51.夢の中で再生される記憶って、時系列が無茶苦茶なんだよね
ん? また夢か。
目の前に広がる、現実にはあり得ない風景。ふと違和感を感じた俺は、それを即座に夢だと自覚する。
俺はついさっきベットに入って寝たはずだから、まさにレム睡眠のまっただ中。脳みそが過去の記憶をシャッフルして、時系列無視のイメージの羅列を再構成しているわけだな。
俺は眠りが浅い方らしく、よく夢を見る。ユウキの身体の時も、アーシスの身体になってからも、それは変わらない。
でも、どこかちがう。いつもの『俺』、宮沢ユウキが見る夢とは何かが微妙にちがう。空気の色というか、匂いが違うのだ。
いったい誰の夢だ?
そこは室内。周囲の壁は白い樹脂、天井には間接照明。たくさんのディスプレイや機械に囲まれた、清潔だが味気ない部屋の中。
ラボだ……。
『私』はここを知っている。よく知っている。惑星開拓本部の人工ドームの中。連邦宇宙軍の施設、技術開発本部の特別管理区域。『私』が所属した、惑星を管理する精霊システムの開発・運用を担当するチームのラボだ。
人がいる。袖が長すぎる白衣を着た、あきらかに場に似つかわしくない少女は、……私。そして、目の前にもうひとり。私と相対しているのは少年と言ってもよい、若すぎる男。
「我々に開発をまかせていただいた鉱山の掘削につかう爆発魔法が、使えなくなってしまったのです」
すがるような目で、私に訴える男。長身、黒髪に黒いひとみ。顔にはまだ幼さが残っている。地味なシャツ姿は、田舎の青年っぽくて、お世辞にもおしゃれとはいえない。しかし、顔の造形は整っている。
この人は、誰だっけ? ……この人? ちがう、この人は『人』じゃない。現住生物だ。
開拓本部により、この惑星の現住生物のリーダーとして選ばれた一族のひとり。確か初代の王様の息子。要するに王子様。
支配者の証として簡易型の精霊制御エージェントを彼らに与えた時、遺伝子認証の登録作業をたまたま私が担当した縁で、彼とは知り合った。
現住生物の中でも、王族だけは開拓本部のドームに入ることを許されている。大陸の生物達の支配状況について定期的に報告し、指示をうけるためだ。たまたま年齢が近いと言うことも有り、彼と私はいつのまにか会話をする仲になった。ドームを訪れる度、わざわざ私のラボを尋ね、『精霊魔法』の使い方について相談しに来るようになった。今では私もそれを楽しみにしている。
もちろん、現住生物とふたりきりで会うことは、厳重に禁止されている。今も、完全武装の戦闘用アンドロイドが私の側に控えている。
この惑星が発見されたのは、ちょうど私が生まれた頃のことだそうだ。宇宙軍海兵隊や惑星物理学者、生物学者達が先行調査隊として入植し、さっそく開拓拠点が建設され、テラフォーミング用の精霊が惑星全土にばらまかれ、さらに多くの現住生物に遺伝子改造が行われ、大陸の支配体制の基礎が築かれた。
その後入植した私たちのチームの仕事は、テラフォーミングが最適に行われるように、そして現住生物達を効率よく支配できるように、現状にあわせて精霊のナノマシン達のコードをチューニングすることだ。だから、精霊魔法についてのトラブル対応は、たしかに私の仕事といえなくもない。本来は軍じゃなくてお役人や資源探索会社のエンジニアの仕事なんだろうけど、どこも人手不足だし。
「鉱山って、……穴の深さはどれくらいなの?」
彼は、スーツケースから何枚かの見取り図をとりだす。鉱山とやらの坑道の配置を示したものらしい。
人工的に知能を高められ、強制的に脳みその中に各種の知識を詰め込まれた彼は、だがとても知的に見えた。振る舞いも、話し方も、穏やかで知性が感じられる。私から見ても、もっと粗野でバカ丸出しの『人類』はいくらでも存在する。開拓本部や軍のお偉方やラボの科学者達だって、決して例外じゃない。だからこそ、私は彼と話すのが嫌いじゃない。
「ああ、わかったわ。鉱山の坑道の掘りすぎ。深すぎるのよ。そんなところでは、精霊は働いてくれないわ」
「深い穴の中だと、精霊は働かないのですか?」
「ええ、この惑星の大気中にばらまいたナノマシン達は、静止軌道上のリング衛星が発振している特殊な重力波が届かない場所では、自己増殖機能が停止して自壊するように作ってあるの。もし制御コードにバグがあって惑星全体のテラフォーミングが暴走しても、リング衛星を操作すれば強制的にすべての精霊を停止させることができるのよ」
彼は、私が何を言っているのか理解できないようだ。かなしそうな顔でこちらをみている。
「……といっても理解できないわよねぇ。ごめんなさい。ええと、いつも空に見える巨大なリングは、わかるわよね。要するに、あれが見えない場所にいくと、精霊の働きが鈍っちゃうのよ」
「ならば、どうすればいいのでしょうか」
うーん。『魔法』だけじゃないくて、普通の機械やアンドロイドを彼らに使わせてあげれば話は早いのに……。
