32.会話したからといって、スムーズな意思の疎通が可能だとは限らないのね
「やめて!」
ペレイさんの絶叫が周囲に響く。目の前で息子が撃たれたのだ。彼女は飛び跳ねるように立ち上がると、外に向けて駆け出そうとする。周囲の村人が必死にとめる。
「はなして、ビージュが!」
息子の元に駆け寄ることを邪魔する者をふりほどこうと、ペレイさんは力の限り暴れている。普段のものごしの柔らかな彼女からは想像もできない姿。ものすごい力。普通の人間よりも怪力なはずの村人達が、数人がかりで羽交い締めにして止めるのがやっとだ。
俺は、ふらふらとドアに向かう。それに気づく者はいない。
ペレイさん達の窓越しの視線の先には、腹を撃たれ血だまりの中で動けないオオカミの少年。その側らに、呆然自失で座り込んでいるエルフの娘。
残り数人になったハンター達が、エルフっ娘を取り囲み銃を向ける。人質にしようというのか。ハンターの親玉がダーヴィーを乱暴に引きづり、後ろ手に縛っている。
「聞こえないのか? 用があるのは治癒魔法の使い手だけだ。出てこないと、このエルフの娘が蜂の巣になるぞ」
俺のせいだ。
誰にも気づかれぬままドアのかんぬきを開けた俺の目の前に、数時間前には想像もできなかった惨状が広がっている。木っ端みじんになったペレイさんの家。他の村人達の家も、ほとんどが燃えている。平和で呑気だった村が、なぜだ。
……みんな俺のせいだ。奴らの目的は、初めから俺だったのだ。
周囲に散らばったハンター達の赤黒い肉片。可憐な美少女エルフに人殺しをさせてしまった。そのダーヴィーは後ろ手に縛られ、俺をおびき出す人質として銃をむけられている。それだけじゃない。お間抜けでスケベなビージュは、内蔵をはみ出しながら血の海に沈んだ。
俺が、奴らを呼び寄せてしまったからだ。
気づいたときには、俺の身体は外にでていた。ハンター達と直接対峙していた。
俺が目的だなんて、想像もしていなかった。だが、今さらそんな言い訳をしても取り返しがつかない。
「俺はここにいる。何でもする。だから、……ふたりをたすけてくれ」
「ずいぶん青白い顔した女のガキがでてきたな。本当にこいつなのか?」
ハンターの元締めには信じられない。あんなガリガリの娘が? 顔色が悪く、足取りもおぼつかず、ふらふら夢遊病のように歩いてくるこの少女が、あの爆発魔法を防いだというのか?
「ええ、ええ、そうです、確かにあの娘ですよ」
興奮気味の魔法使いが、満足そうに頷く。ふたりが、いや、ハンター全員の視線が集中する真ん中を、少女がよろよろと歩を進める。
苦しい。苦しい。もう歩けない。立っているのも限界だ。
さっきの爆発魔法を防御してから、体力が回復する間などあるわけがない。息をするのも苦しい。視界が歪む。一歩進んで膝をつきかける。しかし、倒れない。倒れるわけにはいかない。せめてビージュのところにたどり着くまでは。
いま俺の視界の中にいるのは、血にまみれたオオカミだけだ。
あいつがああなったのは、俺のせいだ。俺のせいで、あのスケベで体力バカの少年が、撃たれてしまったのだ。内蔵をはみ出して苦しんでいるのだ。
たった数十メートルの距離を歩くのに、何分かかったのだろう。かろうじてビージュの前にたどり着いた瞬間、脚がもつれる。そのまま跪く。
目の前にモフモフのオオカミがいる。かろうじて息はしている。しかし目を開けてくれない。
頼むよ、ヘアバンド。こいつを治癒してやってくれ。
俺は、ビージュの傷口に手の平をかざす。
『緊急モード開始します。……警告! 血中酸素濃度が限界まで低下しています。警告! 心肺機能および循環機能が限界まで低下しています。これ以上精霊を生命維持活動以外に利用することは危険です。……治癒コードの実行は中止されました』
しかし、治癒のコードは発動しない。
ビージュの出血に反応し、確かに一度は光の繭が形成されかけたのだ。が、それはかき消すように消えてしまった。ヘアバンドは、ビージュを治癒してはくれない。
「ユ、ユーキ姉ちゃん、……もういい。逃げろ」
俺がそばに居ることに気づいたのか、目の前でビージュが苦しげに目をあける。血を吐きながらつぶやく。
「うるさい。だまれ」
だまれ。だまれ。だまれ。俺のせいで撃たれたおまえを、俺がいま治してやる。絶対に治してやる。
「くそ。このヘアバンド。融通のきかない奴だ」
確かに、俺の体調は最悪だ。吐き気、目眩、頭痛。どれもこれも最悪だ。このままだと死んでしまいそうなやばい予感がする。しかし、ここで治癒できなくては意味が無いんだよ。
「おい、ヘアバンド。俺の身体なんてどうなってもいいから、ビージュを助けてやってくれ」
いくら訴えても、いくら叫んでも、ヘアバンドは反応してくれない。
「おまえは精霊システムの『制御エージェント』とやらなんだろ! 頼むよ、クシピー」
ヘアバンドが今までとは異なる反応をみせたのは、その瞬間だった。
『キーワード認識。認証確認。会話モード開始します。何かご用ですか、アーシス?』
ハンター達の視線は、血まみれで倒れているオオカミと、その傍らでうつむいたままの少女に集中している。
「おい、何をしているんだ? オオカミのガキから離れろ。さっさとこっちに来い!」
ハンターの元締めが、縛られたダーヴィーの首筋に銃口を突きつける。しかし、青白い顔の少女は、素直に言うことを聞かなかった。
「ちょっとくらい待ってくれたっていいだろう。すぐ済むよ。……もしこのオオカミと、そのエルフを撃ったら、俺も舌かんで死ぬからな」
儚げな少女に似合わぬやさぐれた口調。息も絶え絶えといった体にもかかわらず、異様に迫力がある。
「なんだとぉ?」
「まぁまぁ。あの少女が何をするのか、ちょっとのあいだ見てみませんか」
興味津々といった表情の魔法使いが、元締めをいさめる。
いま、このヘアバンドは『会話モード』と言ったか? よくわからんが、会話する気になってくれたのか?
