67.宇宙と君とのあいだには、いったい何があるのだろうね
「すごい。空が黒いわ」
アンドラさんが窓から外を覗いている。
「ここは高度3万メートルくらい。いま俺達は、空と宇宙の境目にいるんだぜ」
……と、教えてあげたいが、俺は口を開くことも出来ない。
ぐぎぎぎぎ。
俺の口から出るのはおかしな声、というより唸り。いや、異音だなこれは。とにかく、年頃の女の子が口から出していい音ではないのは確かだ。
俺の身体は、往復機の上昇に伴う加速Gにより、シートに押しつけられている。
したがって、まともに動かないのは口だけでは無い。腕も脚も腰も、とにかく身体全体がまったく動かない。呼吸すらのすらつらい。俺は凄まじいGに耐えるので精一杯。耐Gシートに埋まってしまいそうだ。
それでも、この往復機は垂直に打ち上げられる従来型のロケットよりも遙かにGが少ない、……はずだ。乗員の身体にやさしい、はずなのだ。広報用のパンフレットにはそう書いてある。この機体はもともとスペースプレーンとして設計され、将来的には一般の乗客を乗せることも一応は想定しているのだから。
だが、現時点ではあくまでも実験機。残念ながら、乗員の乗り心地は次世代以降の課題、という段階だ。特別な訓練などしていない人間にとって、しかも一般人よりも華奢でちっちゃいこの身には、固体ロケットブースターの加速はあまりにもきつすぎる。この暴力的な加速の中で平気で動けるアンドラさんがおかしいのだ。
それはそれとして、アンドラさん。離陸前、窓から外を覗いて顔が見えるようなマネはしないように言われていたはずだけど、いいのかな? まぁいいか。こんな高度までついてきている飛行機が居るはずないし。
……と、轟音がやんだ。暴力的な加速が一段落。固体燃料ブースターがその役割を終え、切り離されたのだろう。
ふう。
弾道飛行ではないので無重力とはいかないが、とにかく過激で暴力的なGは収まった。俺は離陸以来はじめて一息つくことができたのだ。
「大丈夫、アーシスちゃん?」
「あ、ああ。大丈夫。心配いらないよ」
アンドラさんがハンカチを取り出し、よだれやら涙やら鼻水やらを拭いてくれる。ありがとう。アンドラさんには、俺なさけないところばっかり見せちゃってるな。
ちなみに今の俺たちは、開発事業団がイベント用に用意している青い船内作業着を着せられている。いちおう国際宇宙ステーションで宇宙飛行士が着用している物と同じ素材なのだそうだ。
離陸前、スタッフの人達は、安全のため俺に宇宙服を着用させるべくいろいろと検討してくれたらしいのだが。しかし残念ながら俺のようなちっちゃい女の子が着用する宇宙服を短時間で用意することができなかったのだ。
本音を言うと、宇宙服を着てみたかった。しかし、俺には宇宙空間でも亜空間でも身を守ってくれるというクシピーと精霊がついているから、まぁ大丈夫だろうという話になったのだ。
それに、この身体の持ち主であるアーシスは、もっともっと高度な未来の宇宙用装備の経験があるはずだ。軍属だそうだから、戦闘用のモビルスーツだって着用したことがあるかもしれない。そのうち夢の中で聞いてみるさ。
「ずいぶん飛んだけど、もう『穴』の近くなのかしら?」
「まだギリギリ成層圏かな。マコトによると、いま『穴』はもっと上にあるらしいよ。それに、まだこの機体の巡航速度にすら達していない。今はせいぜい音速の5倍程度。次はスクラムジェットエンジンの加速がはじま……るぅぅぅぅ、……ががががががぐげげぇぇぇぇ」
言いかけたところで、機体後方からあらたな轟音が響く。ふたたび身体がシートに押しつけられる。母機のメインエンジンであるスクラムジェットが起動したのだ。
エンジン音は徐々に甲高くなる。それにつれ、さらにGが強くなる。これから、母機の巡航速度であるマッハ15まで加速するのだ。離陸時のブースターによる暴力的な加速よりは緩い、時間をかけてのゆるやかな加速。それでも、一般人にとって日常では絶対に経験することがないGであることには変わりがないが。
ぐぎぎぎぎぎぎぎげれdばれらlkつ4ふじこ
俺はまた必死に耐えるだけだ。
「なぁ。異世界のテクノロジーを少し分けてあげるから、あの宇宙往復機に乗せてくれないか。そして、成層圏にある時空の穴まで送ってくれ。……頼むよ、お袋」
