28.こんな小さな村を襲撃して、いったい何が目的なんだろうね
どさっ
腹を爪でつらぬかれた男が、その場に崩れ落ちる。
内蔵がはみだし、血まみれの男の亡骸のまわりには、もうふたり分の人間、いや元人間だった『もの』が散らばっている。頭から脚まで身体をきれいに縦に割かれた死体。頭が吹き飛ばされ、胴体だけの死体。三人組で村の裏手にひそんでいたハンターだ。一発の銃声も、叫び声さえ上げる間もなく、ビージュにより彼らはただの肉塊とされてしまったのだ。
これで、3組目……か。
息を整えながら、オオカミの少年ビージュは独りごちる。全身にあびた返り血を拭う間も惜しみながら、次の獲物の気配を探る。
連中は、三〜四人の組にわかれ、かなり遠くから村を取り囲んでいるようだ。村人をひとりも逃がさないつもりなのかもしれない。既に十人ほどを肉片に変えたものの、森の中にはまだまだ多数のハンターが潜んでいる気配を感じる。
いったい、何人のハンターが村をとりかこんでいるのか。
最終的な標的が村だとわかっているのだから、潜んでいる場所の見当をつけるのは簡単だ。熟練のハンターといえども所詮はただの人間。隠れているつもりの連中を、しかも三人程度の小集団を後ろから皆殺しにすることなど、そう難しいことではない。
とはいえ、他の集団に悟られることなく、音も気配もたてないまま皆殺しにするのは、神経をつかう。ビージュの存在がハンター達に知られ、銃をもった多数のハンターに囲まれることになれば、さすがのオオカミでもかなわない。もしかしたら魔法使いもいるかもしれない。
ふと空を見上げると、周囲は夕焼けの赤に染まっている。
連中は、夜が近づくにつれてすこしづつ包囲を狭めている。完全に日が落ちるのと同時に村に突入することを、事前に取り決めてあるのかもしれない。
くそ。このペースじゃ、夜になる前に奴らを全滅させるのは無理かもしれない。
ビージュの顔も、牙も、爪も、すでに血まみれだ。敵の反撃で数カ所の傷をおっている。疲労で全身の筋肉が悲鳴をあげている。だが、泣き言をいっている暇はない。
脳裏に、村にいる人々、母、幼なじみのエルフ、そして緋色の髪の少女の顔がうかぶ。
オオカミの少年はひとつ深呼吸。そして、次の獲物にむかう。村人を狩っているつもりのハンター達を、逆に狩ってやるのだ。少しでも数を減らしてやるのだ。
「お姉ちゃんを連れて帰る途中、偶然ビージュが気配に気づいた。この村のまわりは数十人、もしかしたら百人ほどのハンター達に遠巻きに包囲されている。今から逃げるのは難しい」
集まった村人達が戦いの準備をする中、ダーヴィーちゃんが俺に事情を説明してくれる。
「村の場所は秘密にしていたんじゃ……」
「そう。村に近づくハンター達は皆殺しにしてきたはず。でも精霊達がこれだけ集まれば、……いえ、気づかずに逃がしたハンターもいたかもしれない」
精霊? 何を言いかけたんだ? エルフ少女が目をそらしたのがちょっと気になるが、今はそれどころではない。
「そ、そういえば、バルデさんやフキじいさんは?」
あらゆる種類の攻撃魔法を使いこなす(自称)王国有数の大魔法使いと、音速すら突破して飛び回り口から火炎を吐くドラゴンがいれば、ハンターの数十人くらいなんとかなるのではないか?
「ふたりで街に出かけているわ。まさかこんなにはやくハンター達がやってくるとは思わなかったから……」
今度はペレイさんが説明してくれる。ん? 時期はともかく、ハンター達がやってくること自体は予想されていたのか?
