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02.こんな日常がいつまでも続くと思っていたんだよね

「ユウキ兄、試験どうだった?」


 学校からの帰り道。テストは終わったものの、足取りは重い。そんな俺に、隣を歩く幼なじみ、マコトが問い掛ける。


「ほっといてくれ」


「どうしたの? 顔色悪いよ」


 斜め下から俺の顔をのぞき込むように見上げるマコトの視線に、俺はおもわず目をそらす。彼女の名は深川真琴。俺のふたつ年下、同じ高校の一年生だ。


 肩まである黒い髪。いかにも日本人という顔立ち。自分では目つきがきつめなのを気にしているらしいが、俺は野生動物っぽくてかわいらしいと思う。スタイルは、……必要以上に良し。細いところは細いが、あるべきところは十分にある。制服の上からでも、目のやり場に困るほどだ。


「ちょっと寝不足でさ」


 顔をそらし、わざとぶっきらぼうに答える俺は、宮沢裕樹。これといった特徴のない高校三年生だ。どちらかというと地味に生きている俺は、特にクラブ活動には参加していない。マコトもだ。だから自然と一緒に帰ことになる。俺の家ととマコトの家は、同じマンションの隣の部屋なのだ。





 俺とマコトは、小学生の頃からの家族ぐるみでつきあいがある、いわゆる幼なじみという奴だ。親同士が同じ職場、地元の航空宇宙関連の研究施設で働いている。彼女が父親の転勤にともない越してきたのは、俺が小学校1年生のときだ。


 両家の両親とも、仕事が忙しく家にいないことが多かった。しかも、周囲には同年代の子供があまりいなかったせいもあり、俺たちはいつも一緒にいたのだ。


「その調子じゃ、全然だめだったみたいね」


 マコトが、母親のような表情で笑う。


「だから、ほっといてくれよ」


 いわれるまでもなく、テストは惨憺たる結果だった。毎晩みる夢が気になって、勉強など手に着かなかったのだ。


「また例の夢? 異世界の女の子の夢なんて、きっとユウキ兄の思い込みだから、あんまり気にしないほうがいいと思うよ」


 ドキッとするほど大人びた、なにもかも悟りきった表情のマコト。こいつは、たまにこんな表情を見せる。年齢の割に異常に大人びている奴だ。


 他人の夢の中にお邪魔しているなんて、普通の人間なら話しても相手にしてもらえないだろう。だが、マコトだけは、俺のこんな戯れ言にも付き合ってくれる。だから俺も、つい甘えてしまう。


「いや、あれは確かに異世界人の夢の中だ。なんというかうまく言葉にできないんだけど、単純な夢というには妙に現実感があるんだよな」


「夢の世界でユウキ兄をたぶらかすなんて、その異世界人はどんな可愛らしい化け物なんだろうね。……ちょっと妬けちゃうな」


 たぶらかす、……か。たしかに、数ヶ月のあいだ俺の魂は毎日おなじ女の子の夢の中に呼び込まているわけで、これは『たぶらかされている』といえるのかもしれないが。


「彼女はなにやら深刻な身の上らしくてさ、放っておけないんだよなぁ」


「へぇ。『彼女』……ね。で、毎晩、その彼女の夢の中で、いっったい何をしているの?」


「ただ話すだけだよ。異世界の住人のファンタジーな話なんて、なかなか聞く機会はないからな」


「ユウキ兄がむっつりスケベでちょっと変態なことは、私はよーく知ってるわ。そのあなたがわざわざ女性の夢の中にはいっておいて、それはないでしょ。夢の中でしかできないエッチでスケベで卑猥で淫靡でとても口にはできないような変態行為をしてるんでしょう? そうに決まってるわ」


 マコトは口を尖らせ、頬を膨らませる。


「お、おい、まてよ。おまえは道の真ん中で何をいいだすんだ!!」


「しかも、相手は地球人じゃないんでしょ? 異世界人? なんて、なんて、鬼畜で獣姦でマニアックな変質者なの!!!」


 俺の腕をつかみ、頬をふくらませて俺をにらむ。


「おちつけ!!」


 さけびながらふと気づく。顔が近い。息もかかるくらいの距離だ。俺はおもわずおれは口ごもる。マコトが頬を赤くそめる。


「きいてくれ。俺は彼女とただ話すだけだよ。異世界の話を聞くだけだ。なんというか、誰か側にいないとすぐ死んでしまいそうなほど弱っている娘だから、話をきいてやってるだけなんだ」


「ふん、どうだが」


 マコトは信じていないようだが、本当だ。俺はたしかにむっつりスケベでちょっとだけ変態かもしれないが、夢の中の彼女に対してそのような劣情をもよおしたことはない。これは天地神明に誓って本当のことだ。


「あっ」


 こんどはなんだ?


