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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第2章 大森林の小さな村
29/71

29.篭城というのは精神的に疲れるものなのね

 ちぃ、まだ半分も片付けてないのに。


 村を包囲するハンターをひとりづつ狩りだし、その数を確実に減らしていたビージュは、おもわず舌打ちした自分に気づく。


 日没と同時に、村の方向からいくつもの銃声が聞こえたのだ。日暮れを合図に、村を包囲していたハンター達が集落の中に突入し始めたのだろう。


 まだドラゴンのフキ爺さんと魔法使いのバルデさんは村に帰ってきてはいない。途中から数えるのをやめてしまったが、明るいうちにビージュが始末できたハンターはせいぜい三十人、あるいは四十人程度だ。村の向こう側には、まだまだ多数のハンターが残っている。集落と森の境界付近には簡単な塀しかない。村に攻めこもうとしている多数の無法者達にとって、障害にもならないだろう。


 もう少し早く気づいていたら……。


 と思う間もなく、村の中から火の手が上がった。集落といっても、ほとんどの建物は住居というよりオンボロの掘っ立て小屋でしかない。火をかけられれば、盛大に燃えてしまう。


 とりあえず、村人達があの家に立て籠もってさえいれば第一波はしのげるだろう。だけど、……その後はじり貧だ。


 もう各個撃破などと言っていられない。ビージュは村に向けて走る。皆を守るために。






 ビージュの予想通り、ハンター達の襲撃の第一波は空振りに終わった。


 ハンター達は、日没と同時に村の家々に火を放ち、逃げ出す村人を追い立てる手はずだった。だが、あらかじめ襲撃を予測していた村人達は全員、頑丈なバルデさんの家に避難していたのだ。遠巻きに取り囲むハンター達の苦々しい顔を窓越しに見ながら、立て籠もる村人達は一息ついた。


 この建物は小さな砦みたいなものだ。もともと、大魔法使いバルデさんが可愛い弟子を、ついでに村人全員を守るために用意した家なのだ。石造りのぶ厚い壁は、ハンター達の魔導銃くらいならびくともしない。


 さらに、村人とて黙ってやられているわけではない。隙あらばハンター達にむけて窓から矢が射かけられる。数はすくないものの、魔導銃もある。もともとこの村にいるのはただの人間ではないのだ。特に、ケンタウロスのおじさんが放つ矢、ホビット族の爺さんあつかう銃の命中率などは、熟練のハンター以上だ。


 家の周りに作られた塀や落とし穴なども、それなりに役に立っているようだ。急ごしらえとはいえ、力自慢の魔物が総出でつくった大がかりな罠に、何も考えずに突っ込んでくるアホなハンター達が面白いようにひっかかる。


 なによりも、今夜ここに集まったハンター達は、数が多いだけの烏合の衆だ。長年ハンター達と血で血を洗う殺し合いをしてきた村人には一目でわかる。これが古き良き『冒険者』の伝統を受け継いでいる熟練ハンターの集まりならば、こんなに簡単に守りを固めることもできなかっただろう。しかし、今回は、おそらく金につられたロクでもない連中ばかりが集まったみえる。みな他者を出し抜いて自分が儲けることしか考えていない。まったく統制がとれておらず、連携もない。


 たしかに敵の数だけは多い。簡単には撃退できないかもしれない。しかし、こうしている間にも、背後から襲いかかるビージュによりひとりづつ数は減っているはずだ。そして、我々はフキ爺さんとバルデさんが帰ってくるまで持ちこたえればよいのだ。


 なんとかなるのではないか。


 村人の多くがそう思い始め、一息ついた頃、それは起こった。


「魔法陣!!」


 魔法使いのエルフ少女がさけぶ。空中に描かれた金色の文字が魔法陣を形成、ゆっくりと回転しながらこちらに移動してくるのが見えた。その中心では巨大な黒雲が発達し、パチパチと火花が派手に光っている。


「なんて巨大な魔法陣。あれは、爆発魔法」


「この家は、……耐えられるわよね? ダーヴィー」


 心配そうな顔のペレイさんが、確かめるかのように問う。しかし、天才と呼ばれる魔法使いにしてこの家の主であるダーヴィーは、うなずいてはくれなかった。


「……わからない。ハンター達の中に、師匠に匹敵する強力な魔法使いがいる。みんな伏せて!!」


 一旦発動した精霊魔法は、人類の力では絶対にキャンセルできない。ダーヴィーに従い、村人達はその場に伏せる。


 はっ。その瞬間になって、ダーヴィーは気づいた。危険な魔法を無効化できる存在がいることに。そのかわり、自分の生命力を削ってしまう特殊な魔法使いがここにいることに。


「ユーキお姉ちゃん!」


 振り向いた視線の先にいるのは、ついさきほどまで治癒魔法の使いすぎで寝込んでいた少女だ。ユウキの緋色の髪の周囲には、すでに優しくて淡い光の繭が形成されていた。






『警告! 周囲の精霊に危険性の高いコードが転写されています』


 ヘアバンドがいつもの調子で、しかし唐突に告げる。こいつがしゃべるのにもすっかり慣れてきた。とはいえ、危険性の高いコードと言われて、冷静でいられるわけではない。


 窓の外には、巨大な魔法陣と黒雲が広がっている。中心ではパチパチ火花が飛び始めている。


 あれは、……俺がこの世界に来たばかりの時、森の中でくらった爆発魔法と同じ?