なんとかなるかもしれない。朦朧としていた意識が、一気に覚醒する。体調は最悪のままだが、脳みそだけは目がさめる。
「そうだ、用があるから呼んだんだよ。頼む。目の前のオオカミを治癒してやってくれ!」
『命令は拒否されました。アーシスの心肺機能および循環機能が低下しています。回復するまで精霊をアーシスの生命維持活動以外に利用することはできません』
「俺の身体なんてどうでもいいんだよ。頼む。頼むから」
『命令は拒否されました。アーシスの生命機能に関する危険を看過することはできません』
くそったれ。ロボット三原則と似たようなものが組み込まれているのか。会話モードといっても、単純に自然言語処理が可能なシェルというわけではなさそうだ。さすが異世界人テクノロジーのシステムだといいたいところだが、融通の効かないのはどうしたものか。
……いや、まてよ。クシピーは、俺の周囲の精霊しか操作できないはずだ。俺の体調と精霊の状況以外、どこまで周囲の状況が把握できているんだ? 外道ハンターに取り囲まれた今のこの危機的状況が理解できていないんじゃないか? ここは、はったりをきかせてみるか。
「いまこのオオカミが死んだら、俺やみんなを悪者から守る者がいなくなるんだよ! 俺の生命を守るためには、こいつの命が必要なんだよ!!」
一瞬の沈黙。悩んでいるのか? はったりが通用した? こんな抽象的な表現が理解できるとしたら、本当に相当高度な人工知能なんだな。が、とにかく、とにかく、今は押しの一手だ。
「完璧な治癒でなくてもいい。傷口さえふさげばいい。俺の身体が死なないギリギリまででいい。だから早く治してくれ」
『……了解しました。周囲の精霊に治癒コードを転写中、……完了。実行します』
よし、いけ。俺はビージュの傷口に手の平をあてる。
「なんだ、あれは?」
ハンター達から声があがる。元締めが目を丸くしながら少女を凝視する。
「おおお、これこそ先史魔法。あれが奇跡の治癒魔法です!」
興奮した魔法使いの視線の先、顔を紫色にした少女が淡い光の繭に包まれている。優しい光が血まみれのオオカミに注がれていく。
「し、信じられない。みてください、傷口がふさがっていきますよ」
「ふむ、確かにこの娘は金になりそうだ。……もういい。わかった。このエルフを殺されたくなかったら、さっさとこちらに来い。オオカミは動くなよ」
治癒の光の繭が形成されていたのは、ほんの数分間のことだった。たしかにビージュの傷はふさがったが、これまでの経験からするとあきらかに時間が短かった。完治にはほど遠く、かろうじて出血がとまったという程度なのかもしれない。それでもとりあえず、頑丈さがとりえのこいつならば、死ぬことはないだろう。
そのかわり、……俺はもう、たちあがれそうもないけどな。その場にぐったりと倒れ込む。
「ユーキ姉ちゃん、大丈夫か?」
俺は両手を地面につく。精霊達が治癒コードを実行している間、またしても有毒な大気にさらされてしまった。
「そんなになるまで、俺のために治癒魔法を……。姉ちゃん、死ぬな!!」
心配するな。クシピーがギリギリ調整してくれたはずだ。俺が死ぬことはないだろうよ。たぶん。
『心肺機能および循環機能がさらに低下しています。致死的なものではありませんが、回復まで数時間かかります。それまで安静にしてください』
クシピーが忠告してくれる。ああ、そうだな。言われなくてもそうさせてもらうよ。
「くそ、よくもユーキ姉ちゃんを。あいつら、……殺してやる」
オオカミの目がギロリと光る。怒りのあまり全身の毛が逆立っている。みるみると、全身に力がみなぎっているのがわかる。
おまえ、本当に頑丈だな。まだ傷口がふさがっただけなんだから無理するな。それに、……勘違いするなよ。
「おい、ビージュ。勘違いするな。おまえを助けたのは、ダーヴィーや村人を守るためだ。そのために治癒してやったんだ。俺なんてどうでもいいんだよ」
「……姉ちゃん」
アホ、そこで意外そうな顔をするな。
「奴らは俺は殺さないだろう。たとえ俺がどうなっても、おまえはダーヴィーを守れ。そのために、死んだふりをしてチャンスを待つんだ。いいか、絶対にダーヴィーを守れよ。返事をしろ!」
「……わ、わかった」
「絶対に絶対に絶対にダーヴィーを守るんだぞ。俺は、……もう寝る」
こうしてしゃべってるのも辛いんだ。俺は、がっくりと地面に寝込む。
『会話モード終了します。ご用の際にはまたお呼びください。おやすみなさい』
異世界の人工知能エージェントってのは、礼儀正しくてお上品なやつなんだな。俺が意識を手放したのは、その数秒後のことだった。
次話投稿は二〜三日後になると思います。よろしくお願いいたします。
2013.11.24 初出
2013.11.24 誤字脱字、表現などをちょっとだけ修正しました




