69.剣と魔法の異世界に行けるチャンスがあったら躊躇なく行くよね? ね?
俺とアンドラさんは太平洋上を飛んでいる。二段目液体エンジンロケットの母機からの分離まであと数分という位置だ。
予定では、二段目分離のさらに数分後に滑空用シャトルを分離、俺達はそのまま『穴』に飛び込むことになっている。
『穴』は電波も通過することが予想されており、少なくとも俺達が無事に向こうへ行けたかどうかは管制室でもモニタできるらしいが、その後のことは成り行きまかせなのだそうだ。行き当たりばったりだなぁ。まぁ、あちらには殿下もいるし、なんとかなるだろう。
とはいえ、管制室との直接の通信は、おそらくこれが最後になるだろう。だから俺はちょっと神妙な顔をして画面に向かう。
「……アーシスちゃん」
俺に話しかけているのはお袋だ。隣に親父もいる。
もう二度と会うことはないだろうなぁ。……でも、だからといって、いったいなにを言えばいいのやら。
何も言えない俺の代わりに、お袋が口を開いた。
「ありがとう。あなたに聞きたいことは沢山あるのだけど、……向こうへ帰っても元気でね」
「うん。細かいことはユウキに聞いてくれ。おふたりも、……お袋も親父も、元気でね」
なんだよ、泣くなよ、お袋。俺とあんたは、ほんの数時間前に知り合ったばかりの関係なんだから。
「おい、アーシス」
画面の向こうがアホ面にかわった。俺だ。となりには寄り添うようにマコトがいる。
「こんなこというと、異世界でつらい思いをしたおまえには怒られるかもしれないけど、俺な、……小さな頃からずっとずっと異世界に行きたかったんだ。誰も行ったことのない世界にいってみたかったんだ。剣と魔法の世界とか、超テクノロジーの未来世界とか、とにかく異世界で冒険するのが夢だったんだ」
「うん。……知ってた」
俺だからな。
「だから、おまえが異世界から帰ってきたあの日、俺はおまえがうらやましかった。……本気でうらやましいと思ったんだ」
「知ってたってば。男の子なんだからしかたがないさ」
「だけど、俺はあちらの世界にはいけない。……この世界にマコトがいるからだ」
「ああ。あたりまえだ。おまえはマコトの隣に居ろ。あちらには俺がいく。俺だけがいく」
「元気でな。アーシス、いや、オレ!」
「大丈夫だって。なんとかなるさ。オレなんだから」
「殿下とやらとよろしくやれよ!」
「心配いらないよ。……あーそういえば、おまえの秘蔵R18動画フォルダのパスワード、マコトにバレバレだぞ! 削除しておけよ!!」
なにぃぃぃ!
画面の向こうで叫ぶ俺。そっぽを向くマコト。
ははは、その調子でいつまでも仲良くやってくれ。
「あちらでのアーシスのこと、これからもエメルーソ経由で報告してあげるわ」
管制室。通信終了後の画面をいつまでも凝視しているユウキに対して、後ろからマコトが声をかけた。
「必要ないよ」
「どうして?」
「もしまた直接会う機会があったら、あちらの世界の冒険のはなしを直接ききたいけどな。そうでないのなら、必要ない。あいつはあいつ。俺は俺だ。たぶんアーシスも俺のことは聞きたいとは思わないだろ」
「ふーん」
マコトがユウキの後ろから抱きつく。首に両手を回す。
「こ、こら、やめろ。人がたくさん居るんだぞ」
へへへ、逃げられるものなら逃げてみれば?
