04.ここはファンタジーの世界らしいよ
どれほどの時間、呆けていたのか。
真上を見上げると、天井のぽっかりあいている大穴から空が見える。強烈な太陽。影の位置が変わっているので、地球は自転しているのだろう。いや、天動説の世界である可能性も否定できないが。
それにしても暑い。そして湿度が高い。サウナみたいだ。
「このままでは、どうにもならない!」
あえて声をだすことで、自分に気合いを入れる。
そうだ、俺は平々凡々な高校生だが、このような異常事態にはある程度の耐性があるはずだ。なんといっても、幼なじみに妖怪変化(自称)がいるくらいだから。
まずは、この部屋の探索だ。
首をめぐらせて周囲を観察する。部屋の中にあるのは、……中央に俺が寝ていた卵形の容器。それ以外に目立った物はない。家具もない。広さは家の居間と同じくらいか。
周囲の壁は白。床も白。しかし、壁も床も、どこから入り込んだのか、植物のツタや根っこや葉っぱにより覆われている。
出口は、天井の大穴と、……起き上がった正面の壁にそれらしい幾何学的な形の穴がひとつ。数本のツタや根っこがたれさがっているが、わずかに向こう側が見える。
外に出て、ここがどこなのか、どんな状況なのかを確認せねば。
細い腕で身体をささえ、卵形の容器からでる。立ち上がっただけで、うっすらと汗が浮き出る。服が素肌に張り付く感覚がきもちわるい。容器の壁をまたいだ瞬間、かるく立ちくらみがした。
その場に座り込みたい衝動を我慢する。床に裸足をのせる。床があつい。これだけ強烈な直射日光をあびているのだ、場所によっては目玉焼きだってやけるかもしれない。よろけながら、なんとか数歩あるく。たったそれだけで目眩がする。膝がわらっている。
おい、アーシス。この体はちょっとひ弱すぎるぞ。運動不足もいいところじゃないか。それとも、異世界の人間というのは、みんなこんなに虚弱体質なのか? いや、千年も冬眠していたせいなのか?
床の上は、草やら石ころやらがまんべんなく転がっている。
くそ、一歩あるく度に足がいたい。細くて白い足の先が、すでに擦り傷だらけだ。うっすらと血がにじんでいる。もっとも近い壁までたっぷり数分間かけて、なんとかたどり着く。壁沿いに歩くつもりで、壁に手をかける。
ん? 白い壁にも植物が絡みついている。その下、薄汚れてよくわからないが、ところどころになにやらメカメカしいものがある。スイッチらしいボタンやら、ディスプレイっぽい平面。うっすらとライトっぽいのが光っているところが何カ所かある。電源(?)が入っているのか?
「ここはいったい……」
ゆっくりと出口らしきところを目指す。ツタがからまっていはいるが、隙間を通れば壁の向こうにいけそうだ。
外に出たからといって、その先の展望があるわけじゃない。しかし、ここにこのままじっとしていても、どうにもならないことだけはわかる。一歩一歩、よろけながら、なんとか身体を前に進める。
それに気づいたのは、出口まであと数歩の位置にたどり着いた時だった。
音が聞こえるのだ。風の音じゃない。外から聞こえるのは足音。荒い息。草木をかき分ける音。複数の人間が走っているように聞こえる。
人がいるのか? おもわず口元が緩む。声を出しそうになる。だが、喜びは一瞬だった。次の瞬間、あまり聞きたくなかった種類の音が聞こえてきたのだ。
凄まじい炸裂音。どう考えても、何かが爆発した人工的な音。同時に震動と衝撃波。地面が、部屋が揺れている。音源はすぐ近くだ。とても立っていられない。
「ひぃいい」
俺はその場にしゃがみ込み、耳をふさぐ。本能的に目を閉じ、頭をさげる。
まだ頭の中がガンガンする。ふたたび音が聞こえるようになるまで、どれくらいの時間がかかっただろう。
いったいなんだ? さっきのはなんの爆発だ? 俺はおそるおそる頭をあげる。ようやく元に戻った聴覚が、今度は生き物の音を捕らえる。またしても出口のすぐ外から聞こえる。今度こそ人間の声だ。
「もうだめだ。俺のことはいいから、逃げろ!」
ちょっとかん高いだが、男の子だ。
「そんなことできるわけがない!!」
こんどは女の子。半分泣きながら叫んでいる。
どうする? 俺は自問する。壁の外は、どう考えても平和な状況ではない。この華奢で丸腰の女の子の体で出て行っても、あまり幸せな未来は予測できない。人生最大といってもいい葛藤が、頭の中で渦巻く。
しかし、しかしだ。聞こえる声は、あきらかにこどもの声だ。悲鳴だ。放っておいていいのか?
