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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第3章 先史文明の生き残りと異世界の妖怪と
43/71

43.どきどき異世界デートなんだよね その2




 どれくらいの時間そうしていたのか。ふと視線をあげると、道行く人々がジロジロと、俺とマコトにぶしつけな視線を投げかけている。


 こいつ、こんなんでも一応市長で王族だもんな。大都市ミヤノサの名士の中の名士。超有名人が、こんな街中で真っ昼間から堂々と女の子を抱き寄せてたら、そりゃ目立つよな。


「すっ、すまん、マコト。えーと、さっきの醜態は無かったことにしてくれ。たのむ」


 さっきのは、一時の気の迷いというやつだ。泣きながらマコトにすがりつくなど、日本男子にあるまじき醜態。今の俺は身体こそ女の子だが、けっして男の精神を捨て去った訳ではない。……はずだ。


「醜態? 乙女のユウキ兄もなかなか可愛らし……」


 途中まで言いかけたマコトが黙る。俺が睨んだからだ。こいつは、どんな時でも雰囲気をぶちこわしにする余計なひとことを言わずにはいられないのか?


「……そうだな。わかった。さっきのは無かったことにしよう。……それはそれとして、もう少しこうしていようか」


 マコトは、俺を離してはくれない。太くて温かい腕。いい匂い。こいつ黙っていれば本当に格好いい男なんだよなぁ。







 女連れの殿下の護衛など、アンドラにとってはいつものことだ。だが、慣れてしまったとからといって、その任務を楽しめるわけではない。


 お忍びで出かける時、殿下はいつもアンドラや他の護衛達をまいて一人で行こうとする。その気持ちは理解できなくもないが、アンドラとて陛下や王妃殿下から直接殿下の護衛の任を賜ったのだ。殿下をひとりで行かせるわけにはいかない。


 だが、アンドラのオオカミの能力を持ってしても、本気で逃げようとする殿下についていくのは容易なことではない。王族の一員がいったいどこでそんな術を学んだのかはしらないが、彼は完全に気配を消すことができる。そして、人間離れした身体能力を最大限に活かし、気がついたときには護衛の前から姿を消しているのだ。なんとかついて行けるのは、しつこく追いかけ回すアンドラに根負けした殿下が、力を加減しているからなのだろう。


 しかし、ついて行けたからといって、アンドラの気持ちがはれるわけではない。別の女と密会する殿下の側に、黙って控えていなければならないのだ。自分の上司の女の趣味の悪さを心の中で嘆きつつ、それを口にしない忍耐力だけが鍛えられていく


 ゆえに、アンドラはエメルーソ殿下の華麗な女性遍歴についてはほとんど把握している。元貴族の未亡人やら、高級娼婦やら、時には帝国の女スパイまで、殿下のお相手はほとんどが一夜限りで、あとくされのない女性ばかり。その点だけをみれば、さすがの殿下も王位継承権をもつ自分の立場を一応少しは自覚しているようだ。


 だが、いま目の前にいる殿下は、いつもの彼とは全く違う。ユウキちゃんと二人で寄り添う姿は、成熟した大人の男女の仲にはまったく見えない。雰囲気もムードも駆け引きもなしの、ただ無邪気にじゃれあっていちゃいちゃしているだけ。まるで学生同士の初々しいカップルのようだ(学生というには、殿下は少々年を取りすぎているが)。


 呆れながら眺めているアンドラの前で、護衛対象のふたりが急接近する。殿下がユウキちゃんを抱き寄せたのだ。真っ昼間、それも繁華街の大通りの真ん中でだ。


 えええええ、もしかしてこれは、ラブシーン?


 アンドラもおもわず見入る。周囲の人々も、幾人かは殿下だと気づいたうえで眺めているようだ。


 勘弁してください。私たち側近や護衛のことも少しは考えて! 国民の間にへんな噂が立ってしまったら、王妃殿下になんとお詫びすればいいのか。


 ……もしかして、そんなことは承知の上で、殿下はあえてああしている? 既成事実をつくるため?


 そのことに気づいてしまったアンドラは、自分の心の中に複数の感情が同時に湧き上がるのを感じる。ひとつは、ユウキちゃんならいいか、という祝福と応援の感情。なんといっても、彼女は命の恩人だ。奇跡の魔法を操り、自分の身を顧みずに他人を救ってしまう少女なんだから。人間性に多大な問題があるとはいえ、一応は王子様である殿下とお似合いだろう。


 そしてもうひとつ。同時にアンドラの心の中に湧き上がるのは、二人に対する同情と労りの感情だ。


 現在の王国における王家の地位は、君臨すれども統治せずが原則である。だが、実質的な国政に関する影響力を失って久しいとはいえ、王家に嫁ぐ者はそれなりの家柄を求められるのが常識だ。ほとんどは旧貴族。そうでなければ有力政治家、財閥や名門軍人の一族。それ以外のいわゆる庶民の家から王家に嫁いだ者など、いまだ皆無といってよい。しかも、森の中にふらりと現れ、過去の記憶を持たないユウキちゃんは、おそらく正式な戸籍さえもっていないだろう。奇跡の魔法使いとはいえ、もし殿下がユウキちゃんと本気でつきあうつもりだとしたら、これからふたりがどれほどの苦労を背負い込むのか、想像もできない。


 当然ながら、その苦労は自分にも降りかかるのだろうなぁ。


 アンドラは、深い深いため息をつく。そして、むりやり自分を納得させる。


 あの殿下が、ついに本気で女性と付き合う決意をかためたのだ。これはめでたいことなのだ。そうに違いない!






