47.喧嘩を売るときには相手を選ばないとやばいよね
でんか、でんか、でんか、でんか、でんか……
アンドラは叫び続ける。目の前に殿下がいる。彼女は今、恋い焦がれてきた男を抱きかかえている。
しかし、殿下は目を開けてくれない。口をきいてくれない。
なぜ?
足元には真っ赤な血だまり。ものすごい出血。普通の人間なら即死だろう。アンドラが必死に傷口を手で押さえても、血は止まらない。それでも、押さえずにはいられない。
どうして?
殿下の端正な顔が、脂汗で汚れている。荒い呼吸に、苦悶の表情を浮かべている。
世の中のすべてを舐めきって、なんでも斜に構えていた人が。誰に対しても、けっして弱みをみせなかった人が。鋭い刃物で心臓を直撃され、死にかかっているのだ。
いったい誰が?
誰が? ……私だ、私がやったのだ。私が、殿下を刺したのだ。
うまれてからずっと一緒に居た。我が身の半身といってもいい。心の中でずっと慕っていた。結ばれることなど絶対にないことはわかっていた。いつか、王家にふさわしい女にとられてしまうことはわかっていた。それでも、殿下なしの人生など考えられなかった。
その殿下が、いま目の前に居る。私のせいで死にかけている。
なぜ、あんなことをしてしまったのか?
おもいだせない。
私が刺したことは確かだ。誰かに命令されたような気がする。しかし、詳細はわからない。まったく思い出せない
とにかく、とにかく、まずは出血をとめなければ。
アンドラは、傷口を押さえる。止まらない。それでも身体全体で必死に押さえる。
ふと気づくと、空中から光がさしている。周囲の人々が、声をあげながら逃げ惑っている。
うるさい。それどころじゃない。誰か、医者を。誰か。殿下を、助けて
周囲を見渡して初めて気づく。なんだ? 光っているのは空中だけではない。自分たちだ。淡くやさしい光が、私たちを包んでいる
精霊? 私は精霊魔法を使えない。精霊などみえたことがない。しかし、なぜかわかる。これは精霊だ。
そして、顔をあげる。空には、まがまがしい巨大な魔法陣。それが、淡い光につつまれて消えていく。光の中心に入るのは、ひとりの少女。精霊を身体に纏った少女。
ユウキちゃん?
「あ、アンドラさん、……正気に戻ったか。よかった」
ユウキちゃんは、真っ青な顔をしている。今にも倒れそうに、ふらふらしている。しかし、淡い光に包まれた神々しいその姿は、まるで……。
「あ、あいつ。あの野郎だ。いつか俺のために、村を襲ってきた奴だ」
ユウキちゃんが睨みつける視線の先、数人の男が近づいてきている。
「……俺は、例によってしばらくダメみたいだ。でも、アンドラさん、しっかりして。あなたはマコトの護衛なんだから、マコトを、エメルーソ殿下を守ってくれ。殿下の敵をやっつけろ」
そう言うと、ユウキちゃんはへなへなとその場に座り込んだ。そして、げぇげぇ吐き始める。
『殿下の敵をやっつけろ』
そのことばをが耳に入った瞬間、アンドラの全身に電撃が走った。
『殿下の敵をやっつけろ』
これは命令だ。精霊をその身に纏う者から私に下された命令だ。私は、この命令に従わなければならない。
神話の時代、アンドラの祖先の細胞のひとつひとつに強制的に刻まれた人工的な本能が、彼女の身体全体を支配する。
私は、私の一族は、……この人にしたがうために生まれてきたのだ。私は、ユウキちゃんの命令に従う。そして、殿下の敵をやっつけるのだ。
数人の黒めがねの男達が、殿下とユウキを取り囲む。
みな銃で武装している。殿下の護衛達は、すでに倒されている。他の一般人は周囲にいない。中心にいるのは、村でユウキをさらった魔法使いだ。
「エメルーソ殿下。ご無事なようでなにより」
「ユ、ユウキを狙っているのは帝国かと思っていたが、違うようだな。金目当てのチンピラでもない」
倒れていた殿下が、上半身をもちあげる。ぎらり。鋭い視線で男達を睨む。
「わかりますか?」
男達は、一瞬だけ殿下の迫力にひるむ。しかし、すぐに気を取り直し、無理矢理虚勢をはる。
「においだな。……王都の王国軍参謀本部直轄の情報部の犬どもか。少なくとも王都の軍中枢の一部は、王国政府や陛下を裏切っているということか」
「さすがですね。しかし、なにか誤解しているようですが、私たちは王家を裏切ってなどいませんよ」
裏切り者と言われて表情を曇らせる男達の中、魔法使いの男だけは平然と、ニヤニヤしたまま応える。
「王位継承権をもつこの俺を襲撃しておいて、よく言うな」
「殿下を刺したのはその女秘書さんです。よくある男女関係のもつれというやつでしょ? それに、国を裏切っているのは議会や資本家、そして彼らの好き勝手を許している王家の一部の方々です」
「ほう」
「……貴方とくだらない議論をして時間を無駄にするつもりはありません。ご無事とはいえ重傷のようですから、はやく病院へ行った方がよろしいでしょう。その少女はわたし達が保護しておきますから、ご安心を」
魔法使いが顎でさす方向には、緑色の顔をしてぐったりとした少女が、アンドラに抱かれている。
「だめだ。ユウキは俺のものだ。どうしてもというのなら、ちからづくで奪ってみろ。おまえ達のバックにいる黒幕にもそう伝えるがいい」
男はひとつため息つき、魔法の呪文を唱え始める。他の黒めがねの男達も、銃を構える。
「無駄だ。ユウキがいるかぎり、俺たちに魔法も魔導銃も通じない」
「だから安心して魔法を放てるんですよ。貴方たちは平気でも、街の人々の安全までは保証できませんが」
「すぐに俺の手下の治安警察が駆けつけてくるぞ」
「そうなったら、今日のところは潔く撤退します。でも、仮に今日は私たちがあきらめたとしても、これからこのミヤノサの街のいつどこで私の爆発魔法が発動するかわかりませんよ。ミヤノサ市民のことを考えるのならば、いま素直にその娘を渡した方が賢明だと思いますが」
今度は、殿下がため息をつく。
「ただの脅しだとおもいたいが……。まさか本当に、テロリストに成り下がってまで、ユウキが欲しいのか? 本当にそれが、おまえ達の黒幕の意思なのか?」
「さあ。あの方がどこまで本気なのか、私どもには真意まではわかりかねます。でも、それが王国のためになるということは、すくなくとも私は確信しています。いずれ軍全体があの方にしたがい、すべての国民があの方のもとで幸福になるでしょう」
「……なるほどね」
男達が、おもわずすくむ。殿下が立ち上がったのだ。傷はまだ完治していない。出血も続いている。にもかかわらず、男達の前に仁王立ちだ。まるでなにごとも無かったかのように。
「そ、そんな。魔導器の剣でさされたのに……」
「あまり俺をなめるなよ。……そういうことならば、おまえ達はここで完全に叩きつぶず。どうせ兄上も近くでみているのだろう? 俺の敵にまわるということがどのような意味なのか、しっかり教えてやる。いけ、アンドラ!」
2014.05.03 初出
(*)同じ世界を舞台にしたもうひとつの物語も連載しています。もしよろしければそちらも合わせてご覧ください。
『剣と魔法の異世界だって、美少女アンドロイドの私がいれば平気なのです』( http://ncode.syosetu.com/n8255ca/ )




