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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第2章 大森林の小さな村
22/71

22.貧しい胸もそれはそれでいいものなんだよ。たぶん



「やっぱり、日本人は風呂だよなぁ」


 俺は懲りずにまたまた露天風呂に来ている。いっしょに風呂に浸かっているのは、子供達だ。ネコ耳幼女に鬼娘にゴーゴン少女、ついでに鳥人間の男の子やケンタウロス少年等々で、なかよく湯船につかっている。


 例によって子守を任されていた俺が、一同を引率して連れてきたのだ。ダーヴィーちゃんは、他の女性陣と川に洗濯にいっているようだ。


 ペレイさんやダーヴィーちゃんと一緒に風呂に入ると、どうしても身体の事を意識してしまう。彼女達の神々しいまでに美しい裸体を至近距離で見せられるのは、非常に恐れ多い。目のやり場に困る。どうしても挙動不審状態に陥ってしまう。逆に、俺の身体をさらすことに対する羞恥も、いまだ消えていない。スタイル抜群のふたりと比べて、俺の身体はガリガリだからなぁ。


 だが、このガキ共との入浴ならば、ほとんど身体のことは気にしなくてもよい。気楽に風呂に入ることができるのだ。ちょっと騒々しいのが難点ではあるが。


 ケンタウロス少年は、お湯の中でも豪快なウマカキで泳ぎまくっている。そのスタミナを分けて欲しいもんだ。鳥人間は、水面に羽をつけたまま豪快にはばたき、豪快にお湯しぶきをあげている。まるで水浴びをするインコみたいだ。


 ネコ耳幼女は水が苦手らしく、お湯につかることはない。それでも、みんなといっしょに水遊びはしたいのだろう。おそるおそるお湯に手をつっこんでは、友達にお湯をかけ、キャッキャいいながら反撃を喰らう前に逃げていくの繰り返しだ。


 ゴーゴンちゃんがお湯に入ると、頭の上でのたくっている蛇達もリラックスして、みんな目を細めるのが面白い。ハチュウ類もお風呂が好きなんだなぁ。


「ねーちゃん」


 下半身ウマ少年が、俺のそばに寄ってきた。


「んー、なんだ?」


 なんだ? いったいなにを見つめているんだ?


「ねーちゃんはダーヴィーねーちゃんよりも年上で背が高いのに、どうしておっぱいは小さいんだ?」


 なっ? ふと気づくと、ガキ共が俺の周りにあつまっている。全員の視線が俺の胸に集中している。


「ば、ば、バカ。見るな!」


 おもわず両手で胸を隠す。身体をひねって、視線から逃れる。いつのまにか、咄嗟にこんな動作ができるようになってしまった。顔が赤くなるのを止められない。やばい。男として17年間生きてきた俺のアイデンティティはどこに行ってしまったんだ。


「お、おまえらガキのくせに、それ以前に人間じゃないくせに、どうして人間のおっぱ、……い、いや、胸の大きさが気になるんだよ!!」




 ペレイさんに聞いた話だが、王国においては人類以外の魔物は滅びつつある存在であるらしい。知能の無い種は乱獲により個体数が激減。人類と意思疎通可能な知能のある者達は、王国に帰順すれば一応建前上は市民権を得ることはできても、その社会的な立場は決して人類とは同じではない。帰順を拒否する者たちは、狩られるのみ。オオカミやエルフのように人間と混血可能な種は、血が薄まる一方だ。


 要するに、ここにいるガキはみなレッドデータブックに掲載され、ワシントン条約で保護されてもおかしくない者達なのだ。もちろん、この野蛮な世界では、彼らを保護しようなどと考える者は、まだいない。


 だから、ガキ共は家族以外に同じ種と接したことがない。もしかしたら、一生おなじ種の異性と出会わない可能性もゼロではない。人間に興味がむくのもしかたがないことかもしれない。しかし、だからといって、人の身体について失礼な事を指摘しても許されるわけではないぞ!


