23.空からやばそうな奴らが墜落してきたよ
森の上空を旋回していたグリフォンは、こちらにむけてゆっくりと降下してくるようにみえる。やばい。村が見つかってしまっただろうか。どうする?
だが、悩んでいる余裕などなかった。
パンパンパンパン
村とは逆の方向から、聞き覚えのある炸裂音が連続して聞こえてきたのだ。遠くてはっきりとはわからないが、あれはおそらくハンター達の魔導銃の音だ。ヘアバンドが警告しないということは、俺たちに直接の危険はない程度の遠距離なのだろう。しかし、かなり大量の銃が同時に発砲されたらしく、いつまでも森の中を音が反響している。
続いて、空の上で花火のようにいくつもの爆発がおこる。魔導銃は空中のグリフォンを狙っていたのか。ということは、空から来たのはハンターじゃないのか? ハラハラしながら見上げている俺たちに気づいているのかいないのか、グリフォンは巧みな機動で対空砲火をかわす。かわしながら、上昇をはじめる。魔導銃の射程から逃げようというのだろう。しかし、続いて起こった大爆発は避けきれなかった。
爆発魔法!
二頭のグリフォンの丁度中間で、大爆発が起こったのだ。無数の灼熱の火の玉の直撃をくらい、グリフォンは二頭とも墜落していく。
唖然としている俺たちの視線の先、一頭のグリフォンがこちらに向けて落ちてくる。あの爆発魔法をほぼ直撃で喰らったのだ。よほどの大ケガをしているにちがいない。何度も羽ばたきがとまり、失速しそうになりながら、それでもなんとか立ち直るのを繰り返す。徐々に高度が下がっていく。
落ちそうで落ちない。もう少しで不時着できそうだ。頑張れ!!
だが、高度数十メートルで川に沿って滑空しているとき、ついに力尽きたか。がくっと一気に高度がさがる。水面ギリギリで何度か羽ばたくが、あきらかに推力がたりない。上昇できない。そのまま身体がかたむいて、片方の翼が水面に接する。グリフォンの巨大な身体全体が、高速で水面に突っ込む。勢いを維持したまま水の抵抗でひっくり返り、……その巨体が放り出された方向は、あろうことか俺たちのいる露天風呂だ。
おい、おい、おい、おいいい!
グリフォンとその搭乗者が、猛スピードのまま露天風呂につっこんできたのだ。
とっさに裸のまま湯船の端っこでガキ共とともに頭を伏せる。
ばしゃん。
音と振動が収まってから、おそるおそる目をあける。湯船のすぐそばの大木が数本、根元からへし折れている。その向こうには、血まみれのグリフォン。墜落の勢いのまま、風呂をとおりこして大樹に激突したのだろう。
そして、もうひとり。湯船の中に仰向けにういているのは、振り落とされた搭乗者か。
それほど広くはない湯船の中、遠巻きに見守る俺たちの視線の先の人間(?)は、ぴくりとも動かない。
おい。生きてるか?