「大丈夫。この家は、師匠がこんな事態に備えて作ったもの。村人全員が隠れる地下室もある。たとえハンター達が銃をもっていても、しばらくは持ちこたえられる」
そうか。さすが(自称)大魔法使い。それに、ビージュはどこだ? あのオオカミ少年だって、ただものじゃないはずだ。少々まぬけだが、あの殿下と対等に渡り合っていたくらいだ。
「ビージュはもう戦っている。村を包囲しているハンターの小集団を、ビージュは包囲の外側から各個撃破している」
なるほど。大人数がこの家に向けて集中して仕掛けてくるのがわかっているのに、それをただ待ち構えているのは下策だ。機動力のあるビージュは守りよりもあらかじめ攻めに出て、敵が集まる前に各個撃破するべきだ。暗くなるまでに少しでも数を減らせれば、勝機はあるかもしれない。明日までもてば、フキじいさんもバルデさんも帰ってくるだろう。
とはいえ、相手は百人の銃を持った無法者。さすがのオオカミにも荷が重いんじゃないか。魔法使いもいるかもしれないし。実際、俺と出会ったとき、ビージュは魔法使いに待ち伏せされて大怪我していた。なんとか話し合いで勘弁してもらえないのか? 軍隊や王国に仲介してもらうのは不可能なのか?
「無理よ。ハンター達は外道だもの。それに、軍の偵察グリフォンを排除した上で今夜いきなり攻めてくるというのは、初めから軍やミヤノサ市当局と敵対する覚悟だと思うわ」
ペレイさんの表情がいつになく厳しい。この村の人々は、ハンター達によってよほど酷い目にあってきたということか。それにしても、連中はなぜそこまでしてこの村にせめてくるんだ?
オオカミや大魔法使いやドラゴンまでいる村を襲撃するというのは、ハンター達にとってもリスクが大きく、命がけの仕事だろう。しかも、かなり分が悪い。そのうえ、政府や軍隊と敵対してまで?
「……この村の魔物の首は賞金になるわ。女子供の中には、奴隷商人に売れる者もいるかもしれないし」
ペレイさんも歯切れがわるい。
いやたしかにそのとおりなのかもしれないが。しかし、失礼な言い方かもしれないが、この平和で呑気な村の住人達にそこまでの価値があるのか? あつまった百人ものハンターに、十分な分け前を与えられるのか?
「……大丈夫。心配ない。私もいる。これでも氷や水をつかった攻撃魔法は得意」
話をそらすかのように、ダーヴィーが自分の胸をたたきながら言う。キリリと引き締まった表情のエルフ。美しい。俺はおもわずみとれてしまった。
「あ、いや、でも、ダーヴィーは人間に対して魔法使ったことないんだろ? バルデさんに禁じられていたんじゃないのか」
「師匠が出かける前、許してくれた。村の仲間を助けるためならば、魔法を使うことに躊躇するなと」
たしかに、ダーヴィーの魔法ならば、ハンターの十人や二十人は簡単にやれるだろう。しかし、こんな少女に、いくら外道共が相手とはいえ、人殺しをさせるのは……。
窓から外を覗いていた村人が悲鳴をあげる。ハンターの連中が村に突入し、家々に火を放ち始めたのだ。
「くそ! 俺もやるぞ。魔導銃や魔法使いは俺が防いでやる。もしけが人がでても俺が治してやる。俺もみんなの力になれる」
みんながこちらを振り向く。そして、微笑む。やさしい顔だ。
「ユーキちゃんは無理しなくていいのよ」
うん、いい人達だ。だが、みんなはそう言ってくれても、俺ひとりが隠れているわけにもいくまい。俺は内心決意を固める。たとえぶっ倒れても、みんなを守ってやる。
「くそっ。村の連中はみんなあそこに立て籠もっているのか」
日が沈みつつある森の中、小さな集落が炎につつまれる様を目の前にしながら、ひとりの男が毒づく。
彼の周囲を固めるのは、動きやすい皮製の防具に魔導銃を手に取り、ニヤニヤした悪人面の典型的なハンターばかりだ。その中でしかし、ハンター達に守られるように中央に仁王立ちするこの男だけは、ひとり場違いな雰囲気を身に纏っていた。
清潔なシャツに上等な上着をみにつけた、小綺麗な男。どう見てもハンターではない。事実、彼は表向きはミヤノサの街に拠点を置く中堅の商人であった。しかし同時に彼は、ハンター達をとりまとめ、仕事を与える仲介の元締めのひとりとしても知られている。金になるのならどんな汚い仕事でもやる元締めとして、一部の外道ハンターや裏稼業の者達からはそれなりに信頼され、街当局からはマークされている存在だ。
