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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第2章 大森林の小さな村
18/71

18.露天風呂にはいるよ その3

 あたりが夕焼けの赤に覆われ、そろそろ風呂もあがろうかという時間帯。俺は疑問に思っていたことをダーヴィーちゃんに尋ねてみた。


「なぁダーヴィー。あのバルデさんを師匠と呼ぶということは、君もやっぱり魔法使いなのか?」


 銀髪エルフっ娘は、だまって頷く。


 なんでも、彼女の得意な魔法は水や氷を使ったものなのだそうだ。ちなみに、師匠のバルデさんはオールマイティで、あらゆる種類の魔法を使いこなすらしい。


「君も、森にいたハンターやバルデさんみたいなスゲェ威力の攻撃魔法をつかえるのか?」


 どう考えても、あのスゲェ威力の攻撃魔法と目の前の少女が結びつかない。そんな俺の気持ちを察したのか、ダーヴィーちゃんが魔法について説明をしてくれる。


「われわれが文明を維持できるのは、魔法や魔導器のおかげ。精霊魔法なしでこの社会は成立しない。魔法を使える資質のある者が魔法を学び使うのは当然のこと」


「ふーん。じゃあ、なぜ森でハンターに襲われたとき反撃しなかったんだ?」


「私の魔法は威力が強すぎるので、人に対して使うことは師匠に禁止されている。もしユーキおねぇちゃんが助けてくれなければ、私は魔法で何をやっていたかわかわからない。ビージュとおねぇちゃんには感謝している」


 それは、そのかわいい手で魔法を発動し、たくさんの人を殺していたかもしれないということか。そうしないですんでよかった。本当によかった。


「みせてあげる」


 エルフっ娘はそう言うと、肩まで湯につかったまま右手を空に向けた。





 ダーヴィーちゃんの指先が赤くひかり、空中に残像で文字を書きはじめる。ゆらゆらした金色の文字が空中をただよい、それが環になってゆっくりと回り始める。魔法陣というやつだ。どんな魔法を使うつもりなんだ?


「魔法とは、先史魔法文明を築いた人々が、我々エルフや人類、ドワーフなどヒト型の生物の一部に授けてくれた奇跡の力」


 魔法陣の環が回転しながらゆっくりと上昇。5メートルくらい上空に達したところで、その周囲の空間が淡く輝きだす。


『警告、周囲の精霊に危険性の高いコードが転写されています』


 ヘアバンドが警告を発してくれる。ダーヴィーちゃんにとっては『奇跡の力』でも、ヘアバンドにとってはこの世界の人々が使う『精霊魔法』はすべて危険なコードあつかいなんだな。確かに危険きわまりないものが多いようだが。


「あー、これは安全だよ。大丈夫だ」


『……了解。緊急モード終了します』


 そして、奇跡が発動する。温泉のお湯がいくつもの小さな玉になる。直径数センチくらいのお湯の玉が、重力を無視して空中に浮かび上がる。キラキラ光りながら空中を漂う、温泉成分を含んだ小さな水球。


 おおおおおお、これはすげぇ。そして、なんて美しい。


 周囲の空間を満たす無数の小さなプリズムが、夕焼け混じりの太陽光を乱反射。キラキラキラキラ、なんて美しい。なんて幻想的な。


 おれは思わず立ち上がった。お湯から上半身がでているが、そんなことはどうでもいい。この世の物とは思えぬ幻想的な光景にみとれている。


 ダーヴィー、すげぇよ。おまえ天才だ!!!





 だがしかし、川辺の露天風呂の周囲で展開されるこの幻想的な光景を眺めていたのは、入浴中の女性陣三人だけではなかった。


「くそ、ダーヴィーめ。あんな魔法つかったら、空中の水玉が邪魔でよく見えないじゃないか」


 川の対岸、太い樹の枝の上にのり目をこらしているオオカミの少年が、幼なじみの魔法使いに対して悪態をつく。


 しかたがない、場所をかえるか。もっと正面から見える低い枝に移ろう。見つかる危険性は増すが、男ならばあえて危険を冒さなくてはならない時もある。今がその時だ。


 だが、飛び移ろうと瞬間、彼にむかって殺気がとんだ。


「小僧」


「……なんだ?」


 だれかがいる。動きがとまる。なぜ気づかなかったのか。オオカミである彼が後ろを取られるとは。すぐ後ろの木の枝の上に人がいる。


「動くでない! 見つかってしまうではないか」


 フキじいさん!


