66.故郷に帰ってきたつもりだったけど、いつの間にか俺の帰る場所はあちらになっていたんだよね
北の大地。太平洋に面した大平原の真ん中を貫く長い長い滑走路。宇宙往復機の実験基地だ。
巨大な機体が、ゆっくりと移動している。純白の三角翼。白鳥の首を思わせる華奢な胴体。母機だけをみれば、文句なく世界一美しい機体と言えるだろう。
だが、その優美な姿も、背中に背負われた無骨な二段目液体燃料ロケットと寸詰まりのシャトルが、すべてをぶち壊わしにしていた。さらに、三角翼の下にぶらさがった四本の下品な固体燃料ロケットブースター。全体としてみれば、ゴテゴテと装飾過剰で不格好だとそしりを受けても仕方が無い。
だが、それでもこれは格好いい。誰がなんと言おうが格好いいのだ。実際にシャトルに乗りこんでいる俺が言うのだから、絶対に間違いない。
母機のメインエンジンは、まだ起動していない。ていうか、そもそも離陸時にメインエンジンは使えない。
宇宙往復機母機のメインエンジンは、スクラムジェットエンジンだ。
通常のジェット機に搭載されるターボファンジェットエンジンは、エンジンに取り入れた空気を燃料とともにタービンにより圧縮、爆発燃焼させることで推進力を得る。しかし、往復機は極超音速巡航が前提であり、この速度では空気の圧縮にタービンは利用できない。このため、超高速な機体に空気が取り込まれる際の空気抵抗により圧縮、そのまま燃焼する形式のエンジンを使う。これがスクラムジェットエンジンだ。
だが、スクラムジェットエンジンには致命的な弱点がある。機体が超音速まで加速しなければ起動できないのだ。
母機は通常タイプのターボファンエンジンも装備してはいるが、これはあくまでも着陸時もしくは非常時に利用するためのものであり、飾りよりはマシという程度の推力しかない。巨大な機体を成層圏までもちあげ、さらにメインエンジン起動可能な超音速まで加速する力は無い。背中に二段目のロケットを背負った状態では、離陸すら出来ない。
主翼下に吊り下げた固体燃料ロケットブースター四本は、このためにのものだ。母機が離陸、上昇、加速するためには、その推力が不可欠なのだ。
ブースター点火、すなわち離陸まで、あと数分。俺はその瞬間を待つ。
母機のコックピットは機体先端にある。機体の大きさの割にあまり広くはないそこで、五人の乗員はみな、少々いらついていた。
離陸時刻が予定より遅れているのだ。
離陸直前、管制の指示によりなんの前触れもなくカウントダウンが一時停止された。機体は誘導路で停止。コックピットの乗員をそこで待たせたまま、多数の作業員が背中のシャトルに群がって、なにやら作業が始まった。
管制室によると、ちょっとした予定外の事象がおこり、背中に乗せているシャトルの最終チェックが予定以上に長引いたそうだが。
飛行試験直前の今になって予定外の事象って、いったいなんだ? 試験に影響はないそうだが、なぜ俺達に内容を説明してくれないのだ?
まぁいい。ともかく、離陸までまだ少々時間がある。だれからとなく、世間話が始まった。
「……ここ数日、GPSや各国の衛星測位システムに原因不明の異常な誤差が発生していたの知ってるか?」
「ああ。実用にはほとんど影響がない程度だが、あきらかに有意な誤差だときいている。……もしかしたら、今やってるシャトルの最終チェックとやらも、それに関係しているのかな?」
「そうかもな。あの原因不明の機器異常、極東、それもちょうどこのあたりを中心に起こってるらしいから……」
彼らが知らされている限り、誤差といってもほんのわずかだ。一般の用途では影響はない。開発事業団も、飛行試験に影響なしと結論づけていたはずだ、が。
「本当に飛行試験には影響はないんだろうな?」
「お偉いさん達が大丈夫と言っているのだから、大丈夫なんだろうさ」
もちろん、この会話は管制も聞いている。それがわかっていて、あえて口に出しているのだ。最終チェックとやらの内容すらも教えてくれない連中相手に、この程度の嫌味は許されるだろう。
「その件と関係あるかどうか微妙なんですが、……開発事業団の中でも宇宙天文台衛星関係の連中、というか世界中の天文学者や物理学者達が、やはりここ数日、騒然としているのは知っていますか?」
システムの最終チェックをしながら、航法士が会話に割り込んできた。彼は物理学の学位持ちで、量子コンピュータの専門家でもある。
