27.入れ替わってもやることは同じなの、……かな?
目がさめると、そこは柔らかなベットの上だった。
広くはないが清潔で可愛らしい部屋。ここは、……見覚えがある。何度か遊びに来た事がある。ダーヴィーちゃんの部屋、彼女のベットの中だ。
「俺、なんでこんなところで寝ているんだっけ?」
まだ寝ぼけている。頭の中に霧がかかっている。窓から見える外の風景は、いつの間にやら夕焼けに染まっている。そろそろ暗くなるだろう。
「ああ、そうだ。露天風呂に入っていたらグリフォンが墜落してきて」
少しづつ記憶がよみがえる。
「ケガをした軍人を助けようとしたら、……そうだ!」
がばっ。飛び跳ねるようにベットの中で上半身を起こす。一気に目が覚めた。
「そ、そうだ! マコトがいたんだ。いつの間にかこの世界の男になっていたマコトが! そして、そこにビージュが殴り込んできて……」
あれは、……マコトだった。外見はごつい男だったが、たしかに俺のマコトだった。約束通り、本当にこんな異世界まで俺を助けに来てくれたんだ。
おもわず顔がほころぶ。
人間離れしたあいつと一緒ならば、こんな世界でも生きていけるかも知れない。それどころか、一緒に帰れるかもしれない。
反射的に、あちらの世界でマコトと過ごした日々、嬉し恥ずかしの日々の思い出が脳裏によみがえる。
いつも二人いっしょにいた俺たちは、バカップルとかリア充とか冷やかされたこともあった。しかし、俺だって健康な高校生男子だ。あんな可愛いくてスタイルの良い幼なじみと四六時中いっしょにいれば、ついイチャイチャしてしまうこともある。これは人間の理性では決して抗うことのできない本能の発露であり、大自然の摂理なのだ。
一度はもう永遠に会えないかもしれないと覚悟したマコトと、またキャッキャウフフできるのだ。そう考えるだけで、顔がにやけてとまらない。
まてよ。
俺は重大なことに気づく。自分の腕を、脚を、胸を改めて見直す。
今の俺は、アーシスの身体だ。
女になってしまった俺と、男のマコト。いったいどうやってつきあっていけばいいのだろう? あの調子だとマコトはすぐに村まで迎えに来てくれそうだが、俺はあいつにどんな顔して会えばいいのだ? 俺は、……女としてあいつと付き合うことができるのか?
『殿下』と呼ばれていたマコトと手をつないであるく自分の姿を、頭の中で想像してみる。
……無理だ。俺の中身は男だ。いくら中身がマコトでも、男とつきあうなんて無理だ。絶対に無理だ。気持ち悪い、……はずだ。
俺は頭をかかえるしかない。
しかし、しかしだ。もし、万がいち、マコトが俺にせまってきたら……。女の俺にあんなことやこんなことを求めてきたら、……どうする? 拒みきれるのか?
俺はいまでもやっぱりマコトが好きだ。それは否定できない。たとえ俺が女でも。そしてマコトが男でも、だ。自分の気持ちには正直になるべきだろうか。そもそも、俺だってあちらの世界に居た頃は、女のマコトにいろいろイロイロやったし……。
自分で言うのもなんだが、俺は年齢相応に好奇心旺盛でいろいろとやりたいさかりの男子高校生だった。当然のことながら、マコトと正式に付き合い始めてからは、決して他人様には言えない十八禁の行為に及んだことも、もちろんある。何度もある。マコトからちょっと変態といわれたことすらある。でも俺には、俺たちふたりにとっては、大切な思い出だ。
もう一度あらためて今の自分の身体を見る。ついでに今のマコト、いや『殿下』と呼ばれていた男の肉体を思い出す。脳みその中のおかしなところのスイッチがはいったかもしれない。むくむくと妄想が湧き上がる。
もし、あちらの世界にいたころ俺がやったように、今のマコトが俺を求めてきたら……。
俺が、この身体の俺が、女としてあんなことやこんなことをするというのか。でかくてごつくて筋肉隆々で逞しいあのマコトと?
……む、む、無理だ。このひたすら細くて華奢な身体で、あんなことができるはずがない。心も身体も絶対に壊れてしまう。
想像しただけで、身体が細かく震える。体中から妙な汗がでてくる。しかし、一度暴走をはじめた煩悩はとまらない。
ふたたび思い出が脳裏によみがえる。今度はもっともっと生々しくてエロい思い出だ。普段はちょっとつり上がった目が妙に色っぽく潤み、うっすら涙を浮かべながらこちらを見つめてるマコトの姿が。いつもの凶暴さがすっかり消えて、あえぎ声を漏らさぬよう必死に唇をかみしめながら耐える切ない表情が。そして、全身ピンク色に染まり汗にまみれたなまめかしい肢体が、あられもない格好で俺に絡みついてくる臭いと感触が。
そんなマコトの姿が、妄想の中、今の俺の姿に置き換えられる。お、お、俺が、あんな恥ずかしい格好を? あんな切ない表情で泣き、あんな色っぽい声で鳴くというのか? この俺が? 俺様が?
うわあ、やばい。想像しただけで頭に血が上る。体温も上がる。顔がほてる。まっ赤になる。鼻血が吹き出しそうだ。俺は、両手で頬をおさえて、身もだえる。お、俺は、いったいどうなってしまったというんだ?