「ダーヴィーねーちゃんの半分くらいかな?」


「フキじいさんによると、人間の女はおっぱいが大きくないともてないらしいぞ」


「えええ、ユーキねえちゃん可愛そう!」


「ううううるさい! だまれ!! 小さい方がいろいろと便利だし、これがいいという男もいるんだよ。おまえらも大人になったらわかる!」


 そうだ。俺はスレンダーな女が好きだった。画像や動画を集めるときは、それがもっとも重要な判断基準だった。マコトには絶対に言えないけどな。


 いや、マコトの胸がきらいなわけじゃない。人並み以上に大きいにもかかわらず、形も感度も抜群なマコトのものは、あれはあれで良いものだった。しばしば理想と現実はことなるものであるが、現実が理想よりも劣っているとは限らないのだ。うん、あれをもう一度おがむためにも、俺はもとの世界に絶対かえるぞ。……って、俺は何を考えているのかね。


 ふと気づくと、またもやガキ共の視線が俺に集中している。


「ユーキねぇちゃん、顔がまっ赤よ」


「なに妄想してるんだよ」


 うるさい!






「困ったことになりましたねぇ」


 村の広場、大魔法使いバルデさんが、ペレイさんやフキ爺さんと大きな切り株を囲みお茶を飲んでいる。


「バルデさん。なにを呑気なことを言っているんですか? ハンター達はユーキちゃんを狙っているんですよ! はやくなんとかしないと……」


 ダーヴィーとビージュが村のすぐそばでハンターと遭遇したのは、ついさっきのことだ。彼らが治癒魔法の使い手を捜していたという事態をうけ、村唯一の治癒魔法使い、要するにユーキになじみの深い三人の大人が、緊急対策会議をひらいているのだ。


「まぁまぁ落ち着いてください。彼らはオオカミやドラゴンがこの村にいることを知っているようです。よほど人数をそろえない限り、そう簡単には襲撃してこないでしょう。その間に、我々には考えねばならない事があります」


「とりあえずビージュにはいつもユーキちゃんの側にいるようにきつく言いつけなくちゃ。……バルデさん、いったい何を考えるというのですか? 村のみんなも、まずはユーキちゃんを守ることが最優先なのではありませんか?」


 問われた大魔法使いは、腕を組んで考え込む。問いの答えを捜しているのではなく、問いの主にどう説明すればよいのかを考えているのだ。


「えーとですね。……ペレイさんは、ユーキさんをどうおもいますか?」


「どう、とは? 私は精霊や魔法についてはわかりませんが、……普通の女の子に見えますわ。ちょっと痩せすぎで病弱そうなところが心配ですけど」


「そうじゃな。ワシももう少し胸と腰がはっきりとしている方がいいと思……」


 ドラゴンのフキじいさんが横から口をはさむ。しかし。


 ぎろり。ペレイさんにものすごい形相で睨まれ、最後まで口に出すことはできなかった。


「うーん、ききたいのはそこではなくて。ペレイさんは『治癒魔法を使える少女』をどう思いますか」


「ええ、素晴らしい能力だと思いますわ。王国の歴史上でも治癒魔法を使えるのは数人しかいないのでしょう?」


「そうですよね。では、もし、そんな能力をもった少女の存在が公になったら、どうなると思います?」


「そうですねぇ。王国中から、病気やケガを治して欲しいという人が殺到するでしょうねぇ。もしかしたら軍や王宮も……、あっ」


 ペレイさんは、大魔法使いの言いたいことにやっと気づいた。脅威はハンターだけではないのだ。ハンターだけを警戒しても意味が無いのだ。




 確かに今のところ、この森に住む魔物達の最大の脅威はハンターだ。政府や軍による全面的な魔物の討伐は行われてはいない。


 だがこれは、決して軍の能力が不足していることを意味しているわけではない。冒険者達が魔物退治や遺跡発掘に活躍した時代からつづく伝統をミヤノサ市当局が尊重していることもあるが、もっとも大きな理由は単なる資金の問題だ。森があまりにも広大で過酷な環境であるため、軍を大規模にうごかすよりはハンターに懸賞金を与える方が安上がりなのだ。魔導銃の普及により魔物の脅威が激減した今、軍が本気で森の魔物を討伐する必要もない。だからこそ、『村』の存在は、王国からお目こぼしされているのだ。