「ユウキ兄の頭のうえ、空間の穴があるわ」


 へっ?


 マコトが必死に背伸び、俺の頭の上を指で指し示す。胸が肩にあたる。顔がさらに近い。


「ほらこのへん」


 頭の上に視線をあげてみれば、たしかにマコトの指の先端が、まるで別の空間に入り込んでいるかのように薄くなっているような……。たしかにこれは、正真正銘の超常現象かもしれない。


「おまえ、……凄いな」


「異世界とこちらをつなぐ穴みたいね。ユウキ兄が動いてもついてくるわ。これのせいで、寝るたびに異世界に呼ばれるんじゃないの? 鬱陶しいから消しちゃいましょうか?」


「……なんでただの女子高生であるおまえが、『空間の穴』とやらにそんなに詳しいんだよ?」


「ここだけの話だけど、『別の私』がこれに吸い込まれて異世界に行ったのよ。もう何百年も前のはなしだけどね」


 またはじまったか。


 こいつはたまに、どこまで本当なのかわからないオカルトちっくな中二設定語りを始めるんだよな。なにせ本人によれば、その正体は人間よりも神よりも古くからこの列島に住んでいた荒ぶる大自然の象徴たる妖怪変化だそうだし。……あくまで本人の言によれば、だが。


 しかし、俺はそれを頭から嘘だと否定できないでいる。正体こそ見たことがないものの、むしろ本当かもしれないなぁなどと思っていたりする。この『空間の穴』とやら以外にも、こいつの周りには確かに超常現象が日常的におこっているのだ。一例をあげれば、天気予報をやらせれば気象庁よりも遙かに正確無比。というよりも、気象を自由にコントロールできるといった方が正しいくらいだ。おかげで、ガキの頃から遠足や運動会が中止になったことは一度もない。


 まぁ俺としては、別にこいつの正体が人間じゃなくても、俺の前でマコトでいてくれるのならそれでいいかなぁなんて思ったりしている。それに、そもそも『異世界』の話を始めたのは俺だ。『空間の穴』とやらも無下に否定するわけにもいかないし、ここは話を合わせておくことにしよう。


「その『穴』、もうしばらくそのままにしておいてくれ。ひとりぽっちで可愛そうな子なんだよ。……それに、異世界の女の子と、俺みたいな平々凡々な一般市民が夢で繋がるってのも、ちょっとわくわくするだろ」


「そうかしら。相変わらずお人好しなのはいいけど、痛い目にあっちゃうかもよ。こちらに帰ってこれなくなったらどうするのよ?」


 マコトは、いまひとつ納得できないという顔でふてくされている。こういう時、俺はこいつの機嫌をなおしてやらなければならない。特に理由はないが、そうするのが昔から俺の役目なのだ。


「……それよりも、今晩うちの親かえってこないんだ。せっかくテストも終わったし、いっしょに飯食わないか?」


「あら偶然ね。うちもお父さんとお母さんも、今日は仕事で帰って来ないのよ。晩ご飯つくりにいってあげるわ」


 ちょっと恥じらいながら、ニヤリとわらうマコトの顔は、妙に色っぽい。そして何か思いついたように俺の方に向き直り、俺の両手を握る。


「さっきの話の続きだけど、一応警告しておくわ。もしユウキ兄が異世界に行ったきりこちらに帰ってこれなくなっても……」


 マコトがニヤリと笑う。


 ぞくり。俺の背筋に電気がはしった。


 マコトの口の端から鋭い牙が何本ものぞいている。その間から先端がふたつに割れた舌がちろちろと見える。


 幻覚か? 俺は両手をがっしりと握られ、逃げることはできない。


 マコトの頭が分裂したように見えたのだ。俺の知っている可愛らしくて色っぽいマコトを中心に、いくつもの恐ろしげな顔が空中にうかぶ。


「あきらめちゃダメよ。何があっても絶対にあきらめちゃダメ。私が追いかけていって捕まえてあげるから、……安心してね」


 人間とも魔物とも判別できない複数の凶悪な視線が俺を射貫くように見つめている。そのひとつひとつがニヤリとわらう。


 は、は、は、はい! 安心しています。よろしくお願いします。


 おもわず背筋を伸ばした俺の目の前で、マコトがいつものマコトに戻る。魔物のような妖艶な色気を漂わせながら、かつ外見は頬をちょっと赤らめた純情女子高生という、あいかわらず年齢不詳な可愛い奴だ。


 俺はこの時、マコトの言葉の意味を特に気にしていなかった。マコトと俺はいつもこんな感じだから。


 だが、マコトは本気で言っていたのだ。俺はすぐにそれを思い知ることになる。



ここまで読んでいただきありがとうございます。プロローグはこれで終わり、次話から本章となります。

 

2013.08.03 初出

2017.05.20 すこしだけ修正 


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