彼らが我々のコントロールを離れ、独自の文明化や武装化をするのを防止するため、現住生物には『精霊魔法』や『魔導器』しか使わせない。それが惑星開拓本部と宇宙軍の方針だ。
「そうだ! 狭い範囲に限定されちゃうけど、精霊制御エージェントが支配した空間内ならば、軌道上のリングと関係なく精霊達は自壊せずに『魔法』も使えるはずよ。鉱山の内部に設置する簡易エージェントをひとつ届けさせるように、手配しておくわ。それで問題ないはずよ」
「ありがとうございます」
青年が丁寧に頭をさげる。私も微笑む。人に頼られるのが嬉しい。
「また、相談に来てもよろしいですか?」
両親がなくなってから、私はずっとひとりだった。奨学金をもらって、飛び級で大学を出て、軍属になっても、それは変わらない。周囲の大人達はみな良くしてくれるが、友達はいなかった。だからこそ、こんな星系の仕事に志願したのだが。
「ええ、ええ、もちろん。私も貴方達の精霊の使い方を知りたいわ。ぜひ相談に来て!」
唐突に風景がかわる。何日後なのか、何年後なのかわからない。とにかく、別の日の記憶が夢の続きとなり、早送りで脳みその中で再生される。
レンガ造りの建物が無秩序にならぶ、人ひとりがすれ違うのも大変な狭い小路。どちらを向いても溢れる人、人、人の波。よく見ればヒト型だけではない、ありとあらゆるファンタジックな外見の人々が織りなす街の喧噪。
なにがきっかけだったのかは思い出せない。王子様である『彼』がドームを訪れたとき、たまたま武装した兵士やアンドロイドがラボの付近に居なかった。珍しいことではない。開拓中のこの惑星では、とにかく人手がたりないのだ。例によってなにか重大なトラブルが発生し、そちらに兵士達が動員されていたのだろう。
その隙を突き、私と彼はふたりでドームを抜け出した。正確に言うと、私が彼に頼み込んだのだ。『王都』に連れて行って欲しい、と
『王都』。開拓本部のドーム周辺に、現住生物達があつまり自然に形成された都。王様が支配しているとはいえ、治安は決して良くない。しかし、この惑星の生物達のエネルギーを肌で感じることができる活気ある街だと聞いている。
精霊システムの生命維持機能は安定して稼働している。そして、すくなくとも王都にいる知性化された現住生物たちは、精霊をまとった私の命令を無視することはできないはず。
「ドームの外にいくのは、あなたちの規則に違反しているのではないですか? それに、王都の郊外には、我々ほど知性化されていない野蛮な魔物達もいます。何かあっても私だけでは止められないかもしれません。なによりも、……私たちは、男女ですし」
「心配性ね。大丈夫よ。クシピーがいればいつでも助けを呼べるし、それに危険な現住生物がでてきたら『即死コード』を使えばいいわ」
遠くに行くつもりはなかった。危険を冒すつもりもなかった。ただ、惑星の現状を観察し、街の雰囲気を味わい、現地の食物を食べ、好奇心を満たすだけのピクニックのつもりだった。
「……だからね、今までの開拓星では、ナノマシンは単なるテラフォーミング専用に使われていたの。この惑星のように、『精霊魔法』として現住生物達の日常生活にも役立てようというのは、歴史上初めての非常に野心的な計画なのよ」
二人ならんで街の中の大通りを歩く。人の波の中ではぐれないよう、彼は私の手を引いてくれる。周囲の現住生物達からみて、私たちはどんな関係にみえるだろう?
「ちなみに魔法陣を使ってナノマシンにコードを転写する仕組みを考えて実装したのは、私なのよ。本当はあんな派手な仕組み必要ないんだけど、やっぱり魔法使いといえば魔法陣がつきものよね。あと、『爆発コード』や『防御コード』『即死コード』をつくったのも私」
道すがら、一方的にしゃべる私の話を、彼はニコニコとしながら聞いてくれている。
「私も何種類かの魔法陣を使うことができます。奇跡の力を与えていただき、感謝しています」
「もっとチームの人数が多ければ、もっともっと便利な魔法のコードをどんどん増やしていけるはずなんだけど……」
「ひとつ伺ってもよろしいですか? 最近、ドームの中にいらっしゃるあなた方の人数が減っているような気がします。私の気のせいでしょうか?」
「気のせいじゃないわ。私も詳しいことは知らないけど、銀河系の中でもこの辺はもともと『敵』との紛争星域だったったのが、最近ますます雲行きがあやしくなってきたみたい。万が一に備えて、民間人や非戦闘員は少しづつ撤退しつつあるの。たぶん、私も近いうちに帰ることになると思う」
「そう、……ですか」
彼は、突然私の方向に振り向いた。そのまま腰をかがめ、私の両肩をつかむ。端正な顔が正面からのぞき込む。
「これはあくまでも私の個人的な思いですが、私はあなたからもっといろいろなお話を聞きたい。いろいろな技術を知りたい。宇宙や生物の神秘について学びたい。……アーシス・ロナウ、私はあなたとお別れしたくありません」
えっ?