つい数時間前、基地の駐車場で俺はお袋に対してこう言った。
そのときの宮澤副主任の顔。ポカンと口を開け、呆けた顔。俺が俺だった頃、お袋のあんな顔は見たことがない。
そりゃそうだ。彼女は名門大学の工学部を卒業後、難関試験を突破して国家公務員となった常識人。いまや国家プロジェクトにかかわるエリートだ(本人によれば、本流からは全く外れたはぐれ者でこれ以上出世の見込みはゼロだそうだが)。こんな身元不明の怪しい少女の言葉を信じる方がおかしいよな。
その上、往復機の飛行試験直前に、レーザーでマコトが狙撃されるというあきらかな異常事態。防衛省を名乗る謎のおっさんの存在。こんな状況であるにもかかわらず、いちおう話だけでも聞こうという気になってくれただけでも、さすが俺のお袋だ。
俺達が案内されたのは、ちょっと、いやかなり雑然とした部屋だった。
俺と『俺』、マコト、そしてアンドラさん。ついでにおっさんが、長机の前に座る。
「こんな場所でごめんなさい。今日は会議室も応接室もお偉いさんのオフィスもみんな来賓やマスコミ対応で埋まってて。でも、ここは管理区域だから、部外者が入り込むことはないわ」
部屋のあちこちに無秩序に散らばる大量のPCやタブレット。ならんだ大画面ディスプレイ。積み重なる書類。でっかいホワイトボードには、わけのわからない数式や図が色とりどりの重ね書き。目の前に置かれたのは、基地の自販機で購入したと思われるジュースとお茶のペットボトル。
ここは、普段はパイロットや管制スタッフのブリーフィングに使われる部屋なのだそうだ。
防衛省のおっさんがお袋と一通り話をしたのち、俺達はここで一時間ほど待たされた。再びお袋がやってきたとき、計画の責任者というおっさんが一緒だった。俺も両親の職場に遊びに来たとき何度か会ったことがあるな、この人。苦り切った表情が痛々しい。俺のせいだよな、ごめん。
責任者のおっさんは、まずは俺達民間人の女子供の顔を見渡す。そして、にっこりと笑った。
「正直言って私もいまだ事情が理解できていませんが。……たいへんな事に巻き込まれたそうですね。とにかく、ケガがなくてよかった。ここは安全ですから、安心してください」
ここ数ヶ月でそれなりにヤバイ経験を積んでしまった俺にはわかる。これは子供の前で無理矢理作った笑顔だ。しかし、それができる大人がそれほど多くないということも、今の俺にはわかる。この人は、大人だ。とりあえず、論理的な話ができる相手のようだ。そうであってくれ。
そしておっさんは、防衛省のおっさんを睨んだ。笑顔が消え、顔が引きつる。
「防衛省の方、……でしたよね。本省に確認したところ、あなたのおっしゃる事が真実であることが確認されてしまいました。まことに信じがたいですが」
引きつりを通り越して、表情が歪んでいる。心中を必死に隠しているのだろうが、それでも口調もぞんざいになる。
「さらに、官邸からも直接指示がありました。こんなことは異例中の異例でしょうね。お嬢さんおふたりの扱いについては、我々の手の届かないところで既に決められているようです。……今日の試験飛行が中止にならなかっただけましだと、ここは感謝しておきましょう」
そういいながら、おっさんはため息をひとつついた。
マコトの顔をみると、あらぬ方向をながめている。わざとらしい白々しい顔。お前、じゃなくて『別のお前』が、永田町だか霞ヶ関だかで、いろいろ動きまくっているということなんだろうなぁ。
「もちろん、政府や各省庁、企業、関係者入り乱れてさまざまな取引はありましたよ。もっとも、あなた方、軍隊やインテリジェンスのみなさんにとっては、駆け引きの本番はこれからなんでしょうけどね、私は近づきたくもない世界だが。……おっと、これはお嬢さんがたには聞かせることではありませんでした」
おっさんの表情は、今や苦虫をかみつぶしているようだ。隣のお袋もため息をつく。
うん。わかる。やっとのことでここまできたプロジェクトに、突然の横やりが入ったんだ。嫌味のひとつもいいたくなる気持ちはわからなくもない。この短時間の間に、本当にいろいろとあったのだろうなぁ。
