38.テクノロジーには善悪なんてないよね。使う人しだいだよね
「も、も、も、もうしわけ、ありません! お嬢さん」
顔にアンドラさんの手形をつけたまま、フェフォンさんが俺にむかってあたまをさげる。よっぽど恐縮しているのだろう。脂汗を流しながら、顔を真っ青にして、全身が細かく震えている。このまま放っておいたら、土下座でもしそうな勢いだな。この世界で土下座にどんな意味があるのか知らないけど。
でも、さっきまで『お嬢ちゃん』よばわりされていた俺も、いつのまにか『お嬢さん』あつかいされるまで成長したらしい。悪い気分じゃないが、このひと本音では、俺というより俺の保護者(?)である殿下に対して恐縮しているんだろうなぁ。
「私も迂闊だったわ。抵抗できないユウキちゃんにあんな無防備な服を着せてしまって。ほんの一時的なつもりだったし、まさかいきなり全部めくりあげる変態がいるとは思わなかったのよ」
アンドラさんが、呆れ顔をしながらため息をつく。フェフォンさんを見る目が、氷のように冷たい。
「ほ、本当に、もうしわけありません。奴隷商人から多数の子供を救い出し、首輪の解除をまとめておこなった直後だったもので、つい同じ感覚で……」
加害者であるフェフォンさんは、必死に言い訳をしている。アンドラさんみたいな美人に変態よばわりされるのは、地味に堪えるだろうなぁ。でも、怯えた子犬のような表情といい、トーンの高い声といい、アンドラさんが虐めたくなる気持ちもちょっと理解できるなぁ。
で、被害者である俺はというと……。
「ユウキ兄、いつまでふくれっ面をしているのだ。そろそろ機嫌をなおせ」
マコトが、俺の頭を撫でながら偉そうな口をききやがる。なんだ、おまえ。今の今まで腹を抱えて笑い転げていたくせに。
……そう、俺はその時、ふくれ面をしていたのだ。
服をめくられた瞬間、反射的に自分の口から発せられた可愛らしい悲鳴には、自分でもおどろいた。その後、いつの間にか勝手に涙が出てきたことに気づいた時には、正直びびった。
まぁ、突然、上半身とパンツだけの姿をさらされる事になって、驚いたのは確かだし、それなりに恥ずかしかったことは間違いない。
しかし、あの程度のこと、命にかかわるわけではない。ましてや、フェフォンさんはお子様だと思い込んだ俺の拘束を解くためにそうしたのであり、まったく悪気もスケベ心もないことは、俺自身あたまの中で承知している。箱入りの清純派な女の子ならともかく、中身が男である俺にとってそれほど深刻な問題であるはずがないのだ。
なのに、頭の中ではそれがわかっているのに、俺の身体は理性に反して、とっさにあんな大げさに反応してしまった。
この世界に来て、この身体になったばかりの頃は、こんなことはなかったはずだ。俺は、いったいどうなってしまったんだ? まさか、身体だけでなく心まで女性化しつつあるのか? 自分で自分がよくわからない。
アンドラさんとフェフォンさんは、俺が恥ずかしさのあまりベソをかき、いつまでもふくれ面をしていると思っているのだろう。確かにそれは半分は当たっているのだが……。
俺は、自分に戸惑っていたのだ。こんな時、どんな顔をすればいいのかわからなかったのだ。だから、ふくれっ面で怒っているふりをして、とりあえずみんなと自分をごまかしていたのだ。はやいはなしが、自分の乙女っぷりが恥ずかしかったのだ。
しかし、……マコトの奴にはそんな俺の心中が、すべてばれているようだなぁ。くそ。身体が勝手に女の子っぽく反応してしまうとか、マコトに知られたら何をされるかわかったもんじゃない。
あ、……マコトの奴、すでにイヤらしい表情でニヤニヤしながら俺を見てやがる。いったいなにを妄想していやがるんだ、この変態め。
「もう怒ってない。さっさと終わらせようぜ」
とはいえ、いつまでもフェフォンさんを困らせるわけにもいかない。俺はフェフォンさんと視線を合わせないまま、わざとぶっきらぼうに言った。上目づかいに彼の顔を覗き込むと、エルフ美青年がホッと一息ついているのが見えた。
「フェフォンさんも、今日はたくさん魔法使って疲れてるんだろう?」
俺は、椅子に横むきに腰掛けて、フェフォンさんに背中を向ける。
「は、はい。いえ。大丈夫です。私の魔法力は、限界まであと数回は残っているはずですから」
魔法力? 魔法を使える回数に限界があるのか?
「ええ。一定時間内に使える精霊魔法の数には、限界があります。使える魔法の種類と同様、限界数も家系に大きく依存しているといわれています。残念ながら私はあまり才能に恵まれてはいませんが、さきほどの首輪と同じタイプの解錠程度なら、問題ありません」
俺の後ろのフェフォンさんが、きまじめそうな声で俺の疑問に答えてくれる。
へえ。魔法に限界数があるってのは不思議だなぁ。俺の場合は、生命維持機能との兼ね合いとやらで、魔法を使う度に体調が悪化するからしかたないが。
でも、この世界にもともと住んでいた普通の魔法使いなら、呪文を唱えて精霊を働かせても、魔法使いの体力が削られるわけじゃないんだろ? エネルギーを消費して物理現象を発現するのは、あくまでも魔法使いじゃなくて精霊なんだよね?
