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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第1章 目覚めたら異世界
14/71

14.治癒魔法の使い手はとっても貴重らしいよ


 よくわからないが、俺は記憶喪失ということになってしまったらしい。


 確かに、異世界からきたなどという俺の境遇なんて正直に話しても誰も信用してくれないだろう。作り話をして辻褄が合わなくなったり、狂ってると思われるよりは、『覚えていない』で通してしまったほうがいろいろと便利かもしれない。そもそも、この身体の持ち主であるアーシスの過去の記憶がまったくないという点では、記憶喪失も決して嘘じゃないし。


 しかし、『記憶はなくても、治癒の魔法とやらで皆さんを助けることはできます』なんて口走ったのは、ちょっと早まったかもしれない。村の人々があまりにも良い人ばかりだったので、これはひとつ恩返しをせねばなるまい、などと思ってしまったのだが、しかし俺は自分の魔法とやらの発動の仕組みがまったくわかっていないのだ。





「ユーキさん……。では、治癒魔法の実演をおねがいできせんか?」


 バルデさんが、真正面から俺の目をみつめている。


「えっ?」


 悪意が無いのはわかっているのだが、その実験動物を見るような目で俺を見つめるのはやめてくれ!


 とはいえ、飯をごちそうになっている身だ。できるだけ協力してあげねばなるまい。でもあの魔法、体力を消耗するんだよなぁ。


 なんだ、なんだ?


 小さな小さな村だ。バルデ師弟とペレイ親子が野外で飯を食っていればそれなりに目立つ。狩りや畑仕事にでかける途中の村の住人が、少しづつあつまってくる。わらわらとあつまるファンタジー世界の住人達は、村の新参者である俺に興味津々だ。


「だ、誰を治癒すればいいいかな?」


 俺はちょっと気圧されている。緊張して声が裏返った。


「そうですねぇ。……じゃあ僕が今からケガをしますので、治してみてください」


 ん? 何をするつもりだ?


 そう言うやいなや、バルデさんは呪文を唱え始めた。


「師匠! こんなところで魔法をつかってはダメ!!」


 弟子のダーヴィーちゃんが必死の形相で袖を引っ張り止めようとしているが、自称大魔法使いは「大丈夫、大丈夫」とまったく気にしていない。


 ぽう。輝くばかりに光り始めた右手の人差し指を天に向け、バルデさんが空中に文字を書き始める。ゆらゆらとたなびく金色の呪文が、やがて円環となりゆっくりと回り始める。


 これは、魔法陣というやつだ!


「ちょっと騒々しいかもしれません。みなさん伏せてください」


 んん? 俺が気づいたときには、周囲に居たはずの人々はみな地面に伏せていた。なんだ? いったいなにが始まるんだ?


「バルデさんはいつもこうなのよ。ユーキちゃんも、はやく伏せなさい!」


 ペレイさんが無理矢理覆い被さってくる。


『警告! 周囲の精霊に危険性の高いコードが転写されています』


 ヘアバンドの警告だ。しかし、バルデさんがみんなの前で使う魔法だ。危険ということはないだろう。ないはずだ。ないよね。


「危険じゃないから、なにもしなくていい!」


 俺がヘアバンドに命じたまさにその瞬間、バルデさんの魔法が発動した。


 周囲の気温が一気に下がる。大気中の水分が凝結し、空中で氷の結晶が成長を始める。


 これは、……ツララ。いや、氷の刃だ。無数の巨大な刃が、何もない空中に浮いている。刃先を下に向け、地べたを這いずる生き物たちを狙っている。


 おいおいおい。まさかアレが俺たちにむけて落ちてくるんじゃないだろうな。


 バルデさんが腕ごと指を下に向けた瞬間、俺はわるい予感が的中したことを知る。キラキラ光る無数の刃の雨が、地面に向かって落下を始めたのだ。


 ザク


 ペレイさんと地面に伏せた俺の目の前の地面に、人間の背丈ほどもある巨大な刃が深々と突き刺さる。


 ひぃいいい


 氷の冷気が感じられるほどの距離。氷の刃に映っているのは自分の顔。恐怖にふるえる少女の顔だ。


 ザク、ザク、ザク


 一本だけではない。無数の刃が、雨のように降り注ぐ。逃げ場などない。


 ヘアバンドが『防御結界コード』とやらを実行する気配はない。俺の言うことを素直に聞いてくれたのか。しまった。防御してもらえばよかった!


 広場の中は阿鼻叫喚だ。集まっていた人々をかすめるように、無数の氷の刃が地面に向けて凄まじい速度で垂直に突き刺さる。ひとつ避けても、次から次へと落下してくる。気がつけば、広場の中は鋭い刃が柱のように林立していた。


 けが人がひとりも出なかったのは、偶然なのか、それともこれこそが大魔法使いバルデさんの大魔法使いたる所以なのか。……いや、けが人がひとりいた。人騒がせな魔法を実行した張本人、バルデさんだ。


「バババルデさん、腕が!!」





 氷の刃の魔法の発動が終わり、あたりが静かになったのを確認して、俺は頭を上げた。周囲には、触るだけで腕ごと切断されてしまいそうな巨大な氷の刃がいくつも突き刺さっている。


 人騒がせな魔法だが、確かにこれはすげぇ。さすが大魔法使いだ。……でも、いったいなんのためにこんな大げさな魔法つかったんだ?