 ぐう。


 しまった。ちょっと艶っぽいシーンに突入した途端、お約束どおりに鳴いたのは、もちろん俺の腹の虫だ。昼からフライをひと口食っただけとはいえ、こんなタイミングで鳴かなくてもいいだろうよ。


 お腹を押さえ真っ赤な顔をした俺を見つめながら、マコトが笑う。


「晩飯の時間にはまだ早いな。冷たい物でも飲むか」


 ……冷たい物? そんな物がこの世界にあるのか?


「あまり我が王国の文明を馬鹿にするなよ。ひねくれた先史魔法文明の遺産、精霊魔法だのみの非常にゆがんだ文明とはいえ、物質文明的にはあちらの世界の産業革命期と似たような段階に達してはいるのだ」


 そうか。冷たいものか。冷たいと言われてとっさに頭の中に浮かんだものは……。


「ちょ、ちょ、ちょ、チョコパフェはあるか?」


「ん? 胸焼けはなおったのか? だいたいユウキ兄、あちらではチョコパフェなんて食べなかっただろうに」


「んん? そうだっけ? なぜか頭に浮かんだのがチョコパフェだったんだが。……まぁいいや。とにかく、チョコパフェはこの世界にあるのか?」


「そのものずばりチョコパフェと言うわけではないが、似たようなものならばある。ちょっと待ってろ」


 俺を残して、マコトは立ち上がる。長い脚で駆け寄る先は、ほんの数十メートル先の屋台。制服姿の女の子ばかりの列、その最後尾に王子様が並ぶ。女の子達は、きゃっきゃ言いながらエメルーソ殿下に注目している。俺はベンチで足をぶらぶらさせながら、そんな光景を眺めている。


 こらこら、そこの娘っこたち。そいつは見た目かっこいいかもしれないが、中身は妖怪なんだぜ。ちなみに俺のだ。うらやましいか。






 人々の笑い声。馬のいななき。雑踏の音。カモメの鳴き声。遠くで汽笛の音が聞こえる。


 港には大小さまざまな船が何艘も見える。帆船だけではない。大きな外輪船がゆっくりと、桟橋に向かって走る。マコトによると、石炭の代わりに『魔石』とやらを燃料にして、魔法を動力として使っているいるらしい。


 ミヤノサの街は平和だ。俺の目の前、道行く人々はみな幸せそうに見える。マコトと一緒で浮かれている俺の気のせいかもしれないが。


 ふと感じる既視感。あちらの世界にいたころ、俺もマコトとよく買い食いをした。列に並んだり、食い物を運ぶのは、いつも俺の仕事だったが。あんな日常は、もう二度と帰って来ないと思っていた。


 この時、俺は思ってしまったのだ。こんなおかしな世界にいても、そしてこんな身体になってしまっても、マコトと一緒ならあの頃と同じ平和で穏やかな日常に帰れるのではないか、と。それがいろいろな意味で誤解だったと知るまでに、あまり時間はかからなかったけどな。


 マコトが両手に何かもちながら帰ってきた。右手の紙コップを、俺に手渡す。


 こ、こ、これは!


 俺は目を見張る。目の前にあるこれは、……紙コップの中につめこまれているこれは、確かにアイスクリームだ。しかも、チョコレートがトッピングされている?


 俺は、おそるおそる付属のスプーンを持つ。そして、アイスクリームを口にいれる。冷たい。そして、甘い。パフェとはちょっとちがうが、十分うまい。まさかこの世界で、こんな物を食えるとは思わなかった。


 感動のあまり、俺はスプーンを咥えながらマコトの顔を見つめる。マコトは例によってニヤニヤしながら、どや顔してやがる。


「牛乳や砂糖はミヤノサ近郊で生産しているものだ。カカオはこの世界にないので似た物を捜した。それを冷凍の魔法で冷やしている。常夏の街ミヤノサ名物になるかと地元の飲食店にレシピを教えて作らせてみたら、もくろみ通りにうまくいった。どうだ、美味いか?」


 うんうん。俺は思いっきりうなずく。


「アイスクリームなんて、……千年ぶりだぁ」


 意識よりも先に身体が反応する。脳みその芯、本能から湧き上がるこの感動を、どう表現すればいいのか。感激しすぎて頭の中が真っ白になる。


 おいしい!!


 ん? マコトが妙な顔で俺を見ている。んん? 俺なんか変なこと言った? いや、そんなことよりも、おまえのそれ、ジャムみたいのが乗っかったアイスもひと口よこせ! いや、ください。


 俺は、マコトが今まさに自分の口に入れようとしていたスプーンを奪い取ると、自分の口のなかに放り込む。……美味い。こちらも美味い。これはやっぱりブルーベリージャムなのか?


 んんん? ふと気づくと、周囲の人々の視線が生暖かい。遠くからこちらを見つめるアンドラさんのジト目が怖い。


 しまった、またしてもはしゃぎすぎたか。むこうの世界ではいつも、マコトとはかならず別々のメニューを頼み、一口づつ取り替えていたから、その調子でつい……。


 俺は姿勢を正し、背筋を伸ばして座り直す。できるだけお上品に見えるよう、アイスクリームを食べる。マコトが笑いながら、自分の紙コップを俺にくれる。


「俺のも全部やるよ。……食い過ぎるなよ」


「大丈夫だ! 俺は今、やっと理解できたような気がするぞ。これが、これこそが、女の子の言う『別腹』という概念なんだな!」


 マコトが笑う。俺も笑う。こんなに笑ったのは、いつ以来だろう?





 だらだらしたデートは、もうちょっとだけつづきます。


2014.02.22 初出


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