「……神話のおはなしになりますが、我々に精霊魔法をさずけてくれた先史魔法文明の人々が、我々が魔法に頼りすぎないよう、あえて制限を設けたのだと言い伝えられています」
アンドラさんが俺の背中をゆっくりめくりあげてくれている。ちなみに、俺は急遽借用したアンドラさんのトレーニング用のズボンをはいているので、腕が見える程度に背中をめくり上げてもパンツが見えることはないはずだ。
「RPGの魔法使いのMPみたいだな。よくわからないけど、その先史魔法文明というのも、かなり意地の悪い連中だね」
一瞬、フェフォンさんの呼吸がとまったのがわかった。
「『MP』というものは知りませんが、……私もそう思います」
ん? フェフォンさんが『そう思う』というのは、『意地の悪い』の部分か?
「わ、私は、……学生時代から先史魔法文明や精霊を研究していますが、実は、どうしても払拭できない疑問がひとつあるんです」
んんん? フェフォンさんが、もともと大きくはない声をさらにひそめ、そして低い声になった。緊張しているのか、ちょっと声がふるえているような気もする。なんか深刻な事を言いたいのか?
「……せ、先史魔法文明は、なぜ我々に精霊魔法を与えてくれたのか? 本当に、建国のためなのか? 私には、こう思えてならないのです。もしかしたら精霊魔法文明を築いた人々にとっては、精霊も、そして我々も、ただの道具でしかなかったのではないか? ……あなたはどう思います? 大量の精霊を常に身体のまわりに纏っている、あなたは?」
フェフォンさんが、今度は俺に向かって問いかける。あれ? 同時に、ちょっと部屋の空気が変わったような気もする。アンドラさんが息をのんだのがわかった。殿下が興味深そうにフェフォンさんを凝視している。
『どう思う』とか、俺にそんなこと聞かれてもなぁ。アーシスたち異世界人のテクノロジーの中身はわからないけど、精霊はコードで操られただけの『道具』なのは間違いないだろう。でも、この世界の人々までを道具あつかいってのは、さすがにないんじゃないのかなぁ、よくわかんないけど。
「ユウキ兄、そろそろおしゃべりは止めにしよう。フェフォン君、さっさと作業を始めてくれ」
「……は、は、はい」
それまで黙って聞いていた殿下が、そこで口をひらいた。静かな口調だが、それはあきらかに命令だ。フェフォンさんが、あわてて俺の手枷を調べ始める。
「これは……」
だが、俺の腕にはめられた拘束具は、首輪とはちょっとばかりちがうみたいだ。うしろのフェフォンさんの様子が、あきらかにおかしい。
どうした? はやくはずしてくれよ。
「……こ、このタイプの拘束具は、先史魔法文明の遺物の中でももっとも希少で、本来は軍や政府の情報機関で非公然と利用されている、……いえ、解除が困難なタイプです」
ん? さっきみたいに呪文一発で解錠できないのか?
「このタイプの拘束具には、複数の鍵のコードが存在します。鍵をかけた魔法使いが利用したコードの組み合わせと、同じコードの組み合わせを使用しないと解錠できません」
「……コードを間違えると、どうなるんだ?」
「短時間に深刻な間違えを連続すると、……拘束具ごと自爆します」
なんだと?? ちょっとまて。
「俺は、どうなるんだ? 解除作業中のフェフォンさんは?」
返ってきた答えは、沈黙。……うわー。どうすんだ、これ。
「なんにしろ、このままにしておくわけにはいくまい。フェフォン君、君は現在この街にいる魔法使いの中で、もっとも魔導器に詳しいはずだ。たのむ。……ユウキ兄もいいな?」
うん。そうだな。たしかにこのままにしておくわけにはいかない。マコトがそう言うのなら、俺はフェフォンさんを信用するよ。さっさとやってくれ。
だが、もっとも優秀な魔法使いをもってしても、作業は遅々として進まなかった。もっとも解錠困難なタイプの拘束具というのは、伊達ではないらしい。
呪文を唱え、小さな魔法陣を形成しては、それに対する手枷の反応を確かめる。それを、時間をかけて、何度も何度も繰り返す。見た目は単調な作業の連続にすぎない。しかし、フェフォンさんの極度の緊張が、背中越しに俺にも伝わってくる。ピリピリした空気。呼吸すらしていないんじゃないのか?
