37.ファンタジー世界だからといって封建制国家と決めつけるのはよくないのね
あーーん。
俺は飯を食っている。いや、正確に言うと、食わせてもらっている。アンドラさんが手にするスプーンで、スープを飲ませてもらっているのだ。
俺の両腕は背中で拘束されたままだ。これを外せるという魔法使いが到着するには、もう少しばかり時間がかかるらしい。このままで食事するには、犬のまねをするしかない。というわけで、昨日から何も食っていなかった俺のために、アンドラさんが手ずから食わせてくれているというわけだ。
「あちっ!」
「あ、ごめんなさい。熱かった? ちょっとまってね」
アンドラさんが、スプーンを口元に寄せてフーフーしてくれる。
俺たちは、小さなテーブルに向かい合って座っている。金髪グラマーな美人さんが、息が吹きかかるほど至近距離で形の良い唇をすぼめてスープを冷ましてくれる。そして、俺に飲ませてくれるのだ。ここ最近つづいたバイオレンスな日常にささくれだった俺の心が癒やされる。
「アンドラさん、こんなことしてもらって申し訳ないです」
「いいのよ。ユウキちゃんは命の恩人。それに、……なぜかあなたは放っておけないのよね。母性本能がくすぐられるというか」
目の前で、そう言って笑う超美人。
なんというか、……いい。やっぱり美人を近くて見てると心が安らぐ。いい匂いがするし。スタイルが良すぎるのが気になるけど、母性全開で甘えさせてくれる場合はこーゆー女性の方がいいかも。
それに、もうひとつ。このスープの味。
「おいしい?」
アンドラさんが微笑みながら問う。俺はおもいっきり首を縦に振る。
このスープ、美味いのだ。
村での食事は、とにかく粗末で味も素っ気もないものが多かった。けっしてそんな健康的な食事がイヤだというわけじゃ無いのだけれど、やはり二十一世紀の日本で育ったこの身にはちょっと物足りない。だが、このスープは美味い。肉も野菜もたくさんはいっている。なによりも……。
これ、味噌汁、……だよなぁ?
真っ白な綺麗な器になみなみと注がれた黄金色のスープ。しかし、その味はたしかに俺が十七年間なじみ親しんできた味噌汁の味だ。野菜や豚っぽい肉も大量に入っているので、正確に言えば味噌味の豚汁に近いのかもしれないが。とにかく、こっちの世界に来てから夢にまで見た日本の味だ。
「殿下が考案したスープなの。豆を発酵させて加工したペーストを使ってるのよ。人によって極端に好き嫌いが分かれる味みたいだけど、私は好きよ。気に入ってもらえて良かったわ。はい、あーん」
マコトの奴、日本刀といい味噌汁といい、異世界に日本文化を順調に広めているようだな。
俺は、小さな口をめいっぱいあけて、アンドラさんの差し出してくれたスプーンをほおばる。うん。こーゆーのも悪くない。しばらくは、両腕が拘束されていてもいいかな。
……実をいうと、ここだけのはなしだが、そしてマコトには絶対に秘密なのだが、ほんの一時間ほど前、俺は両腕がつかえないおかげで、人生において最大ともいえる屈辱と恥辱をあじあわされていたりする。
そう、俺はトイレにいきたくてどうしようもなくなり、アンドラさんに泣きついて助けてもらったのだ。しかし、……あれは黒歴史として記憶から完全に抹消した。もうすっかり忘れたことにした。アンドラさんも忘れてくれただろう、たぶん。だから、もうすこしだけ拘束されたこの境遇に甘えることにする。あれだけ酷い目にあったんだから、してもいいよね。
「もう一口だけ、もらってもいい?」
「もちろんよ、ユウキちゃん」
殿下の屋敷、正確にはミヤノサ市長の公邸らしいが、俺が急遽かくまわれることになったこの家は、石造りの豪華な建物だ。全体の作りはよくわからないが、かなり立派な豪邸なのだろう。アンドラさんによると、石造りの平屋建てで、隣の市庁舎と繋がっているのだそうだ。なんでも、王の地方代理人たる市長の権威付けと機能性とのバランスを、最大限考慮した設計になっているらしい。
一階の窓から見える範囲でしかないが、ミヤノサの街は想像していた以上に大都市のようだ。三階建て、四階建ての建物もめずらしくない。寺院なのか物見櫓なのわからないが、かなり高い建築物もいくつか見える。
こんなおかしな世界でも、やっぱり人がたくさんいて、みんな一生懸命生きているんだなぁ。
「大きな建物ばかりでしょう。でも、ミヤノサ付近は地震が多いから、建物の高さには制限があるの。王都にいけば、十階建てくらいは当たり前なのよ」
アンドラさんが説明してくれる。その様子はちょっと誇らしげにもみえる。感慨深い様子で建物を眺めている俺を、森の中の隠れ里しかしらない田舎者だと思っているのかな? 二十一世紀の日本の大都市を見せてやりたいなぁ。
「そんな顔をするなユウキ。あちらの世界とは比べものにはならないとはいえ、このミヤノサ市だって人口は三十万人以上もいるのだ。これでも王国の中で三番目の大都市なんだぞ」
いつのまにか背後にいた殿下が、俺たちに声をかける。アンドラさんが姿勢をただす。
「待たせたな。魔法使いの手配がついたぞ」
殿下が合図すると、後ろに控えていた細っこい人が部屋にはいって来た。
一見して綺麗な女性かと思ったが、……この人は男なのか? 魔法使いっぽい黒くてゆったりとしたローブで身体の線はよくわからないが、見るからに線が細い人。さらさらした銀髪に緑色の瞳。白い肌に、長いまつげに、小さな顔。雰囲気は大魔法使いバルデさんに似ているが、もっともっと真面目で繊細そうで、そして顔が整っている。失礼を承知ではっきりと言ってしまうと、バルデさんよりも数百倍は美男子、いや美青年だ。さらに、……耳が尖っている? ダーヴィーちゃんと同じ、エルフというやつか?
