42.ドキドキ異世界デートなんだよね その1
というわけで、俺とマコトとアンドラさんは街にやってきた。屋敷から専用の馬車に乗り、降りたところは港から海沿いに広がる街一番の繁華街だ。何が目的というわけではない。ただぶらぶらと歩くだけだ。
ちなみに、俺と並んで歩くのはマコトだけだ。アンドラさんや他の数人の護衛のみなさんは、少しはなれたところからついてきているそうだ。アンドラさんは振り向けば常にみえる距離にいる。その他の皆さんはつかず離れずの距離を保っているらしいが、俺にはどこにいるのかわからない。
俺はアンドラさんが用意してくれたごくごく普通の可愛らしいワンピースを着せられている。マコトはラフなシャツ。この世界の文化はまだよく知らないが、周囲を歩く人々と比較してもそれほど違和感はない、……と思う。
ミヤノサの街は、王国の中でも比較的治安が良好な街として知られているそうだ。もちろん、街の中には堅気の人間、特に婦女子は絶対にひとりで立ち入らない方がよい場所もある。だが、俺たちが今いるこのあたりは明るくて健全な繁華街、家族ずれや制服姿の女子学生達もたくさん歩いているような場所だ。ひ弱な身体の俺がふらふらしていても何も問題はないだろう。とはいえ、たとえハンター崩れの外道共がたむろしているようなヤバイ場所だとしても、殿下やアンドラさんがいっしょならば全然問題ないのだろうけどな。
ひろい大通りは、石畳で綺麗に整備されている。明るい日差し、海からのさわやかな潮風、大量の馬車と人力車、その隙間を縫うように人々が通りをいきかう平和な光景。人々の多くは、見た目も服装も、俺のいた世界の熱帯の諸国と大きな差は無いようだ。たまにエルフっぽい人やネコ耳、イヌ耳、鳥人間などが歩いているものの、森の中の村とはことなり、人類以外の知的生物はほとんどいない。
通り沿いには華やかな商店がずらりとならぶ。丘の上に位置する屋敷や市庁舎の周囲は石造りやコンクリートのオフィスビル(?)ばかりだったのだが、海沿いのここは木造と石造りが半々くらいか。小さくても活気のある飲食店や屋台、華やかな衣料品店、お土産屋。ありとあらゆる種類の商店が無秩序にならんでいるが、残念なことに、ゲーム世界のような武器屋や防具屋はみつからない。
俺は、大通りを物珍しげに、きょろきょろしながら歩く。マコトは、例によってニヤニヤしながらついてくる。周囲の人々の生ぬるい視線ちょっとだけ気になる。俺の事を田舎者のおのぼりさんだと思っているんだろうか。通り沿いの見るもの全てが珍しいのだから、しかたがないだろう。
いや、道行く人々の視線は、俺だけでなく、並んで歩く俺とマコトの二人に注がれているのか? いったい俺たちはどう見られているんだ? もしかして、……恋人同士? い、いや、そんなことがあるはずない。せめて兄妹ということにしておこう。きっとそうだ。そうに違いない。
まぁ、そんなことはどうでもいいや。他人の目なんて気にしている暇はない。せっかくマコトと二人なのだ(護衛の皆様もいるが)。マコトとやりたいこと、マコトと話したいことが、俺には沢山あるのだから。
アンドラは、何かと周囲から注目されている二人から、つかず離れずの距離を常に維持している。特に身を隠すことも無く、常に二人を守れる位置を確保し、さりげなく周囲に気を配る。
彼女は、持って生まれたオオカミの非常識ともいえる知覚能力を、さらに対テロに特化した訓練により磨きあげてきた。今も、周囲を行き交う老若男女、あるいは人間以外の種族も含めた全ての人々に対して、五感のすべてを駆使して警戒をつづけている。
殿下の周囲には、すでに怪しい人間が数人うろついているようだ。ほとんどは、有名人である殿下に気づき、興味本位に近づいてきただけのミーハーな一般人。あるいは、お忍びとはいえ隙あらば市長に取り入ろうと機会をうかがう、このあたりの商人か。このような連中は、凶器を手にしたり妙なそぶりさえみせなければ、放っておいても問題ない。王族のスキャンダルを狙ったゴシップ雑誌の記者は少々やっかいだが、いつものごとく脅しをかけて、力尽くで追い払う。
もともとこの街には、広く市民から支持されている殿下に害を為そうという人間など、ほとんどいない。裏社会の連中も例外ではなく、すくなくとも正面から殿下に関わろうとはしない。殿下がミヤノサに赴任した直後、逆恨みから複数の市当局幹部を襲ったマフィアは、殿下の逆鱗にふれて完膚無きまでに叩きつぶされ、組織は完全に壊滅した。それ以来、チンピラなどは殿下の側近の姿を見かけただけで逃げていく。
要するに、ある意味ミヤノサの王ともいえる殿下は、この街にいるかぎり危険に晒されることなどありえないのだ。だから殿下は、いつもアンドラも含めほんの少数の護衛だけで、……場合によっては護衛達を振り切り一人だけで、ふらふらとお忍びで街に出かけていくのだ。
だが、今日はこれまでとは違う。ユウキちゃんがいるのだ。あの華奢でひ弱な少女を、おそらく王都の、あるいは国外の強大な敵が狙っているのだ。決して油断はできない。アンドラは、あらためて自分自身に気合いを入れ直す。
さて、異世界の街で、俺は何をすべきなのか?
