03.まさか女の子になるとは思わなかったよ
まぶしい。
強烈な光がかたく閉じられたまぶた越しに網膜を刺激する。朝だ。
まだ眠い。起きたくない。あと5分でいい、このまままどろんでいたい。しかし、いったん目が覚めてしまえば、脳幹から大脳皮質に向けて意識が浮上していくのを止める術は無い。夢の中から現実世界への帰還だ。
なぜ目覚まし時計がならないのだろう? 不思議におもいながら、俺の右手は人のぬくもりを捜す。
腕枕していたはずの幼なじみ。しかし、しびれていたはずの腕の上には、頭の重さが感じられない。柔らかくて心地良い人肌の体温が感じられない。ついさっきまですぐ側できこえていたはずの規則正しい寝息が聞こえない。
あれ?
俺はまだ寝ているのか? 本当に目が覚めたのか? 自分でもわからない。
あれれ?
昨晩のあれは夢だったのか? そんなばかなことがあるものか。
ゆっくりと目をひらく。左右を確かめても誰も居ない。ひとりで狭苦しい場所に横になっている。しかし、寝る前は確かにひとりじゃなかったはずだ。俺はマコトといっしょに……。
現状を確かめるため、上半身だけを起こす。妙にからだが重い。全身が鉛のようだ。ここは……、いったいどこだ?
目に入るのは、白い壁。白い天井。白い床。俺の部屋じゃない。マコトの家でもない。これは、……例の異世界の彼女、アーシスの夢の中と同じじゃないのか。俺はまだ夢の中にいるのか?
そういえば昨晩はアーシスの夢を見なかった……よな? 本当か? 自分の記憶に自信がない。混乱している。どこまでが夢? どこまでが俺? どこからがアーシス?
実にベタな行動だが、自分の頬をつねってみる。これ以外なにをすべきなのか思いつかなかったのだ。
「痛い」
あらためてもう一度周囲を見渡す。よく見れば、アーシスの夢とまったく同じというわけではないようだ。たしかに白い室内は同じだが、天井に大きな穴があいている。穴の向こうに青い空が見える。部屋の壁や床には木の根や草が絡みついている。室内だというのに、朽ち果てた廃墟のようだ。
そして、自分が寝ている寝床を確認する。卵形の容器。乳白色の樹脂製のそれは、部屋の壁や床と同様にやはり木の根と草がからみあっている。透明なふたが中途半端に開いている。そのおかげで俺は上半身を起こすことができたのだ。
なんだこれは?
『……魂が、そのまま帰れなくなっちゃうかもしれないわよ』
夢の中でのアーシスの言葉が脳裏によみがえる。とてつもなくイヤな予感がする。そんなバカなことがあってたまるか。だが、確かめなければならない。ゆっくりと視線を下げる。自分が着ている服を確認する。そして、……俺は大きなため息をひとつつく。
あああ、やっぱり。俺はこんなパジャマを着た覚えはない。
いま俺が着用している服は、薄い青。入院患者っぽい、長いティーシャツっぽいあれだ。夢の中でアーシスが着ていたものと同じだ。
俺はひとつ深呼吸をする。決意を固める。いつまでも逃げているわけにはいかない。確かめねばならない。俺の今の姿を。俺は宮沢ユウキだよな。男だよな。男であってくれ。だが……。
やっぱり。
目の前に広げた手の平が小さい。白くて細い指。信じられないくらい細い腕。軽くウェーブのかかった緋色の髪。頭のうえにはヘアバンド。
視線を足元に動かす。細い。とにかく細い。スカートからのびる裸足の脚も白くて細い。折れてしまいそうなくらい華奢な脚。そして細い腰。
ゆるゆるのシャツの首から、胸元の中をのぞいてみる。透き通るような白い肌。そして、ほんのささやかな、しかし男では決してあり得ないないわずかな膨らみがふたつ。先端には桜色の突起。しかも下着なし。
おそるおそるスカートの裾から下半身もめくってみる。白いふとももの上、下着をつけていないことを確認した時点で、それ以上の詮索をやめた。
はぁ。
大きな大きな、深くて大きなため息をひとつつく。否定しようがない。これは女の子だ。アーシスの身体だ。オレの意識が彼女の身体にはいったまま、身体が強制的に目覚めてしまったということなのか? あまり考えたくはないが、アーシスの魂は、……死んでしまったのか? そして、ここは異世界ということか?
「いったい俺はどうすればいいんだよ? アーシス」
自分のものとは思えないかわいらしい声が、広くない室内に反響する。返事はない。
2013.08.03 初出
2013.08.10 誤字を数カ所修正しました
2017.05.20 表現を数カ所だけ修正しました