「例の重力波か」
「そうです。きっかけは重力波天文台の観測データなんですが、よくよくデータを調べなおしてみたら、理論的にはありえないものだったそうですよ」
「ほう。しかし、宇宙往復機のパイロットとして興味がないわけじゃないが、そっちは当面俺達には関係ないな。重力波って、巨大ブラックホールとかから出てくるんだろ? 月くらいならともかく、銀河の中心まではオレの手は届かない」
「それが、今回の発振源は宇宙の彼方じゃなくて、どうやら地球近傍。もしかしたら大気圏内じゃないかってはなしです。しかも、いまこの瞬間も発振されているとか」
「そんなバカな。物理学者じゃないオレだって、それがあり得ないことだとわかるぜ。本当なのか?」
「本当です。……さっきのGPSの異常データの話をしていましたよね。実は、異常が生じているのはGPSだけじゃないんです。他の衛星を使ったシステムや電波天文台や量子コンピュータや原子時計や、とにかくいろいろな機器に本来ありえない異常誤差が発生しているんです」
「……それ、すべて重力波が関係しているのか?」
「ええ。これら世界中の機器で発生した微妙な誤差、……もしかしたら原因は同じ重力波由来の空間の歪みなんじゃないかってSNSで言い出した研究者がいて、昨日から世界中で多数のデータの見直しが始まって、それらを照合してみたら、どうもたしかにそうらしい。しかもこの重力波、……らしきものは、理論的には考えられないほど波長が短い上に、多数の波長が重ね合わされていることがわかったそうです。自然現象ではないかもしれないと言い出す者もでてきて、世界中大騒ぎですよ」
航法士は一気にまくし立てた。後半は早口で聞き取りにくいほどだ。現役の研究者の端くれとして、興奮が抑えきれないのだろう。
たしかに、第一報からまだたった数日だ。それで、そこまでわかってしまったのだから、世界中の学者達は興奮はよほどのものなのだろう。
「なぁ、それって……」
彼の興奮が伝染したのか、普段無口な通信担当のエンジニアまで割り込んできた。
「オレは重力波なんて専門じゃないけど、……それって、もしかしてスペクトル拡散変調や位相面変調みたいなのでデータ転送されたりしてな?」
興奮状態の彼を茶化して、しょうしょう落ち着かせるつもりだったのかもしれない。しかし、それは逆効果になった。
「え! あ、……た、たしかに。しかし、でも、そんな……、人工的な重力波なんて……。でも、でも、もしそうだったら……」
「じょ、冗談だよ。冗談。本気になるな。いまのは単なる思いつきの冗談だから、気にしないでくれ」
「いや、でも、確かにそれならデータと辻褄があうかも。……確認しなきゃ。ちょっと、大学の知り合いに連絡とっていいですか?」
「バカ言うな。離陸まで時間がない。帰ってからにしてくれ。……どうせそんなの人類の科学じゃ不可能だろ」
そう。今の人類の科学では、単純な重力波を人工的に発振することすら不可能だ。ましてや波長や位相をコントロールしたり変調して意味のあるデータを乗せるなど、論外だ。絶対に不可能なはずだ。
「で、で、でも、もし、それが本当なら、……これ、我々の知らない文明との、ファーストコンタクトかもしれないですよ。こんなことしている暇は……」
振り返った表情でわかる。いま彼の頭の中では、飛行試験のミッションと研究者としての好奇心、どちらに価値があるのか秤にかけられている。そして、天秤はあきらかに後者に傾きかけている。
「はぁ。……これは、オレが、いや大勢の人間が何十年も夢見てきた宇宙往復機だ。やっとのことでこぎつけた飛行試験だ。頼むから『こんなこと』よばわりしないでくれよ。すべては帰ってからにしてくれ。いいな?」
パイロットであり機長でもある彼は、まったく悩む必要などない。彼にとって目先の飛行の方が遙かに大事、心躍るに決まっているのだ。
……だが、副パイロットが話を蒸し返した。それも妙な方向に。
「えーと、まさか、先日のドラゴン事件と関係ありませんよね? あれ、ここのすぐ近くだし。飛行中に遭遇したりなんて……」
「……まさか。さすがにあのドラゴンはフェイク画像だろ? おまえ、元戦闘機パイロットのくせに、しかも有人シャトルの宇宙飛行士候補でもあるくせに、あんなもの信じてるのはどうかと思うぞ?」
「ひどいなぁ。さっきは『ファーストコンタクト』とか言っていたのに、『ドラゴン』はフェイク扱いなんですか? でも、あのドラゴンは実は……」