「フェ、フェフォンと言います。王都の魔導省からミヤノサ市に派遣されている魔法使いです」
美青年は、声まで綺麗だ。ガチガチに緊張しているのか。歩くとき、右手と右足が同時にでている。さらに、ちょっと顔が上気している。女顔とあいまって色っぽいぞ。もしかして紹介された俺とアンドラさんではなく、隣の殿下に対して緊張しているのか。
フェフォンさんの所属する魔導省というのは『王国における魔法・魔導器の研究および精霊魔法文明の振興を図るとともに、先史魔法文明に関する研究を行うことを任務とする』お役所だそうだ。あちらの世界でいう文部科学省やら、ガッ○ャマンの所属する国際科学技術庁みたいなものか。国家公務員として多数のおかかえ魔法使いが所属しているらしい。
殿下の解説によれば、このフェフォンさんは王立大学を卒業したばかりの期待の新人官僚魔法使いなのだそうな。王国のエリート官僚は、若い頃には何カ所か地方に派遣されて官吏としての修行をつみ、中央に帰ったあとにキャリアとしてエリートコースを歩むのが一般的らしい。
「詳細は聞いているな。治安警察の手入れに同行してもらった直後で申し訳ないが、頼む」
「は、は、はい。いえ、エエエエメルーソ殿下の下で働けることは、光栄であります」
殿下に話しかけられ、フェフォンさんは完全にまいあがっている。ガチガチに緊張している。この調子じゃ、そのうち血管が切れて倒れてしまいそうだ。
「そう堅くなるな。今の俺の正式な身分は、王族というよりも、たまたまミヤノサに市長として派遣されている王都の内務省の若造、要するに君と似たような立場でしかない。君は、自分の任務を忠実にはたしてくれればいい」
「はっ、はい!」
フェフォンさんがいろいろと準備をする間、殿下が簡単にこの国について説明をしてくれた。それによると、この国、『王国』は、強力な中央政府によって統治される中央集権国家なのだそうだ。
「『王国』とかいうから、中世ヨーロッパ的な国家を想像していたんだが……」
「数十年前までは確かにそのとおりだった。生物学的な俺の肉体の先祖、建国王とよばれているこの大陸の現住民のひとりが、先史魔法文明の連中から国を治める権利が与えられたといわれている。まぁありがちな建国神話だがな。そして、地方の豪族が貴族としてそれぞれ領地を治め、さらに中央の王に忠誠を誓う、いわゆる封建国家が成立した。それが千年近くつづいてきたらしい」
いわゆるそれがファンタジー世界によくある国家だな。どうしてかわっちゃったんだ?
「人工的な魔導器の技術が発展し産業構造がかわった。魔導銃が開発され戦争の方法がかわった。さらに、海の向こうの『帝国』などの諸国による侵略の脅威をきっかけに内戦が勃発し、その結果として貴族が衰退、それなりに近代的な中央集権国家になったというわけだ。よくあるはなしだな」
「ふーん。おまえは王族らしいが、どれくらい偉いんだ?」
「俺の親父は一応名前だけはこの国の『君主』ということになっていて、臣民には尊敬されているようだ。しかし国の実権は政府の宰相が握っている。宰相を決めるのは、実態はともかく建前はいわゆる『議会』だ。王室は『君臨すれども統治せず』というやつだ。無理矢理たとえるなら、そうだな……、あちらの世界の産業革命後のビクトリア朝や、明治維新後の大正デモクラシー時代を想像すればだいたいあたっているかもしれない」
「ほほお。それで王子様のおまえが公務員なんてやっているのか」
「王族としての権力や特権はたしかにあるが、国民の目も厳しいからな。一般市民と同じように学び、働いているそぶりくらいは、国民に対して見せねばならん。一番上の兄貴は王太子として公務についているが、ひとつ上の兄貴は士官学校をでて軍人をやっているし、俺は普通に大学をでて今はご覧の通り役人だ。……ん? どうした?」
ふとみると、俺の間近で俺の首にはめられた首輪を観察していたはずのフェフォンさんが、なにやら硬直している。やばい。俺が、仮にも王子様を『おまえ』呼ばわりしちゃったから、怒ってしまったのか?
