表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第4章 ふたつの世界を股にかけ
52/71

52.俺が俺でなくなってもあの人は愛してくれるだろうか





「なぁ、やっぱり、お、俺も、いっしょに連れて行ってくれないか?」


 わがままでしかないことはわかっている。殿下は、俺のためを思って、俺の安全を考えて、あえて俺を置いていくのだ。


 だが、俺は手を離すことができない。


 ここはミヤノサの港。王都に向かう軍艦に乗り込もうとする殿下。その袖をつかんだ俺の指が、動かない。袖を離せない。ここで手を離してしまったら、二度と触れあうことができないような気がしてならない。


「どうした? ユウキらしくないな」


 殿下は膝をつき、俺の顔を正面から見つめる。いつになく真面目な顔。そして、俺の耳元に口をよせる。吐息がかかる。二人以外には聞こえない小さな声でかたる。


「わかっているだろう? 俺はひとりで行くふり、おまえは留守番のふりをするだけだ。敵の目をごまかすためにな。三日後、アンドラといっしょに王都に来い。それで、陛下に話を通せば、すべてが解決する」


 いや、それはわかっているんだ。頭の中では理解しているんだ。しかし、


「な、なぁ。もし、俺が、俺でなくなっても、おまえは……」


 俺の声は、汽笛にかき消される。指から力がぬける。殿下が、たくさんの見送りの市民達に手を振りながら、軍艦に乗り込んでいく。






 アンドラは、呆然と殿下を見送るユウキを、その後ろから見ている。


 殿下の見送りの人々は、わかれを惜しむ殿下と少女の姿を、微笑ましいものとして見ているだろう。今回の殿下の王都行きは、表向きは病気がちな陛下の見舞いということになっている。陛下の病状が発表されているものよりも少々深刻であるという点を除けば、おおむねそれは事実だ。


 そして、アンドラとユウキはミヤノサに留守番。この見送り風景を見れば、誰もがそう考えるはずだ。『敵』もふくめて。


 陛下の見舞いの話がもちあがったとき、当然ユウキちゃんも王都まで殿下といっしょにいくはずだった。公務としての正式な行程といっても、ユウキちゃんを随員としてねじ込むくらい容易なはずだった。


 しかし、ぎりぎりになって殿下は決断した。ユウキちゃんを軍艦に乗せることを取りやめたのだ。いつになく手際の良すぎる王都政府によって手配された軍艦の乗組員の中に裏切り者がいる可能性を、どうしても排除できなかったのだ。


 さすがのエメルーソ殿下も、地元のミヤノサ師団ならともかく、海軍にまで大きな影響力はもっていない。一方で、少なくとも軍の中枢の一部は既に『敵』に取り込まれているのは確実だ。敵の規模は決して多くはないはずだが、ミヤノサを離れ、軍艦という閉鎖された空間の中に万が一でも裏切り者が紛れ込んでいたら、ユウキちゃんを守り切れるとは限らない。たとえ殿下と私がついていても、だ。


 いつも、何をやらせても、とにかく自信たっぷりの殿下だが、やはりユウキちゃんのこととなると話は別だ。しかも、ここ数日のユウキちゃんは、私の目から見てもあきらかにおかしい。毎晩変な夢を見るとかで、昼間でもボーッとしていることが多い。あんな無防備な姿を見せられたら、ちょっと過剰に心配してしまうのも無理はないかもしれない。


 そんなわけで、私とユウキちゃんは軍艦にはのらなかった。くどいようだが、誰がみても私たちはミヤノサでお留守番だと思うはずだ。


 ……とみせかけて、敵をミヤノサの街にひきつけておいて、森のドラゴンの背中に乗って王都までひとっとび。いきなり王宮に入ってしまえば、誰もユウキちゃんを害することなどできない。これが、殿下のたてた作戦だった。


 ユウキちゃんを私に預けてくれた殿下の信頼を、決して裏切るわけにはいかない。アンドラは、自分の身体が小さく震えているのを自覚する。






「なぁ、クシピー。俺は、……誰なんだろう?」


 ゆっくりと港からはなれていく巨大な外輪船をながめながら、おれはクシピーに尋ねる。


 最近、おかしな夢ばかりみている。千年前にこの惑星に来た女の子の夢。宮沢ユウキが絶対に知るはずのない記憶。


 夢だけではない。真っ昼間、目がさめていても同じだ。自分の記憶が、自分の発した言葉が、自分の言動全てが、ユウキのものなのか、アーシスのものなのか、自分でも怪しくなることがある。自分ではわからないが、記憶だけでなく、人格や性格もいりまじっているのかもしれない。


 今までは聞けなかった。クシピーに答えを聞くのが怖かった。だが、……いまのうちに聞いておかないと、間に合わなくなるかもしれない。


 俺は、誰なんだ?


『アーシス・ロナウ。女。人工冬眠に入った時点では十五才。連邦大学理工学部分子機械制御システム研究室嘱託研究員。連邦宇宙軍技術研究本部……』


 クシピーは冷静だ。まぁそうだよな。こいつは肉体の遺伝子で認証しているそうだから、俺はアーシスだと言うに決まっている。


 だが、あらためてそれを聞くと、ショックがないわけでもない。


 もし俺がアーシスだとしたら、……もし肉体だけでなく中身までアーシスになってしまったら、マコトと付き合っていたユウキとは関係ないとしたら、それでもエメルーソ殿下は俺を、……俺を、あ、あ、あ、……愛してくれる、だろうか?


