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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第1章 目覚めたら異世界
13/71

13.記憶喪失、ということになったらしいよ



 夜。星空というのは、こんなにも美しかったんだなぁ。俺は、粗末な寝床に仰向けになりながら、窓の外の空を見上げている。


 ペレイさん母子の家には、人工の明かりが全くない。窓から見上げた満天の星空が眩しいほど明るい。そして、信じられないほど美しい。それに気づいてから、しばらくのあいだ瞬きを忘れたほどだ。


 残念ながら、いくら星座を眺めていても、ここが地球なのかどうかはわからなかった。しかし、俺のいた二十一世紀の日本ではないことだけは確かなようだ。大地の自転にともないゆっくりと空を横断していく星々のなかで、たったひとつだけ微動だにせず真上の空を陣取りつづけている天体(?)が存在するのだ。


 それは白く輝き、真ん中に穴の開いたドーナツ型、しかも三分の一ほどの部分が欠けていた。明らかに、俺の知っている月ではない。ていうか、あんな幾何学的な形をしたものが、天然物の天体であるはずがない。


 あれは静止軌道上を運行している。体感で判断するしかないが、この大地の重力加速度は地球のそれとそれほどかわらないだろう。一日の時間、要するに大地の自転速度も、地球とあまり変わらないように思える。ならば、静止軌道は大地から数万キロのオーダーだろう。その距離で、裸眼でドーナツ型だと判別できるほどの巨大な衛星。某宇宙移民者の公国の宇宙要塞みたいなものだろうか? それとも魔法の産物? もしかしたらあれ自体が生物、魔物なのか? テレビ版の十番目だか十四番目くらいの使○は、衛星軌道上から攻めてきたな、そういえば。


 ちなみに、となりの立派な石造りの家、魔法使いバルデさんと弟子のダーヴィーちゃんの暮らす家には、しっかり明かりがついている。ランプではなく、人工的な『魔導器』を使ったあかりだそうだ。


 本当になにからなにまで、ここは俺のいた世界とは違う、異世界なんだなぁ。




 俺がいま寝ているのは、そまつな板で作られた箱のようなベッド。その上にわずかな干し草をひいて、シーツをひいただけの寝床だ。本来はオオカミ少年ビージュ君の寝床だったらしいが、俺のためにあけてくれたのだ。ちなみに、ビージュとペレイさん親子は、似たような隣のベットで、ふたりで丸くなって寝ている。二人では狭いだろうに、かすかな寝息しか聞こえない。安らかに熟睡しているようだ。


 隣の俺はというと、……眠れない。


 今日一日で俺の身に起こった出来事は、肉体的にも精神的にもあまりにも強烈な事件ばかりだった。そのうえ、治癒の魔法とやらを使った後には、体調不良でぶっ倒れるほど消耗した。


 にもかかわらず、俺は眠れない。慣れない寝床、慣れない枕というのもあるだろう。しかし、もっとも大きなものは、……不安だ。


 俺は、もう帰れないのだろうか。一生この身体のままなのだろうか。そして、……マコトにはもう会えないのだろうか。


 自分では呑気な人間のつもりだった。両親にもマコトにも、なにかにつけ脳天気といわれてきた。もしファンタジー世界に行けたなら、勇者となって大冒険してやろうと思っていた。その気持ちはこの期に及んでも完全には消えてはいない。しかし、さすがにこの状況には、すこしばかり精神的に参っているのかもしれない。


 ヘアバンドに何回さわっても、あれから一度もしゃべってはくれない。なんど寝返りをうっても、眠ることができない。外が明るくなった頃わずかにうとうとしたものの、夢の中にアーシスは出てきてくれなかった。


 半ば以上あきらめながらも、目覚めるときはほんの僅かだけ期待していた。しかし、……やっぱり目覚めた場所は俺の部屋ではなかった。となりにマコトはいなかった。やっぱりここはファンタジー世界のままだった。頭痛がガンガン、目眩でくらくらなのは、寝不足のせいだけではない。




 この村は平和だ。村人の外見だけみれば有象無象の百鬼夜行だが、人々(?)は基本的にお互い無干渉に、そして平和に暮らしている。


 気候はつねに温暖、というか暑いくらいで、村の周囲は動植物の宝庫。果物やキノコも豊富で、小規模ながら畑もあるそうだ。しかも、住人は基本的に人間以外のモンスターがほとんどで、いろいろとファンタジーな特殊能力を持っていたりもする。したがって、獲物としての動物の狩りは難しくはない。貧乏を気にしなければ食うに困ることはない。


 日用品に関しては、二三の信用できる行商人が数ヶ月に一度村を尋ねて来てくれるらしい。現金収入の手段はほとんどないが、それでも野生動物や魔物の毛皮、肉などが、商品として売れることもある。また、みかけによらず王国有数の大魔法使いでお金持ちでもあるバルデさんが、たまにおしのびで街まで買い物をしにいくそうだ。