……ちがう。俺を、いや俺の背後、俺の周囲を見渡して、脂汗を流している。
「で、殿下。この精霊はいったい……。私は、精霊や魔導器の研究をしてきましたが、こんなのは初めて見ます。この、この少女は、まだ子供に見えますが、ななな何者なのですか?」
子供だと? 確かに今の俺はブカブカのお子様用のポンチョみたいな服を着せられているが。しかし貴様、いま確かに俺の胸のあたりをみて言っただろう。
そんな俺の怒りとは関係なく、例のごとくニヤケながら殿下はひとつため息をつく。
「やはり、はじめて会う人間からは子供にみえるか。どこもかしこも華奢で平らだから、俺も薄々そう感じていたが……」
おまえもニヤニヤしながら余計な事をいうな、このアホ殿下。これでも身長だけならダーヴィーちゃんよりもちょっとだけあるんだぞ、他のサイズはともかくとして。
「すまない。いや、ユウキが子供体型なのは確かだが、問題はその点ではなく精霊の件だ。優秀な魔法使いだからこそ君を選んだのだから、ユウキの周囲に集まっているという精霊に気がついて当然だな。……気にするな、と言っても無理だろうが、ユウキについて余計な詮索はするな。そして、決して他言は無用だ。これは君のために言っている。いいな」
フェフォンさんの正面から目を見ながら、いつになく真面目な顔で殿下が言い放つ。ニヤニヤせずにいつもこんな顔していれば、本当にいい男なのにな、こいつは。
「は、はい」
ん? 殿下に正面から見つめられて、フェフォンさんが赤くなっているんじゃないか? 大丈夫なのか、この人。
美青年は、そのままロボットのように俺に近づくと、首輪にむかって手をのばす。きれいな細い手が、緊張で震えている。大丈夫かなぁ。奴隷用の首輪を解除する特殊な魔法って、いったいどんな魔法なんだ?
「ま、まだ魔法陣を展開していないのに、……こんなに精霊があつまっているなんて」
それはもういいから。さっさと外してくれよ。
フェフォンさんがかがみ込み、首輪をのぞき込んでいる。俺の目の前には、銀髪サラサラヘア。なんかいい匂いがする。エルフってみんなこんななのか?
「よ、よかった。この首輪ならすぐに解錠できます。……お嬢ちゃん、眩しいからすこしだけ目をつむっていてね」
フェフォンさんは、ちょっとだけホッとした顔で、ひとつ深呼吸。そしてゆっくりと呪文を唱え始める。指先がひかり、俺の目の前に光の魔法陣を描く。
「このタイプの首輪はもっとも出回っている物で、解錠のコードが一種類だけ決まっているのです。つい先ほども、非合法の子供専門奴隷商人から何人もの子供達を救出しましたが、ほとんどがこのタイプの首輪をされていました」
小さな光の文字が魔法陣を形成し、空中でゆっくり回転しはじめる。ヘアバンドのクシピーが反応しないということは、特に害はないものなのだろう。
カシャン。
事実、魔法が発動した途端、あっけなく首輪ははずれ床におちる。よかった。首輪がはずれたのはもちろん嬉しいが、なによりも、さっきまでガッチガチに緊張していたフェフォンさんが一息ついて、表情を崩し微笑んでくれたのに安心した。俺だけでなく、アンドラさんも殿下もおなじようにホッとしている。
「お嬢ちゃん、首輪はずれてよかったね。もう痛くないよ」
「ごくろうだった。さすがだな。腕の拘束具もはやくはずしてやってくれ」
「は、はい。殿下。さっさとやってしまいましょう!」
フェフォンさんが明るい声で殿下に返事をする。さっきまでとは声の調子がまったくちがう。殿下にいいところを見せられて安心しているのか。そして、スキップするように軽やかな足取りで俺の後ろに回る。すぐにも作業を始めそうだ。
ちょっとまて。おまえ、まさか俺の事を本気でお子様だと思ってないだろうな?
俺の両腕は後ろで拘束されている。そのままでは普通の服は着れないから、その上からポンチョのような寝間着をかぶるように着ている。後ろで拘束された腕を露出させるためには、上半身をめくりあげなければならない。そして、下につけているのはパンツだけだ。
「お嬢ちゃん、すぐ済むからちょっとごめんね」
ちょっとまてと言っているのにいいいいいいいいい!
ぺろん。
フェフォンさんが、俺の服を一気にめくりあげる。上半身とパンツがフェフォンさんの目の前に、そして一同の衆目の下にさらされる。
ぎゃーーーーーーー!!!!
俺の悲鳴だ。俺は必死に叫んだのだが、ちょっと可愛らしい声になってしまったかもしれない。同時に、エルフの美青年がアンドラさんの手形を頬につけて派手に吹き飛んでいった。
今回はちょっと説明がおおくなってしまい、あまりお話がすすみませんでした。次回もまた読んでいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
2013.12.29 初出




