24.助けに来てくれたのはありがたいけどさ
「アンドラ、無事か?」
森の中からでてきた男は、長身で女と同じ皮のスーツを来ている。黒髪に鋭い目つき、整った顔の美青年。ケガはしていないようだ。女とは違い、完全な人間にみえる。そして、銃をこちらに向けている。
アンドラ? このオオカミ女の名前なのか?
「殿下! ご無事で!!」
治癒魔法の途中の女が振り返る。嬉しそうな声。
「秘書官殿、助けにくるのに時間がかかってすまなかった。おれのグリフォンは少々遠くに落ちたのでな。……そこの女、アンドラに何をしている。そこから離れろ」
そこの女って、俺のことだよなぁ。やっぱり助けない方がよかったかなぁ。
男は、女越しにこちらに銃を向けている。照準の先にいるのは俺だ。
「……待ってくれ。もう少しで治癒コードが終わるから」
「殿下、違うのです。この少女は、私に治癒魔法を……」
オオカミ女が慌てて俺をかばってくれる。だが、治癒コード実行中の俺は吐き気と目眩であたまがよくまわらない。もうどうでもいいや。撃つなら撃てよ。
「治癒……だと? この光が治癒魔法だというのか?」
男が銃をおろす。俺とオオカミ女の周囲を包み込む、精霊の光の繭に目を丸くしている。困惑しているのか。
『警告! 血中酸素量が低下しています。意識レベルが低下しています。回復まで安静にすることをおすすめします』
言われるまでもない。治癒コードの実行が終了すると同時に、俺はそのまま地面に両手をつく。息が苦しくて、起きていられないのだ。
うええええええ。また吐いた。くそ。このまま横になりたい。いつの間にやら人間の顔になっているオオカミ女が、背中をさすってくれる。なかなかいい人じゃないか。
ゆっくりと男が近づいてきた。うつむき下を向いたままの俺の目の前で、影が止まる。俺は、男を見上げる。涙とよだれ、もしかしたら鼻水も垂らしながら。……酷い顔してるんだろうなぁ。
男は、銃をおろして、こちらをじっとみている。そして、意味ありげに微笑む。いったい何をみているんだ?
「ふむ。アンドラを助けてくれた礼を言わせてくれ。そのまえに、……とりあえず二人とも服を着ろ」
そう言われて、オオカミ女が自分の格好に気づく。スーツを半分ぬがされ、上半身が曝されているのだ。「きゃっ」とかわいい悲鳴をあげて、骨折していない片手だけで器用にスーツを着直す。
ここでやっと俺も気づいた。風呂に入っていた俺も、当然のごとく裸だ。
「ぎゃーーーーー」
必死に叫んだつもりだが、自分でもびっくりするほどの可愛い声だったかもしれない。とっさに両腕でいろいろ隠して、身体をひねる。そして、脱いだ服に手をのばす。とりあえずシャツだ。胸のポッケにマコトのウロコ(?)が入っている。
ぐらり。立ち上がった瞬間、激しい目眩がおそう。そのうえ立ちくらみ。目の前が真っ暗になる。バランスを崩し、一歩さがる。もう一歩さがる。だが、脚がついたはずの場所に、地面はなかった。俺はそのまま湯船の中におっこちた。何度目だよ。
一瞬、何が起きたのかわからない。やばい、やばい、やばい。息ができない。ただでさえ平衡感覚がおかしい。どちらが上かわからない。
大きな手が、水中の目の前に差し出される。天の助け。とっさにそれにつかまる俺。逞しくて力強い腕。そのまま、空中にやさしく抱き上げられる。
げほ、げほ、ぐぇほ、ぐええ
我ながら下品な音を発していると思う。しかし、なかなか肺に空気がはいってこないのだから仕方がない。かろうじて確保したウロコだけを必死に握りしめ、俺は咳き込みつづける。苦しい。死ぬほど苦しい。どうして俺がこんな目にあわなくちゃならないのだ。しかし、……俺にはもうひとつだけやるべきことがある。それまでは、気を失うわけにはいかない。
男が、自分のパイロットスーツ(?)の上着を脱ぎ、背中からかけてくれた。もしかしたら、こいつもいい奴かもしれない。そのいい男を、俺は必死に睨みつける。
「げほ、げほ、ぐぇ、……おっ、おまえは、軍隊なのか?」
「軍人ではないが、公僕だ」
「……よくわからんが、頼みがある。村を見つけたんだろう? 頼む、なんでもするから、村の事は秘密にしてくれないか?」
俺は男から目を離さない。じっと睨みつける。もし女と思って舐めてくるようなら、俺は土下座でもするつもりだった。最悪の場合、俺の言うことなど聞いてくれなくても、とにかく時間さえ稼いでいれば、爺さんかビージュが助けに来てくれるだろう。
くそ、この男、表情が変わらない。必死の俺の懇願に対して、眉ひとつ動かさない。何を考えているのかわからない。色男は、じっと俺の顔を見ている。いや、俺が握りしめているウロコを見ているのか?
