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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第2章 大森林の小さな村
21/71

21.難しいお年頃なのね

「なぁ、……ユーキねえちゃん」


「なんだ? ビージュ」


 オオカミ男のビージュ君が、俺の目を見ないまま話しかけてきた。こいつ、もじもじしてるのか。らしくないなぁ。


「マコトって、誰……い、いや、なんでもない」


 ん? あれか? あれは、寝ぼけていたということにしてくれないかな。ペレイさん達みたいに空気を読んで、なにも見なかったことにしてくれよ。頼む。俺も自分で思い出すだけで恥ずかしくて頭を抱えたくなるんだよ。


「……狩りに行ってくるよ」


 とだけ言うと、オオカミ男君は猛スピードで走って去って行ってしまった。


 なんだ?


 首をひねる俺に、ペレイさんが笑いながら言う。


「ユーキちゃん、気にしないで。放っておいていいのよ」


 うーん、難しいお年頃だな。俺は、懐に入れたマコトのウロコ(?)をもてあそびながら、もういちど首をひねる。





 ふと空を見上げれば、吸い込まれそうなほどの真っ青の空。その周囲を、天をつくかのようにそそり立つ数え切れないほどの巨大な木々の枝。数百メートルにも達する樹幹のてっぺんまで登りきれば、ギラギラと燃えさかる太陽の光に身を焼かれるはずだ。


 しかし、天から射し込む光のほとんどは、地面まで達することはない。ここは人間達の滅多に入り込むことのない深い深い森の中だ。直射日光があたらず、しかし視界が歪むほどの湿度がたれこめる道なき獣道を、巨大な獣がゆっくりと進んでいる。


 それは、この世界では『クマ』と呼ばれる魔物。立ち上がれば身長が五メートルにもなり、しかも口から火炎を吐くどう猛な魔物だ。しかし、この個体には生気がない。ずるずると脚を引きずるように進んではいるものの、その手足は自らの力ではまったく動いてはいなかった。それは、すでに死んでいるのだ。もう命の無いただの肉の塊は、クマと比較してひどく小さなヒト型の生物によって担がれ、引きずられている。


「恨みはないんだけどさ。村に近づきすぎたおまえが悪いんだよ」


 体重三トンにも達するクマの巨体を引きずって歩いているのは、この世界では通称オオカミと呼ばれる種族の少年、ビージュだ。彼は、本日の狩りの獲物を村に持ち帰る途中なのだ。


 クマは、人間やエルフと話ができるほどではないが知能がある。原始的だが独自の文化もある。同じ森に住む者として、ビージュもできるなら狩りたくはない相手だ。しかし、こいつは村に近づきすぎた。村には弱い者や子供達もいる。クマは村の住人とは意思の疎通はできない。そしてビージュは、村を外敵から守らねばならない。自分にはそれだけの力があるのだから。


「これだけあれば、村の全員に肉を配ってもあまるな。そして、ひさしぶりのまとまった現金収入か……」


 クマは大量の肉の塊だ。村人全員に分けても余るくらいだ。これだけの大物には、最近は滅多にお目にかかれない。ハンターの奴らが大量の魔導銃を持ち込むようになってから、森に住む魔物は一気に減ってしまった。こいつの首を村に出入りしている信用できる商人に渡せば、王国政府の懸賞金と交換してくれるだろう。


 現金収入。その使い道を想像した瞬間、ビージュの口元が緩んだ。


 ……やっぱり服を買ってあげたいな。


 ビージュの脳裏に浮かぶのは、彼と同じ村に住むひとりの少女。記憶を失っているという彼女は、村に来た時は着の身着のままだった。今はダーヴィーの服を借りているようだが、彼女とダーヴィーでは身長とか身体のサイズがあまりにも違う。ダーヴィーが好むような少女らしくて可愛らしい服装は、細くて、華奢で、はかなげな雰囲気の彼女には、あまり似合っていないような気がする。彼女に似合うのは、もっと大人っぽくて清楚な感じの服装の方が……。


 えへら。


 想像するだけで顔がゆるむ。目尻がさがり、口元がにやけてしまう。ここが森の中で良かった。もし今のビージュの顔をダーヴィーがみたら、「気持ち悪い」と一言で斬って捨てられただろう。


 と、唐突にビージュの脚がとまる。背負っていた巨大な肉の塊を捨てる。頭の上の耳がピクピクうごく。


「……やつらか」


 オオカミ男の少年は、獣道をはずれ森の中に入っていく。





「まて、……集落だ」


 深い深い森の中にぽっかり開いた空間。森と村の境界線付近に、三人の人間が潜んでいる。


「ここに、例の金になる少女がいるのか? はやく報告しに戻ろうぜ」


「おそらくそうだろう。だが証拠がないと、俺たちの雇い主様からご褒美はもらえない」


「証拠といっても、……ドラゴンやオオカミがいるんだろ? そんな村にこの人数で攻め込んでも、自殺するようなものだ」


「正面から攻める必要はない。女子供にでも協力してもらえばいいのさ。力づくでな」


 男の視線が指す先を見れば、そこには数人の村人(?)がいた。ひとりの少女を先頭に、人間や魔物の女性が数人で歩いている。みな籠いっぱいの布を両手で重そうにぶら下げている。洗濯だろうか。村の境界線を越え、川の方向へ歩いていく。