言いかけて、副パイロットは口をつぐんだ。そのあきらかに不自然な様子に、他のメンバーが妙な表情で見詰めている。
そうだ。ドラゴンについては他言無用だった。実際に遭遇した自衛隊同期のパイロットから話を聞いた際、固く固く釘を刺されたことを思い出したのだ。
「ちょっとまってください! あれ? 上のシャトル、誰か乗ってませんよね?」
唐突に通信担当が叫んだ。母機が背負った二段目のロケット。その先端のシャトルは、今回の飛行では無人のはずだ。
「シャトルの最終チェックとやらが、まだ続いているんじゃないのか?」
「まさか。全ての作業員は機体から離れたと、さきほど連絡があった。もう着陸するまで人の出入りはないはずだ」
「無人カプセルの中が与圧されるのは、もともとの計画通りだぞ」
「そうじゃありません。内容は不明ですが、シャトルと管制の間で我々にも解読できない秘匿通信がおこなわれているんです」
「テレメータじゃないのか?」
「一応確認してみよう。離陸前に気になることは潰しておきたい」
「こちらコントロール。どうした?」
「一応確認したいのだが、シャトルに人がいないか?」
「……いない。最終チェックは既に終了している」
どうして間があいた? その三点リーダーは、なんだ?
「計画に変更はないんだろうな?」
「ない。……いや、まて。一部修正が発生した。二段目を分離する位置と方向が変わった。新たなデータはこれから転送する」
「この段階で計画変更だと?」
ちょっとまてよ。それは、試験衛星やシャトルの軌道も変わるということだよな? 簡単なことじゃないぞ。
「そうだ。飛行中にさらなる変更が発生する可能性もある。……各所との調整はすべてすんでいるから、君たちは何も気にする必要はない。指示に従ってくれ」
ちょっと待てって。たしかに、普通のロケットよりも軌道を自由に変えられるのがこの往復機の利点ではあるが。そして、この機体はもともと軍事的な利用も想定されていて、本格稼働時にはフレキシブルな運用がなされるだろうと予想したが。それにしても、試験飛行中にコース変更って……。
「それからもうひとつ。計画の修正については極秘あつかいとなる。詳細は後ほど伝えるが、着陸後も他言無用。マスコミに対しては、すべて事前の予定通りだったということにして欲しい」
ええ? わけがわからない。これはあくまでも飛行試験だろ? 軍事ミッションじゃないだろ? 軌道はすべて公開されているはずだろ? ていうか、世界中から追跡されているのに、極秘もくそもないだろう? 隠せるはずがないだろう。俺達が知らないところで、いったい何が行われているんだ?
基地上空に甲高いジェット音が響く。
二機編隊の鋭角的な戦闘機。パイロットが見下ろす先には、彼らが発進した基地よりもはるかに長い滑走路。その端っこに、純白の三角形の機体。すでに離陸態勢だ。
彼が駆る戦闘機は、彼女のエスコート役。離陸からほんの数分間だけとはいえ、宇宙に憧れた人々の夢を乗せる宇宙往復機と、この空で最強の戦闘機が並んで飛ぶのだ。その画を想像しただけで、こころがおどる。
先日のスクランブル任務でのドラゴンとの空中戦。まるでおとぎ話のようだったあの任務とは対照的だな。
パイロットは、口の中だけで独りごちる。
あの摩訶不思議な事件もパイロットとしてはいい経験になったと思うが、その後に山ほど書かされた報告書や始末書、ついでに秘密保持の宣誓書等々には、もううんざりだ。
眼下の往復機をもう一度みる。アレには、宇宙飛行士に志願し、戦闘機を降りた同期が乗っている。
あの後、自分は最新鋭の戦闘機に乗ることになった。自分の愛機を奴に見せつけてやりたい気持ち、宇宙飛行士に向けて一歩ずつ前進している奴が羨ましい気持ち、今の俺の心の中でどちらが大きいのか? なかなか難しい問題だな。
管制から通信。離陸時刻が少々遅れているそうだが、それ以外は基本的に予定通り。
だが、予定とは異なる点は他にもいくつかあることを、彼は知っている。
彼が座るコックピットの下。ウェポンベイの中には、実弾のミサイルが格納されている。数日前までの予定では、この任務では武装などしないはずだった。それが、彼が離陸直前に変更になったのだ。
単なる飛行試験のエスコートなのに、なぜミサイルが必要なのだろう? いったい何を警戒しているのだろう?