 ドラゴンのフキ爺さんが、人間形態のまま隣の木の枝の上であぐらをかき、悠々と座っていやがる。


「じいさん、なにやってるんだよ」


「おまえと同じ事じゃ」


「なに? まさか覗きか!」


「ほほお。お主、覗きをしていたのか。うむ。その気持ちわからんでもないぞ。やはり人妻の男好きのする豊満な肉体は色っぽいのぉ」


「ばばばばバカ野郎! オレのかーちゃんをいやらしい目で見るな!!」


「ふむ。では、ダーヴィーちゃんか? 少女から女へ成長しはじめたばかりの青い果実のような肉体……。うんうん、気持ちはわかるぞ、小僧」


「だめだ! ダーヴィーもだめだ! ダメだったらダメだ! みるな!!」


 爪とたて牙をむいてじいさんに飛びかかろうとしたビージュに対し、今度は別の声がかかる。二人よりも上の枝に人が居るのだ。


「そうですよ、フキさん。僕のかわいい弟子や、お隣の人妻をそのようないやらしい目でみるのは感心しませんね。それよりも、ユーキさんのマニアックな体型と貧乳はすばらしいとは思いませんか?」


 魔法使いバルデさんだ。枝にしがみつき、必死にぶら下がりながら覗いている。文化系の人間であるにもかかわらず、自分の体力を顧みないその情熱だけは、敵ながらあっぱれといえなくもないが。


「あ、あんたも覗きか! 大魔法使いが恥ずかしくないのかよ!!!」


「僕の事はどうでもいいのです。いま問題にすべきは、女風呂を平気で覗く女性の敵のオオカミと、いい年をして覗きなどという卑劣な行為を恥じない非常識なドラゴンでしょう」


 きりっとした顔で俺たちをにらみつけるコミュ障魔法使い。こいつ自分も覗きをしているくせに、真面目な顔をしてごまかそうとしてるな。


「そう堅いことをいうな。美しいものはみなで分かち合うべきじゃろう。このオオカミの小僧もふくめ、みな村の仲間ではないか」


「勝手に俺を仲間あつかいするな! それに、かーちゃんもダーヴィーもユーキねーちゃんも、おまえらに見られてたまるかよ」


「そうですよフキさん。どうしてもダーヴィーを覗くというのなら、親代わりの僕を倒してからにしてください」


 いつの間にかバルデさんの指先が光っている。攻撃魔法の準備だ。自分の覗きをごまかすためだけに、攻撃魔法を使おうというのか。凄まじい量の精霊が集まってきているのがわかる。


「ほっほっほ。おまえが気になるのは、弟子の娘ではなく人妻の方であろう? 惚れているのか?」


 フキ爺さんの挑発に、バルデさんがまっ赤になっている。


「ななな、何を言い出すのですか。野蛮なハチュウ類のくせに、人間の感情の機微など理解できるわけがないでしょ」


「サルがえらそうな口をきくのう。どれ、大魔法使いの力とやらをみせてもらおうか?」


 じいさんの体が光りだす。しわしわの体から鋼鉄のウロコが少しづつ浮き出てくる。巨大化する合図だ。


「ふっ、所詮は力まかせのちょっと大きいだけのトカゲ。人類の英知をみせてあげますよ」


 かつて王国随一の大魔法使いと呼ばれた男。そして齢三百才を越えるドラゴン。ふたりの間の空気の色が明らかにかわる。





 なんだ。なんでこうなった。どうして我々が争わなければならないんだ? このふたりが本気でなったところなど見たことがない。俺はいったいどうすればいいんだ?


 ビージュは混乱し狼狽する。しかし、オオカミの血を引いているビージュだってただ者ではない。すくなくとも一対一ならばこの二人に匹敵する力を彼は持つのだ。そんなビージュにはわかる。このままこのふたりが本気でやり合ったら、こんな村なんて吹き飛んでしまうだろう。


「ややややめろ、ふたりとも。こんなところで!」


 必死の形相で二人をとめる。しかし、いい年をした二人は止める気はないようだ。


「ビージュ君。君も同罪ですよ。もしかして君、幼なじみのダーヴィーはもう自分のものだとか思っていませんか? まさか釣った魚には餌はいらないなどと考えていないでしょうね」


 バルデさんの頭の上、いつの間にか巨大な魔法陣が完成しかけている。精霊魔法は一度発動してしまったら絶対にとまらない。彼が指をちょっとうごかすだけで、魔法は発動するだろう。