現住生物に名前を呼ばれるなんて、初めてのことだ。なんと答えればいいのか、見当もつかない。そして初めて気づく。この現住生物の名を、私はしらない。
ふたりは、いつのまにか街の郊外にいた。夕焼けの赤が空を染めている。沈黙がふたりを包む。どちらも動けない。
どれくらいの時間そうしていたのか、今となっては思い出せない。しかし、そんな時間が終わったのが本当に突然だったのは、確かだ。
突然、かん高い悲鳴がまきおこり、喧噪を引き裂いた。
「あ、あ、あれは、なに?」
周囲の人々が逃げ惑う。人並みの向こうに見える巨大な影。身長は二メートルほど、たるんだ全身の肉。潰れた鼻、上を向いた牙、頭の悪そうな顔。
森の中に住む巨大なイノシシもどきを改造した、通称ブタ人間だ。生物学者達が遺伝子改造により知能化を試みた現住生物の中でも最大の失敗作と言われ、あまりにも知能が低くて奴隷化が断念されたと言われる化け物。廃棄された個体群が街の周辺で凶暴化しているという噂を聞いたことがある。そのブタ人間の群、合計十頭ほどの巨大な肉の塊が、街に乱入して人々を襲っているのだ。
私は動けない。噂は聞いていたが、あんな醜い生き物は見たことがない。
ブタどもは、周囲の『人間』達を、素手で撲殺し、引きちぎり、そして頭からかじっている。肉塊と血の海が広がっている。
「まずい。王命により自警団は組織されましたが、まだ完全には機能していない。逃げた方がいいですね。……アーシス? しっかりしてください。逃げますよ」
「え、ええ」
ブタの一頭と目が合う。ニヤリと笑ったような気がした。なんという醜い、なんというおぞましい微笑み。
私は手を引かれるが、走れない。情けないことに、腰が抜けて動けない。それはほんの数秒、だがその貴重な時間が運命を決してしまう。仕方なく彼が私を抱き上げようとするが、遅かった。
くっ
私を守るために覆い被さった彼が、一頭のブタに掴まる。そして、持ち上げられる。彼は、空中に右手を掲げる。反撃のため魔法陣を描こうというのだ。だが、ブタがその右腕をつかみ、……引きちぎった。
目の前に鮮血が飛び散る。そのまま彼を投げ捨てたブタが、私の目の前に立ちはだかる。一頭、もう一頭、私を取り囲むように。
「あ、……あ、あ、」
声が出ない。助けを呼ぶこともできない。
「ア、アーシス」
ほんの数メートル先、血の海に沈みつつある彼が、必死に声を絞り出す。
「私はもう魔法陣を描くことができません。アーシスの魔法を、『即死魔法』を……」
そ、そうだ。あのブタも即死遺伝子が組み込まれているはず。
「クシピー、おねがい。即死コードを実行。早く! 今すぐに!」
『了解』
ヘアバンドが光る。頭の上に黒い雲が広がる。周囲の現住生物達が黒雲に覆われる。ブタ人間も、そして彼も。
ちょ、ちょ、ちょっと、まって。まって、クシピー。彼はだめ、彼は……。やめてえ!!!
私の記憶の中に残る最後の彼は、私の無事を見届けた後、満足そうに目を閉じる微笑みだった。
即死コードの発動が検知されれば、自動的に完全武装の戦闘用アンドロイドがドームから駆けつける。私の周囲の現住生物達を、ブタもそれ以外の種族も生死も一切関係なくまとめてなぎ倒して私の元に殺到したアンドロイド達の記録によると、現住生物の死体の山の中、私は王子様の亡骸にすがりついて泣き叫んでいたらしい。
ユウキ兄、朝だぞ! ユウキ、起きろ!!
肩を揺すられて目をさます。
「まったく、いつまで寝ているつもりだ」
あれ? 何の夢をみていたんだっけ? 俺? 俺ってユウキ? アーシス?
「寝ぼけているのか?」
目の前に、エメルーソ殿下がいる。心配そうに俺の顔をのぞき込んでいる。この大陸を支配する千年間続いた王国の王子様だ。黒い髪、黒い瞳、整った顔……。
俺の口から、俺のものとは思えない声が出た。
「……よかった。無事だったのね」
自分でもなぜだかわからない。俺は、目の前の殿下にすがりつき泣いていた。泣きじゃくっていた。涙が止まらない。
2014.06.15 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの別の物語も連載しています。本作よりもかなり呑気な物語ですが、もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( http://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




