15.こんな世界でこんな身体で、生きていく
いつのまにか、俺は大きな木の根元、すずしい日陰に移動されていた。ペレイさんの膝の上で横になっている。
この村は、元の世界でいえば赤道直下の熱帯にあるようなものだ。いつも気温が高くて湿度も高い。しかし、風通しのよい木陰ならば心地良い場所もある。『治癒魔法』の後遺症、それに昨晩ほとんど眠れなかったこともあり、俺は知らぬ間にうとうとしてしまったらしい。
眠っているのか起きているのか自分でもよくらからない朦朧とした意識の中、遠くからわずかに声がきこえるような気がする。コミュ障ポンコツ大魔法使いのバルデさんとペレイ母さんが何か話し合っているようだ。
「うーむ。ユーキさんの治癒の魔法がこれほどとは、おどろきましたねぇ」
「ええ。でも、たしかにバルデさんの傷は治癒しましたが、かわりにユーキちゃんが倒れてしまっては意味がないわ」
「どうやら、治癒の魔法とは、自分の生命力を精霊に託して対象に分け与えるという仕組みのようですねぇ。あれほどまでにユーキさん自身の体力を消耗するとは、予想していませんでした」
「いくら凄い魔法でも、これではあまりつかえませんわね。こんなに華奢な体のユーキちゃんがそんな魔法を使ったら、すぐに生命力がなくなって倒れてしまいます」
「そうですね。ダーヴィーが言っていた『攻撃魔法を防御する魔法』というのも是非見せてもらいたかったのですが、……今日はやめておきましょうか」
「あたりまえです。そもそも、治癒の魔法を試すために、あんなに大ケガをする必要はなかったんじゃありませんか? もっと小さな傷なら、ユーキちゃんの負担も少なかったでしょうに。それに、もし魔法が上手くいかなかったら、バルデさん、あなた死んでいたかも知れないんですよ」
「ははは、そうですね」
「……確信があったのですか? ユーキちゃんの魔法ならば、どんな傷でもなおしてしまうという」
「はぁ、まぁそんなところです。先ほどもいいましたが、この娘の周りには常に膨大な量の精霊が集まっていますから」
「治癒魔法を使ったときは私にも感じられましたけど、……普段からそんなに精霊があつまっているんですか? このユーキちゃんの周りに? 今もですか?」
「ええ。まるでこの娘を守るようにね。僕は過分にも大魔法使いなどと呼ばれていますが、その私をしても精霊をよべるのは、呪文を唱え魔法陣を展開したときだけです。僕をはるかに凌駕する天才であるダーヴィーだってこれは同様ですし、魔導銃などの魔導器も単にそれを自動化しているに過ぎません。そして、たとえ精霊をよんでも、我々に使える魔法は攻撃魔法ばかり。治癒や防御の精霊魔法なんてものは、そもそも魔法陣の伝承さえありません。……なのに、ユーキさんだけは、常に精霊達が自発的に守っている」
「……つまり、どういうことなんですか?」
「別の言い方をするとですね。ユーキさんは常に、二十四時間、いつもフルパワーで精霊魔法を発動しっぱなしなのですよ。私たちがいまだに知らない治癒や防御に関する未知の精霊魔法をね。そうしないと彼女は生きていけないのかもしれません。そして、他人に対して治癒魔法を使うと、自分を守るパワーが削がれてしまう。そのためにユーキさんの体調が悪くなるのでしょう。要するに、……要するにですね、一言でいってしまうと、ユーキさんは我々とは根本的にちがうのです」
「根本的に、……ですか?」
「そうです。ペレイさんは、……いえ、我々人類はみな、ユーキさんのような存在を潜在意識の中で知っているはずです。王国の建国神話の中にある、精霊達を作り、この世界にばらまいた聖なる存在を。異世界から突如あらわれ、先史魔法文明を築き、そして原始的な暮らしをしていた我々人類に知恵と、文明と、精霊魔法を与えてくれた者達を……」
「それはつまり……、あ、あら、ユーキちゃん、目がさめた?」
俺は目を覚ました。頭の中がまだ朦朧としているが、気持ちの悪さはかなり回復したようだ。
「大丈夫?」
「え、ええ、もう平気です」
俺は頭を左右に振って、強制的に目をさます。いったいどれくらい寝ていたのか。いつのまにか太陽が真上に昇っている。
「ご心配をおかけしたみたいで……」
「いえ、気にしないでいいのよ。もともとこの大魔法使いさんバカな事したせいだから」
バルデさんが、すまなそうに頭をかいている。
「なんにしても、治癒の魔法は確かに便利だけど、あまり使わない方がいいわね。誰かを助けても、ユーキちゃん本人が倒れちゃったら元も子もないわ」
ため息をつきながら、ペレイさんがつぶやく。この世界では治癒の魔法とやらは貴重らしいが、もしかしたら期待を裏切ってしまっただろうか。
今しかない。だめでもともとだ。俺はペレイさんに向かって、ある提案をする。俺の身の振り方について、昨日の夜からずっと考えていたことだ。
「ペレイさん!」
「なに、ユーキちゃん。あらたまって」
「……その、俺、行くところがないんです。昨日とめていただいた上に厚かましいお願いなのですが、もし可能なら、俺をしばらくこの村においてくれませんか? 医者の代わりにはなれないけど、けが人が出たときには俺が治すということで。一日に数人なら俺の体力も大丈夫、……だと思います。だから」
昨日はまだ確信がもてなかった。しかし、今日わかった。どうやら俺は本当に『治癒魔法』とやらが使えるらしい。けが人を助けることができるらしい。この訳のわからん世界で生きていくには、とりあえずその能力を活かすしかないだろう。治癒魔法の発動方法についてはいまひとつはっきりしないが、それはそれ、おいおい解明していけばなんとかなるにちがいない。
このとき俺は、十数年間の人生でも数回しか見せたことがないくらい、真剣な顔をしていたはずだ。ペレイさんはそんな俺の顔をまっ正面からみつめ、そして微笑んでくれた。
「あら、ユーキちゃん。私はね、はじめから一晩だけじゃくて、ずっといてもらうつもりだったわ。ビージュの命の恩人ですもの」
えっ?
「村のみんなには私から話しておくわ。それと……、ユーキちゃんは他人の治癒とか気にしないでいいのよ。この村では、とりあえず食べていくだけなら困らないのだから。記憶が戻るまでいつまでもいていいのよ」
な、なんという天使。なんという慈愛にみちた微笑み。
「あ、あ、ありがとうございま、しゅ」
最後は言葉にならなかったかもしれない。俺は泣いていたのだ。
「よろしくおねがいします」
ペレイさんが肩をだいてくれる。
こんな訳のわからない世界にきてしまったが、人間の優しさは変わらない。訳のわからない身体になってしまったが、その魔法の能力のおかげで人の役に立てる。我ながら楽天家がすぎるとも思うが、これならばなんとか生きていけるかも知れない。
いつまで経っても、涙は止まらなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
とりあえず住むところもきまったということで、本格的な異世界ライフが次回からはじまる予定です。
これらかもよろしくおねがいいたします。
2013.08.15 初出