「襲撃してきた連中の中に魔法使いがいるのか? ここには子供達もいるんだぞ! はっ、はやく防御してくれ、頼む」


『了解。緊急モード開始。防御結界が実行されます』


「みんな伏せて!」


 ダーヴィーちゃんが叫ぶ。全員がその場に伏せる。もちろん俺も伏せる。同時に、窓の外で閃光が輝く。そして凄まじい音。衝撃波。石造りの家がビリビリと震える。


 見えなくてもわかる。家の真上、上空の爆心で巨大火球が分裂、莫大な破壊力を秘めたまっ赤な火の玉が猛スピードで周囲に飛び散ったのだ。


 しかし、爆発の破壊力はこの家にはとどかない。とどいてたまるか。精霊魔法より爆散した火球は、家の直前、柔らかい光の繭により阻まれたのだ。ざまぁみろ。


 だが……。


『警告。血圧低下。血中酸素濃度低下。心拍異常。脳波レベル低下。回復まで安静にしてください。警告。これ以上精霊を生命維持活動以外に利用することは危険です』


 くっ。今日3回目の魔法だからな。昼間に治癒魔法をつかって消耗した分を回復しきれなかったか。


 俺は床の上でのたうち回っている。


 やばい。これはやばい。息が苦しい。吐き気がとまらない。全身が酸素不足で痙攣している。口からアワをふくというのは、フィクションの中だけの表現だと思っていた。まさか自分の身をもって経験することになるとは……。


「ユーキおねぇちゃん!!」


 視界が暗くなる直前、ダーヴィーちゃんとペレイさんが駆け寄ってくるのが見えた。





 ……マコトによると、ここの大気には有毒成分があるらしい。原始時代っぽい植物が多いこの惑星のことだから、二酸化炭素か一酸化炭素かなぁ。温泉があるくらいだから硫黄のたぐい、もしかして窒素酸化物かもしれないなぁ。


 混濁する意識の中、なぜかまったく緊急性のない問題が、俺の脳みその思考領域を占有していた。


 俺の身体の周囲に纏われた精霊達、いや、ひょっとして体内にも取り込まれている精霊達は、大気中の有毒成分を分解して酸素をつくってくれているのだろうか。それだけでなく、温度や湿度の調整もしてくれているかもしれない。生命維持機能を持った目に見えない宇宙服を着ているようなものか。自分の肉体そのものを改造しないでこの惑星環境に適応するためには、大気中にばらまいた精霊の力を借りるのが一番てっとりばやい方法かもしれないなぁ。アーシスの仲間の異世界人とやらも、うまい方法を考えたもんだ。……もしかして精霊ってのは、もともとテラフォーミング用のシステムなんじゃないか? 


 なんにしろ、俺のヘアバンドが、……制御エージェントのクシピーだっけ? そのエージェントが制御できる精霊は、おそらくその範囲と数が限られているのだろう。俺のために働く限られた精霊が防御結界のために動員されてしまった今、俺は有毒な大気に身体を曝されているというわけ、か。


「ユーキお姉ちゃん!! しっかりして!!」


 耳元で鳴り響くダーヴィーちゃんの悲鳴により、俺は現実に引き戻される。ふと気づくと、ペレイさんが必死に俺の背中をさすってくれていた。


「あれ? み、みんな無事か? ガキどもは?」


「ええ、ええ、無事よ。ユーキちゃんのおかげでみんな無事よ」


「でも、敵はまだいる」


「もういいのよ! ユーキちゃん、おねがいだから無理しないで」


 そうはいかない。まだ敵の魔法使いはいるんだ。気絶している暇は無い。俺は歯を食いしばる。頼む、もうすこし頑張ってくれ、クシピー。






「あの光はなんだ? なぜ貴様の爆発魔法は、あの家にとどかなかったのだ?」


 ハンター達を指揮している元締めがうろたえている。彼は何人もの魔法使いをハンターとして雇ってきた。しかし、発動した精霊魔法がキャンセルされたことなど、きいたことがない


「防御魔法ですよ。あの少女に精霊魔法は効きません。……やはりこの集落にいたようですね」


「防御魔法だと? そんなものは聞いたことがない。だいたい、精霊魔法の効かない相手を、いったいどうやって捕まえるというのだ?」


「防御魔法の使い手といっても、ただのか弱い人間の少女です。彼女さえ捕らえれば残りの金は全額お支払いしますよ。少々心は痛みますが、他の魔物共はどうなってもかまいません。そのかわり、目標の少女だけは絶対に傷つけずに捕らえてください。いいですね」


 魔法使いの男は、もともと他のハンターに比べて線が細く、理性的な雰囲気をまとっていた。しかし、今の彼の表情は鬼気迫るものがある。海千山千のハンター達すら圧倒されるほどの、異様な迫力で満ちあふれている。


「わ、わかった。ならば、もう一発爆発魔法をたのむ。ハンターどもを突入させる目くらましに使おう」


 男はだまってうなずく。そして再び、空中に金色の光る文字を描き始める。





「また魔法陣が!!」


 窓の外を見張っていた村人が叫ぶ。ゆらゆらと空中に浮かぶ金色の文字が、ゆっくりと回転を始めている。ほんの数秒で、完全な魔法陣が形成されるだろう。


「もう一度くらったら、ユーキお姉ちゃんが死んじゃう」


 言うやいなや、ダーヴィー立ち上がった。そのままドアに向けて走る。


「ダーヴィー、何をするつもり?」


「敵の魔法をおびき寄せる。目標が分散すれば、お姉ちゃんの負担も下がるかもしれない」


「だめよ! やめなさい!」「や、やめろダーヴィー」


 止めるより速く、まるで飛ぶようにエルフの少女が走る。ドアのかんぬきをあけ、外に走り出す。行き先は、かろうじて火が燃え移っていない隣の家。ペレイさんとビージュ、そして俺が住む家だ。




なかなかお話がすすみませんが、気長におつきあいいただけると幸いです。

これからもよろしくお願いいたします。


2013.11.03 初出

2013.11.03 すこしだけ表現を修正しました


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