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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第2章 大森林の小さな村
33/71

33.人生には究極の選択を迫られる場面がかならずあるんだよね


 まだだ。


 オオカミは、死んだふりをしている。


 俺の目の前には、ユーキ姉ちゃんが気を失って倒れている。恐る恐る近づいてきたハンターが乱暴に髪をつかみ、姉ちゃんを引き起こす。


 おもわず手が出そうになるのを、こらえる。俺の爪で軽く触れてやるだけで、こんなハンターの頭などぐしゃぐしゃにしてやれるのに。


 だが、……耐える。必死に耐える。『死んだふりをしてチャンスを待つんだ。絶対にダーヴィーを守れよ』……姉ちゃんはこう言ったのだ。


「へっへっへ。手間をとらせやがって」


 下卑た笑いをうかべる外道たち。


「そこのオオカミのガキ、生きてるのか? ちょっとでも動いたら、この娘とあのエルフは蜂の巣だ。わかってるな」


 殺してやる。しかし、まだだ。


 姉ちゃんが後ろ手に縛られる。ぎりぎりと、必要以上にきつく締め付けやがる。姉ちゃんは気を失ったまま、その顔が苦痛に歪む。


「大事な金ずるだ。あまり手荒にあつかうな」


「だからこそ、逃げられないように念には念をいれないとな」


 がしゃん。鎖がついた首輪がはめられる。奴隷商人がつかってるやつだ。


「どうだ、ガキ。おまえを助けた女が奴隷の首輪をされて連れて行かれるのを、目の前で見せられる気分は?」


 外道が言い放つ。ヤニ臭い歯をみせてニヤニヤ笑う。


 殺してやる。殺してやる。殺してやる。絶対に殺してやる。……俺は姉ちゃんの言いつけを守り、動けないふりをしながらチャンスを待つ。やつらが少しでもダーヴィーから目を離したら、その瞬間にバラバラにしてやる。そして、ダーヴィーも、姉ちゃんも、村のみんなも、全員俺が守ってやるのだ。






 魔法使いが、どこからか一頭のグリフォンをつれてきた。


「そのエルフの少女もいっしょに連れていきましょう。保険になるかもしれません」


 ハンターの元締めがダーヴィーを、魔法使いがユーキを縛ったまま引きづりあげ、それぞれを膝の上にかかえたまま、グリフォンまたがる。


「グリフォンまで用意できるということは、おまえのスポンサーとやらは軍の中にいるのか? ミヤノサ師団か? それとも王都の……」


 元締めが、魔法使いに対してさりげなく問いかける。まともな答えが返ってくるとは初めから期待はしていない。しかし、強力な爆発魔法を使いこなし、先史魔法の使い手の少女のために信じられない大金を用意したこの謎の男はいったいな何者なのか、好奇心を抑えきれなかったのだ。


「まぁ、軍幹部の中にも、世間のしがらみをいろいろと引きずった者は何人かいるということです。とはいっても、ミヤノサ師団の主流派は、王に忠誠を誓い、政府の命令には絶対服従、常に臣民のために戦う気まんまんの、真面目で鬱陶しい連中ばかりです。軍内には世間を騒がす外道なハンターに対する反感も小さくないので、あなたたちは気をつけた方がいいと思いますよ」


 ふん。元締めはひとつ鼻をならす。


 軍の事情にもお詳しいこって。要するに、こいつに取り入っても、それをきっかけに俺たちハンターが軍に取り入ることは不可能だといいたいのか。そればかりか、この仕事の後には、証拠隠滅のため軍をけしかけてハンター組織を一切摘発することくらいやりそうだな、こいつなら。


 まぁ、いいさ。魔物が激減し、精霊魔法文明が成熟しつつあるこの王国において、ハンター稼業が先細りなのは明らかだ。この仕事の報酬をもらってしまえば、ハンターなんて辞めてやる。ミヤノサの街とも、こいつとも、おさらばだ。


 グリフォンにまたがりながら、元締めはあらためて周囲を見渡す。札束をちらつかせて強引に百人集めたはずのハンターは、もう十人も残っていない。


「おまえ達、ご苦労だった」


 外道でバカで下品でどうしようもない連中ばかりだが、とりあえず役目は果たしてくれた。契約通りの報酬は払ってやらねばなるまい。……このまま無事に森を抜けられればの話だが。


「俺たちは獲物を連れて空から先に行く。落ち合うのは例の場所だ。そこで残りの報酬は支払う。死んだ奴らの分も分配してやるから期待しておけ。それから、……この村の魔物連中はおまえ達の好きにしていい」


 ドラゴンが帰ってくる前に、あるいは森の中の騒ぎに気づいた軍が駆けつけて来る前に森を出た方がいいとは、あえて言わない。余計な事を忠告してやる義理はない。全滅してくれれば、報酬を払う必要がなくなるのだ。


 バカなハンター達が沸いている。それを無視するかのように、グリフォンが滑走を始める。





 いまだ!