皮製のパイロットスーツみたいな服、元の世界でいうところのバイク乗りが着る皮ツナギのような服に、皮製のヘルメット。背中には背嚢。そして、銃に剣。一見するかぎり、それなりに整った装備。
「こいつは、……ハンターなのか?」
「ユーキねーちゃんは何にも知らないな。グリフォンは貴重な生き物だから、ハンターが使えるはずがない。こいつはたぶん軍隊だ」
俺の問いに、下半身ウマ少年がこたえる。
「じゃあ、兵隊がハンター達に撃たれたのか?」
「普通は軍隊の方が強いし威張ってるけど、ハンターはロクでも無い奴が多いからな。たまに撃ち合いもするみたいだぜ」
なんというバイオレンスな世界だ。
「と、とにかく、軍隊ならいきなり俺たちを一般市民を襲うことはないんだよな」
ほっとした俺に対して、ガキ共は表情を崩さない。
「街の人間にとってはどうだか知らないけど、俺たちにとってはハンターも軍隊も似たようなものさ」
そ、そうか。確かに、俺たちは王国とやらの市民ではない。ならば、こいつの生死を確かめねばなるまい。
俺は裸のまま、ゆっくりと近づく。
意識は無いが、かろうじて息はしているようだ。とりあえず、ガキ共の力を借りて岸へ引きあげる。
魔導銃や爆発魔法の直撃をくらったのだろう。全身に酷い傷。特に腹や顔面からの出血が酷い。さらに墜落のショックで腕や脚がおかしな方向を向いている。
まずは、銃と剣をとりあげる。そして、ヘルメットを脱がしてやろうとしたとき、下半身ウマ少年が俺の腕をつかんだ。
「ユーキねえちゃん。……助けるのか?」
「あたりまえだ。ちょっと手をかしてくれ」
「さっきも言ったけど、こいつたぶん軍隊だ。それでも助けるのか?」
ん? なにをいってるんだ? 少年は、真剣な顔で俺を見つめている。
「助けない方がいい。こいつは村を見つけてしまった。報告されれば、今度は軍隊が本気で森に攻めてくるかもしれない」
なっ? おもわず他のガキ共を見る。すると、みなが同じ顔をしている。俺をみつめている。助けるなと、目が言っている。
『バカ野郎』と怒鳴りつけられれば楽なのだが。……だが、俺にはそうできなかった。
この魔物のガキ共は、ハンター相手だけではなく、王国の軍隊にもさんざん辛い目にあわされてきたのだろう。命の危険を感じたこともあっただろう。実際に親類知人が殺されたかもしれない。
どうする? 必死に自問自答するが、俺には答えをだすことができない。
「……わかった。俺はこいつを見張っている。おまえらは村に帰って爺さんかバルデさんに伝えるんだ。おまえが責任者だ。おまえがみんなを村につれていくんだぞ。いいな」
ウマ少年が頷く。何度も振り返りながら、ガキ共を引率して村に帰っていく。
とりあえず、グリフォンパイロットのヘルメットを脱がす。髪が長い。女か。しかも、……オオカミだ。ビージュよりも体毛が薄くて人間っぽいが、これはたしかにオオカミだ。おそらく人間とのハーフ。ビージュほどオオカミの血が濃くはないのだろう。
どうする? ビージュの親戚かもしれない。それでもこのまま見捨てるのか? どうする?
「……殿下」
? うわごとか?
「殿下、……ご無事で」
自分よりも殿下とやらを心配しているのか。どうする? どうすればいいんだ? 俺は頭をかきむしる。ここで判断を誤ると、村のみんなを危険にさらしてしまう。それはわかっている。わかっているのだが。
あーー、わからん。わからんから、とりあえず助ける。こいつも魔物の血が混じっているのだ。
皮のスーツを脱がせる。くそ。脱がしにくい。なんとか上半身だけ剥いて、下着姿にする。
うわ。すげぇ。胸もでかいが、おれが驚いたのはそこじゃない。横っ腹の大ケガだ。爆発魔法をもろにくらったのか。ものすごい出血に加えて、内蔵がはみでそうだ。
『緊急事態と認識しました。緊急モード開始します。治癒のコードを実行すると、アーシスのための生命維持機能が一時的に20%低下します。よろしいですか?』
よろしいから、はやく助けてやってくれ。
なんだ? なぜ身体がうごかない? 私はいまどうなっている? なぜこんなところで寝ているんだ?
現ミヤノサ市長であるエメルーソ殿下の秘書官アンドラは、意識を取り戻した直後、なぜ自分の身体が動かないのか理解できずにいた。
くそ、目があかない。全身に激痛。息をするのも痛い。死んだ方がましだ。身体がぴくりとも動かない。私は殿下といっしょにグリフォンに乗っていたはずだ。なぜ寝ているんだ? 自分はいまどうなっているんだ?
