31.俺、……なのか?
「もう、……おそい」
ダーヴィーの目の前で、ハンター達が悲鳴をあげながら逃げ惑う。銀髪のエルフっ娘は笑いながら、腕を振り下ろす。
魔法使いとは、精霊の力を借りて通常ではありえない物理現象を発動する者だ。彼らは、呪文を唱え魔法陣を形成することにより、大気中に存在する精霊達に命令を与えることができるのだ。
それは、はるか千年前の神話の時代。先史魔法文明を築いた異世界からの来訪者により、この世界の選ばれた人間やエルフなどにだけ与えられた奇跡の力。
魔法使いとして精霊に命令することができるのは、選ばれた血筋を引く者だけだ。精霊は、呪文を唱えた者の血筋をもって、魔法を使う資格がある者を判断するのだ。
だが、魔法使いを親にもつからといって、子が魔法がつかえるとは限らない。逆に、数代前の祖先以来ずっと魔法が使えなかった一族に、とつぜん魔法を使える子ができる場合もある。魔法使いの発現の規則性の謎には多くの研究者が挑んできたが、それはこの世界の人間にとっていまだ解けぬ謎のままだ。
現在、この世界に存在する魔法使いは、ほんの僅か。およそ千人にひとり程度と言われている。
ダーヴィーは、自分のお爺さんのそのまたお爺さんが魔法を使えたらしいという話は、たしかに聞かされた記憶があった。しかし、物心がつくまで、自分が魔法使いであるなどと、考えたこともなかった。
自ら望んで魔法使いになったわけではない。魔法使いとしての才能を見いだされ、専門の教育をうけはじめても、つらく悲しいことしか記憶にない。
しかし、今は、今だけは、精霊達に感謝している。生まれて初めて、魔法を使えることを誇りに感じている。
自分の魔法により、ユーキお姉ちゃんを、村のみんなを救うことができるのだ。血を吐く思いをして学んできた魔法の知識を、活かすことができるのだ。
ダーヴィーは、笑っている。笑いながら、魔法を発動する。
ダーヴィーが空中に形成した魔法陣は、神話の時代から伝わる大気中の水分を制御する複数のコード断片を組み合わせたものだ。彼女のオリジナルのコードである。
魔法陣の周囲に、精霊達があつまる。ダーヴィーは皮膚で感じている。精霊が、魔法陣をつくった彼女の身体の中に入ってくる。
精霊達は確認しているのだ。彼女の細胞の中、祖先から受け継いだ遺伝情報の特定の部位が、魔法使いとして認められた者のそれであることを。精霊達の本来の主である先史魔法文明の担い手たちより、魔法を使う資格を与えられた者であることを。
認証がなされ、そして魔法が発動される。精霊達に転写されたコードが実行される。大気中の分子が操られ、奇跡の物理現象が発現する。
あっ……。
ダーヴィーは、自分が放心状態であったことを自覚した。生まれて初めて本気で魔法を発動した高揚感のあと、正気に戻るまで数十秒の時間が必要だったのだ。
そして、あらためて周囲を見渡す。そこにあるのは、……地獄だった。
常夏の森の中に突如出現した雪と氷の雪原。しかしその色は、雪が本来あるべき色、「白」ではなかった。
それは、赤。人間の血の色。そして、視界の限りの肉片。かつて人の一部であったもので敷き詰められた赤黒い地面。
あ、……ああ。
この地獄を生み出したのは、……自分だ。
ぺたん
それを自覚した瞬間、ダーヴィーの全身から力がぬける。その場に座り込む。
「あーあ。皆殺しじゃないか」
だが、ハンター達は全滅はしていなかった。後ろで様子をうかがっていた元締めと魔法使い、それを護衛する数人のハンター達は、幸運にも氷の魔法の影響範囲のぎりぎり外にいた。十人ほどのハンターが、おそるべき魔法の使い手を目の前にして腰が引けつつも、改めてダーヴィーを取り囲み銃をむける。
「おっとうごくなよ。呪文を唱えた瞬間に撃つぞ」
元締めが少女の周囲をひととおり見渡し、まゆをひそめる。
「俺も汚い仕事ばかりやってきが、こんな地獄はみたことねぇや」
ダーヴィーは反応できない。顔をあげることもできない。
「百人もハンターをそろえたのに、今残ってるのはこれだけだ。まぁ分け前がふえたからいいか」
周囲のハンター達が、顔を引きつらせながらも、下品にわらう。
「さて、……先史魔法をつかう魔法使いというは、おまえなのか?」
元締めは地面に膝を突き、放心状態のままのダーヴィーの顎をもちあげ、顔をのぞき込む。
「ちがいますよ。防御魔法が使えるのなら、さっきの爆発魔法も防いでいるはずです。それに、このエルフには見覚えがあります」
魔法使いの言葉に、ダーヴィーが視線をあげる。
見覚え? この人、……ユーキお姉ちゃんと出会ったときの魔法使い?
