63.穴があったら入りたくなるのが人間なんだよね
ファミレスでの朝食の後、俺達はまたおっさんの車に乗せられた。ありふれたミニバンで向かうのは街の郊外、親父達が働く宇宙往復機の実験基地だという。
キツネやエゾシカ飛び出し注意の看板。制限速度など誰も守らない四車線のまっすぐな国道を走る車の中。マコトが天井を指さしながら、俺達の帰還に関わる問題点とやらの解説を始めた。
「第一の問題。いま、『穴』は空にあるわ」
そういえば、向こう側の穴の入り口も空中にあったな。ドラゴンの爺さんに乗って飛行中に穴に吸い込まれたんだった。……どうやって空中の穴に入るんだ? おまえが乗っけてくれるのか?
「残念ながら、わたし空は飛べないのよねぇ。だから、ユウキ兄、いえアーシスと一緒に来たドラゴンに呼びかけているんだけど……」
爺さんか! すっかりわすれてたけど、戦闘機と空中戦したあと別れたっきりだな。いまどこに居るんだ、あの爺さん。
「それほど遠くじゃないのはわかってるのよ。なのに、この私が呼んでるというのに無視するなんて。……何やってるかしらね、あのチンピラ若造ドラゴンは!」
マコトが胸の前で腕を組み、ぷんぷん怒ってみせる。きっと爺さんのことだから、ナンパでもしてるんじゃないか? ……でもマコトの奴、半分冗談めかしているが、俺にはわかる。これは本気で怒ってるぞ。爺さん、あとで半殺しくらいは覚悟した方がいいかも。
「あの、……いい機会なのでひとつお聞きしたいのですが」
防衛省のおじさんが会話に割り込んできた。なに?
「お二人が乗っていたあのドラゴン、元は欧州にいたことがあったりしますかね?」
えっ? えーと、本人はそんなこと言っていたような気がするけど、……なんで?
「いえね。実は外務省の友人から耳打ちされたのですがね。例の動画を見たらしい欧州某国の政府から、我が国の政府に対して非公式に打診があったそうなんですよ」
は?
「あのドラゴンは有史以来その国の人々の守り神でありシンボルだから、引き渡してほしいと」
はぁ?
「なんでも、例のネットの映像が、かの国の伝説のドラゴンとそっくりなのだとか。実際、古くから伝わる絵画、国章にまで描かれたものとよく似ているらしいですよ。で、彼の国の一部では、今大騒ぎらしいです。数百年前なぜか消えてしまった国の守護者たるドラゴンが、やっと帰ってきた、と。……あくまでも非公式な話ですがね」
はぁあぁ? あの爺さんが?
「私もあなた方の事件に関わってから初めて知らされたのですが、……実は各国政府が知的生命体としてドラゴンの実在を認めているというのは、公然の秘密なんだそうですね。それだけじゃない。我が国やお隣の大陸の国、欧州のいくつかの国にいたっては、国の成り立ちそのものにドラゴンが関わっており、有史以来ずうっとドラゴンと人間の国家が密接に関係を保っていたと。……私もそれを聞かされたときは驚きましたがね」
……オカルトだなぁ、おい。我が国の成り立ちに関わるドラゴンっておまえのかよ、マコト。わざとらしく視線をそらすなよ。
「で、某国政府としても、もともと自国を守護していたドラゴンならば、ぜひ帰ってきて欲しい、ということなんでしょう。まぁ、あなた方は気にしなくていいです。今の話は聞き流してください」
一般市民の知らないところで、人類は知的生命体とすでに接触ししていた。しかもそれはドラゴンだった、ってかぁ。事実は小説より奇なりとはこのことだな。
こほん。
わざとらしく咳払いをしたあと、マコトがつづける。
「えーと、二つ目の問題。穴の位置がね、今日予定されている宇宙往復機のテスト軌道に近いのよ」
宇宙往復機。俺達は単純にこう呼んでいるが、地球と宇宙を往復する機能をもった単体の宇宙船が作られているわけではない。それは、いくつもの機能をもつ機体が組み合わされた巨大なシステムだ。
今日、この街の郊外にある広大な基地で実験が行われる機体は、その中でも一段目の母機に相当するもの。もともとは官民共同プロジェクトで開発が進められきた、スクラムジェットエンジンを使って成層圏を音速の十倍以上の速度でかっ飛ぶ予定の、いわゆるスペースプレーンと呼ばれるものだ。
俺とマコトの両親も関わっている国産宇宙往復機の開発は、ここまで苦難の連続だった。幾たびもの実験失敗。スケジュールの遅延。採算性への疑問。そして何よりも予算不足。
それでも関係各者の執念で細々と開発・実験を続け、幾たびもの挫折を乗り越えた末、やっとのことで母機単独の試験飛行を成功させたのが数ヶ月前。今日のテストは第一段階の締めくくりだ。母機の機体そのものを一段目として利用、成層圏のはるか上まで上昇し、マッハ十五まで加速した後、背中に背負った二段目ロケットと、これとは別に風洞実験を重ねてきた先端の無人シャトル滑空実験機を分離、ついでにいくつかの試験衛星を低軌道に打ち上げる計画のはずだ。これが成功したら、次はいよいよ有人シャトルへむけた第二段階だ。
そのテスト軌道と『穴』の現在位置が近いというのか?