滑走路上の母機が、ゆっくりと動き出した。まるで亀のような速度。ターボファンエンジンのパワーのみで、ゆるゆると加速を始める。
『10,9、8、……』
無線を通して、カウントダウンが聞こえる。滑走路上空で旋回。ロケットブースター点火のタイミングにあわせ、往復機ときれいに並んで飛べるよう位置と速度を調整するのは、至難の業だ。
『……3、2、1、0、ブースター点火』
母機を後方低空から追い抜く瞬間、一瞬、凄まじい煙が地面を覆う。往復機の後方、はるか彼方の原野まで炎と煙がふき突き抜ける。そして、白い煙をつきやぶり、巨大な機体が一気に猛烈な加速を始める。
すげぇ。
パイロットはおもわず声を上げた。
まだ滑走路の上だ。それなのに、ブースターの凄まじい推力が、巨大な機体を強引に加速していく。彼がスロットルを開かなければ、すぐ上をとぶ戦闘機すら追い抜きそうな勢い。離陸する前から、機首と翼端に水蒸気の壁ができている。
長い長い滑走路、その端が迫る。まだ離陸しないのか? 間に合うのか? 頭の中ではそれが杞憂だとわかっていても、心配になる。
あがった!
海岸ぎりぎりの地点で、巨体はやっと機首を持ち上げた。
べたなぎの北の海の上、白い爆炎をながく引きながら飛ぶ優雅な白鳥。その斜め後ろ、ちょっとだけ高度差をつけて、水平に飛ぶ。
すごい。こいつは凄い。さすがロケットブースター。すごい迫力だ。もう音速を超えたのか。
巨体がさらに加速。機首を上げる。旅客機ではありえない急角度で、空に向けてかけ上がっていく。
もちろん彼の戦闘機も機首を上げる。スロットルを開く。遠くから見守っていた観測機やマスコミの機体は、もうついてこれない。あっという間に置き去りだ。ここからは、俺達だけの旅だ。
純白の彼女は、まずはとにかく高度をあげなくてはならない。十分に加速するため、空気抵抗がすくない成層圏まで遮二無二あがっていくのだ。
まだだ。まだついていける。
しかし、超音速巡航すら可能な愛機が、アフターバーナー全開でやっとだ。薄い大気が震えている。ロケットエンジンの爆音と甲高いタービン音の二重奏に聞き惚れる。この瞬間が、いつまでもつづけばいいのに。
……そろそろ限界か。
蒼空と宇宙の境目が迫る。さすがの愛機もついていけない。彼女はまだ本気じゃない。メインエンジンのスクラムジェットは起動すらしていない。さらに、二段目の液体燃料ロケットは、その数倍もの速度がでるというのに。
すげぇ。オレも宇宙飛行士に志願すればよかった、かな?
あれ?
目をこらす。視力には自信がある。彼の視線の先は、彼女が背中に背負った再突入&滑空実験用シャトル。
いま、窓から人の影がみえたような気がする。今回の試験は、シャトル部分はあくまでも無人の滑空実験、のはずだよな。そもそも、あの暴力的な加速の中、普通の人間が窓を覗くような余裕があるはずないよな。でも、え、金髪? こないだドラゴンに跨がっていたおねぇちゃんに似ている? まさか、さすがに見間違いだろう。
すでに雲は遙か下。空は青から黒になった。彼が必死に追いかける彼女の加速はまだ続いている。メインエンジンが起動可能なマッハ五まで。スクラムジェットの力でマッハ十五まで。背中の二段目液体燃料ロケットにいたっては第一宇宙速度まで。彼の愛機、いや通常の航空機では絶対についていけない速度まで、彼女は加速していくのだ。
白い煙ははるか彼方先にいってしまった。視界の端、役割を終え切り離されたブースターが落ちていく。
お、彼女のお尻に新たな閃光。スクラムジェットエンジンが起動したか。レーダーで確認。さらなる加速が始まった。すべて予定通りだ。すげぇ。ホントすげぇぞ。
よーし、いけ。空へ。宇宙へ。俺には決して手の届かない世界まで!
2018.04.29 初出
2018.05.03 ちょっとだけ表現を修正しました
今回、文字数が多い割に、主人公の出番がありませんでした。
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( https://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




