05.オオカミ男とエルフっ娘
俺の目の前には、オオカミ男がいる。まだ幼さの抜けきらない少年の顔に、ピンとたった獣の耳。大きな牙。上半身はだかに半ズボン。そして、おもわず触りたくなるモフモフの太い尻尾。決して俺に気を許してはいない表情で俺を睨みつけているものの、近づいても威嚇することも無く座り込んだままだ。出血があまりにひどくて身体が動かないのかもしれない。
本当に、ファンタジーの世界だなぁ。
だが、感心もしていられない。彼のふとももあたりは血まみれだ。大きな酷い傷がある。ドクドクとものすごい量の出血が続いている。早く血を止めないと、これは命にかかわるだろう。
そのオオカミ男をかばうように座り込み、こちらをにらみ続けるエルフ(?)の女の子にむけて、声をかける。
「なぁ。このままだとそのガキ死んじまうぞ。止血するから手を貸してくれないか」
女の子は、オオカミよりも上等な服装をしている。白い半袖のシャツに赤いスカート、ファンタジー世界の町娘といった感じだ。『死んじまう』という言葉に反応したのか、俺とオオカミの顔を何度か見くらべた後、少女は立ち上がった。俺に協力してくれる気になったらしい。
とは言ったものの、どうすればいいんだ? 俺には応急措置の知識なんか無いぞ。出血を止めるには、きつく縛ればいいんだよな。こいつの場合はふとももあたりを縛ってやればいいのだろう。だが、包帯も紐もない。せめて破いてもかまわない布でもあれば……。俺は、目の前の二人の服装を見る。ほぼ半裸の少年と、可愛らしい女の子。そして俺自身の服。ええい、これでいいや。
自分の着ているティーシャツの裾から太ももの部分をつまみ、思い切り破……けない。破ける気配さえない。いったいなんでできているんだ、この布は。というか、俺の握力が無さすぎるのか。なんて不便な身体なんだ。
「おまえ、ちょっとここをつかめ!」
オオカミの少年の手をとる。おお、さすがオオカミ。手の平に柔らかそうな肉球がついているじゃないか。触りたい! 指の先でプニプ二したい!! しかし今はそれどころじゃない。衝動を必死に我慢して、オオカミの爪の先でスカート部分の裾のちょっと上の部分を握らせる。
おおおおお、すげぇ爪だな。この爪なら人間なんて簡単に引き裂けるんじゃないか? いまこいつが手を水平にちょっと動かすだけで、俺なんか血まみれのバラバラになっちゃうかもしれないな。まさか、オオカミ男って人間を食わないよな? 食うなよ。俺は痩せすぎで美味くないぞ。恐る恐る少年の顔をみると、俺から目をそらしている。……まぁいいか。その爪でスカートをしっかりつかんだな? よし。
つかんだところで、俺は身体をひねりながら体重を後ろにかける。
ビリビリビリ
やぶけた。本当にスゲェ爪だな。鉄でも引き裂けるんじゃないか。しかし、真横に破って包帯を作るつもりだったが、そうは上手くなかった。ちょっと斜めに、太ももの上のあたりに三条の鋭い裂け目ができただけだ。
「これを引きちぎって包帯にするぞ、ほら、俺の力じゃ無理だから、おまえがやるんだよ」
オオカミ少年の少年の目の前で、破けたスカートの裾をひらひらさせる。少年が、おそるおそるといった体で俺のシャツを引きちぎる。包帯がわりの紐ができた。なぜ顔を赤くしているんだ? まぁいいや。それを使って、少年の太ももを縛る。女の子にも手伝ってもらい思いっきり縛る。
素人がやったにしては上出来だろう。完全では無いが、出血量は減ったような気がする。たぶん。
「でも応急措置でしかない。おまえらどこから来たんだ? 帰れるか?」
オオカミの顔をのぞき込む。少年は横を向いている。目を合わせてくれない。……おまえ、大出血していたくせに、なんで青くならないで赤くなってんだよ。
あっ。
やっと俺は気づいた。俺のスカートの裾の部分はぼろぼろで、スリットまで入っている。座り込んだ少年の目の高さに、ちょうど俺の太ももがある。細くて白い太ももが露わになっている。純真な少年をまどわしてしまったのか。あああ、そういえば、おれ下着つけてないや。アーシス、ごめん。
「包帯にするのなら、私のシャツを使うべきだった!」
エルフっ娘が、俺とオオカミ君を交互に睨んでいる。あまり表情の豊かな子ではなさそうだが、プンプン怒っているのはわかる。ごめん。気が利かなくて本当にごめんよ。女の子のシャツを借りるのは申し訳ないと思ったんだよ。でも、よく考えたら俺も女の子だったんだな。
「ごめん。次は、君のシャツを借りるよ」
女の子は俺を一瞥すると、すぐにプイと横を向いてしまった。ああ、本当にごめん。
「手当てしてくれて、ありがとう」
まだ赤い顔のオオカミが、視線をそらしながらもお礼を言ってくれる。なかなかいい少年じゃないか。
「あんた、人間か?」
「ん? ああ、そうだ。……たぶん」
本音を言うと、あまり自信がない。アーシスは、地球人という意味では人間ではない。いや、SFでよくある平行世界の『地球人』という可能性もあるのか。なんにしろよくわからん。そして、このガキの言う『人間』の定義もわからない。オオカミ男やエルフの存在するこの世界の人々からみて、俺ははたして『人間』なのだろうか?
「でも、奴らの仲間じゃないんだろ? なら、逃げた方がいい。ダーヴィーを、この子をつれて逃げてくれ」
「ビージュをおいていけるわけがない!」
エルフっ娘がオオカミ少年にすがりつく。なるほど。オオカミの少年がビージュ、エルフっ娘がダーヴィーちゃんというのか。二人ともかわいいな。が、今はそれどころじゃない。
「奴ら? 奴らって誰だ?」
「俺たちを追ってきたハンターだよ」
「ハンター?」
「知らないのか? 俺たちみたいな森に隠れ住む者を狩る、賞金稼ぎの人間達のことだよ。奴らが追ってくるから、はやく、にげ……」
いいかけた少年が口をつぐむ。 オオカミの耳がピクピク動いている。
「もう追いついてきたのか」
少女が俺をひっぱり身を低くする。ヤブの中、三人で耳をすます。
「くそ、ガキ共、どこに行きやがった!」
明らかに堅気ではない者達の、荒々しい罵声がすぐ近くからきこえてきた。
2013.08.04 初出
2017.05.20 数カ所だけ修正