軍に先を越される恐れがあったため、今回の仕事は準備にかける時間がなかった。札束をちらつかせ強引な手段に出たとは言え、狙い通りの一匹狼で外道のハンターばかりを集めることができたのは、普段からの人徳(?)のおかげだろう。命令をきかない連中をなだめすかし、金で言うことを聞かせて、なんとか森林の中で暮らす魔物達を追い詰めた。
村の包囲は上手くいった。目標も含め誰も逃げ出すことはできなかったはずだ。日没と同時に集落に火をかけ、住人どもを追い立てる。そして、目的の娘を捕らえ、他の連中は殺すか、余裕があれば楽しんだ後で奴隷商人に売ればよい。
銃の火力を集中してドラゴンやオオカミさえ排除できれば、そう難しい仕事ではなかったはずだ。百人の荒くれどもを集め、軍や市当局を出し抜いた時点で、成功は約束されていたはずだったのだ。金に釣られたハンターの多数が犠牲になるだろうが、それは自業自得だ。この仕事が終わった後、金を持って街をはなれることを計画している元締めにとっては、ハンターの命など知ったことではない。
しかし、この村の住人どもは簡単には降伏しそうにない。火をかけた集落全体が焼け落ちようとする中、まるで要塞のような石造りの家に立て籠もり、隙あらば生意気にも矢や銃で反撃までしかけてくる。行く場所の無い魔物達が、人の目におびえながらだらだらと生きているだけの集落だと思っていたが、これはまるで襲撃を予測して備えていたかのようだ。
「それにしても、村の向こう側を包囲していたはずの連中は、日が暮れたのになぜ村に突入してこない? いったいどこにいったのだ?」
しかも、村を完全に包囲していたはずのハンター共は、襲撃が始まってみると三割ほどがいなくなっていた。特に村の向こう側を包囲しているはずの連中は、伝令を何度おくっても連絡がとれない。原因はあきらかだ。潜んでいるところをオオカミに襲われたのだろう。
村の周囲は暗黒の大森林。オオカミの支配地だ。このままだと、あの石造りの家の中と、そして包囲の外側から、挟み撃ちされるのは我々の方かもしれない。
「大丈夫ですよ。なぜかドラゴンは村にいないようです。オオカミひとりでは、コソコソと後ろから攻めるしか手はありません。そして、立て籠もっている連中は所詮素人。このまま攻め続ければ、朝までには攻めきれるでしょう。ハンターの数はかなり減るでしょうがね」
元締めの隣に控える男が、冷静に反応する。この男は銃をもっていない。ハンター達の中では、比較的こぎれいな格好をしている。
「本当に、例の娘は金になるのだろうな?」
「もちろんですよ。前払いした支度金だけでは信用できませんか?」
数ヶ月前にふらりとミヤノサの街に現れ、元締めの配下に収まってしまったこの男は、ハンターとしては珍しくもないことであるが、いまだに身元も経歴も一切あかしていない。わかっているのは、強力な爆発魔法の使い手であるということだけだ。
そんな彼が、とんでもなく大きな仕事をもってきたのは、つい数日前のことだ。森の中に存在する魔物どもの隠れ里。そこに住む特殊な魔法使い少女を生きて捕らえれば、信じられない大金になるという。彼が支度金として提供した前払い金は、それだけで元締めの年商に匹敵する金額だった。
「……貴様は何者だ? 貴様のバックには、いったい誰がついているんだ?」
「私は単なる精霊魔法の研究家です。数ヶ月前からこの大森林の中で精霊達が妙に騒がしかったので、ハンターに混じって遺跡の調査をしに来ただけです。まさか本物に当たるとは思ってもいませんでしたけどね。ちなみに、私のスポンサーについては、知らない方がお互いのためだと思いますよ。……あの石造りの家を銃だけで攻撃するのは難しいようですね。そろそろ私も働きますか」
男がバルデさんの家を取り囲む包囲網から一歩前に出る。そして、金色の光で空中に呪文を描き始める。魔法陣だ。村のみんなが立て籠もる家に向けて、特大の爆発魔法が放たれる。
今後も一週間か二週間に一話のペースで投稿していけると思います。なにとぞよろしくお願いいたします。
2013.10.27 初出