 ……てなお話をダーヴィーちゃんから聞きながら、俺は干し肉にかじりついてた。朝食の時間だ。ペレイさん母子の家が狭いので、外の広場に布を無造作に敷き、そのうえにご近所の数家族が車座にすわって仲良く朝飯を食っているのだ。


 ペレイさんとオオカミ男ビージュの母子、そして隣の変態魔法使いバルデさんと弟子のエルフっ娘ダーヴィーちゃん。この二家族(?)は、ふだんから一緒に食事をすることが多いそうだ。


 それにしてもこの身体は飯が食いづらい身体だ。口が小さすぎる。干し肉を力一杯噛んでもかみ切れない。いくら噛んでも飲み込めない。このアーシスの身体は、なにからなにまで小さすぎてか弱すぎるのだ。極端な寝不足のせいもあって、あまり食欲もない。ほんの数口くっただけで、腹いっぱいになりつつある。


「ユーキねぇちゃん、もっとたくさん食えよ。そんなチマチマ食ってたんじゃ成長できないぞ」


 ビージュ少年が俺の胸のあたりを見ながら余計なことを言って、ペレイさんにげんこつを喰らってやがる。いい気味だ。俺だって好きでこんな身体してるんじゃないんだよ。





 皿の上に山盛りのふっくらしたパンは、柔らかくて美味かった。バルデさんの差し入れだそうだ。彼が街から仕入れてきた材料をもとに、よくわからない魔法をつかって焼いているらしい。


「美味しいパンをいつもありがとうございます、バルデさん。この村では人間用の食品はあまり手に入らないから、助かるわぁ」


 ペレイ母さんが美味しそうにパンをほおばっている。それを横目で見つめながら、ずり落ちた眼鏡を治すバルデさん。


「いっいっいえ、いつもダーヴィーがお世話になってるお礼というか、料理は僕の趣味みたいなものなので、気になさらずに」


 あいかわらず相手の目をみないでしゃべるな、この大魔法使いさんは。そんなバルデさんが、ふと気づくと俺の顔を正面からのぞき込んでいた。


「えーと、その、ユーキ……さん。昨日も言いましたが、僕は精霊魔法を研究しているんです。君の魔法についていろいろ聞きたいことがあるんだけど、よろしいですか?」


「は、はぁ」


「……まずは、君の周囲に大量の精霊が集まっている理由について教えて欲しいのですが」


 大魔法使いさんは、眼鏡の奥の目をキラキラさせている。おっさんがそんな表情をしても可愛くはないが、学者っぽい雰囲気はきらいじゃない。弟子のダーヴィーちゃんも興味津々といった体で俺を見つめている。


「い、いやぁ。俺にもさっぱりわからないんです。精霊達が俺を守ってくれているのは確からしいけど、その仕組みまではさっぱり」


 俺はこう答えるしかない。


 夢の中であったアーシスによると、この惑星の環境を制御する『精霊システム』とかいうものを作ったのは、アーシス達らしい。その『精霊システム』というのは、アーシス=俺を守ってくれる存在らしい。この世界での俺の生命維持を担っている、言い換えれば俺が生きていられるのは精霊のおかげであるらしい。そこまではわかる。いや、くわしい仕組みはわからんが、言葉の意味だけはわかる。しかし、それ以上詳しいことは俺にはまったくわからないのだ。しかも、アーシスは『この世界にひとり取り残された』といっていた。ということは、アーシスの仲間はこの世界にはいない。精霊について知る者はこの世界にいないということか。


 大気中にいても目に見えないということは、『精霊』とは細菌やウイルスを改造したものなのだろうか? それともナノマシンみたいなものか? いや、ファンタジー世界にありがちな『風の精』とか『火の精』がこの世界に実在して、それを調教したという可能性だって否定できない。こんな世界にたった一人で放り出す前に、もう少しいろいろ教えて欲しかったぞ、アーシス。


 俺は腕をくんで頭をひねる。そんな俺を見ても、バルデさんはあきらめなかった。


「そうですか。……ならば、貴方はどうやって精霊魔法を、具体的には治癒魔法を発動させたのですか?」


 さて、どう説明したものか。ヘアバンドの事は、……うーん、言わない方がいいかなぁ。秘密にする必要もないかもしれないけど、詳しい事を聞かれても俺も説明できないしなぁ。それに、これ俺の頭からどうやっても取れないし。あまりいじくられても、持ち主のアーシスに申し訳ないしなぁ。


「俺自身も、どうすれば魔法が発動するのかいまいちわからないんだ。ていうか、もともとこの世界に住む人々は、どうやって『精霊魔法』を発動させているんだ?」


 ふと見ると、バルデさんとダーヴィーちゃんの魔法使い師弟だけでなく、周囲の人々はみな絶句している。そんなことも知らないの? という顔をして俺を見ている。あれ? 俺なんかへんなこと聞いた?





