06.攻撃魔法とやらを防御してしまったらしいよ
「くそ、ガキ共、どこに行きやがった!」
野太い声が聞こえる。そして荒々しく激しい足音。一人ではない。そして遠くではない。
「来た。ハンターだ。隠れるんだ」
オオカミの少年とエルフっ娘が体を硬くする。状況が飲み込めていない俺を引きずるように藪の中に身を伏せると、大木のうろの中に移動する。互いの呼吸の音しかきこえない。
金属の嫌な音をさせながら、三人のすぐそばを数人の男が早足で通り過ぎる。ゲームでよくみる皮の鎧と腰に剣。手には、棒のような物をかかえている。あれは銃なのか? そして、そろいもそろって皆あきらかに堅気ではない。これはあれだ、某世紀末一子相伝ファンタジーの悪役、俗にいうモヒカン族という奴らだ。
「さっきのおまえの爆発魔法で、バラバラに焼け焦げてしまったんじゃないのか?」
男達の会話が聞こえる。
「手加減しましたから、最低でも死体くらいは残っているはずですよ」
爆発魔法? さっきの爆発音のことか? ていうか『魔法』だって?
「オオカミと言っても所詮はガキだ。あの魔法をくらってそんなに遠くに行けるはずがない」
「近くに隠れているかもしれん。さっきは待ち伏せた上での魔法の不意打ちが効いたが、オオカミのガキに至近距離から襲われたらやばい。銃が使えない格闘戦になったら、こちらが十人いても絶対にかなわないぞ」
「面倒だ。どうせこのあたりにいるんだ。包囲した上で、もう一発魔法をかましてやればでてくるだろう」
男達は見た目だけではなく、言葉使いも下品だった。いざこざを好まない平和主義者の俺としては、あまり近づかない方がいい人種だろう。
「くっ」
女の子の口から小さな悲鳴が漏れる。男の子がさらに身体を硬くしたのがわかる。その『魔法』とやらは、そうとうヤバイものなのだろうか?
男達が離れていく。俺たちから二十メートルほど離れて数人が包囲しているようだ。
そのうちのひとりが一歩前にでると、大声でなにか叫びながら、大きく腕を動かし始めた。必死に目をこらすと、空にむけて指をさしている。その指先が、……光っている。どんな仕組みだ? そのまま男が指先を動かし、光の軌跡で空中に金色の文字(?)を書く。これはもしかして呪文? 呪文というやつなのか?
空中でゆらゆら揺れる金色の文字が円を描き、俺たちの隠れているちょうど真上でグルグルとまわりだす。光の文字が空中で踊る。あり得ない光景。それは、おもわず見とれてしまうほどの幻想的な光景。
「魔法陣!」
隣で息をひそめるエルフっ娘ダーヴィーちゃんが、口の中だけで叫ぶ。
「魔法……陣? 魔法陣っていうと、ファンタジー世界で魔法使いが使う、あれか?」
その『魔法陣』が俺たちの直ぐそばの空間にゆっくりと移動する。回転する文字の周りに黒い雲があつまりはじめる。なにやらパチパチ放電しているような、イヤな音が上から聞こえてくる。
「また爆発の精霊魔法がくる」
「精霊魔法? なんだ?」
「……精霊魔法をしらないの?」
「あ、ああ。世間知らずでごめん」
「精霊魔法は、精霊のちからを借りて発動する物理現象」
「いや、その『精霊』ってのがわからないのだが。……まぁいいや。で、それはどうやって止めればいいんだ? さっきみたいに爆発するんだろ?」
「精霊魔法は止まらない。精霊達が一度魔法を発動すると、人間には止めることはできない」
「えっ? ちょっとまて。爆発するんだろ、あれ。止められないのなら、どうすればいいんだ?」
「耐えるしかない。はやく伏せて!!」
ダーヴィーちゃんの落ち着き払った態度をみて、俺はてっきり避ける方法があるのもだと思っていた。しかし、これは慌ててもどうしようもないと悟りきった上での落ち着きだったのか。幼いのにその肝っ玉はたいしたもんだな、このエルフっ娘は。……などと感心している場合では無い。耐えるといっても、オオカミの男の子は大ケガをしている。まだまともには動けないだろう。
頭の上の黒雲の渦巻きは、ますます激しくなる。やがて、雲が一点に向けて収縮を始める。まるで内部の圧力を高めるように。たしかにこれはやばそうだ。俺は、反射的に女の子とオオカミを後ろに隠す。耐えられると信じるしかない。
頭の上の雲が輝き出した。
「くる!」
ダーヴィーちゃんの叫びと同時に、三人は耳を塞いで頭をさげる。かみ様ほとけ様、死んでも命がありますように!