ふたたび薄れゆく意識の中、この数時間の記憶を必死にたぐり寄せる。
「いいですか。軍の護衛なしで空からの視察が許されたのは、あくまでも安全な街や港の視察という名目だからです。そこを忘れないでくださいね」
軍から延期の申し出があった『森』への定期視察を、強引に強行しようと言い出したのは殿下だ。もともと気まぐれな行動が多い人ではあったが、護衛兼秘書官であるアンドラが本気で止めてもなお我が儘をつらぬくようなことは滅多になかったはずだ。なぜ今日に限ってこれほど森に行きたがるのか、アンドラはその理由が気に掛かる。
「俺たちは港の視察中に進路を間違えて森に迷い込むわけだな。了解だ。俺の我が儘のためにミヤノサ師団に数頭しか居ないグリフォンのうちの二頭を装備一式で借用してくるとは、あいかわらず優秀な秘書官だな。助かる」
王族が頭を下げるのを無視して、アンドラはプイとふくれながらそっぽを向く。誰も見ていないのだから、このくらいの報復は許されるだろう。
「師団司令部の幕僚に賄賂を送りました。殿下秘蔵の例のワインです」
「あれは、ミヤノサ赴任の祝いに兄上がくれた……」
殿下が唯一頭の上がらない兄、王都の王太子殿下から直に頂いた超高級なワインだ。一瞬あっけにとられたエメルーソ殿下だが、アンドラに睨まれて何も言うことはできない。
「で、森の中でいったい誰をさがすんですか? どうせ女なんでしょ。あいては人間……なんですよね? まさか魔物じゃないですよね。そうだと言ってください」
第三王子が『森』の魔物の女に手を出したなど陛下に耳に入ったら、王宮は大騒ぎになるだろう。お目付役の自分もただでは済むまい。
「はっはっは。もちろん人間の女だ、……と言いたいところだが、実のところよくわからん。俺としては、魔物でもまったくかまわないのだがな」
『魔物』といいながらこちらを見る色男の意味ありげな視線を、あえて無視する。
「で、その彼女の名前は? 容姿は?」
「本当にわからんのだ。今の姿になってからは、会ったことがない」
「今の姿って、どういう意味ですか? なにもわからずに、あのただっ広い森でどうやって捜すというんですか?」
「だいたいの場所はわかっている。それに、近づいたらわかるはずだ」
「……なにそれ。訳がわかりません。そもそもどんな関係なんですか? いつもの後腐れのない一夜限りのお相手とは違うんですか? まさか、いまだ会ったことのない運命の人とかいうつもりじゃないですよね」
王家一の切れ者。そして王国一の美男子とも言われるエメルーソ殿下。その見目麗しいお姿は、王都の女性達のあこがれの的だ。同時に、彼のプレイボーイぶりは、王国全土に広く知られている。王家の権威や、下手をすれば王位継承権にまで絡む問題であるから、眉をひそめる人間も少なくはない。しかし、すくなくともこれまでは、殿下はへまをしたことがなかった。王家の権力をつかって力尽くで関係をもったことなど一度も無い。しかも、お相手に選ぶのは、頭が良くて大人の後腐れの無い女ばかりだ。
……だったはずだ。少なくとも昨日までは。しかし、今日の殿下はおかしい。森にいるという謎の女へのこだわりは異常だ。そもそも、幼少の頃から四六時中お側についている護衛兼秘書官であるアンドラが知らない女など、いったいいつの間に知り合ったのだ?
「なにをふくれている? 今回はいやに絡んでくるではないか? イヤならついてこなくていいんだぞ。秘書官殿」
「いいえ、私もいきます。行って、どんな女なのかこの目でたしかめます」
そんな調子で、ふたりでグリフォンに騎乗したのだ。予定通りに森の上空に迷い込み、殿下の指示する場所の近くに小さな集落を発見。近づいたところで、……そうだ、地上から奇襲を受けたのだ。大量の魔導銃に爆発魔法。それが直撃。墜落。最後に目に入ったのは、……温泉にのんびりつかる裸の子供達?