ふっ。視線を俺の顔に移した直後、こいつ笑いやがった。何がおかしい。
「自分の身を犠牲にしてアンドラを助け、さらに魔物共の村を守ろうというのか? そんな身体になっても、あいかわらずのお人好しだな。そんなんじゃいつか身を滅ぼすと言っただろう?」
なんだと? どういう意味だ?
俺は混乱している。こいつ、俺の事を知っているのか? どんな反応するべきなのかわからない。男は、俺の前に跪くと、目の高さをあわせ微笑む。笑顔が様になっていやがる。嫌みなほどいい男だ。おもわず見とれる俺にむけ、こいつは両手をのばす。そのまま、動けない俺の身体を抱き上げやがった。
な、何をしやがる!!
男は俺の両脇の下に手を入れて、後ろから抱っこしている。そのまま自分はあぐらを組んで座り、あろうことか抵抗できない俺を自分の膝の上にちょこんと座らせたのだ。
ちょっと待て。俺は裸の上からこいつの上着を羽織っただけだ。これは、この体勢は、いろいろとやばいだろう! やばすぎる!!
じたばたと暴れる俺の身体を、男らしくて逞しい腕が後ろからがっしりと捕まえている。逃げられない。息がかかるほどの耳元で、後ろから甘い声がささやく。
「村のことを秘密にしてやってもいいが、条件がある」
なに?
男のくせに、なんという色っぽい声だ。うわ、今になって気づいた。羽織った上着から、こいつの臭いがする。むせかえるような男の臭いが俺の身体をつつんでいる。気持ち悪……くない? あれ? いかん、目眩がひどい。意識がはっきりしない。身体に力がはいらない。あたまがボーッとしてきた。
俺は意識を取り戻すため、大きく首をふる。そして、後ろの男の顔を、斜め上に振り返る。
「じょ、条件って、なんだ?」
男は片手で俺の頭を撫で始めた。いちいち手つきがイヤらしい。しかし、俺はそれをふりほどけない。決して気持ちいいからではない。こいつの出す条件が気になったからだ。
「俺といっしょにミヤノサの街に来い」
なに? 何をいっているんだ、こいつは。意味がわからない。
あっけにとられる俺の耳元で、男がささやく。
「約束どおり助けにきてやったんだ。ありがたくついてこい、……宮沢ユウキ」
なっ????? おまえ誰だ。まさか、まさか、まさか……。
「言っただろう? 俺は、……俺たちはただの人間ではない。何人もの俺が同時に存在してるのだと。身体は別れているが、『俺』は『マコト』と同じ意識を共有している同じ個体なのだ」
「み、耳に息を吹きかけるのをやめろ! 頭を撫でるな! いや、そんなことはどうでもいい。おまえがマコトだっていうのか? そんなバカなことがあるか! マコトは、もっと可愛くて柔らかくていいにおいがして感度もよくて、決しておまえみたいなゴツゴツした男臭い野郎ではない!!」
ぷっ。俺の叫びを聞いて、こいつ吹き出しやがった。
「ふむ。『マコト』は本当にユウキ兄に愛されているようだな。俺も嬉しいよ。だったらなおさら信じてもらわねばならん。証拠をみせてやる」
な、なんだ。いったいどんな証拠を見せるっていうんだ?