俺に異変がおきたのは、その瞬間だった。光っている? 爆発の魔法陣じゃなくて俺の頭? 俺の頭が光っている! しかもほのかに暖かくなったような気がする。
右手で自分の頭の上をまさぐる。そこにあるのは、銀色の幅の細くて短いヘアバンド。いや、日本髪に刺さっているクシと言った方が正しいかも知れない。とにかく、夢の中でアーシスが頭につけていたやつだ。
『警告! 周囲の精霊に危険性の高いコードが転写されています』
「しゃべった!」
そのヘアバンドが、唐突にしゃべりだしたのだ。機械的な声。いや声じゃない。頭の中に直接響いた。
『危険なコードが転写後、実行された場合、自動的に緊急モードが開始されます』
危険なコード? 緊急モード? 何を言っているのかさっぱりわからない。俺はどうすればいいんだ?
「よくわからんが、危険だというのなら防御してくれええ!!」
俺が叫ぶと同時に、魔法陣が爆発した。極限まで圧力が高まった黒雲がはじけ、巨大な火の玉が生まれたのだ。
頭上で爆発する閃光。同時に衝撃波。一瞬で何も聞こえなくなる。俺は木のうろの入り口に座り込み、背中にお子様ふたりを隠している。しかし、衝撃が3人をもてあそぶ。吹き飛ばされそうな身体を、細い腕で必死でささえる。
上空の爆心で、真っ赤な火球がいくつもの小さな火の玉に分裂したのが見えた。火の玉はものすごい速度で四方に飛び散る。もちろん、真下にいる俺たち3人にも、無数の散弾のようにむかってくる。
ひぃいいいいいい!
これが爆発の精霊魔法なのか。これは死ぬ。あの火の玉一発にでもあたったら、確実に死ぬ。
『了解。緊急モード開始。防御結界コードが実行されます』
頭の上から冷静な声が聞こえる。『防御結界コード』だと? 同時に俺の体の周りが光る。爆発の火の玉よりも柔らかくやさしい光。俺を中心に半径2〜3メートル程の光の繭が形成される。
俺は見た。命をかけた極限状況の中で脳内麻薬が出まくっていた俺には見えた。周囲の空間の出来事が、すべてがスローモーションで見えたのだ。
無数の火の玉が、猛烈な勢いで飛んでくる。それが俺たちに当たる直前、光の繭に阻まれる。そして消える。消えるのだ。火の玉は、光の繭を決して越えられない。周囲の空間に爆発の嵐が吹き荒れる中、繭の中だけが何も起こっていないかのように静かな時が過ぎていく。
いったい何分間が経過したのか。いや、実際にはたった数秒間のできごとだったに違いない。とにかく、爆発の炎が消え去った時、俺の周囲の光の繭も静かに消えていった。
……おわったのか? 俺たちは生きているのか?
周囲の木々がなぎ倒されている。小規模な火災が何カ所も起こり、下草がくすぶっている。半径数十メートルにわたり、地面が真っ黒に焼け焦げている。しかし、俺たちの周囲数メートルだけは、何事も無かったかのように元のままだ。
「精霊が人を守るなんて。……お、おねぇちゃんが精霊に防御させたの?」
銀髪少女が俺の背中にすがりついている。
「お、お、俺も何がなんだかわからん」
「いったいどうやって? 精霊達は魔法陣で命令されたことを忠実におこなうだけ。一度発動された精霊魔法は、人の力では絶対に止まらないはずなのに」
いや、本当にわからんのだって。
興奮するエルフっ娘と狼狽する俺。そこに、ふたたびヘアバンドの機械的な声が割り込んだ。
『警告。防御結界コードを実行したため、アーシスのための生命維持活動が約10%低下しています。回復まで約一時間安静にすることをお勧めします』
生命維持活動がなんだって? 安静にしろって? また訳のわかんないことを。……だが、今回のヘアバンドの言葉だけはすぐに理解することができた。目眩がするのだ。吐き気。気持ちが悪い。全身がけだるい。そして、胸が息苦しい。なんだこれ?
もともと極端に華奢でガリガリで体力のない身体なのに、この状況はやばい。クラクラする。上体を起こしていられない。目をあけてすらいられない。胃液があがってくるのを必死にがまんする。
「おねぇちゃん!!」
せっかく爆発の精霊魔法とやらをふせいだのに、俺の身体にいったい何が起きているんだ? 俺は地面に両手をつき、その場に倒れ込んだ。
2013.08.05 初出
2013.08.05 主人公の魔法発動シーンを少々修正しました
2017.05.20 表現を数カ所だけ修正しました