「あの時のハンターは、皆殺しにしたはず……」
「ハンター共に殴り倒された後、ずっと失神していたらオオカミ君も見逃してくれました。おかげで、夢にまで見た先史魔法文明の生き残りを手に入れることができそうですよ」
「こいつは例の金になるターゲットじゃないんだな! ならば、やっちまおうぜ」
ひとりのハンターが会話に割り込む。ダーヴィーの目前に銃を突きつける。しかしダーヴィーは、それを避けるでもなく、無反応だ。まるで他人事のように無表情で見つめている。
「よせ! 殺すな!!」
元締めが止める。しかし、激高しているハンター達はとまらない。
「よくも仲間をやってくれたな!」
数人のハンターが引き金に指をかける。ダーヴィーはだまって目をつむる。観念したかのように。
複数の銃の引き金が、同時に引かれた。撃鉄付近で小さな魔法陣が形成されると同時に、銃口から魔法の光が飛び出す。
「ダーヴィー!」
疾風が走る。森から飛び出してきた黒い影が、ダーヴィーの前に立ちふさがった。
魔導銃がダーヴィーに命中するかにみえたその瞬間、巨大なオオカミがあらわれ盾になったのだ。
「ビージュ!!」
エルフ少女の目の前で、オオカミの腹に魔法の弾が命中。周囲に血をまき散らしながら、四つ脚の獣がものすごい勢いで地面をころがっていく。
それまで惚けていたダーヴィーが正気にもどる。反射的に自分の盾になったオオカミに駆け寄る。目の前で、幼なじみがのたうち回っている。腹からは内蔵がはみ出ている。
「ダ、……ダーヴィー、無事か?」
「平気。平気だから、だから、しゃべらないで」
「オオカミか。どこから出てきやがった。……村の向こう側にいたはずの仲間を皆殺しにしたのは、おまえだな?」
ハンター達が、色めき立つ。
「出てきたのが運の尽きだ。その魔法使いのエルフともども殺してやるよ」
無法者達が、あらためて血まみれの二人にむけて銃を突きつける。
「いい加減にしてください!! これ以上勝手な真似をすると、私の魔法で痛い目にあわせますよ」
勝手な行動ばかりのハンター達に対し、ついに堪忍袋の緒が切れた魔法使いが怒鳴る。呪文を唱えるそぶりまでみせる。
「バカ共が。言うことを聞かない奴は報酬をやらんぞ」
さらに、元締めがドスのきいた声で言い放つ。金の話を出されると、さすがの外道ハンター達もおとなしくなる。元締めは満足そうにひとつ頷くと、バルデさんの家の方向にむき直った。立て籠もっている村人に向け、大声でさけぶ。
「聞こえるか! 俺たちの目的は治癒魔法をつかえる魔法使いだ。このエルフとオオカミを殺されたくなかったら、今すぐここに出てこい!!」
「……いま、あいつはなんと言った?」
俺は自分の耳を疑った。
まさか、そんな。奴らの目的は、……俺、なのか? 村が焼かれ、ダーヴィーが爆発魔法に曝され、そしてビージュが撃たれたのは、俺のせいだったのか?
すこし短めになってしまいました。
基本的に脳天気なお話なので、あまり憂鬱な展開にはならないはずです。
これからもおつきあいいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
2013.11.16 初出
2013.11.16 ちょっとだけ修正しました
2013.11.23 誤字脱字など気づいた部分を修正しました




