56.女はタフでなければ生きていけない、なんてね
周囲に広がるのは、どこまでもつづく深い深い緑色の空間。広大な針葉樹林のど真ん中。
俺とアンドラさんは、いま北の大地にいる。大きな島のまんなかを背骨のように縦に走る山脈の中を突っ走っている。いや、地面を走るというより、木々の間を飛んでいると言った方が正確だろう。あまりの速度に、俺は息もできない。視線が地面に近い分、爺さんの背中に乗っていた時よりも大迫力だ。半端なジェットコースターよりも目が回りそうだ。
ちなみに、アンドラさんは靴を履いていない。爺さんに乗っていた時にはヒールのある靴をはいていたのだが、山に入った途端、邪魔だとばかりに脱ぎ捨ててしまったのだ。
「アンドラさん、速い。はやすぎるぅぅぅ!」
俺たちはひらひらしたスカートに無地のシャツ。現代日本の街中を闊歩する女性と比べればかなり地味とはいえ、俺もアンドラさんも、少なくとも深い山の中をあるく格好ではない。
そんな二人が、もの凄い速度で獣道を突っ走る。急斜面を駆け上がり、沢を飛び越える。邪魔な低木をたたき折り、人間の背を越える笹藪をかき分け、時にはヒグマの親子を蹴散らしながら、ひたすら東に向かう。
木々の枝にひっかけたため、ふたりの服はところどころ破けている。特にアンドラさんは、適度に肌を晒してちょっとエロい格好になりつつある。
しかし、もし登山者や山菜採りの地元民がアンドラさんを見かけても、それが人間とは思えないだろう。それは獣。ほんの二百年ほど前までこの大地の生態系の頂点に君臨した種族。絶滅したはずのオオカミ、……いやそれよりも遙かにパワフルな異世界の森の王だ。
バリバリバリバリ
上空にヘリの音が響く。あきらかに民間のものでは無い無骨で地味な色のヘリが、林冠をなめるような低空で通り過ぎていく。攻撃してくる様子はないものの、いったいこれで何度目なのか。
「また来たわ。あのカトンボみたいなの、しつこいわねぇ」
笹藪の中に身を隠しながら、アンドラさんが空を見上げて舌打ちをする。俺も頭をひねる。こんな人間離れした速度で移動している俺たちの位置を、奴らはどうやって把握しているのだろう。
今のところ、地上を人間が追ってくる様子はない。まぁ、人里離れた国有林の中とは言え、平時に演習場でもない場所に自衛隊が本気で展開するのはさすがに無理だろう。ばれたら大問題になるに決まっている。そして、この時代、完全に隠し通せるはずがないのだから。
いや、それ以前の問題として、そもそも人間の兵士が、それがたとえフル装備の精鋭レンジャー部隊だとしても、森の中でアンドラさんに追いつけるとは思えないが。
「ねぇ、ユウキちゃん。そもそも私たち、どうして追われているのかしら?」
アンドラさんの疑問はもっともだ。俺たちは、自衛隊に追われるようなことはなにひとつやっていない。俺はもともとこの国の国民だから領空侵犯にあたらない、……よね?
ああ、そういえば俺パスポートもってないや。ていうか、このアーシスの身体では俺を俺だと証明するのは難しいよなぁ。ああああ、それだけじゃない。アンドラさんは異世界の王国の公務員で、爺さんは二百年前のヨーロッパのどっかの国の出身だっけ? ……やっぱり不正入国かもしれないなぁ。
でも、それにしたって善良な民間人をヘリで追い回すことはないだろう。そりゃ、旅客機とニアミスして、ミサイルを分解して、戦闘機に向かって火を噴いたけれども。……やっぱり、それがやばかったのかなぁ?