アンドラが目をあけた時、まず目に入ってきたのは、裸の女の子の姿だった。
不思議な髪の色、瞳の色、そして少々胸が平らだが、確かに人間の少女だ。どうみても無法者のハンターの仲間ではない。その少女が、寝ている自分の横に座り込み、自分の腹のあたりに手をかざしている。
何をしているんだ? どうして自分は寝ているんだ? ああそうか。森の上空から視察中に集落をみつけ、近づこうとした途中に魔法をくらって撃ち落とされたんだ。次第に意識が明瞭になる。記憶がもどってくる。
「そうだ殿下? 殿下はどこだ!!」
起き上がる。が、起き上がれない。激痛で身体がうごかない。
「動くな! もうすぐ終わるから、じっとしていろ」
少々がさつな口調だが、鈴を鳴らすようなかわいい声で少女が告げる。
自分の姿をみれば、パイロットスーツが半分脱がされている。胸や腹が露わにされ、腹のあたりにはだかの少女が手をあてている。
「何をやっている!!」
なんだ? 華奢な少女は、いったい何をやっている。自分の身体を包みこむような、この柔らかい光はなんだ?
「私からはなれろ! 殿下はどこだ?」
くそ、右腕がうごかない。銃がない。剣もない。脚がおかしな方向を向いている。自分の下には血だまりができている。腹に大きな傷がある。信じられないほどの出血。生きているのが不思議なくらいだ。
「動くなって。すぐ楽になるから」
全身やわらかい光につつまれた少女が、おだやかな表情でみつめている。少女の手から発する優しい光の繭の中、傷がみるみるまにふさがっていく。
「……これは」
なぜこんなに気持ちがいいのだ。これはまるで……。
「まさか、治癒の、……魔法なのか?」
「ふう」
少女が手をはなす。同時に光がおさまる。いつのまにか腹の傷がすっかりふさがっている。少女の周囲の光も消えていく。その直後、少女の表情が苦しそうに歪んだ。
「おまえ、……いや、あなた、大丈夫なの? 顔色が悪いわよ」
「あ、ああ。この『魔法』を使って他人を治癒すると、俺の体力がやばくなるんだ。……でも、他にもケガはあるな。さっさと済ませよう」
「あ、ありがとう。でも無理しないで」
目の前の少女は、胸が平らなだけじゃない。とにかく全身が細くて華奢だ。折れてしまいそうだ。しかも顔色が土色で、ふらふらしている。目眩がするのか、地面に両手をついてげぇげぇ言っている。こんな少女にこれ以上体力を使わせるわけにはいかない。
「もう一回くらい大丈夫だよ。……骨折も『治癒コード』で治せるのかな? その前に、顔の傷か。女性だもんな」
少女に言われて、自分の顔に触れる。いつのまにか獣化している顔、左のおでこから頬にかけて、ひどい擦り傷ができている。触れるだけで手にべっとりと血がついてくる。いまだに出血しているのか。そのケガの部分に、少女の手の平がかざされる。
少女が空に向かって独り言をしゃべる。同時に頭の上が光る。やさしい光の繭が全身をつつみ、傷口を癒やしていく。なんてあたたかい光。全身の激痛をわすれ、おもわず身をまかせてしまう。
目眩と吐き気に耐えながら、俺はオオカミ女の顔のケガに対して二度目の治癒のコードを実行した。正直言ってかなりつらいが、とりあえず顔のケガだけは治してやらねばなるまい。しかし、終了する前に邪魔がはいる。
「アンドラ、無事か?」
森の中から男が出てきたのだ。銃をこちらに向けている。そういえば、墜落した軍隊のグリフォンはもう一頭いたな。くそ、やっぱり助けなきゃよかったかなぁ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。なかなか話が進みませんが、今後はすこしづつ嬉し恥ずかしのラブストーリーになっていくはずです(シチュエーションは少々異常ですが)。なにとぞよろしくお願いいたします。
2013.09.07 初出




