57.やさしくなければ生きている資格がない、かもね
マンションのドアが、備え付けのカメラによる顔認証装置により自動的に開く。
「ただいま」
マコトの声は、誰もいない部屋の中に吸い込まれる。
五階建てマンションの最上階。晴れた日にはリビングの窓からただっ広い大平原が見渡せる見晴らし最高の部屋。両親は、今日も研究所に泊まりだと言っていた。
制服のまま、マコトはタブレットを起動する。ついさっきまで密会(?)していた、防衛省のスパイの親玉のおじさんにきいた話を確認するためだ。
マコト達は、この国のお偉いさんと神話の時代からつづく強力なコネがあるだけでなく、「別のマコト」の中には自身が政府の中でそれなりに高い地位についている者も居る。当然マコト達は、霞ヶ関や永田町経由の情報も直接入手してはいるが、しかし現場にもっとも近いのはここだ。マコトは生の情報が欲しかった。大切な人の安全がかかっているのだから。
タブレットの中、ニュースサイトの画面。
『国産宇宙往復機、実験順調』
『旅客機に落雷。緊急着陸』
『自衛隊機ミサイル落下事故。通告無し訓練の空自に対して周辺自治体が猛抗議!』
『レーザー干渉重力波検出器が地球近傍由来の重力波をキャッチ! 発振源が特定されればノーベル賞確実?』
位置情報から自動的に選択された地元ニュースの見出しが躍る。それとは別に、SNSでリアルタイムに話題の映像がいくつかピックアップされている。
乗客により撮影されたと思われる、旅客機と平行に飛行する謎のドラゴンの映像。そして、ドラゴンにまたがる見覚えのあるふたりの女性。さらには、地上から撮影された最新鋭戦闘機とドラゴンの空中戦までも。
ちなみに、『公式』には、ドラゴンと旅客機のニアミスも、さらには戦闘機との空中戦も、そんなものは存在しなかったことになっている。ネット上にいくつ映像がアップされていても、あくまでも「公式には」なにもなかったのだ。
自衛隊機の出動は、予定通りの訓練。発射したミサイルはもちろん模擬弾。周辺自治体に予告なしの訓練だったこと、最新鋭戦闘機が故障し緊急着陸したこと、さらに故障したミサイルが地上に落下したと言うことで、地元新聞による自衛隊批判は絶好調だ。
しかし、あくまでもそれらは単なる不手際。空想上の生物であるドラゴンなどとは、関係あるはずがない。
さらに、なぞの未確認飛行物体とニアミスを起こした民間機は、着陸直前に落雷の直撃を受けた。乗客の誰もカミナリの音や衝撃に気づかなかったが、そういうことになっている。
カミナリのせいで、旅客機は緊急着陸。乗客達は荷物も持たず脱出用シュートから脱出を指示されたのだが、後に返却された荷物の中の電子機器は、カミナリの影響でほとんどがいかれていた。もちろんカメラの類の映像データは消えていた。乗客からはクレームの嵐、航空会社は莫大な補償費を支払うはめになったが、なにせ自然現象だから仕方がない。
まったくの偶然ではあるが、たまたま同時刻、船体そのものを宣伝用のLEDディスプレイで覆った広告用の飛行船が近くを飛んでいた。ドラゴンを見たという乗客もいるようだが、広告の一環として飛行船の船体で放映されていた映像をみたのだろう。
……だが、完璧な情報操作など不可能だ。
突発的な事象で事前の準備が可能な状況ではなかったうえに、この国のお役所はもともとこの手の工作が得意でないということも、理由ではある。しかし、この国に限らず、そもそも二十一世紀の先進国で完璧な情報操作などできるわけないのだ。
当局がどんなにがんばっても、乗客が身につけていたすべての電子機器とその中の情報まで完璧に操作できるはずがない。かならず漏れがある。ましてや、人間の記憶を操作する技術はいまだ開発されておらず、多数の一般市民に嘘の証言を強制する術もない。
結局、旅客機の着陸直後から、ドラゴンやその上にまたがる少女に関する鮮明な動画が、ネット上に多数公開されることになった。乗客達の証言とあわせて、すでにネット上ではそれなりに大きな話題となってしまっている。
「我々も可能な限り努力したつもりなんですがね。……しかし、もともと現代日本で完璧な情報操作など不可能なんですよ」
防衛省のおじさんが、マコト前でため息と共にこう言ったのは、つい一時間ほど前のことだ。
「だから、あるていど話題になってしまうのは仕方がないとあきらめるほうが賢明でしょう。無理に完璧に操作しようとしてボロを出すよりは、放っておいた方がいいんです」
その分野のプロである防衛省スパイの親分のおじさんがそういうのなら、その判断を尊重するべきなのだろう。
「ネットの投稿サイトに、一日どれくらいの量のUFOやUMAの映像が投稿されると思います? どれもこれも本物としか思えない、鮮明なCG画像だ。ドラゴンやそれにまたがる少女の映像など、あまりにも嘘くさい。嘘くさすぎて、放っておいてもすぐに話題にならなくなりますよ」
防衛省おじさんは、そう言って笑ったのだ。
車中における一通りの会談が終わった後、マンションの前で車からおりるべくドアを開けようとするマコトを制して、防衛省のおじさんはこう言った。