きっと地雷や爆弾処理作業って、こんな感じなんだろうなぁ。こんな拘束具をつくった連中は、確かに根性が悪そうだ。フェフォンさん、もともと線の細い人なのに、大丈夫かなぁ。緊張のあまりぶっ倒れたりしないだろうな。
「……そろそろ限界だろう。続きは明日にしないか? 明日になれば、森の魔法使いを呼ぶこともできる。一日くらいユウキも我慢できるだろう」
おそらく数時間はたった頃、殿下がフェフォンさんに声をかけた。
森の中というと、あの自称大魔法使いさんのことか。まぁ変態だけど、マコトもバルデさんの事は信頼してるんだな。弟子のダーヴィーちゃんもいっしょなら、なおさら安心できる。それに、俺ももう一日くらいアンドラさんに甘えるのもいいかもしれないしなぁ。
しかし、あきらめた俺が席を立とうとした瞬間、殿下の指示を拒否した者がいた。必死の形相で作業に取り組むフェフォンさんだ。
「だ、だ、大丈夫です。おねがいです、私にこの少女を助けさせてください。あと、あと一回だけ、試させてください!」
声が裏返ってるぞ。脂汗を流しながら、血走った目をして、手が震えているんじゃないか? 本当に大丈夫? あせると、ろくなことないよ。
「ええ、ええ、ええ、大丈夫です。大丈夫です。これで、解錠できるはずです」
俺が座り直すと同時に、大急ぎで唱えられる呪文。小さな魔法陣が、俺の背中を照らす。先ほどから、何回も、何十回も繰り返された光景。……しかし、結果はこれまでとは異なった。
「しまった!」
なに? なんなの? なにかイヤな叫びが後ろから聞こえてきた気がするよ。かなり慌てた様子で、フェフォンさんが新たな呪文を唱えるが……。
「ま、魔法陣が展開しない。魔法力が限界?」
おいおいおいおい。やめてよ。なんかしらんが、手枷が熱くなってきたぞ、おい。どうするんだよ、これ。
「失敗しました。もうしわけありません、爆発します。殿下、にげてください!!」
フェフォンさんが叫ぶ。俺は? 俺はどうすればいいの? フェフォンさんはもう魔法がつかえない。アンドラさんは初めから無理、さすがのマコトもこの状況では役立たずだろう。
どどどどどれくらいの爆発がおこるんだ?
「たいした爆発ではありません。致命的な被害が及ぶのは、せいぜい、……周囲二・三メートル、くらい、で、す」
うわあ、だめじゃん!!! 俺、死んじゃうの?
どうする? どうすればいい? せめて、せめて、せめて、……マコトから離れるには。窓は? あそこから外に飛び出せば……。
窓にむけて全速力で走り出した俺は、しかし首筋をつかまれて動けなくなった。
「はなせ! マコト、逃げろ、はやく!」
俺をつかんだのは、フェフォンさんだ。その身体からはとても想像できない力で、そのまま俺をうつぶせに押し倒し、後ろ手に固定されたままの俺の腕を抱え込む。
いや、おい、その姿勢にはかなり無理があるだろう。どうせ俺の背中やお腹を守ることは不可能だ。そんなことしてもおまえが死ぬだけだ。俺の寝覚めがわるくなるから、やめろ。
「ももももうしわけありません、お嬢さん! 本当に、本当にごめんなさい。……ちょっと腕が痛いかも知れませんが、私が身体をはって命だけは絶対にたすけます。だから、安心してください」
ちょっと痛いですむわけないだろう! 安心できるかあ!
無駄だから、もう俺のことはいいから、あんた達はさっさと逃げろって。うわぁ。重たいと思ったら、アンドラさんまで俺の腕を抱え込んでる。あんた、マコトの護衛役だろう。俺の事はいいからマコトを守ってくれよ!!!
俺の頭の上が光り出したのは、その時だ。
『警告! 周囲の精霊に危険性の高いコードが転写されています』
そうだ。こいつがいた!!
「クシピー、助けてくれ!」
『キーワード認識。認証確認。会話モード開始します。何かご用ですか、アーシス?』
「用があるに決まってるだろ! こここの手枷、はずせるか? はずしてくれ、はやく!!」
『了解』
カシャン!
あっけない。この街一番の魔法使いがあれだけ苦労してた手枷が、俺がたったひとことお願いしただけで、あっけなくはずれてしまった。
フェフォンさんもあっけにとられている。そりゃそうだろう。慌ててアンドラさんが、はずれたばかりの手枷を窓にむかって投げる。
『警告。危険なコードが実行されます。自動的に防御結界コードが実行されます』
爆発は、投げられた手枷がまだ空中にあるうちに起こった。例の爆発魔法の小型版というところか。確かに爆発力はしれているが、身体に接触した状態なら絶対にただではすまない。なんという非道な拘束具。だれだ、こんなの作ったのは。
……しかし、もちろん被害は無い。俺のヘアバンドから発せられた光の繭が、俺たちを守ってくれたからだ。
「あ、ありがとうよ、クシピー。さすがだな」
『どういたしまして、アーシス』
「ユウキちゃん! 無事でよかった!!」
アンドラさんが、俺を抱きしめる。フェフォンさんは、まだ何がおこったのかわからないという顔をしている。
マコトは、……冷静だ。ていうか、いつものニヤケ顔だ。この野郎、絶対に俺に被害はないことを最初から確信していただろう、おまえ。
あけましておめでとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
2014.01.01 初出