……ままよ。
俺は、部屋の出口と思われる方向に向き直る。穴を塞ぐように絡まるツタやら根やらを引きちぎり、体が通れる隙間を切り開く。
素手に素足のままだ。体中が傷だらけになる。それでも隙間に無理矢理からだをねじ込んでいく。こういう時、小さい体は便利だ。なんとか外で出られたのは、胸や腰が極端に薄いことが幸いしたのかもしれない。
まずは頭から、そして身体全体を外にだす。それだけで息がきれる。根っこにひっかかった髪が痛くて涙目になっているが、とりあえずは一息つく。
振りかえり、出てきた建物を眺めてみる。半分ほど土に覆われているが、たぶんコンテナくらいの大きさ。もともと外壁は白かったのだろう。屋根の上にあるのはアンテナのようにも見えるが、草木に覆われ正確な形はよくわからない。
暑い。湿度の高い空気が身体に絡みつく。周りをみわたすと、そこはジャングルだ。しかも、普通のジャングルではない。シダやソテツなどが生い茂る、まるで映画で見た恐竜時代のような異様な雰囲気の森。
今はそれどころじゃない。どこだ? 悲鳴の主は。
それは数十メートル先にいた。シダの大木の根元に、こどもがふたりうずくまっている。
人間だ。人間がいた。ただそれが嬉しくて、声をかけようとして、……とまる。
彼らの足元の地面が赤いのだ。あれは、血じゃないのか? 片方の子供が、ものすごい量の出血をしている。俺は医療についてはまったくの素人だが、それでも確信できる。このままじゃ、あの子供は死んでしまう。
「おい!」
あらためて声をかける。
びくっ。
男の子が反応する。たちあがろうとするが、その場でこける。出血している脚がいたいのだろう。女の子がそれをかばっている。
「こないで!」
もう動けないのだろうか。女の子が、こちらにむかって叫ぶ。
「おっ、おい、おちつけ」
必死の形相の女の子が、地面の木っ端やら小石やらをこちらにむかって投げつけてくる。
「まて。そのままじゃ死ぬぞ。俺は敵じゃない」
おそらく俺の姿が少女であることに気づいたからだろうか。女の子がとりあえず小石を投げるのを止めてくれる。
「こわくない、こわくない。何もしないから」
俺は、おそるおそる二人に近づいていく。
こちらを睨むのをやめない女の子は、たぶん小学生か中学生くらい。十二才か十三才くらいだろうか。肩で切りそろえた銀髪が震えている。ん? 耳が、耳のかたちが普通ではない、……ような気がする。先端が尖っているのだ。
その後ろで大量出血のあまりうずくまっているのは男の子。たぶん十五歳くらいだろう。こ汚い短パン。上半身は裸のまま。黒髪。あたまにあるのは、……耳? こちらはけものの耳か? よくよくみれば、顔も毛深いし、というかこいつ全身が黒い毛でモフモフだ。尻尾までついていやがる。そのうなり声は、俺を威嚇しているのか? 口元からのぞくのは、巨大な牙。
ここにいたってやっと俺は理解したのだ。ここはファンタジーの世界だ。このガキどもは、……エルフとオオカミ男だ。
2013.08.04 初出
2017.05.20 数カ所だけ修正