マコトが頷く。そして指をさす。海の方向だ。
「軌道に近いといっても、ここからみて大雑把に太平洋の方向をフラフラ漂っているという感じだけどね」
……それは困った。
実験機の飛行および衛星の分離は、もちろん安全や地球の自転を考慮して、ここから東向きの太平洋上で行われる。『穴』はその方向を漂っているという。
『穴』の科学的な性質など俺は知るべくもないが、この世界の科学では『穴』の存在自体は観測できないだろう。今朝の新聞によると、俺達がこの世界に出現したとほぼ同時に複数の施設で重力波が観測されて大騒ぎになっているそうだが、それと『穴』の関連にこの世界の人々が気づくのは無理だ。
要するに、俺の両親も含め実験に関わる人々は、実験機の軌道の近くをフラフラ漂う『穴』の存在など知るよしもないということだ。このまま実験を開始してしまって、往復機そのものや放出する無人シャトルや衛星に危険はないのか? 親父達に危険を知らせるべきなのだろうか?
それに、テストに直接影響がないとしても、これは莫大な予算が消費され国際的にも注目されている計画だ。多数の観測機が空中から、そして地上から洋上から、世界中の追跡基地、軌道上の早期警戒衛星からだって、莫大な数のカメラやレーダーやセンサーが往復機を追跡するだろう。ていうか、もう観測は始まっている。すでにマスコミのヘリや航空機が周囲を飛び回っているし、はるか沖合には追跡管制船や護衛艦も展開している。
仮に俺達が穴に飛び込めたとして、もしその瞬間が誰かに観測されてしまったら……。たとえ実験結果に関係なくても、お袋達の今後の実験に迷惑がかかりそうな気がするなぁ。
「そして三つ目」
まだあるのかよ。
車は実験基地の駐車場のゲートの受付を通り抜ける。俺も何回も来た事あるが、今日はいつもより車が多い。実験の見学者やマスコミだろう。
「穴が不安定なのよ。今にも消えそうだし、高度もかなりふらふらしているけど、基本的に上昇しているわ。そのうち成層圏まで届きそう。なんとか往復機の軌道から離れてくれるのを待っていたんだけど……。本気で帰るつもりなら、覚悟を決めてできるだけ早く飛び込んだ方がいいかもね」
それは本当に困ったな。超大問題だ。今を逃すと帰れなくなるということか。どうするんだ? 爺さん居ないのに、どうやって空に上がるんだ。あまりに高度が高いようなら、いっそ成層圏で母機から分離されるシャトルの実験機にでも乗せてもらえれば……、って無理だよなぁ。
「とりあえず、自衛隊の飛行機に乗せてもらおうと思うの。もうすぐここの滑走路から飛び立つ機体があるはずよね」
マコトがおっさんを見る。おっさんがうなずく。
実験機の離陸からしばらくの間は、同時に飛び立った観測機や戦闘機がエスコートする予定だ。それに紛れて、とりあず穴に向かってしまおうということか。
「自衛隊や宇宙開発機構本部の上の方とは私の仲間が話をつけておくわ。あとは、……穴の近くまでいって、その場で考えましょう」
なりゆきまかせ、ってわけかい。いきあたりばったりだなぁ、おい。
「一万メートル上空から、穴にむけて飛び降りろってか?」
「大丈夫、大丈夫。アンドラが一緒だし。向こう側にはアーシスを護る精霊が一杯居るんでしょ。出口の下でエメルーソが受け止めてあげるから」
……不安だなぁ。
2017.11.26 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( http://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




