41.女の子になっても、敷居を跨げば七人の敵がいるらしいよ
「えーと、俺、街に行きたいんだけど、……だめかな?」
「だめよ!」
アンドラさん。そんな、一言のもとに却下しなくても……。
俺がこの屋敷に来てから、数日がたった。
その間、俺が何をしていたかというと、……なにもすることが無い。毎日、美味い物を食って、温泉につかって、ボーッとしているだけだ。
マコト、いやエメルーソ殿下もその秘書のアンドラさんもあまり詳しいことは教えてくれないのだが、どうやら俺はまだ誰かに狙われているらしい。それで、この屋敷から出ることは堅く禁じられている。
ここはミヤノサ市庁舎と同じ敷地に位置する市長公邸であり、市のお役人や内外からのお客さんなど、屋敷には常時それなりの人数の人間が出入りしているらしい。しかし、俺は屋敷の中でも市長のプライベートな一角に半ば軟禁され、一部の警備の人やもともと市長の生活を世話していたメイドのおばさん以外とは、ほとんど接触することはない。
ちなみに、マコトとアンドラさんは公務で忙しいらしく、あまり屋敷にはいない。あんなんでも、やっぱり市長なんだな。で、帰ってくるのはいつも深夜で、ひ弱な身体になってしまった俺は、その時間まで起きているのは少々つらい。したがって、俺がマコトと顔をあわせられるのは、朝飯の時くらいしかない。
このままでは、身体と精神がなまってしまう。いやそれよりも、せっかくマコトに再会できたのに、……。
というわけで、たまたま時間があいて屋敷にいたマコトとアンドラさんを捕まえて、俺はお願いをしてみたわけだ。いっしょに街に遊びにいかないか、と。
だが、アンドラさんは甘くはなかった。一言の下に却下されてしまったのだ。
「そ、そんなに厳しく却下しなくても……、いいじゃない、で、す、か」
アンドラさんのあまりの剣幕に、俺はちょっと涙目になっていたかもしれない。
「ユウキちゃん! そ、そんなアヒル口しながら涙目で、そのうえ上目遣いでこちらを見つめたって、……なんてかわいい。……じゃなくて、だめなものはだめです!」
アンドラさんが、なぜかほんのりと顔が赤くしながら、だめを押す。
いかんいかん。どうも最近、感情がたかぶると簡単に涙が出てしまうんだよなぁ。それに、アヒル口? 俺、いつのまにそんな顔していたんだ? ……そういえば、夢の中のアーシスがよくしていたな、口をアヒルみたいにしたふくれっ面。ひょっとして、この身体に染みこんでいるのか? もっと男らしくしなくては。それに、ここで引き下がっては、一生かごの鳥だ。
俺は両方の頬をたたき、気合いを入れる。そしてアンドラさんをにらみかえす。
(ユウキちゃん、にらみつける顔まで、なんてかわいいの……)
アンドラさんが口の中でブツブツいっているようだが、ここはあえて無視する。
だが、決死の覚悟でアンドラさん相対している俺に対して、横からチャチャをいれてきた奴がいる。例のごとくニヤニヤしながらおれ達をみていたマコトだ。
「どうした、ユウキ。俺といっしょにいられなくて寂しいか?」
なっ!!!
しまった。不意打ちだ。一瞬にして体温があがったのがわかる。
「な、な、な、なにを言ってやがる。このアホ!」
くそ。耳が熱い。頬が赤くなっってないだろうな。
……そうだよ。くそ。くやしいが、そのとおりだ。図星だよ。寂しいんだよ。
俺はうつむいたまま、上をむくことができない。
俺が、たったひとりで森の中にいたとき、どんな思いでいたか。家族と、そしてマコトと、どんなに会いたいと思っていたか。そして、やっとおまえと再会できたとき、俺がどれだけ安心したのか。どれだけ嬉しかったのか。人類を超越した怪獣のおまえにはわからないだろうよ。
あ、やばい。また涙がでてきた。俺、こんなに泣き虫だったかな。おい、アーシス。この身体はちょっと涙腺が緩すぎじゃないのか。
うつむいたままの俺の頭に、やさしく手が乗せられる。大きくて、あたたかい手の平が、頭をなでる。
「すまん。ユウキ兄の気持ちはわかっている。だが、これでも俺は一応は市長だからな。忙しくていっしょに居てやれないのは我慢してくれ」
マコトは片膝をつき、俺と視線を合わせる。その瞳は、あちらの世界のマコトと同じ色。顔が近づいてくる。マコトと同じ匂い。俺は抵抗できない。やばい。やばい。ここにはアンドラさんもいる。
「だが、さすがに夜ならば時間がとれる。寂しい夜は俺の部屋にくればいい。ベットの中で朝まで可愛がっ……」
「殿下!!!!!」
マコトが最後まで言えなかったのは、もちろんアンドラさんがものすごい形相で睨みつけたからだ。そして、アンドラさんはひとつ深呼吸をすると、真面目な顔をしておれに相対する。
「ユウキちゃん。まだ貴方をねらった者の正体がわからないの」
俺を狙った奴らって、……外道ハンター共が俺のへんな魔法目当てに、奴隷商とやらに売ろうとしたんじゃないのか?