 だが、もし治癒魔法の使い手がこの村にいると噂にでもなれば、はなしは別だろう。王国政府も血眼になってユーキちゃんを捜すようになるかもしれない。


 この村は、王国に住むことのできない人々や魔物が隠れ住む場所。たとえ一時的にハンター達を撃退しても、政府や軍が出張ってくれば事態はもっと悪化する。ユーキちゃんの存在は村の存在そのものを危うくしてしまうのだ。


「ででででも、ユーキちゃんの存在を秘密にしておけば……」


「彼女の周囲には常に精霊が大量に集まっています。ちょっと力のある魔法使いなら、かなり遠距離からでも異常を感知できるはずです。もともとダーヴィーとビージュがユーキさんに出会ったのも、森の中で精霊が騒いでいるのをダーヴィーが検知して調べに行った結果です。……というか、ミヤノサの街に駐屯している王国軍には、すでに異常な存在としてユーキさんが検知されていると考えるのが自然でしょう」


「それなら、いったいどうすれば? ……」


 いまさら、村の安全のために彼女を村の外に追い出せというのか? 確かにユーキちゃんは奇跡の治癒魔法をつかえるが、一方で攻撃の手段は何ももっていない。ただのか弱い人間の少女だ。彼女の能力を狙うハンター達から身を守れるとは思えない。ペレイさんは数瞬のあいだ腕を組み悩む。そして、ひとつ決心をして、顔をあげる。


「ユーキちゃんはたまたま森の中にあらわれただけで、魔物ではなく人間です。犯罪者として追われているわけでもありません。戸籍さえなんとかなれば、街でも生きていけるのではないですか? 治癒魔法の使い手なら引く手あまたでしょうし、それなりに豊かな生活ができるかもしれません。寂しいですけど、彼女にとってはその方がよいかも。ミヤノサの街にも信用できる人はいます。彼らにお願いしてみましょう」


 森のすぐ外に存在するミヤノサの街には、村の事情を知った上で買い出しや特産品の買い取りをしてくれている商人が何人か居る。ハンター達は論外だが、街や軍の上層部にも村の存在を黙認してくれる者が僅かながら存在する。彼らにお願いすれば、ユーキちゃんひとりくらいなんとかなるのではないか?


「そうですね。村のためには、それが一番よいかもしれません。でも、私が心配なのは彼女自身のことです。ユーキさんの能力は、そして、彼女が自分の能力について記憶を失っているということは、おそらく、……彼女を幸せにはしません」


 バルデさんには珍しく断定口調だ。それがペレイさんを不安にさせる。


「……どういうことですか?」


「以前もおはなししましたが、常に精霊の加護をうける彼女は、我々とは根本的に異なる存在です。そして、……ペレイさん、王国の建国神話をご存じですよね」


「え、ええ、もちろん。……文明がまだ存在しない時代、『穴』を通って異世界から来た人々が先史魔法文明を築いた。建国の英雄である初代国王は、彼らから王権を与えられた、と。……王室の権威を維持するための、おとぎ話ですよね」


「そうです。そして神話によれば、先史魔法文明を興し精霊魔法を我々人類に与えた人々は、精霊によりこの世界の環境をあやつり、彼ら自身の身体を守っていたといわれています。……誰かに似ていると思いませんか?」