せっかく幽閉された屋敷の一角を抜け出したのだ。しかもここは異世界の街だ。俺がやるべきことは、なにをおいてもまずは食うことだろう。それも、屋敷で食っているような豪華だが堅苦しく寂しい飯ではない。ジャンクフードだ。せっかく異世界の異文化にどっぷりつかっているのだ。ジャンクフードやB級グルメを楽しまずして、なにが人生か。
まずは、飲み物で喉をうるおす。俺とマコトは、カウンターしかない小さな店で、椰子の実を小さくしたような野球ボール大の謎の果物をひとつづつ注文する。店の親父が芯をくりぬき、直接ストローを突き刺して俺に手渡してくれる。これを歩きながら飲むのが、この街の若者では流行っているらしい。ムシムシした熱帯の空気の中、甘くて酸っぱくて濃厚な絞りたてジュースが喉に嬉しい。これがつめたく冷えていれば、もっと美味いのだろうになぁ。
「次は、あの屋台にいってみようぜ」
俺はマコトの手を引きながら、小さな屋台をめざす。看板のイラストから判断するに、きっとフィッシュアンドチップスみたいな魚を揚げたやつにちがいない。ここは港町だしな。
俺たちは、女の子や親子連れの列の最後尾に仲良くならび、ゲットした熱々のフライを道沿いのベンチに腰掛けてほおばる。
うん。うまい。熱々で美味いぞこれ。実に単純な塩だけの味付け、安っぽい油の味が実にB級でうまい。……けど、ちょっと大きすぎる、か、な?
「どうした、ユウキ? もう腹がいっぱいなのか?」
でっかいフライを半分くらい食べたところで手が止まった俺をみて、隣に座るマコトが声をかける。
「あ、ああ。すまん。胸焼けがする。ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない」
はぁ……。ため息しか出ない。
この暑さと、ギトギトの油にやられたか。この身体は、なにもかも弱すぎるなぁ。
なんて胃袋の小さい身体だ。それだけではない。熱帯の強烈な直射日光の下、そういえばいつのまにか体力もかなり消耗しているかもしれない。なんて弱々しい身体だ。
ひさしぶりにマコトといっしょだったからと調子にのって、走って、笑って、脂っこいものを食って、このざまか……。
「俺といっしょで嬉しいのはわかるが、はしゃぎすぎだな。しかし、たしかに今のユウキ兄の身体は細すぎる。もともと生まれた環境が違うのだろうが、これからここで、その身体でずっと生きていかねばならんのだ。まずはスタミナをつけろ」
真面目な顔をしながら、マコトは俺の食いかけのフライを手に取る。そして、そのまま自分の口の中に放り込む。
超絶いい男が、目の前でジャンクフードをムシャムシャ食っている。ある意味シュールな光景だが、いい男は何をやっても格好いいんだなぁ。そういえば、こいつは王子様だった。王族にこんなB級ジャンクフードを付き合わせてしまって、よかったのだろうか? いや、まぁ、どうでもいいことなんだけど。本当に、どうでもいいことなんだけど……。
そう。……人間という生き物は、ものすごくショックな事実を聞いてしまった瞬間、とりあえずどうでもいいことを考えて現実逃避するものなのだ。たった今それを自覚した俺は、おもわずうつむいてしまう。あ、やばい。また涙腺が。
マコトは、クシピーごと俺の頭をなでている。こいつは、自分が何を言ってしまったのか自覚していない。俺がスタミナ不足で落ち込んでいると決めつけ、慰めているつもりなのだろう。俺はうつむいたまま、顔をあげられない。
「なぁ、……人間ではないおまえにはわかるのか? やっぱり、俺は永遠に帰れないのか? 俺は一生この身体のままなのか?」
マコトが固まった。呼吸すらわすれている。顔を見なくてもわかる。「しまった」という表情をしているはずだ。何千年生きているのか知らないが、普段クールな優等生を気取ってるくせに、一度気を許した相手を前にするとつい口が軽くなるんだよな、こいつは。たしかにおまえはマコトだよ。
「いや、答えなくていい。ごめん。実はアーシスに教えてもらって、初めから知ってたんだ。改めて言われて、ちょっとショックだったけど。……本当にごめん、おまえを困らせるつもりはなかったんだが」
「ユウキ兄……」
俺はやっと顔をあげることができた。エメルーソ殿下の顔を正面から見つめる。うわー、真面目な顔をしてると本当にいい男だな。あっちの世界のマコトといい、こいつの一族(?)は美形ばっかりなのか。
「そ、それよりもだ。聞きたいことがある。……おまえ、あちらの世界のマコトともともと同じ個体で、今も同じ意識を共有してるんだろ? 俺の両親はどうしてる? 俺がいなくなって、必死にさがしてるんじゃないか? そんで、あちらの世界のマコト、俺のマコトは、何か困ってないのか?」
ほんの、ほんの数秒の沈黙。だが、マコトがなにかを言おうとして躊躇したことだけはわかった。
「ユウキ兄。俺の、……いやマコトのことなど心配しなくていいんだ。大丈夫。ご両親も問題ない。すべてあちらの世界の俺がうまくやっているから、ユウキは自分のことだけ考えていればいい」
こいつ、……ごまかしやがったな。まぁいいか。マコトが大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。
「すまん、マコト。頼むよ。……俺には何もできない」
そう、俺には何もできない。きっと両親は半狂乱で俺を捜しているのだろう。だが、この身体で、しかもこんな訳のわからん異世界にいる身では、どうしようもない。マコトが近くにいてくれるのだけが救いだ。頼む。
マコトの大きな手の平が、ふたたび俺の頭をなでる。もともとアーシスのものだった涙腺は今にも決壊しそうだが、俺は泣かない。こんな人通りの多い往来で、泣くわけにはいかない。泣いてたまるか。マコトがそっと俺の頭を抱き寄せる。
2014.02.12 初出
2014.02.12 読み直して表現がおかしなところを何カ所か修正しました