ん?
俺はイヤなことに気づいた。気づいてしまった。
そういえば、あのマコトは、女性といっしょにいたな。しかもかなり親しそうだった。
つい妄想が先走りすぎたが、……冷静に考えてみれば、あれはマコトだがマコトではないのだ。八人でひとつの意識と記憶を共有していると言っていたが、あいつはあいつで、この異世界でマコトとは別の人生を歩んできた男だ。
……そうだ。なにをひとりで舞い上がっていたんだ、俺は? マコトも都合も考えずに。頭を冷やせ!
一瞬にしてピンク色の妄想が吹き飛ぶ。ガバッと上半身を起こす。おもわず天を仰ぐ。
あいつにだって家族はいるのだろう。『殿下』とよばれているくらいだから、それなりに社会的地位もあるのだろう。もしかしたら、今つきあっている女がいてもおかしくはない。あのオオカミ女のアンドラさんとか。
それは、……こまる。どうする? 俺は、この世界で『マコト』に出会えたことを脳天気によろこんでいたが、『殿下』にしてみれば迷惑なのかもしれない。
舞い上がっていた脳みそが、一気に凍りつく。この時、俺はどんな顔をしていたのだろう。冷や汗を流し、青くなっていたのは間違いない。もしかしたらガクガク震えていたかもしれない。
もしマコト、いや『殿下』にとって、俺がお荷物だったとしたら。俺は……。
俺は、この世界で生きていけるだろうか?
「……目が覚めた?」
わぁ!
俺はこの瞬間になって初めて気づいた。いつのまにか、部屋の入り口の前にこの部屋の本来の主、銀髪のエルフっ娘ダーヴィーちゃんが立っている。俺を観察するかのように、無表情のままじっとこちらをみている。
「ダ、ダ、ダ、ダーヴィーちゃん! いったいいつからそこに……」
「お姉ちゃんが目を覚まして『俺、なんでこんなところで寝ているんだっけ?』とつぶやいたあたりから」
俺が目を覚ましてからずっと見ていたのか! と、いうことは……。
「……俺、なんか独り言、しゃべっていた?」
俺は、恐る恐る尋ねる。エルフっ娘がだまって頷く。
うわあ。つい先ほどまで脳内を暴走していたピンク色の妄想がよみがえる。俺は、いったい何を口にしていたのか。どんなエロい表情をしていたのか。ダーヴィーちゃんの顔をみることができない。反射的に毛布の中に潜りこむ。
「顔色が赤くなったり青くなったりピンク色になっていた。でも、何を言っているのかは理解できなかった」
そ、そうか。俺はおもわず胸をなでおろす。毛布の端っこから顔を出す。
「でも、ひとつだけわかった……」
ダーヴィーちゃんが、ゆっくりとベットに近寄ってくる。
ん? なんだ?
「ユーキお姉ちゃんは、恋をしているのね。相手はグリフォンに乗っていた人? 一目惚れ?」
ど、どうしてそうなるっ!! いや、恋しているといえば、確かにしているのかも知れないが、なぜわかる!!
ダーヴィーちゃんが、ぎゅっと俺の頭を胸に抱きしめる。
「師匠が街で買ってきてくれた少女向け雑誌に書いてあった。『恋する少女は挙動不審になる』と。私はお姉ちゃんの味方。頑張って」
どんな雑誌だ、それは。しかし、まさか年下の少女に応援されることになろうとは! ……じゃなくて、顔が胸におしつけられる! 息ができない!!
俺は必死に抵抗するが、なかなかエルフっ娘は離してくれない。俺を抱きしめながら、なにやらブツブツ独り言をいっているようだ。『お姉ちゃんもつらいのね』と聞こえたような気がする。なんとかダーヴィーちゃんの胸から脱出することができたのは、数十分後のことだ。
「く、苦しかった。……ところでダーヴィーちゃん。俺を起こしに来てくれたのか? なにか用があった?」
はっ、と驚いた表情をみせるエルフっ娘。忘れていた大事なことを思い出したようだ。普段あまり表情を顔に出さない娘だから、これはめずらしいものを見たかもしれない。
「……村のみんなが集まっている。お姉ちゃんも来て」
「?」
ダーヴィーちゃんとバルデさんの家は、村の中でも最も大きく頑丈な石造りの建物だ。最も広い部屋である居間に顔をだすと、沢山の人があつまっていた。
なんだ、なんだ? もしかして、これ村の全員が集まっているのか?
「ユーキちゃん目が覚めた? 大丈夫?」
ペレイさんが、心配そうな顔で声をかけてくれた。
「またまたご心配かけたみたいで申し訳ありません。それはともかく、この騒ぎはいったいなにがあったんですか?」
「……村が、大勢のハンター達に囲まれているのよ」
えっ? そんなばかな!
「マ、マコトは村の事は軍隊には秘密にすると約束してくれたはず……」
「ユーキちゃんが助けたグリフォンの軍人とはたぶん関係ないわ。ハンター達が、この村を見つけてしまったらしいの。百人ほどが遠巻きに村をとりかこんでいるらしいのよ」
えええっ? それは、……やばいんじゃないの?
2013.10.11 初出