 確証が欲しい。身体を貸してくれたアーシスには本当に申し訳ないが、俺が宮沢ユウキであるということを証明したい。おまえはこれからも宮沢ユウキだと、誰かに断言して欲しい。


「そうじゃなくて、クシピー。えーと、アーシスが強制的に覚醒させられたとき、異世界から他人の記憶や人格を移植したんだろ? その人格はこれからどうなっちゃうんだ?」


『質問の意味が理解できません』


 ええええ? アーシスの肉体に宮沢ユウキの意識をとりこんだのは、クシピーや精霊達じゃないのか?


「じゃ、じゃあ、アーシスが覚醒する時、おまえや精霊はアーシスに何をしたんだ?」


『覚醒直前の時点で、人工冬眠システムの稼働時間は設計限界を五百パーセント以上超過していました。さらに、おそらく外部要因の物理的な障害のため、アーシスの脳の一部領域が破損していました。脳細胞の破損の進行をくいとめるため、医療用ナノマシンを投入し破損箇所の脳細胞の量子的再構成を実施しました』


 うわぁ、SFだぁ。それが、アーシスの言ってた魂のコピーってやつか。でも、それって……。


「それって、脳細胞を作り直したってことだよな。その修復前の俺と後の俺は、違う人格ということだよな? 今の俺は、アーシスとは違うんだよな」


『すでに欠損してしまった記憶などは戻りませんが、その他の部分は記憶も人格も措置の前後で変化は生じないはずです。倫理的な問題はともかく、すくなくとも連邦においては合法で一般的に行われる医療行為の一種です』


 うーん頭がいたくなってきた。じゃあ、ユウキの人格と記憶はどこからきたんだ?


『この治療により他者の記憶が入り込むことは、通常はありえません。しかし……』


 しかし?


『この治療は、通常は意識レベルを限界まで低下させて行われるものです。脳が稼働している半覚醒状態、すなわち夢をみている状態で量子的スキャンと再構成を実施すると、脳の記憶領域が混乱して、夢と現実が入り交じる可能性を否定できません。アーシス、治療のせいで記憶の混乱が生じているのですか?』


 すげぇなクシピー。今の会話から、俺の言いたいことを読み取って、俺の心配までしてくれるのか? いつのまにか人間らしくなったな。……って、そんなところに感心している場合じゃなくて。


『アーシスが夢を見ている状態だったのは確認していました。しかし、冬眠システムが停止する直前だったため、他に方法がなかったのです。もうしわけありません』


 い、いいって。気にするな。アーシスのためにやってくれたんだろ? 他に方法がなかったんだろ? しかたないよ。


 でも、それって。


 それって。それって。……じゃあ、俺がユウキだと思っているこの記憶は、もしかしてアーシスが見ていた夢でしかない可能性もあるってことか? 宮沢ユウキなんて人間は、はじめから居なかったのか? マコトといちゃいちゃしていたあの記憶そのものが、ただの夢?


 やめてくれよ。


 脳天を巨大なハンマーで殴られたような感覚。目の前が真っ暗になる。その場にしゃがみ込む。


「ど、どうしたの? ユウキちゃん。気分でもわるいの?」


 隣にいるアンドラさんが、心配そうに俺の顔をのぞき込む。


「だ、大丈夫です。大丈夫ですよ、なんでもない」


 あたまを振って、深呼吸。大丈夫。大丈夫。大丈夫。もしそうだとしても、俺にはアンドラさんがいる。クシピーもいる。エメルーソ殿下だって……。


 そ、そうだ。エメルーソ殿下は、そしてあちらの世界のマコトは、今でもお互いに繋がっていると言ってた。あいつらは、あっちの世界のユウキの事を知っていた。今の俺と関係あるかどうかはともかく、少なくともあっちの世界に宮沢ユウキが実在したことは間違いないはずだ。


 ばかだな俺。先走りすぎだよな。あちらの世界の宮沢ユウキが実在したのは絶対なんだ。


 だから、精霊達のおかげではないにしても、俺があっちの世界から来たユウキだと信じられる何かがあれば、俺は安心できるんだ。それさえあれば、俺がアーシスと入り混じってしまっても、殿下はきっと……。


「な、なぁ、クシピー。質問をかえよう。……冬眠中のアーシスのそばに、異世界に通じる穴がなかったか?」


『質問の意味が理解できません』


 そ、そうか。


『……アーシスの言う”異世界に通じる穴”と同じものかどうかはわかりませんが、亜空間航法に使われる亜空間ゲートとよく似た特異点が覚醒前のアーシスの側の空間にあったことを確認しています。非常に小さなもので、人工の物か自然現象か判断不能でした。脳細胞の量子スキャンに対する影響もまったく予測不能でしたが、非常事態であったため治療が優先されました。やはり治療の結果なにか問題が生じているのですか、アーシス?」


 それだ!


「い、いや、問題ないぞ。それよりも、今もあるのか? その特異点とやらは」


『覚醒後数日間はアーシスの側にありましたが、いまは私が観測可能な範囲には存在しません。消滅したのか、他の場所に移動したのかは判断できません』


 そ、……そうか。いや十分だ。オロチ達の精神が繋がっている仕組みなどわからんが、殿下とマコトが繋がっているということは、まだどこかにあちらと繋がる穴はあるのだろうと思いたい。そこを覗くことができれば、俺が俺であることを確かめられるかもしれない。


 とりあえずは、王都に行こう。それしかないんだから。


 それまでは、殿下にもういちど会うまでは、気をしっかりと持つんだ。俺が俺であり続けられるように。







2014.06.29 初出



(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。

 『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( http://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