「運がよければ、あの中に例の獲物もいるかもしれないぜ」


 へへへ。


「たとえ運が悪くても、……村の情報を聞き出したあとに、お楽しみが待っているかもな」


 先頭をいくエルフ少女に視線を固定しながら、男達は下卑た笑いをかわす。銃を構えると、身を低くしたまま別々の方向に走り出す。女達を前後から挟み撃ちにするつもりなのだ。


 だが、男達は運が悪かった。彼らが予想していた最悪の状況よりも、はるかに運が悪かった。彼らの一挙一動は、彼らを遙かに凌駕する身体能力を持つ捕食者によって観察されていたのだ。





 川に洗濯に向かう途中のダーヴィーの目の前にあらわれた見慣れない男は、彼女の道をふさぐと銃を向けてきた。ニヤニヤした悪人面に、粗暴な態度。典型的なハンターだ。


「お嬢ちゃん。治癒の魔法を使える女の子って、君のことかな? ちょっと俺たちに付き合ってくれよ」


 俺たち? ダーヴィーが振り向くともうひとり。さらに別の方向にもハンターが居た。三つの銃口により前後から狙われ、村の女達は逃げ道を塞がれてしまった。ダーヴィーを中心に女達があつまる。年寄りや大人も居る中、エルフの少女が一番前にたつ。


「……どこに?」


「秘密の場所さ。他の魔物共は、……奴隷商人に売るのと、首を刈って懸賞金と引き替えと、どちらが儲かるかなぁ。なんにしろ、言うこと聞いてくれないと魔導銃で蜂の巣にされちゃうよ」





 王国で魔導銃が一般的に広まったのは、ここ二、三十年ほどの間のことだ。魔石とよばれる魔力の詰まった鉱石をもちいて、魔法使いでなくても精霊魔法を任意の時・場所で使える技術そのものは、はるか神話の先史時代から知られていたらしい。それを応用した、例えば爆弾形式の魔導武器なども、古代から戦争において使われてきた。しかし、個人が携帯可能で、かつ遠方の標的めがけて魔力を飛ばすという魔導銃は、歴史的にはつい最近開発されたものだ。


 その威力は絶大だった。戦場で融通が利くという点においては魔法使いの攻撃魔法の方が遙かに勝っていたが、全人口の一パーセントにも満たない魔法使いを、常備軍として確保するのは非常に困難だ。圧倒的多数である魔法を使えない一般の兵士によって大量に運用される銃は、戦場のあり方を根本的に変えてしまったのだ。


 一度大量生産技術が確立してしまうと、銃が民間に出回るのはあっという間だった。特に、魔物と人類の生存域の重なる地域において、銃は身を守るための一般的なものとなった。魔物狩りを生業とするハンター達は、いまでは銃を持たない者などいない。同時に、剣の時代には人類と拮抗していた魔物達は、もはや人間の脅威ではなくなりつつある。大量の銃の火力を組織的に運用する人間の圧倒的な軍事力の前に、魔物は大陸周辺から駆逐されつつある。オオカミやドラゴンとて例外ではなかった。





 その魔導銃を、しかも目の前で複数向けられてなお、エルフの少女は落ち着いているように見えた。


「私たちを相手に三人で?」


「か弱い少女相手に三人ががりで申し訳ないね。俺たちは完全主義者なんだ」


「ちがう。……たった三人で勝てるつもり? と聞いている」


 なにを! 男のひとりが青筋をたてながら銃をかまえる。少女の頭に照準をあわせる。脅しなのか本気なのかはわからない。少女達は、とっさにその場にしゃがみ込む。


 男達は、少女が恐怖のあまり、そうしたと思った。


「最初からおとなしくしていれば……」


 だが、そのとき信じられないことが起こった。


 ダーヴィーの正面にいた男の目の前を、黒い影がはしる。それは信じられない速度。残像すら目で追うことができない。


 なんだ?