ちなみに、これは後からマコトに耳打ちされたことだが、責任者のおっさんや、お袋、基地の人々に伝えられた真実は、すべてではない。
公知とされたのは、俺とアンドラさんが異世界からドラゴンとともに落ちてきたこと、自衛隊といろいろあったこと、そして正体不明の勢力に追われていることだけだ(それだって部外者には絶対極秘扱いだが)。マコトとユウキはあくまでも突発的な事件に巻き込まれただけ、ということになっている。当然のことながら、俺の中身が『俺』であることや、マコトが妖怪であることは、お袋も含め基地のスタッフには伏せられている。
要するに、『俺』とマコトはデートの途中でたまたま異世界から迷い込んだ二人に出会い、元の世界に還そうとこの基地まで連れてきたことになっているそうだ。単純にいえば、E.T.の映画のストーリーのようなものか。
十分荒唐無稽なストーリーだと思うのだが、意外にもあっさりと受け入れられたらしい。もしかしたら、宇宙開発に関わる人々にとって馴染みのあるおはなしなのかもしれない。
数瞬の沈黙の後、責任者のおっさんは頭をふる。両手で自分のほおを叩く。そしてふたたび口を開いた。全員の顔を見渡す。今度は、妙に明るい、というかすっきりした表情をしている。
「しかし、これから我々がやらねばならぬことははっきりしました。我々は異世界から来たというお二人に、全面的に協力しましょう。信用していただいて結構です。すでにスタッフには計画変更の指示をだしました」
でも、信用してくれと言われても、俺にはちょっとだけ不安が残るのだ。
このおっさんやお袋達は大人だ。だが、大人だからこそ、いろいろと事情があるはずだ。俺達みたいな子供の事情を優先してくれるとは限らない。たとえマコト達が裏で動いてくれていたとしても、だ。
迷惑かけてごめんなさい。本当に、信用していいんですか?
「もちろん。そんなに恐縮する必要はありません。今回の件にかかわる突然の計画変更。大幅な計画の遅延はやむを得ないものの、各方面に恩を売れたし追加予算も約束させたし長期的にみて我々にとって悪い話ではありませんから……」
言いかけて、おっさんが一瞬だけ口ごもる。
「違う。そうじゃない。この子達に言うべき事はそういう事じゃなくて……。えーと、多少計画が遅れたところで、重力波にかかわる異世界のテクノロジーが手に入るのなら安いもの……」
また沈黙。しかし、今度は短い。
「これも違う。断じて違う。そうじゃないんだ。そんな事はささいな事だ。それよりもっ!」
計画責任者のおっさんが拳を握った。そして机をひとつ叩く。突然立ち上がったぞ。なんだなんだ?
「それよりも、そんなことよりも、異世界からドラゴンに乗って迷い込んできた超科学を操る可愛らしい女の子が目の前に居るんだ! アニメかラノベかというばかばかしい話ですが、私は信じますよ。信じますとも。国産シャトルを使って彼女達を元の世界に還そうなんて、我が国の政府も自衛隊も粋なことを考えるものだ。宇宙開発の最前線にいる我々がそれに協力するのは、あたりまえでしょう!!」
なにこの熱血おっさん。この場の全員、枷が外れたようなおっさんの異様な迫力に引いている。いや違う、ひいているのは俺達だけだ。基地スタッフはみんなニコニコしておっさんを見ているぞ。お袋なんて拍手までしていやがる。
「さぁさぁ、ぼやぼやしていると絶対に国内外から政治的な横やりが入ります。最悪の場合、物理的な妨害だってありえます。せっかくマスコミが注目しているんだ。予定通りさっさと離陸させてしまいましょう!!」
この人達、立派な大人だと思っていたが、それは間違いだったかもしれないなぁ。
そーかー。俺達の両親も含め、こーゆー人達が、あの往復機を作ってるのかぁー。
少なくとも、この人達は絶対に信用できる。なぜか俺は、それがとても誇らしく感じたのだ。
おひさしぶりです。今年こそ少しペースをあげて、なんとか完結させたいと思います。
よろしくお願い致します。
2019.01.27 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( https://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