「わー、そうじゃなくて、ここで騒いだら、彼女達に見つかってしまうだろう!!」


「あっ、……そうですね」


 発動する直前、バルデさんは腕をおろす。巨大な魔法陣があっけなく消えていく。


「そうじゃのぉ。やはり美しい物はみなでなかよく愛でるべきじゃな」


 ドラゴンフキ爺さんも、元のしわしわの身体にもどる。周囲の空気があっというまに平静にもどる。


「成熟した大人の女性、成長を始めたばかりの少女、そして少々痩せすぎとはいえある意味マニアックな貧乳少女、どれも甲乙つけがたいではないか」


 うんうん。爺さんにつづき、コミュ障がうなずいている。ビージュはため息をつく。





 空中を舞う無数の水球を自由に操っていたダーヴィーが、はっと振り向く。そして、突然しゃがみこむ。顎までお湯につかる。川向こうの森を見ているようだが、俺には何も見えない


「ユーキおねえちゃん、お湯にはいって」


 どうした?


 俺はきょろきょろするのみだ。なにがあった?


「……まったく、あのおバカさん達は」


 ペレイさんが俺の前に立ちはだかり視界を遮る。正面から両肩をつかみ、俺をお湯のなかに押し込む。


 なに?


「私は攻撃魔法を人間に対してつかったことがない」


 ダーヴィーちゃん? どうした突然??


「師匠に禁じられていたのもあるが、あまりに強力で自分でもどうなるか怖かった」


 よくわからないが、そうだな。なるべく使わない方がいい。


「でも、……私はいま、はじめて人間に対して魔法をつかう」


 なんだ? どうしてこんなに怖い顔をしているんだ、このエルフっ娘は? いったい何を怒っているんだ?


 空中にはまだ無数の水球が浮いている。その中心で、ダーヴィーが新たな魔法陣を描く。


『警告、周囲の精霊に危険性の高いコードが……」


「大丈夫だって。だまってみてな!」


 そしてダーヴィーは腕を空中で大きくまわしはじめる。空中を漂う水球が増える。増える。さらに増える。無数の水球が回転しながら空高く上昇していく。


 高度数十メートル。森林の中の開けた空間の上空に、キラキラと輝く無数の水滴。その向こうには、沈み始めたとはいえいまだ強烈な光をはなつ太陽。


 水球に遮られ周囲が暗くなる。ちがう。水球で屈折された光が、焦点にあつまっているのだ。空中にうかぶ巨大なレンズ。地面の上の一点がまっ赤に焼け、……ドロドロと溶岩化している? なんという熱量。


 こ、これは、ソー○ーシステムそのものじゃないか!


 ダーヴィーちゃんが腕をゆっくりと動かすと、それにつれてレンズの向きがかわる。焦点が川向かいの森にむけて移動していく。溶岩の範囲が森に近づく。下草があっというまに焼ける。巨大な樹の根元が焦げ始める。


「も、森が焼かれていく! これが、連邦軍の新兵器の威力なのか!!」


 この魔法で都市をねらえば、大量破壊の戦略兵器としてつかえるんじゃないか? なんて恐ろしい魔法だ。


「この魔法の基本的なアイディアは師匠が考えた。でも既存の呪文を組み合わせて実現したのは私」


 得意そうなダーヴィーちゃんは、さらにレンズの焦点を移動させる。一本の大樹の上、一本の枝に向かって。


「ダ、ダーヴィーちゃん、木が燃えてしまうぞ?」


「かまわない」


 毅然とした顔のエルフっ娘。美しい。しかし、山火事になったら……。


 川向こうから絶叫が聞こえてきたのは、その瞬間だ。


「あちちちちちちち、やめろダーヴィー」


「そこ!!!」


 ダーヴィーが、声の方向に指をさす。さらに水滴が上昇する。巨大化したレンズの焦点が絞られ、一点に光が集中する。


「ぎゃーーーーー」


 深い深い森の中。まばゆいばかりの光の焦点から、一匹の巨大なドラゴンが飛びだした。


「ななななんという凄まじい魔法!」


 空中を逃げるドラゴンの尻尾の部分が焦げている。その頭の上には、二人の人間が乗っている。ビージュとバルデさんだ。


 ここにいたり、俺はやっと理解した。覗きか。覗きなのか! あの三人、許せん!



さらにつづく


次もお風呂のお話のつづきです


2013.08.18 初出

2013.08.19 誤字を何カ所か修正しました

2013.08.21 誤字を何カ所か修正しました

2015.06.28 誤字を何カ所か修正しました


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