 死んだふりをしていたオオカミが、音もなく立ち上がる。


 離陸するために走りはじめたグリフォン。その背に乗る二人は、それぞれ少女を抱きかかえながら、グリフォンにしがみついている。


 いまだ。今しかない。上空まで飛びあがってしまえばどうしようもない。しかし、いまなら間に合う。いまならば、あの二人が撃たれる心配はない。


 それまで気配を消していた巨大な獣が、まったく予備動作なしで走り出す。突然現れたオオカミの気配に驚き、ハンター達が銃をむける。しかしビージュはそれを無視して一気に加速。四つ脚になり、全身の筋肉を駆使して走る。人間ごときには決して目で追うことができない速度。残像を残しながら飛ぶように走る。


 撃たれた傷は完治していない。一歩はしるたび、全身に激痛がはしる。しかしかまわない。ユーキ姉ちゃんが傷を塞いでくれたのだ。離陸中のグリフォンにむけ、その上に捕らわれた姉ちゃんを取り戻すため、ビージュは全速力で追いかける。





 グリフォンが後ろから追いすがる黒い影に気づいたのは、離陸した直後だった。大陸最強・最悪の捕食者に狙われていると自覚したグリフォンは、一瞬にしてパニックに陥る。少しでも早く空中に逃れようと、必死に羽ばたく。搭乗している二人は、振り落とされまいとしがみつくしかない。


 オオカミが跳躍したとき、グリフォンの高度はすでに十メートルを超えていた。しかし、そんな高度など、この常識を越えた筋力を誇る獣にとって地面の上と同じだ。翼を持たない黒い獣が、空中の獲物めがけて一気に迫る。


「化け物め! なんという速度と跳躍力だ!」


 グリフォンだけでなく、その上に搭乗する者も恐怖にかられている。前にまたがる元締めが振り返り、慌ててオオカミに銃をむける。しかし、照準がさだまらない。彼の膝の上にかかえられているエルフの娘が、縛られたまま全身の力をつかって暴れはじめたのだ。まともに銃を構えることもできないまま、取り落としてしまう。


「くそ! おい、魔法でなんとかしろ!!」


 元締めにできることは、うしろの魔法使いにむけ怒鳴りつけることだけだった。


 おそい!


 だめだ。逃げ切れない。ほんの数秒後には間違いなく追いつかれる。徐々に白み始めた空の彼方をバックに迫る黒い影。捕食者の金色の目。凶悪な爪と恐ろしい牙が、哀れなグリフォンに迫る。


「ビージュ!!!」


 振り向きながらダーヴィーが叫ぶ。ギリギリのところで助けに来た幼なじみに向けて、力の限り叫ぶ。


 とどく。


 あと数秒、爪がとどいた瞬間に、グリフォンの首を一撃でおとしてやる。そして、姉ちゃんとダーヴィーを受け止め、かかえたまま着地するのだ。邪魔なハンターと魔法使いは放っておけばよい。俺ならば造作も無いことだ。


「だめだ、やられる!」


 自らの運命を予感し、元締めが身を固くする。だが、その後ろにまたがる魔法使いは、この期に及んで落ち着き払っていた。


「保険をとっておいてよかったでしょう?」


 なに?