「精霊魔法とは」


 ダーヴィーちゃんが解説をしてくれるようだ。賢い子だなぁ。


「……この世界に生まれた人類の中でも、生まれつき精霊を感じることができる者だけが使えるもの。大気中にあまねく存在する精霊達に魔法陣を使って命令を与えることにより、特定の物理現象を発動する奇跡の技。精霊魔法のおかげで、人類は魔物に打ち勝ち、文明を発展することができた」


 ほほお。たしかに、あの悪党ハンターの仲間の爆発魔法の使い手は、キラキラした文字を空中に描いて魔法陣っぽいものを作っていたな。あの魔法陣を使って大気中の精霊に命令をあたえると、精霊達が物理現象を発動してくれるというわけか。


「ちなみに普通の攻撃魔法の使い手は千人に一人程度と言われている。そしてユーキお姉ちゃんが使った治癒の魔法は、歴史上でも数人しか使い手はしられていない」


 ほほほお。アレはそんなに貴重なものだったのか。


「はるか昔、神話の時代。先史魔法文明を築いた人々が、我々の祖先の一部に精霊魔法を発動する魔法陣を与えたと伝えられている」


 ほほほほぉ。それがもしかしたらアーシス達が原住民に与えたという『ほんの一部のコードの実行権限』という奴なのか? 話の流れからいって、そうなんだろうなぁ。


「でも、ねーちゃんが治癒魔法を使った時は、魔法陣なんてつかわなかったぞ」


 オオカミ男が横からちゃちゃを入れる。たしかにそうだ。あの時はヘアバンドが勝手に発動してくれたんだよね。


「うーーん、ごめん。さっきも言ったとおり、俺、本当に自分が使った『魔法』がどうやって発動したのかわからないんだ。魔法陣の書き方もしらないし」


「……それでは、いつから『魔法』を使えたのでしょう? 生まれつきですか? それとも何かきっかけが?」


 バルデさんは、なかなかあきらめてくれない。


「えーと、それもわからない。覚えていないんだ」


 俺はそう答えるしかない。


「まさか、……記憶喪失ですか?」


 えっ?


「あなたはなぜ森にいたのか、自分がいったいなんなのか、覚えていないのではありませんか?」


 ああ、たしかに、そこらへんの説明は村の人々に一切していない。やっぱり不自然だと思われていたのか。というか、説明しても理解してもらえないだろうなぁ。『昨日までは異世界で男子高校生やってました』なんて誰も信じてはくれないだろうし、最悪の場合、狂っていると思われてしまうかもしれないなぁ。


「森の中でよほどショックな事件に巻き込まれたのでしょう。それならば記憶喪失もありえます」


 バルデさんが勝手に納得して、うんうん頷いている。


 ちょっとまってくれ、それで納得しちゃうのか? ……と言いかけて俺ははたと気づく


 俺は、この世界のことも、そしてアーシス達がつくった精霊システムのことも、なにも知らない。この肉体の持ち主であるアーシスの過去の記憶が無い、と言う意味では記憶喪失といっても決して嘘ではない、といえないこともない、か。


「そう……、かも。でも、そんな、深刻なものでは……」


「ユーキねぇちゃん……」


 ダーヴィーちゃんとビージュ君が、ウルウルとした目で俺を見つめている。なんて不幸な女の子なのだろうと、同情してくれているのか。


「なんて可愛そうなユーキちゃん」


 ペレイさんが思い切り抱きしめてくれる。豊かな胸に顔を埋められ、息ができないほどに。『そんな深刻なものじゃないから心配しなくていいよ』と言い出すタイミングを、俺は完全に失ってしまった。


 ひょっとして、このアーシスの外見に、みんな庇護欲を刺激されているのか? なんて善人ばかりなんだ。こんな村に隠れ住んでいる君たちだって、決して幸福な境遇じゃないのに、そんなに心配してくれると申し訳ないぞ。


「あ、ありがとうございます。で、で、でも、記憶はなくても、治癒の魔法とやらで皆さんを助けることはできますし」


「ユーキちゃん……。私たちがついているわ、しっかり生きなさい」


 みな、口々に慰めてくれる。そういえばアーシスにも似たような事、言われたような気がするな。ひょっとして今の俺って、ちょっとかわいそうな境遇なのか? いままでまったく自覚しなかったが、そうなのか?


 そんな俺をたすけてくれるなんて、なんていい人達なのだろう。ファンタジー世界も悪くないかもしれないなぁ。



 

2013.08.14 初出

 


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