64.女の子だって男の浪漫を語ってもいいよね
俺たちは宇宙往復機の実験基地にいる。原野の中に確保されたとにかく広大な敷地の端っこ、駐車場にはいったところだ。
駐車場のゲートはカメラに監視されているものの車はフリーパス。もちろん人が基地の敷地に入る前には受付が必要であり、通常は関係者以外は立ち入り禁止なのだが、そこは防衛省のおっさんが事前に話を通してあるらしい。
俺達は車を降りる。外はいい天気だ。なんて爽やかな空。実験日和。
金網の向こうに滑走路の端っこが見える。長い。向こうの端っこが見えない。地平線まで続いているんじゃないかと思えるほど。さすが、土地だけは有り余る北の大地の利点を最大限に活かした実験基地だ。
そして、遙か彼方には巨大な格納庫。その前に鎮座する美しい白い機体。
「……居た」
俺はおもわず目を奪われる。
親父やお袋達がその開発に心血をそそいでいる機体。陽炎の揺らめきの中、それはまるで俺を待っていたかのように佇んでいる。
俺の視線の先、宇宙往復機の母機として開発が進められている機体。その外観の最大の特徴は鋭角的な三角翼だ。機体の大きさに比較して胴体は細く、機首のすぐ後ろには水平なカナード。後部に控えめな垂直尾翼が二枚。機体下部に並ぶ直線的な空気取り入れ口とエンジン……。
そう、それは、人類の航空機史上もっとも美しいあの機体。すべての男の子が一度は憧れる超絶格好いいあの航空機。ノースアメリカンXB-70ヴァルキリー、……ではない。
最新の宇宙往復機が、百年以上前の機体と同じはずがない。
まず、胴体がちょっと太くてがっしりしている。主翼の末端は折り曲がらない。そしてエンジンがやたらでっかい。
外観だけではない。極々超音速の超高温にも耐えられる機体素材。中身の電子機器は全くの別物。なによりもメインエンジンが違う。普通のターボファンのジェットエンジンではない。液体水素燃料を使ったスクラムジェットエンジンだ。巡航高度は成層圏のはるか上、最高速度はマッハ十五。
その上、こいつは宇宙往復機の母機であり、一段目ロケットの役割であるから、単独で飛ぶものではない。その背中には太くてでっかい二段目液体ロケットが背負われ、さらのその先端には無人シャトルの滑空実験機がついている。
さらに不格好なことに、両主翼の下には離陸および加速用の固体燃料ロケットブースターがぶら下がっている。ようするに、子亀を背負った親亀が、下に小判サメを数本ぶら下げて泳いでいるようなものだ。
それでも、それは格好いいのだ。誰が見たって、本家ヴァルキリーと同じくらい、いやそれ以上に。
『ヴァルキリーと似たような機能を追求したらヴァルキリーと似たような形になってしまったのは仕方が無いだろう』とは、いつか親父が俺に言った言葉だが、これは絶対に狙ってやったデザインに違いない。実験直前の機体を間近に見た今、俺はしみじみ思うのだ。親父、そして開発に関わる全ての人達、こんな格好いいものを作ってくれてありがとう!
「アーシス、ちょうどあっちの世界に行っていたから、二段目を背負った姿は見たことなかったものね」
しばし立ち止まり実験機を見詰めていた俺に向かって、マコトが微笑みかける。母親みたいな視線で俺を見やがる。
「うむ。アレこそ男のロマンの詰まった機体だ。いまだにマコトは理解できていないようだが……。たとえ外見は女の子になっても、中身が俺ならば見とれるのは当たり前だよな」
したり顔でうんうん頷くのは『俺』だ。くそ、否定できない。だけど俺の頭をワシャワシャなでるのはやめろ。
「なぁにが男のロマンよ、えらそうに」
マコトが頬を膨らませている。俺と『俺』が意気投合してるのが気にくわないのか?
「アーシスは知らないでしょうけど、実験直前になっていろいろ批判も噴出しているのよ。矢面に立つ立場のユウキ兄のお母さんは苦労しているんだから。やれ離陸に固体燃料ブースターまで使うくらいなら普通の液体燃料の使い捨てロケットを一段目にした方が安くあがるとか、やれ将来は極超音速旅客機への転用をうたう割に旅客機の規格をまったく満たしていないとか、しまいには戦略爆撃機に転用されれば地上からは絶対に撃墜不可能で国際的な脅威になってしまうとか……」
なんだと! ちがう! ちがうぞ、マコト。それは断じてちがう!!