爺さんから飛び降りてからしばらくの間、俺たちは森の中からのんきにドラゴンと戦闘機の空中戦を見上げていた。
結局、ドラゴンと戦闘機の一対一の空中戦は、決着がつかなかった。炎のブレスと機関砲でお互いに撃ち合ったものの、どちらも致命傷にはいたらなかったのだ。
戦闘機は機首の部分が少々焦げて黒く煤けていたが、ベイルアウトもせずそのまま飛行場に向かって飛んでいったので、おそらく無事着陸したのだろう。
一方の爺さんは、怒りくるってあたりかまわず炎を噴きまくっていたものの、まったく無傷のまま飛んでいた。戦闘機の機関砲程度では、あのウロコは破れないらしい。とはいっても、よく考えてみればクシピーと俺が飛び降りた後でミサイルをもう一発撃たれていたら危なかったような気がするが、結果オーライというところか。
そんな爺さんも、さすがに増援の新たな戦闘機の接近に気付いたらあきらめたらしく、人間の姿になって森の中に逃げ込んだようだ。
爺さんが無事に逃げたのを確認し、ホッと一息ついた俺とアンドラさん。俺たちの周囲になぜか人々が集まってきたのは、その時だ。緑の服を着た自衛隊と濃紺の制服のおまわりさん達。いつのまにか俺たちを取り囲んだ彼らは、みな銃を手にしていた。それに気付いたアンドラさんが、あっというまに全員を殴り飛ばし、俺たちは一目散に山の中に逃げ込んだのだ。
「だって、奴ら、ユウキちゃんに銃(?)をむけたんですもの」
まぁ、戦闘機と戦ったドラゴンから、しかも百メートル以上の高度から飛び降りて平気なふたりを、普通は普通の人間だとはおもわないよなぁ。そりゃ警戒するだろう。
「頭を吹き飛ばして殺さなかっただけ感謝して欲しいわ」
とっさに『殺すな!』と叫んだ俺に反応して、アンドラさんは手加減してくれた。それでも、仲間を半殺しにされた自衛隊や警察が追いかけてくるのは、当然といえば当然か。
もし自衛隊に掴まったら、俺たちはどうなるのかなぁ。……まぁいいや。あとから考えよう。まずは俺たちの家に帰るんだ。すべては、マコトと再会してから考えよう。
俺の街まで、ここから山脈を越えて二百キロ弱くらいか。アンドラさんの速度なら、山脈を越えるのに長くても二日。途中で国道か高速道路にぶつかるはずだから、ヒッチハイクでもしよう。美女と美少女の二人組なら、だれか乗せてくれるだろう、きっと。
このとき俺の頭の中は、マコトと会えることで一杯だった。その他のめんどくさいことは、すべて後回しだ。
マコト、まってろよ。すぐに会えるからな!
学校からの帰りみち。鞄をもった制服の少女が、ひとりで歩いている。
普段ならば、彼女はひとりで学校から帰ることなどあまりない。大抵の場合は幼なじみ兼彼氏と、そうでなければクラスメイトと一緒だった。だが、今日は授業のあとひとり図書室で時間をつぶし、あえてひとりで歩いている。
この街は国や関連企業の航空宇宙関連の施設が集まっているといっても、もともと都会ではない。ただっ広い原野がとりえの田舎町だ。広い通学路には人影はほとんどない。
ふと、遠目に人影がみえた。サラリーマン風の男がコンビニの駐車場でタバコをくわえながら、あきらかに彼女の方向を見ている。
はぁ……。やっぱりね。そろそろ誰かくると思ってたわ。
マコトはひとつため息をつく。
「深川マコトさん?」
声をかけてきた男には、見覚えがなかった。角刈りにサングラス。見るからに高級なスーツの上からでもわかる、鍛えられた筋肉質の肉体。
「わざわざ北の大地までご苦労様ね」
「初めまして」
声がうわずっているような気がする。こんながっしりした中年男が、女子高校生の前で緊張しているのだろうか。マコトは口元を緩めながら、名刺の文字を読む。
「防衛省情報本部……ですか。現場の指揮官をよこすと聞いていたけど、諜報部員? あなはたどこまで知ってるの?」
「いえ。私はもともと空自のパイロットでしたが、今は本省に所属しています。いわゆる現場のスパイではなくて、彼らが集めた情報を分析するのが仕事です。……実をいいますと、今回の件については何も知らされておりません。我が国に出現したドラゴンに関する情報収集やら隠蔽作業に奔走していたら、直接とてつもないお偉方に呼び出され、いきなり命令をうけたのですよ。現地に行き『深川マコト』と接触し指示を仰げ、とね」