「バルデさん。いくらなんでも、それは」


「まぁ、一般的にはただの伝説、おとぎ話といわれていますが。……実は、僕の一族も深くかかわっているんですが、王国政府はかなりまじめに先史魔法文明について研究しています。不倶戴天の敵ともいえる帝国に対抗するためにね。そして、ここだけのはなしですが、伝承や文献、王家に伝わる秘宝や遺跡の調査から、先史魔法文明が実在したことはほぼ間違いないと結論づけられているのです」


「まさか」


「あくまでも仮定のはなしですが。もし、治癒魔法はもちろん、精霊を介してこの世界の環境のすべてを自由に操ることができる存在がいたとしたら。それどころか、王権にかかわる新たな神話を作ることすら可能な存在が実在するとしたら。……要するに、先史魔法文明の生き残りが実在したとしたら、王都にひそむ権力の亡者達がいったい何を考えるのか。ペレイさんなら想像できるのではありませんか?」


 ペレイさんは言葉に詰まる。仮にユーキちゃんの身を信用できる人に託したとしても、さすがに王都から圧力があれば守れるわけがない。身震いをした後、数瞬たってようやく声をしぼりだす。


「バルデさん、まさかユーキちゃんを王家や対抗勢力に売り渡すつもりじゃあ」


「ははは、まさか。一族の者はともかく、僕は権力にも金にも興味はありません。あんなに可憐な貧乳少女が王宮や議会や軍の権力あらそいに巻き込まれるなんて、我慢できませんよ」


「それじゃあ、いったいどうすれば?」


 大魔法使いは首を横にふる。


「……僕にもわかりません。ただ、いまの状況から判断すると、ハンターにしろもっともっと大物にしろ、欲に駆られた連中がユーキさん目当てに村にやってくるのは時間の問題でしょう。村のためにもユーキさんのためにも、まずは街の信用できる人に相談してみます。頼りになりそうな人の心当たりが、ミヤノサにいないわけでもありません」


 大魔法使いが、隣にいるドラゴン爺さんに視線を移す。ふたりが同時に頷く。今すぐに出発するつもりのようだ。


「おねがいします」


 ペレイさんは、祈るような視線で大魔法使いを見つめている。自分が逃げ出さざるを得なかった王都、あそこひそむ権力の亡者達、魑魅魍魎達のいやらしさ、おそろしさは、よく知っている。ユーキちゃんがそんなところに連れ去られ、道具として利用されるなど、想像するだけでも耐えられなかったのだ。







「あっ!」


「なんだあれ?」


 ガキどもが、空を見上げて指をさしている。両胸を腕でかくし鼻までお湯につかっている俺も、つられて空を見上げる。


 なんだ? 鳥……か? 微妙に違うような気もするが。


 村の上空を優雅にとぶ、二羽の鳥のようなもの。目を細めて焦点を合わせるが、遠すぎてよくわからない。特徴的な長い尾がみえないので、ドラゴンではなさそうだ。それは上空を旋回しながら、ゆっくりと高度を下げてくる。


 もしかして、普通の鳥よりもかなり大きいんじゃないか?


 距離が近づくにつれ、徐々にその詳細が見えてくる。周囲を取り囲む大森林の木々は、百メールちかくはある大木ばかりだ。その林冠ぎりぎりの高さまで降りてきて、なおあの大きさに見えるというのは、少なくとも人間なんかよりも大きいのはまちがいない。


 あれは、……脚が四本? 鷲の上半身と翼、ライオンの下半身をもつ伝説上の生物、グリフォンというやつじゃないか? すげぇ、さすがファンタジー世界だ。だが、驚いてばかりもいられない。


「おい、あれ、背中に人間が乗っていないか?」


 俺の問いに対して、まだ飛べない鳥人間のガキが目をこらす。


「乗ってる! 銃も担いでる!!」


 やばいな、これは。村が見つかってしまうじゃないか。



 

しばらくの間、週に一度くらいの更新になりそうですが、今後もおつきあいいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

 

2013.08.31 初出

2015.06.28 誤字脱字と表現をちょっとだけ修正

 


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