「……最後にもうひとつ、いいですか? いまさら言うまでもないでしょうが、今や『彼ら』に注目しているのは我々だけではありません」
彼はこう言いたいのだ。マスコミや民間人はすぐに忘れるだろうが、他国の政府や情報機関もそうだとは限らない、と。
「衆人環視の中でドラゴンが最新鋭戦闘機と互角に戦ったあげく、謎の力でミサイルの無効化までやらかしたんだ。周辺国の連中が、軍事的な興味をもって当然です。あえてどこの連中とは言いませんが、間違いなく秘密を探りに来ますよ。場合によってはちからづくでね。……彼らがここを目指しているというのなら、我々に周辺を警護させていただけませんか?」
口を閉じてから、男の首のあたりにふたたび冷や汗が吹き出る。マコトが彼を睨みつけたからだ。周囲に黒いオーラが漂い始める。
だが、自分は軍人だ。自分の職務を果たさなければならない。たとえ相手が、国の超お偉いさんと深い繋がりをもつ、神話の中の生き物だとしてもだ。
「そろそろ教えていただけませんか? いえ、もうあなたの正体についてはききません。しかし、あのドラゴンとふたりの女性は、いったいどこからあらわれたんですか? ミサイルを粉にしたあれは、いったいどんな技術ですか? そして、これからどうするつもりなんですか? 我々は彼らを守りたいのです。彼らを守るためには、情報が必要なんです。ご理解いただけませんか?」
あんな騒ぎを起こしたドラゴンを、国として放っておいてよいわけがない。たとえ、彼らがこの国に敵対する者でないとしても、だからといってあの力を他国に自由にさせるわけにはいかないのだ。
「……わかったわ。彼らの正体は、時期が来たらおはなしします。護衛については、なるべく目立たないようにお願いするわ」
……明日の朝か。
マンションの窓から外を眺めながら、マコトはつぶやく。地平線の彼方に見える山脈、いま彼らはあの森の中を突っ走っているのだろう。
突然異世界に飛ばされて混乱しているだろうに、そこまでして私の元に……。
おもわず、顔がにやけてしまう。手元からアーシスとアンドラが消えてしまった異世界の殿下だけは少々渋い顔をしているが、それでも『私達』全員としてはイヤな気分になるはずがない。
マコトは手元のタブレットに広域地図を表示する。そして時計を確認。
途中でヒッチハイクする可能性もあるけど、自衛隊さんは不慮の事故とやらを警戒して彼らが道路に近づいた時点で空から妨害するだろう。だとすると、アンドラの脚なら、……いまはこのあたりかな。
カーテンを閉め、着替える準備をする。
自衛隊さんにああは言ったものの、マコトは『彼ら』がここに来るのを黙って待つつもりはない。迎えに行くのだ。幸い、両親は今夜も研究所にとまりだ。
『私達』の力ならば、二人をここではなく、誰にも見つからない安全な場所にかくまうことなどたやすい。すでに準備はできている。偽りの戸籍も用意した。
アーシスはここに来てはいけないのだ。あのふたりを他国の情報機関の脅威に晒すわけにはいかないのはもちろんだが、なによりもユウキ兄とアーシスに悲しい思いをさせないために。
すでに、マコトのマンションの周辺にも、ヘリの音が聞こえている。もう護衛とやらが配置されたのだろうか。目立たないようにお願いしたのに……。みつからないうちに出かけなくちゃ。
携帯電話がなる。さっき番号を交換したばかりの、自衛隊のおじさんからだ。
「すいません。我々の失態です。監視のヘリが乗っ取られました!」
「ええっ?」
反射的に、窓の方向に視線を移す。ヘリの音が近づいているような気がする。
「乗っ取ったのは監視中のあの女性です。信じられない事に、低空から追跡中の機体に飛び乗られました」
カーテンをひらく。
「まさか、彼女達を傷つけていないでしょうね!」
ヘリが一機、マンションに近づいてくる。あきらかに、この部屋を目指している。……まさか。
「銃を向ける間もなく飛び乗られ、あっという間にパイロット以外の隊員がヘリから放り出されたそうです。死者はでていません」
そうか。そうだろうな。アンドラなら、それくらい可能だろう。
携帯を手に持ったまま、マコトは窓をあける。いつのまにか、カーキ色のヘリがすぐそばにいる。マンションから手が届きそうな距離。法律はよく知らないが、ヘリが建物に近づくことが許される距離よりも、これは絶対に近いだろう。
まさか!
大急ぎで自衛隊に警告する。
「いい? あなたも、あなたの部下も、絶対にこのマンションの敷地に入っちゃダメよ! 入ったら食べちゃうからね!!」
それだけ言って、電話を切る。
まさか、本当に……。
窓から風が吹き込む。そして、聞き慣れた愛らしい声。
「マコトォォォォ!!!!!!」
風と共に、少女が窓から飛び込んできた。
2014.11.08 初出
2017.06.17 ほんのちょっとだけ表現を修正しました
なかなかおはなしが進みませんが、気長におつきあいいただけると幸いです。
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( http://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