「『俺』は知っているぞ。ユウキ兄の部屋のパソコン、ハードディスクの中身をな」
ぎくっ。
「ディレクトリの奥の奥、『天文写真』フォルダの中に隠してある写真や動画は、……本当に天文写真なのか?」
ぎくっぎくっ。
「数テラバイトにおよぶ十八禁の動画が隠してあるな。中には、とても人には言えない変態趣味のものもあったぞ」
「うわーーーー。な、なぜおまえがそれを知っている。厳重に暗号化してあったはずなのに!」
よりによってあのコレクションを見られていたというのか。……もうお婿にいけない。
「『マコト』とするときも、動画を参考にした体位やいやらしい技をいくつか試したことがあるのではないか? 心当たりがあるだろう、この変態め」
ごめんなさい。ごめんなさい。もうしわけありません。ほんの出来心です。どうしても好奇心に勝てなかったんです。
俺は、あまりの展開にあっけにとられていた。そんな俺を目の前にして、マコト(自称)がニヤリと笑う。
「……かつて神話の時代、俺の身体は八つの頭部を持つひとつの身体だったのだ。あちらの世界の『神』に酔い潰されて騙し討ちをくらい肉体をバラバラにされるまではな。だが、俺たちはその程度では死なない。死ねないのだ。それ以来、俺たちはあえて合体せずに、ひとつの人格を共有したまま、八つの身体でくらしている。その方が人生を同時に八倍楽しめるからな」
それって、要するに……。
「そのとおりだ。要するに、ユウキ兄と『マコト』の嬉し恥ずかしキャッキャウフフの思い出は、俺も共有している、……俺自身の思い出でもあるということだ」
おもわず顔が赤くなる。こいつは、本当にマコトなのか。俺がマコトと築いてきた思い出を、こいつは全て知っているというのか。
「『俺』は、この馬鹿馬鹿しい世界に迷い込んでからも、他の『俺』と同様に何度も転生を繰り返してきた。女になったユウキ兄を助けることができた今のこの身体が、たまたま男だったことは僥倖だといえるだろう。さあ、続きをやるぞ!!」
ま、ま、ま、まて。何の続きをやると言うのだ? 胸と太ももに伸びてきたこの手はなんだ? やめろ。俺は、やる方は好きだが、やられる方は慣れていないんだよ!!
「ごほん!!」
俺の貞操の危機を救ったのは、オオカミ女アンドラさんだ。まるでアニメやマンガのヒロインのようなジト目で、こちらを睨んでいる。
「あー、殿下。まさか、その少女が?」
「そうらしい」
「なるほど。……さきほどから話の内容はまったく理解できませんが、殿下がロクでもない事をしようとしているのはわかります。いくらなんでも、目の前でそんな少女を手籠めにしようとするのを、だまって見過ごすわけにはいきません。陛下や王太子殿下に言いつけますよ。それとも王妃殿下がよろしいですか?」
「ちょっとまて。母上だけは勘弁してくれ」
後ろから俺の身体をまさぐっていた手の動きがピタリと止まる。ふむ。こいつ、このオオカミ女さんには頭が上がらないのか。
「俺とユウキは……」
殿下とやらが弁解を始めたところで、突然の静寂。ん? どうしたんだ? 何か来たのか? ふと気づけば、アンドラさんが、再び獣化している。全身の毛を逆立てて、これはオオカミの戦闘態勢だ。いったいどこを見ているんだ?
アンドラさんの視線の先をみると、……一頭の黒い獣がいた。
「……オオカミ。私よりも明らかに血が濃い。先祖かえりか?」
物理的な大きさこそ彼女と同じくらいだが、圧倒的な存在感のあるの真の獣がそこにいた。見ただけでわかる、それは人間などとは比べものにならないほどの絶対的な強者。かつて文明がもたらされる前は大陸最強の捕食者として君臨した獣そのままの姿。
黒いオオカミは、全身が怒りに震えている。怒髪天をつくとはこのことだろう。黒色の肉体から吹き出す憤怒。怒気によって、周囲の空間が歪んで見える。
「ユーキ姉ちゃんから、はなれろ!」
森の主であるオオカミ、ビージュ少年の叫びに、森全体の空気が震える。
2013.09.13 初出
2013.09.15 ちょっとだけ表現を修正しました
2013.10.10 読み返してみてわかりづらかった表現をいくつか修正しました