 その答えはすぐにわかった。バルデさんが、自分の腕をこちらに向ける。


「さあ、ユーキさん。君の魔法で僕の腕を治してください」


 バルデさんの腕には、一本の氷の矢が深々と突き刺さっていたのだ。


 お、お、お、おまえ、このために、これだけのために、あんな大げさな魔法を発動したのか?


「あ、こんなケガじゃ物足りないですか? もう一回やりましょうか? でも、これけっこう痛いんですけどねぇ。というか、思ったよりも大量の血が吹き出てきましたよ」


 おい、血が、血が、大量に吹き出しているじゃないか。その氷の矢、動脈に命中しているんじゃないのか? あたり一面が真っ赤に染まっているぞ。おまえ、バカだろ! このままじゃ死ぬぞ!!


 氷の刃の魔法の衝撃から立ち直った人々が、こんどはバルデさんの大ケガをみて悲鳴をあげる。ペレイさんも真っ青になっている。弟子であるダーヴィーちゃんが必死になって師匠の腕をつかんでいる。血を止めようとしてるのだろう。


「バカ師匠!!!」


「あっ、あれ、ちょっと魔法の力が強すぎたかな? それにしてもすごい血ですねぇ。あれれ、……なんかくらくらしてきたぞ」


「バルデさん! あなたはどうしていつも限度というものを考えないのですか!」


「い、いや、でも、ユーキさんが治してくれるのなら、問題ない、はず、ですよ……ね?」


 「ね?」と言われても。俺はどうすればいいんだ? 吹き上げる血柱。どんどん青白くなる顔。自称大魔法使いのあまりのアホさ加減に、村人達は大騒ぎになる。


 俺も息がとまった。この出血は昨日のビージュ君よりも凄い。しかも、こいつは頑丈なオオカミ男ではない。見るからにひ弱そうな魔法使いだ。


 これはやばい。本当に死んでしまうかもしれない。なんて責任重大な俺。どうする? 治癒のコードって、昨日はどうやった。頭のヘアバンド、じゃなくてクシが関係しているのはまちがいないのだが。


 俺は自分の頭をさわる。


「おい、治癒コードとやらを頼む」


 反応がない。さっき助けを断ったので、気分を害してしまったのだろうか?


「おいったら、頼む、治癒コードだよ。昨日やっただろう? このままではバルデさんが死んでしまう!」


 こんなことをしている間にも、バルデさんの顔色がどんどん悪くなる。


「たのむ、おねがいだ。バルデさんを治癒してくれ」


 俺はあせりながらも、必死に思い出す。昨日は、どうやった? 昨日は、……そうだ、ビージュの傷を塞ごうとして、手が血まみれになっていた。俺は左手をバルデさんの傷口にあてる。


 すぱっと綺麗に切れた傷口から、大量の血が噴き出している。もちろん手の平で傷口を押さえたからといって、血が止まるわけがない。吹き出した血によって俺の体中が真っ赤にそまる。そのまま血まみれの手でヘアバンドに触れる。


「おねがいだ。血を止めてくれ!!!」


 絶叫した直後だった。


『緊急モード開始。治癒のコードを実行すると、アーシスのための生命維持活動が一時的に約20%低下します。よろしいですか?』


 しゃべった! しゃべってくれた!!


「ももももちろんだ。はやく! 20%といわず、全力でいけ!!」


『了解。認証確認。権限確認。治癒用コードを転写中」


 まずヘアバンドのまわりが、そして俺の頭の全体が光り出す。天使の輪のような輝きがさらに広がり、俺の体の周囲全体が光り出す。やさしくてあたたかい光が俺をつつむ。


 とりあえず治癒のコードとやらは発動したようだが、もちろんまだ安心などできない。バルデさんは今にも死にそうだ。はやく、はやく! はやく!!




