる胸の高まりを感じていた。


「異世界に行きたい! あの穴に身体ごと飛び込みたい!」


 『穴』を目前にしてみれば、魂がそう叫ぶのだ。


 なぜそう思うのか?


 ……決まっている。自分が龍だからだ。『世界』から『世界』を渡り歩くことこそがドラゴンの本能だからだ。


 数千年生きてきたこの身体に、いまだに龍としての本能がこれほど濃密に残っていたとは思いもよらなかった。生まれたての血気盛んな幼ドラゴンでもあるまいし。


 そういえば、海を隔てた隣の島国にすむ龍、……いや八つの頭を持ったオロチ、か。あれもいい年齢のはずだが、身体の一部だけ異世界に送り出したときいた。自分もそうしたからといって、若いドラゴン共に舐められるということはあるまい。


 そもそも、自分は今の王朝を好いてはいない。歴代王朝の権威の象徴であったこの自分に対して、今の王朝は成立以来いまだに皇帝からの挨拶がない。人間共が寄りつかず昼寝に最適だった砂漠の岩山の真ん中で、閃光と爆風と地面がえぐるほどの騒々しい爆発を何度も何度も引き起こす。


 それでいて、突然使いの者をよこし、一方的に協力して欲しいといってくる。穴の向こうから来た人間が帰還するのを、力尽くで阻止して欲しいと。……よく考えてみれば、願いをきいてやる義理などないわな。


 龍は決めた。後のことなど知らぬ。人間どもの王朝などどうでもいい。自分もあの穴を越え、異世界に行ってやろうと。







「二段目エンジン点火は予定通りです。秒読み開始、180、179、178……」


 宇宙往復母機のコックピットの中、管制室からの通信にクルー全員がため息をついた。


 ……ふん。予定通り、ね。


 機長は他のクルーに聞こえるよう、わざと大声で独りごちた。


 予定といっても、飛行計画はなにからなにまですべてが直前に、ついさっき強引に修正されたものだ。さらに、レーダーによれば進行方向に巨大なアンノウンが存在するらしい。ちょうど二段目ロケットの軌道方向だ。


 なのに、なのに、だ。管制室の連中はそれでも構わずに計画通りに進めろと言う。二段目ロケットとシャトルを無駄にするつもりなのか。いったいぜんたい何がおこっているというのか。


 機長だけではない。クルー全員があきらかにイラつき、しかもそれを隠そうとしない。


 その時だ。


 機長の目の前、通信用のモニタがまたたいた。画面の中にいるのは、すでに見飽きてしまったいつもの管制官、ではない。緋色の髪の少女。……少女?


 シャトルからの有線通信だと? だれだ? やはりシャトルには人が乗っていたのか?


「ひ、ひと言お詫びをしたくて、そして、お礼も……」


 少女が口を開いた。必死の形相だ。


 お詫びだと?


 画面の中の女の子。そう女の子だ。彼がこれまでの半生を捧げてきた国産有人シャトル計画には絶対に似つかわしくないその幼い女の子は、そう言ったのだ。


「計画がおかしなことになっているのは、君のせいだというのか?」


「ご、ご、ごめんなさい。みなさんの計画の邪魔をしちゃって、本当にごめんなさい」


 ああ、泣くな。事情はまったくわからんが、とにかく泣くな。どんな事情があるにしろ、悪いのは地上の連中だ。


「そして、みなさんのおかげで異世界に帰ることができます。ありがとう!」


 ……な、に?


 今なんと言った? 異世界? 俺の耳か脳みそがおかしくなければ、異世界と言ったか?


 唐突に、何かが理解できてしまったような気がした。頭の中のバラバラのパズルのピースが、ピッタリと組み合ったように感じられた。


「60.59.58.……」


 継続されているカウントダウンの無機質な声が気に障る。


 くそぉ!


 機長は叫ぶ。同時にモニタをぶん殴る。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 モニタの中の少女が震えている。


「あ、いや、ちがうんだ。たしかに計画が台無しになったことは残念だが、俺が怒鳴ったのはそうじゃなくて……」


 機長は必死に弁明するが、女の子はますます泣きそうになる。


 あああー。そうじゃない。俺が言いたいのはそういうことじゃない。


 機長は頭をかきむしる。


「10.9.8.……」


 俺はこの女の子に伝えなければならない。絶対に!


「そうじゃなくて! 頼むから聞いてくれ!!」


 びく!


「俺が怒鳴ったのは、君に対してじゃない!」


 女の子が顔をあげる。


「無人のはずのシャトルになぜか君みたいな女の子が乗り込んでいることとか、進路上のアンノウンとか、はるか下を俺達を護るように追尾する予定外の戦闘機とか、……もしかしたらひょっとして離陸前の重力波の話題も関係あるのか? そして『異世界』? ……とにかく、とにかく、そんな『面白そうなこと』を、地上の連中は俺達に内緒でやろうとしている。俺は、それが気に食わないだけなんだ!」


「3,2,1,……」


「詳しいことは後で地上の連中を締め上げて問いただす。だから、何があったかは知らないが、……気にするな。俺達は君をこの往復機に乗せたことを光栄に思っている。異世界の美少女、グッドラック!!」


「……ゼロ。点火!」






 点火された液体燃料ロケットエンジンの轟音が響く。


 ガコン!


 切り離し音。女の子をうつしたモニタが消える。


 直後、母機のコックピットの上を、豪快な白煙を引きながら二段目のロケットが加速していく。その刹那。ほんの一瞬。二段目の先端に搭載されたシャトルの窓。手を振る少女の姿が見えたような気がした。







 戦闘機のコックピット。命令通り、パイロットはトリガーを引いた。


 ひとつ、ふたつ。


 白い二筋の尾を引きながら、空対空ミサイルが成層圏を駆ける。その先には龍。シャトル。そして、特異点だ。





 

 

2021.10.15 初出

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくワクワクしてます。 SFとファンタジーの混ざり具合がとても好みです。 続きはいつ…!
[一言] むむ、ちゃんと戻れるか不穏な空気が……
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