サングラスの下からでもわかる。男はマコトの顔を刺すような視線で見つめている。この少女の正体を見極めようと、情報畑で培ってきた勘を総動員しているのだろう。
しかし、ここはなんといっても田舎町だ。通学路の真ん中で女子高校生と明らかに怪しいスーツ姿の中年男が立ち話をしていれば、ましてや男が少女の顔を遠慮なくガン見してれば、否応なく目立ってしまう。
かといってここに密談むきの料亭もバーも喫茶店すらない。ましてや、彼らを家に連れて行くわけにもいかない。公的な研究機関に勤めているとは言え、マコトの両親やご近所さま、そして隣の幼なじみははごくごく普通の一般人だ。今回の事件に巻き込むことは、マコトも彼も望むところではない。
「車に乗ってください」
やはりサングラスの運転手が操るいかにも庶民的なミニバンがマコトの前にとまる。ふたりは後席に並んで座り、街の中を適当に走りはじめる。
「『彼ら』を捕らえるのは、あきらめてくれたのよね?」
「ええ。彼らの追跡を陣頭指揮している最中に、市ヶ谷を飛び越えて官邸から直接圧力をかけられたのにはさすがに驚きましたがね。しかも、官邸に対して裏から話を通した真の主役がだれなのか、国内最強の情報機関を自負する我々でもわからない。わかっているのは、我々ごとき下っ端がいくらさからっても無駄な相手だと言うことだけです」
おそらく嫌味のつもりなのだろう。それとも、マコトの反応を試そうとしているのか。男がわざとらしくため息をつきながら、しみじみと語る。
「で、急遽あなたについて調べてみたわけです。ところが、どこからどうみても成績優秀眉目秀麗の女子高校生だ。……しかし、定期的に各省庁の超お偉方、長老議員などとコンタクトしてますね。目立たないように気をつけているのでしょうが、我が省のトップや宮内庁も例外ではない。いったいあなた、何者です?」
男の口調がかわった。しかし、マコトは表情をかえないまま、ゆっくりと口をひらく。
「たまたま世間的なしがらみが少ない立場である私が、『私達』の代表で連絡役を引き受けているだけよ。私以外の『私達』がどこの誰なのか、もう少し偉くなったらいやでもわかるでしょ。それまでは知らない方があなたのためだと思うわ。それより……」
マコトは口を閉ざす。つまらない話には興味がないとばかりに、にらみつける。男は両手をあげ、降参のポーズをとる。
「『彼ら』のことでしたね。自衛隊だけではなく、地元の警察にも彼らには手を出さぬよう指示がいっているはずです。不慮の事故がおきないよう、空から現在位置の確認だけはしていますが。……それくらいは構わないですよね? 彼らの目的地は『ここ』だと見当がついてますから、そう難しいことではありません。今の速度なら、おそらく明日のあさにはここに到着するでしょう」
観念して男が答える。表情はわからない。しかし、必死になって表情を隠そうとしていることは隠せていない。
「ありがとう。一応いっておくけど、『彼ら』がここにたどり着く前に、もし『彼ら』の身に何かあったら、……あなたの首は覚悟してね。場合によっては、神話の時代から数千年間維持してきた『私達』と『この国』との良好な関係も、壊れちゃうかもよ。あなたのせいでね」
マコトの言葉に、男の身体がピクリと反応した。おもわず、唾を飲み込む。
男は、恐怖を感じている自分に気付く。背中を伝わる冷たい汗。少女の背後に不気味な黒いオーラが見える。いつのまにか身体が震えている。職業柄、それなりに修羅場を経験してきた自信はあるのだが、……これほどの本能的な恐怖を感じるのは初めてだ。目の前に居るこの少女は、いったい何者だ?
……『首』というのは、まさか俺の『物理的な首』じゃないだろうな?
2014.10.05 初出
時間がかかりました。そのうえ、われながら中二すぎる内容。
完結までがんばりますので、今後も気長にお付き合いしていただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。こちらよりもかなり呑気なお話ですが、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( http://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