 次の瞬間、まったく予想していない事態が元締めを襲う。後ろにまたがる魔法使いが、前の元締めを蹴り落としたのだ。


「ばかな」


 迫るオオカミの恐怖にかられパニックに陥っていた元締めは、不意を突かれて簡単に蹴り落とされた。信じられないという顔をしたまま、グリフォンから落下していく。その膝の上にかかえられていたエルフとともに。





 この世界には、いや、精霊が支配しているこの大陸には、基本的に空をとぶ魔法は存在しない。空飛ぶ魔導器もない。先史魔法文明を築いた異世界人達は、この世界の現住生物達に飛ぶ技術を与えてはくれなかったのだ。人類やエルフが空を飛ぶためには、もともと空を飛べる魔物に頼るしかない。


 ほんのコンマ数秒でグリフォンに爪が届くという瞬間、ビージュは落下していくダーヴィーと目があった。彼女は縛られたままだ。身動きもとれないまま重力にまかせて落下していく。驚愕と恐怖がいりまじった表情。口をめいっぱいに開き、本能的に幼なじみに助けを求める。


 このままグリフォンを追えば、ダーヴィーは落ちる。この高さから縛られたまま落ちれば、絶対にただでは済まない。しかし、……しかしダーヴィーを助ければ、ユーキ姉ちゃんは逃げられてしまう。


 どちらかしか助けられない。


 空中のビージュは、呼吸を忘れる。全身が硬直する。脳みそが真っ白になる。自分では意識しないまま、落ちていくダーヴィーから目をそらしてしまう。グリフォンの上、気を失ったまま魔法使いにかかえられているユーキを見てしまう。


 それは、ほんの一瞬の躊躇。


 直後、ふたたび落ちつつあるダーヴィーに視線を戻す。彼女は、……ビージュから顔をそらしていた。





 ダーヴィーは、ビージュの視線の動きに気づいていたのだ。一瞬の葛藤に気づいていたのだ。そのうえで、「助けて」という叫びをむりやり飲み込んだのだ。そのまま目をつむり、反射的に顔をそらす。自分が今どんな顔をしているのか、自分でもわからないから。ビージュに誤解されたくないから。





 つきあいの長いビージュにはわかった。誤解などしようがない。ダーヴィーのあの顔は、……一瞬躊躇した俺を責めている顔じゃない。その逆だ。俺はユーキ姉ちゃんを助けると、助けるべきだと、ダーヴィーは本気で思っているのだ。それは、すべてを受けれた顔。安らかな表情。数秒後には地面に落下して死ぬかもしれないというのに。





 自分でも、なぜそうしたのかわからない。


 グリフォンに追いついたオオカミは、そのまま半回転してグリフォンを蹴った。巨体を空に向けて吹き飛ばすほどの、凄まじい勢いの蹴り。その反動で一気に逆方向に飛ぶ。それは真下。すでに落ちつつあるダーヴィーを一直線に追う。





 空中で幼なじみに抱きかかえられたとき、ダーヴィーは一瞬なにがおこったのかわからないという表情だった。ユーキではなく自分が助けられたと理解した瞬間、そのかわいらしい目はまんまるになり、小さな口をめいっぱい開いていた。長いつきあいだが、こんなにもコロコロ表情を変える彼女は、初めて見たかもしれない。「なぜ?」「どうして?」「ばか」と口の中で言っているような気がするが、どうしても声にはならない。


 そのまま二人で落下する。地面にたどりつく前に、彼女は泣き始めた。着地してもしばらく、ダーヴィーは泣き続けた。なにもしゃべれなかった。このかわいい幼なじみは、俺の胸の中でただただ号泣していたのだ。





 グリフォンはそのまま高度をあげる。もうユーキ姉ちゃんには追いつけない。ビージュは、自分の感情がわからない。今、なにをすればよいのかわからない。ダーヴィーにどんな顔をしてみせればいいのかもわからない。あらゆる種類の感情が心の中で爆発し、嵐のように荒れ狂っている。


 その直後、村の周辺に爆音が鳴り響く。ソニックブームだ。白み始めた空を切り裂くように、ドラゴンが超音速でとんでいく。すでに見えなくなったグリフォンを、フキ爺さんが全速力で追いかけていく。


 おそいよ。


 オオカミの非常識な動体視力は、ドラゴンの上に乗る者の姿を捕らえることができた。つい最近出会ったばかりの、見覚えがある男。大嫌いな男だ。


 あいつ……か。


 どうでもいいけど、あの速度で飛んでいるフキ爺さんのおでこの上に、えらそうに腕を組んで仁王立ちかよ。風圧とか衝撃波とか平気なのかよ。ていうか、足蹴にされている爺さんはなぜ怒らないんだ?


 ……まぁいいや。殿下とか呼ばれていたおまえ、ユーキ姉ちゃんはおまえにまかせた。たのむ、俺の代わりに、あの脳天気な女を助けてやってくれ。



2013.11.28 初出

2013.12.05 ちょっと修正


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