 俺は、このとき切羽詰まっていた。周囲の人々から俺がどのように見られているのかなど、気にする余裕などなかった。


「すごい」


「ユーキちゃんのまわりに、光るものが。これが、精霊?」


 一般に、魔法使い以外の人間には精霊を感じることはできないと言われている。しかし、このときの俺の身体は、ペレイさんをはじめ魔法を使えない誰から見てもほのかに光っていたらしい。


「おねぇちゃん! こんなに密度の濃い精霊は、はじめてみた……」


 あとでダーヴィーちゃんに聞いたところによると、あまりにも精霊の密度が濃くて、さらにあまりにも活動が活発で、要するにこの世界の人々の常識をはずれた強さの魔法が発動されていたということだそうだ。あわい光の繭に包まれている俺をみて、村人達は目を見張っていたのだ。


『……転写完了。治癒コードを実行します』


 ヘアバンドが宣言すると同時に、今度はバルデさんの腕の周りが明るく輝きはじめる。


「精霊が、……ユーキちゃんの周囲にいた精霊達が、バルデさんのケガに集まっていく」


 緋色の髪の小さな少女が身にまとう淡く柔らかい光の粒子が、バルデさんの傷口にむけて流れていく。その姿はまるで、小さな華奢な身体から、自らの生命力を分け与えているかのように見えた。


 なんて優しい。なんて神々しい。かつてこの世界の人々や魔物を作り出し、知恵をあたえ、精霊魔法を教えた神話の中の存在。それが実在したとしたら、このような姿なのではないか。目の前の少女はまるで……。






 おおおお、効いている効いている。傷が治っていく。盛大に流れ出ていた出血が止まる。あれだけ深々と氷の矢に貫かれた傷口が、徐々にふさがってくじゃないか。よくやったヘアバンド。そして精霊。


 それにしても、この治癒魔法というのは、いったいどんな原理なんだ? ビージュを治癒したときには『細胞活性を増進する物質を投与する』と言ってたな。大気の分子からホルモンみたいな物質を合成して細胞に投与しているのか? それとも細胞組織の中に入って直接遺伝子をいじくる物質を合成したりしてるのか? なんにしろ、凄いテクノロジーであることはちがいないが。


「こっこれは。……みるみる傷がふさがっていきますね」


 バルデさんが、まるで他人事のようにつぶやいている。


「凄い! ユーキおねえちゃん」


 弟子のエルフっ娘ダーヴィーちゃんが、目をまん丸にして驚いている。泣いてるんじゃないか?


 数分後、俺とバルデさんを包んでいた光が薄まった頃、バルデさんの腕の傷は跡形もなくっていた。何事も無かったかのように元通りにもどってしまったのだ。


 オオカミ男のビージュ君が、モフモフの尻尾を千切れるほどふりながら、俺を尊敬のまなざしで見ている。ダーヴィーちゃんが、感激のあまり俺に抱きついてくる。まわりのギャラリーからため息が漏れる。やがて拍手にかわる。


「凄い! まったくもって凄い! いったいどうやって……」


 自分の腕と俺を何度も何度も見比べながら、バルデさんが尋ねる。


 よかった……。治癒できて本当によかった。これで治癒の魔法が発動せずにバルデさんが死んでいたらと思うと、冷や汗しか出ない。


「治癒の精霊魔法は、他の攻撃魔法とはことなり、王国の歴史上でも数人しか使い手がいなかったはずなんです。僕はその秘密をずっと追い求めてきました。まさか、こんなところで使い手に出会えるなんて」


 バルデさんが興奮している。困惑する俺の両手を握りしめふりまわす。


 しかし、大魔法使いさんが興奮しているところわるいが、その時の俺は正直いってそれどころではなかったのだ。


 ぐらり。


 緊張がとけ、ほっとした途端、強烈な目眩がおそってきた。


『警告! 血圧が低下しています……』


 わかってるよ。自分が一番よくわかってる。昨日と同じだ。『生命維持活動の一時的な低下』ってやつか。だるい。目眩がひどい。気持ち悪い。吐き気がする。


「……どうしました?」


 目の前のバルデさんが、俺の様子に気づいてくれたらしい。


「ご、ごめん。どうもこの『治癒魔法』をつかうと、俺の体力がやばいらしくて。ついでに寝不足で……」


 ぐら。


 あ、だめだ。身体を起こしていられない。平衡感覚が狂う。そのまま横に倒れこむ。


「ユーキねぇちゃん!!」


 すぐ横にいたのはビージュだ。身長の割に逞しいオオカミ少年は、俺をしっかり支えてくれた。そのまま、あぐらを組んだ少年の膝の上に、しずかに寝かされる。


「どうしたユーキねぇちゃん。また吐くのか。吐いて楽になら、このまま吐いていいぞ」


 おお、おまえ、なかなか男前だな。……じゃ、遠慮なく。


 うっ。ぐぇぇぇぇ。


 俺は、そのまま吐いてしまった。胃の中には吐く物などほとんどなくて、わずかな胃液をビージュの膝のうえに力なく垂らした程度だったが。……ごめん、ビージュ。股間の部分に俺の吐瀉物がもろにぶっかかったか。さっさと洗いに行けよ。


 昨日と同じだとすると、最低でも一時間くらいは復活できないだろうなぁ。せっかく剣と魔法のファンタジーの世界に来たというのに、なんて不便な魔法なんだ。……そんなことを思いながら、俺はペレイさんの膝の上に移動し、いつのまにか寝息をたていたのだ。

 

 

 

2013.08.15 初出

2013.08.28 ちょっとだけ表現を修正しました

 


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