07.治癒の魔法まで使えちゃったよ
はぁ、はぁ、はぁ
両手を地面につきながら、俺はこみあげる吐き気に耐える。息が苦しい。頭が痛い。目眩がする。爆発魔法とやらを防いだはよかったが、おかげで(?)俺の体調は最悪だ。
「俺は大丈夫だ。このくらいは、……大丈夫だ」
まずは自分自身に言い聞かせる。気合いをいれて、頭をあげる。
へばっている場合ではない。近くにまた足音がきこえる。俺たちの死体を確かめようというのか? あのモヒカン達があたりを歩き回っている。俺たちは地面を這うように藪の中へ移動する。奴らが近づく度に、俺たちはじっと息を潜め、やり過ごすしかない。
「おまえらは大丈夫か? 出血は?」
足音が離れたのを確認して、俺の横にいるはずの銀髪エルフっ娘とオオカミ少年の無事を確かめる。
「ビージュが!」
エルフっ娘がオオカミの少年にすがりついている。一度は止まったかに見えた出血だが、しかしまた太ももから鮮血がしたたっている。足元の血だまりが広がっている。あれだけ激しい衝撃で身体がもてあそばれれば無理もない。
やばいな。やばいやばい。こいつ本当に死んじまうぞ。
自分の息苦しさと戦いながら、俺は必死に考える。せっかく異世界で人(?)と巡り会えたのだ。出会った途端に死なないでくれ。俺は右手を男の子の傷口に手を当てる。少しでも出血がおさまるかもしれない。
「おまえ、オオカミ男なんだろ? 人間より頑丈なんじゃないのか? しっかりしろよ!」
返事が無い。すでに意識がないのか? どうする。どうすればいい? この世界の『精霊魔法』とやらでなんとかならないのか?
「ダーヴィーちゃん、ケガを治す魔法とかないのか?」
しかし、銀髪のエルフっ娘は、悲しそうに頭を左右にふる。
「……ない。治癒の魔法を使える魔法使いは王国にはいない」
くそ。
「出血とまれ。止まってくれよ! だれかとめてくれ!」
傷口に当てた俺の手の平が真っ赤になる。さっきはヘアバンドがしゃべった。ヘアバンドが防御の魔法を実行してくれた。わずかな望みにかけて、血にそまった手をそのまま頭へ持って行く。
「おい、ヘアバンド。聞こえるか? さっきみたいに助けてくれ。この子の血を止める方法はないのかよ!!」
偶然なのか? それとも俺の願いを聞き届けてくれたのか? とにかく、その瞬間ふたたび頭の上から声がきこえたのだ。
『緊急事態と認識しました。緊急モード開始します。治癒コードが利用できます。治癒コードを実行すると、アーシスのための生命維持機能が一時的に約20%低下します。よろしいですか?』
さっきと同じだ。さっきと同じ機械的な声だ。ヘアバンドがしゃべっているのだ。
『……よろしいですか?』
このヘアバンドがいったい何を言っているのかわからない。わからないが、……今はこの声に、このヘアバンドにたよるしかない。
「そっ、それで、その治癒のコードとやらを実行すれば、このオオカミのガキの傷が完全に治るのか?」
『治癒コードは細胞活性を増進する物質を合成し投与するもので、完治が保証されるものではありません。よろしいですか?』
「よくわかんないが、やってくれ、頼む。いそいで」
『了解。認証確認。権限確認。周囲の精霊に治癒コードを転写中、……完了。実行します』
ぽう!
ふたたび頭の上が光る。あたたかくなる。光は徐々にひろがり、俺の周囲の大気そのものが光り出す。
よしっ、よし、なんかわからんがまた始まったぞ。このままオオカミ君の傷をなおしてやってくれ!
俺の身体を繭のように覆った淡い光の一部が、徐々に右の手の平に集まっていく。俺は手の平をオオカミ少年の傷口にあてる。なぜだかはわからない。そうしなければならないような気がしたのだ。
光が、ゆっくりとオオカミ君の傷口周辺に移動する。あたたかくて柔らかい光。この世の物とは思えぬ幻想的な風景。そして、……あれほど出血していた傷が、みるみるうちにふさがっていく。
「精霊が……。魔法陣もなしに精霊があつまっている! こんなことはありえない」
その様子を至近距離で見ている女の子が目を丸くしている。治癒されている当事者もいつのまにか意識を取り戻し、口をあんぐり開けている。当然のことながら、俺自身だって呆然自失ってやつだ。
これはすげぇ。これが魔法なのか。俺は異世界に来て魔法使いになったのか?
「すごい! おねぇちゃんすごい!! 治癒の魔法を見るのは初めて。王国の歴史上でも、治癒の魔法の使い手は数人しかいないはず」
冷静なはずのエルフっ娘が興奮している。
「ねーちゃん、やるな人間のくせに……」
少年が俺の手をにぎり、上下左右に握り振り回す。さっきまで失血で死にそうだったくせにいきなり元気だな、おまえ。さすがオオカミだ。
「お、おお、よかったな」
俺も嬉しいよ。自分がこんなことできるなんて、自分でもびっくりしたけどな。だが……。
あああ、やっぱり。やっぱりきた。やっぱりだめだ。いきなり体調が絶不調だ。視界が暗い。頭がくらくらする。めまい。吐き気。おまけに貧血だ。
さっきの防御魔法のとき、ヘアバンドは『生命維持機能が10%低下します』と言ってたのに、今の治癒魔法は『20%低下』だったもんな。こうなるんじゃないかと思ったよ。しかし、……これは、やばい。かなりやばい。
『警告! 血圧が低下しています。血中酸素量が低下しています。意識レベルが低下しています。回復まで安静にしてください』
ヘアバンドがなにかしゃべっているようだが、聞こえない。理解できない。俺はふたたび両手を地面につく。これはたまらん。猛烈な吐き気が襲う。先ほどよりもはるかに酷い。息がくるしい。
「ぐ、ぐ、ぐが、げぇ」
俺は胸をかきむしる。空気が思うように胸に入ってこない。
「大丈夫か? 人間のねーちゃん。顔が真っ青だぞ、しっかりしろ」
「だっ、だいじょうぶ、だ。……うえっ」
ついにこらえきれずに嘔吐。胃袋の中に吐く物などない。それでも吐く。胃液をすべて吐く。赤い血が混じっている。
どーゆー仕組みなのかはわからんが、俺がヘアバンドの力を借りて『魔法』を使ったとき、俺の生命維持を担っている仕組みが低下して、その分のエネルギーがこのオオカミの少年の治癒につかわれたのだろう。ファンタジー世界っぽく言い換えれば、防御にしろ治癒にしろ『俺の魔法はその代償として俺の生命力を消費する』というところか。格好よくきこえるが、……生命力を削られる本人にしてみれば酷い魔法だ。
俺はその場に寝込む。地面の上だがかまうものか。呼吸器官は息を吸うのもつらい。消化管が痙攣しながら悲鳴をあげている。三半規管がぐるんぐるんまわっている。頭を上げていられない。目を開けてもいられない。
魔法がつかえる! とか一瞬でも喜んだ俺がばかだった。なんという不便な魔法だ。なんという弱々しい身体だ。
だが、俺の不幸はこれでもまだ終わっていなかった。
「ガキ共め。こんなところにいやがったか」
藪の中に隠れていた俺たちは、悪党共に見つかってしまったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
もうちょっとだけピンチが続きますが、基本的に脳天気でお気楽なお話なので鬱な展開にはならない予定です。
今後も楽しんでいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
2013.08.06 初出