おもわず大声がでた。
「それは批判する奴らの頭がおかしいだけだ! アレはたった数時間で地球を一周できるんだぞ。一旦巡航モードに移行すれば速度が猛烈に速いぶん燃費は決して悪いとはいえないし、あの機体なら使い捨て弾道ロケットとちがって人間が操縦できるぶん融通が利く。どんな軌道の衛星だって惑星探査機だっていつでも自由に打ち上げ放題だ。給油の方法さえ確立できれば永遠に空中を飛び続ける宇宙と地球を結ぶプラットフォームになれるかもしれない。国際月面基地計画にだって有人火星探査計画にだって絶対に役に立つ。なによりも、……なによりも、かっこいいじゃないかぁぁぁぁ!!!」
いつのまにか俺は拳を握りしめて絶叫していた。声が裏返ったかも知れない。あっけにとられたマコトの顔。アンドラさんとおっさんはドン引きしている。……しまった。つい興奮してしまった。
パチパチパチパチ。
拍手?
熱くなりすぎた俺にあきれ、まるで時間が止まったような俺達一行に、拍手をしながら近づいてくるひとりの女性。
「すばらしい演説ありがとう。プロジェクトのすべての関係者に、いえ反対する政治家達に聞かせてあげたいくらいだわ」
その女性、スーツの上から白衣を羽織った眼鏡、……うわ!! 俺はおもわず顔を伏せる。
「あ、おばさま。こんなところでどうしたんですか?」
「マコトちゃんに、ユウキ。貴方達こそ、なにやっているの? その可愛らしい女の子は?」
俺はこの人をよーく知っている。そう、俺の、お袋だ。
『俺』の母は、もともと公務員。俺が生まれる前からプロジェクトに関わり続け、いまでは広報部門の副主任だ。ついでに父は航空機メーカーのエンジニア。ふたりが出会ったのは、この計画が立ち上がってからだそうだ。どうでもいい情報だが。
ちなみにマコトの両親は二人ともIT企業のエンジニアだ。昔から人工衛星関連のシステムに関わっていた縁で、プロジェクトに参加しているそうだ。
「今日の実験、離陸シーンを見学させてもらおうと思って」
マコトはにこやかに挨拶。いつも通り、こいつの外面は完璧だ。さすがにうちの両親には、マコトのオロチの正体はともかくとして、猫かぶりの性格はかなりばれているはずなのだが、それでもお互いに気づかないふりで大人の付き合いをしているのだ。
一方で『俺』は仏頂面をしている。
まぁ、高校生の男の子が恋人や友達と一緒の時に自分の母親と会って仏頂面になるのは、無理も無いことなのかもしれない。第三者からみれば理解できなくもない。でもな、こんな姿になってしまった今の『俺』の立場から言わせてもらえば、両親にはもっと優しく愛想良くしておいたほうがいいぞ。いつ二度と会えなくなるのかわからないのだから。
「二人とも、わざわざ一般枠で見学に申し込んだの? 私に言ってくれれば、管制室だっていれてあげたのに。ごめんね、気がきかなくて」
「うちの親もそうだけど、ここんところ毎日忙しそうで。なかなか頼みずらかったんです」
「そうよねぇ。深川さんのセクションもこのところトラブル続いていたものねぇ。本当にごめんね。ユウキが迷惑かけたでしょう」
「そんなことないですよ。ユウキ兄のおかげで寂しくないし」
「そう言ってくれるとうれしいわぁ。ホント、マコトちゃんがいてくれてよかった」
なんだ? 今までは気にならなかったが、第三者として聞いているとこれは仲の良い嫁と姑みたいな会話じゃないか。うわー、なんか恥ずかしい。
「それで、おばさまはどうしたんですか?」
「ああそうそう。実験の視察、というか冷やかしに来るお偉いさんを空港までお出迎えのはずだったんだけど、突然キャンセルになっちゃって」
ここでいう空港とは、五十キロほど離れたところにある民間空港のことだろう。それにしても、副主任自ら車でお出迎えとは、一応国家プロジェクトなのに貧乏くさいな、おい。
「で、いま引き返してきたところ。この忙しい中、迷惑な話よねぇ。……それよりも、プロジェクトに詳しいそちらのお嬢さん達は、お友達?」
お袋がニコニコ嬉しそうに、俺の姿を眺めている。
やばい。俺は見た目は中学生、へたしたら小学生。そして保護者であるアンドラさんは見た目OLだ。しかも二人ともどうみても日本人には見えない。さらに自衛隊のおっさんもいるし、『友達』でごまかすのは難しいかもしれない。
「ええ。バスの中で知り合ったの。彼女たちもご家族で実験見学ですって」
「そうでしたか。楽しんで行ってくださいね」
さすがマコトだ。この状況を無難に切り抜けるとは。そしてお袋と目があった。マコトが俺をお袋の前に出す。
え、えっと。
お袋に対して、俺は何を言えばいいのか。俺は何を言うべきなのか。俺は、……俺は、俺は。
俺は何も言えなかった。
さっぱりストーリーが進展しないのは作者の仕様なんです。が、次話くらいからちょっと進み始めると思います。
2017.12.17 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( https://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