「やめろって!」
太平洋の公海上空、成層圏と宇宙の隙間を引き裂いて飛行するふたつの槍。
キャノピーの上、すぐ目の前に広がる暗黒の宇宙空間。あとほんのちょっとで星の世界に手が届きそうだ。戦闘機パイロットはおもわず手を伸ばす。
しかし、とどかない。彼は決してそこまで行くことはできない。現在の飛行高度は約15000メートル。愛機の限界に近い。どんなに頑張っても、彼はこれ以上のぼることはできない。
はぁ。
パイロットはひとつため息をつく。あたまを振る。そして、正面を向く。あらためて任務に集中する。
彼は宇宙までは昇れない。しかし、昇ろうとしている人々を護ることはできるはずだ。
宇宙往復機の離陸をエスコートした彼の愛機と僚機の任務は、それで終わりではなかった。往復機を見送った後、洋上で空中給油をうけ、そのまま空中で待機。
往復母機は、巡航速度まで加速しながら、背負った二段目ロケットの発射地点に向かうため太平洋上を大きく旋回して帰ってくる。これをふたたび出迎え、飛行の妨害を図る悪者から護るのだ。
しかし、宇宙往復機を護るといっても……。
パイロットの頭の中に、複数の疑問符が浮かぶ。
彼の愛機は最新鋭ではあるが、往復機とは速度も高度も違いすぎる。こちらはどんなに頑張ってもせいぜい音速の3倍程度。対して往復機の速度はそのさらに5倍。高度だってまったく違う。
よほど適切なコースで撃たないと、ミサイルだって追いつけない。……地上や洋上から撃つよりは遙かにマシかもしれないが。
妨害する側だって同じだ。巡航高度を巡航速度で飛行中のアレを妨害するのは至難の業であるはずだ。戦闘機にしろミサイルにしろ、あるいは噂に過ぎない衛星軌道からの防空迎撃システムが既に実在するとしたって、アレに命中させるのは難しい。そんなことが可能なのはせいぜい二〜三か国しかないだろう。
しかも、あれは弾道弾とは違う。人間が操縦しているのだ。追跡に気付いた時点でコースを変更すれば、どんな相手からだって逃げ切れるだろう。
ていうか、たとえ技術的に可能だとしても、世界中が監視・追跡している民生用の宇宙往復機にちょっかいをかける奴がいるのか? そもそも動機は何だ? 目的は? そんなことをして誰が得をするんだ?
……自分は、あの宇宙往復機をいったい何から護ろうというのだ?
パイロットの疑問符が解消されるまで、それほど時間を必要としなかった。
管制機から警戒指示が与えられたのだ。誘導に従いコース変更。直後、自機のレーダーにも影が映る。彼と同じポイントを目指しているように見える、何か。
往復機ではない。もっと遅いが、彼よりも上を飛んでいる。
……うえ?
そんなバカな。こんな高度を飛べる機体があってたまるか。
いまだ識別信号なし。すくなくても味方ではない。コンタクト。そして、彼は自分の目を疑う。
「……なんだあれは?」
はるか彼方、上方に見える影。彼が知る航空機のどれにも当てはまらない異様な物体。
翼がない。金属にも見えない。とても人工物には見えないそれは、長い身体をくねらせながら、まるでヘビのように成層圏を泳ぐ生き物? とんでもない速度だ。
あれは、……ドラゴン? いや、龍。東洋風の龍だ。
パイロットはここに至ってやっと理解したのだ。謹慎中だったはずの自分が、なぜ実験機のエスコートなどという晴れがましい任を命じられたのか。
そうだ、俺は自衛隊で、いや世界で唯一、ドラゴンとの空中戦を経験したパイロットなのだ。
「あのジジイ! やっぱり来たわね」
管制室の中。突然、壁の向こうの海の方向を見上げたマコトが叫んだ。
「どうした、マコト?」
「ドラゴンよ。……往復機の進路を邪魔しに来たわ」
ドラゴンの爺? フキ爺さんのことか?
「ちがうわ。あんな若造ドラゴンじゃなくて、『私達』よりもさらに古くからお隣の大陸に存在してきた龍、……ちょっと手ごわい相手よ」
龍、って竜じゃなくて龍か? おまえと同じように『穴』の位置がわかるのか?
「そうよ。あのもうろくジジイ、今の大陸の政権とは仲が悪かったはずだけど、……アーシス達を手に入れることで利害の一致があったようね」
いつの間にか管制室が騒然としている。二段目を分離するコースに向かう母機に対して、接近している物体が検知されたようだ。
ど、ど、ど、どうするんだよ。龍に狙われて往復機が逃げられるのかよ。
「コースを変えれば逃げるのは可能だろうけど、二度と帰るチャンスはなくなるでしょうね。それがあいつらの狙いだわ。……腹をくくるわよ。相手はしょせんドラゴン。たとえミサイルで撃ち落としたって、国際法上なんの問題もないわ」
そりゃそうだろうが、……ケンカうることにならんか?
「ユウキ兄。奴らは、この国をずっと守護してきたドラゴンである私をレーザーで撃ってきたのよ! 自衛隊がミサイルでその仕返しをするくらい当然のことだわ。……なあに、いざとなったら『私たち』とあの『龍』のタイマンで決着付けてやるから、両国政府に迷惑はかけないわよ」
うわぁ。中国五千年の歴史を誇る龍と八岐大蛇のタイマンとか、ちょっと見てみたい気もしてきたぞ。
決して放置していたつもりはないのですが、ちょっと間隔があいてしましました。
ある日突然唐突に物語が頭の中に湧いてきて続きを書かずにいられなくなる瞬間ってあるよね?
2020.09.20 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( https://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