 男は、長年にわたりハンターで生計を立ててきた。この森の中で何匹もの魔物達を狩ってきた。家族には決して言えないような、外道な行為も厭わなかった。そうして培われた勘がさけぶ。やばい、これはやばい。背中に冷たい感覚がはしる。この人数では絶対に無理だ。さっさと逃げた方がいい。


 だが、遅かった。何もかも捨てて逃げだそうとした瞬間、男の頭がふき飛んだ。何者かによって凄まじい力で横から殴られ、一瞬にしてピンポン球のように飛ばされたのだ。


「ダーヴィー! まだ目をつむっていろ」


 どこからか男の子の声が響く。女達は指示に従い、みな顔をあげずに目と耳をふさいでいる。


 どさっ。首の無い胴体が、血柱をあげながらその場に崩れ落ちる。


「くそ!」


 どこだ? どこにいやがる。


 残りの男達は、恐慌状態になってその場を逃げ出す。勝てそうもない強力な魔物相手とは無理して戦う必要はない。そんなことは軍隊の連中の仕事だ。その割り切りが、彼らをここまで生き残らせたはずだ。しかし、もう何もかも遅い。彼らはその時になってやっとそれを理解した。


 ダーヴィーの後ろに回っていた男は、どう猛な肉食獣が自分の前に迫る気配を感じることができた。照準もつけず銃をそちらに向け引き金を引く。引いたはずだ。だが、弾は発射されなかった。よくみれば、銃を構えた両腕ごと肘の先からなくなっている。唖然としながら正面をみれば、目の前には血まみれの爪を振り上げたオオカミ。息をのむ間もなく、爪が自分の腹を貫通して背中に抜ける。


 ひぃぃぃ


 最後に残った男は、闇雲に走りながら銃を振り回す。とにかく森の中に逃げ込まねばならない。あらぬところを狙って引き金を引く。魔法の銃弾が、何もない草むらで爆発する。その閃光が収まる前に、後ろから何かに強烈な力で殴られた。凄まじい衝撃。肩に鋭い痛みを感じた瞬間、鋭い爪によって胴体が斜めに袈裟懸けに切断されたいた。彼の意識が最後に聞いたのは、自分の上半身が下半身からずり落ちていくイヤな音だった。





「ダーヴィー、大丈夫か?」


「平気。ありがとう」


「こいつら、どうしてこんなところまで来たんだ? ただ迷い込んだだけか?」


「……彼らは、治癒魔法の使い手をさがしていた」


「まさか……」


「ユーキおねぇちゃんに助けてもらったときの、生き残りがいたのかもしれない」






「殿下。明日予定されていた『森』への定期視察の件ですが、護衛役の軍が、……ミヤノサ師団の司令部が延期を申し出てきました」


 『森』の縁と海の間にひろがる扇状地に築かれた都市、ミヤノサ。その中心にある市庁舎の中で、市長に対して秘書官が報告をあげている。


「なぜだ?」


「軍によると、森の深部において精霊の異常な動きが検知されているとのことです。……えーと、それから、関連は不明ですが、森の中でハンター達が不穏な動きをみせているらしいとの報告が治安警察からあがってきています。元締めの一人が金に糸目をつけずに、達の悪いのばかりをあつめているとか」


「師団司令官は、王の地方代理人である地元の市長の要請をうけいれる義務があるはずだが」


 市長は、世間一般からみればまだ若造といわれても仕方がない年齢に見えた。中央政府の力が非常に強い王国においては、地方自治体の長は王都の政府から任命され派遣される。地方の市長職は中央のエリート官僚のキャリアパスの一部とみなされており、通常は数年で任地がかわることが多い。現ミヤノサ市長も例に漏れず、数年ごとに交代していく実質名前だけの名誉職と見なされている。しかし、彼には彼だけの特別な事情があった。


「それは外敵の侵略や内乱、災害など緊急時のはなしでしょう。たかが定期視察で王族さまに万一のことがあれば、軍の責任がとわれますからね。安全策をとるのも無理もありません」


 つきあいの長い秘書官と親しげに話す現ミヤノサ市長は、王位継承権もある王族のひとりなのだ。王国の第三王子、エメルーソ殿下である。


「ふん。ならば俺だけで行く」


「いくら殿下が剣の達人でも、そんなこと許されるわけないでしょう。誰よりもこの私が許しません。……どうして今回に限ってそんなに『森』に視察に行きたいのですか? 昨日までは『王都から派遣された名前だけの市長など気にせずに、地元の優秀な役人諸君は自由にやりたまえ』が口癖で、さぼってばかりいたくせに」


「助けてやらなくては……」


「は? まさか、……女ですか?」


 それともなにかの比喩だろうか。秘書官は頭をひねる。


 王族の嗜みである精霊魔法はまったく使えないものの、その代わりに生まれつき人間離れした不思議な技を使うといわれるエメルーソ殿下。そのうえとびきりの美青年として知られるこの殿下は、女遊びが派手なことでも王国全土に知られている。陛下に直接戒められたことも一度や二度ではない。その彼が、ついに人間だけではなく『森』の魔物に手をだしてしまったのか? たしかにこの殿下は人間離れした一面がある。人間の皮をかぶってはいても、実は中身は魔物ではないかと疑ったことが何度もあるが。


「ユウキは超お人好しだからな。さっさと助けてやらないと、このおかしな世界で無茶をやりかねん」


「はっ?」


「こちらのはなしだ。公務は終わりだ。今すぐ森にはいるぞ。軍にも警備にもことわる必要は無い。俺がこの世界の魔物などにやられるはずがないのは、おまえもよく知っているだろう?」


2013.08.25 初出

2013.08.28 すこしだけ表現を修正しました

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