「そんな簡単なものなら、楽なんだけど……」
アンドラさんはひとつため息をつく。
「ハンター達は、単に金に釣られただけ。彼らに金を提供して扇動した者がいるはずなのに、いまだに尻尾がつかめないのよ」
ああ、あの爆発魔法の使い手のことか。そんなに大者には見えなかったけどなぁ。
「そう。市の治安当局も、はじめはそう思っていたわ。所詮は下っ端ハンター共の元締めが、金目当てで特殊な魔法使いを誘拐しようとしたのだと。なのに、いくら調べても、いまだに犯人の正体もバックもわからない。あれだけの大金がどこから出てきたのかもわからない。なにひとつ証拠がでてこないのよ。例の私たちを撃墜した爆発魔法の使い手が行方不明なのが痛いわね」
あいつ、捕まってないのか。マコトとフキ爺さんが、俺を助けるのを優先してくれたということか。……でも、手足となって働く下っ端の悪党共は一掃されたんだろ? 王族であるマコトに逆らってまで、またくるのかなぁ。
「そうね。常識的に考えるとそう。でも、ここはミヤノサの街よ」
どういうこと?
アンドラさんの話を要約すると、こうだ。
強力な中央集権国家である王国においては、地方の市長は王都から派遣されてきて数年たったら去って行く、いわば中央とのパイプ役が主な役割のお飾りみたいなものだ。しかし、もともと王族の中でも人気があったエメルーソ殿下は、他の市長達とは少々事情がことなった。彼は、赴任直後からもってうまれたカリスマ性を最大限に発揮、着実に実績をつんでいったのだ。大森林の魔物の脅威を排除、魔石の発掘および魔導器産業の振興、港の整備等々はすべて殿下の実績だ。お飾りどころか、殿下のおかげでミヤノサの経済は劇的に発展しつつあるのだ。いまでは大多数の市民はもちろん、市の役人、街の有力者、裏社会の顔役達、さらには駐屯している王国軍師団にまで、エメルーソ殿下は絶対的な影響力を発揮している。要するに、ミヤノサの街は、殿下の王国といっても過言ではない。
「……そんなミヤノサの街で、あれだけの大金を堂々と動かして、裏社会のボス達の顔に泥をぬるまねをして、さらにミヤノサ師団のお膝元の大森林の中で派手な騒ぎをおこした敵の、……あえて敵というわ。敵の尻尾すら、いまだにつかめないのよ。殿下とその忠実な部下達が、本気で調査しているのにもかかわらずにね。これは異常なことよ。殿下とユウキちゃんと、そして私の敵がいったい誰なのか、そのバックにはどれだけの権力と財力と実行力があるのか、あまり本気で考えたくはないわね。そして、そんな強大な敵が、いちどくらいの失敗であきらめるわけないでしょ」
へぇ。……そんな大事になっているとは、まったく思ってもいなかった。そこまでして俺をさらって、もとがとれるのかね? ちょっとした治癒魔法と防御魔法がつかえるだけなのに。
「ユウキちゃん!」
アンドラさんが、いつになくきつい口調で睨みつける。
「あなた、もう少し自分の価値を理解しなさい。あなたを狙っているのは、王国軍や王族である殿下と敵対することすら厭わない敵よ。国内外どちらにしても、とてつもない大物なのは間違いないわ。あなたには、……そこまでして狙われる価値があるのよ」
えっ? そうなのか? 俺の魔法って、そんなに高く売れるのか? 俺の知らないうちにそんな事になっていたのか?
「だから、せめて敵の正体がわかるまでは、隠れていた方がいいわ。たとえここにいるのがばれていたとしても、さすがに王位継承権をもつ殿下が住む公邸ならば、すくなくとも正面から攻めてくることは無いでしょ」
そ、そうか。よくわからないけど、俺のためというのなら、あまり駄々をこねるのもみっともないな。マコトも忙しいようだし、俺はおとなしくしているよ。
俺は、がっかりした表情を隠せただろうか。
「まぁ、そう怒るな、アンドラ。ユウキ兄は、この世界のことも自分のこともよく知らないのだ。それに、たしかに永遠にユウキをここに閉じ込めておくわけにもいかん」
「殿下っ?」
「ここはひとつ、『敵』をおびき出してみるか。午後の予定はキャンセルだ。今日はこれから街に『視察』にいくぞ」
「き、危険です。ユウキちゃんを餌にするというのですか?」
「予定外の突発的な外出なら、敵も準備周到とはいかないだろう。それに、俺と護衛のおまえがいっしょなら問題ない。ユウキ兄もそれでいいな?」
「もちろんだ!!」
そうだ。マコトとアンドラさんが一緒なら、天下無敵だ。そのうえ俺にはクシピーもいるしな。
今回はちょっと短めでした。なかなかお話がすすみませんが、これからも気長におつきあいいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
2014.02.03 初出




