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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第1章 目覚めたら異世界
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12.女の子の着替えというのは、こんなにも恥ずかしいものなのかね?


 あたりが薄暗くなった頃、俺はオオカミの少年とその母が住むという家に案内された。こんな隠れ里のような村にお客さんが来ることなどほとんどないとのことで、ビージュ少年もペレイさんもちょっとだけ嬉しそうだ。まぁ、そうだろうなぁ。


 そこは、小さな小さな家だった。豪華な石造りの家から竪穴式住居まで多種多様な家が存在するこの村の中でも、一二をあらそうおんぼろさ。お世辞にも綺麗とはいえない掘っ立て小屋。壁は薄い板張りで、床は無い。土間の居間が一部屋だけ。親子が寝ているのは、つぎはぎだらけのシーツが引かれた板張りの小さなベットがふたつ。


「おどろいた? 汚くてごめんなさい」


「いっ、いえ。寝られるだけで……」


 実際、貧しいのだろう。だが、これだけ暖かくて、しかも食うには困らない自然豊かな森だ。文明を享受することをあきらめて、ある程度割り切って生きていくだけならば、これで十分なのだろう。


「あら、ユーキちゃん、あなた裸足じゃないの」


 おお、そういえば。咄嗟に自分の足元を見てみれば、ひたすら細くて華奢で白い脚が、擦り傷切り傷だらけで血がにじんでいる。


「脚がきずだらけよ。靴は……とりあえず、これでいいかしら」


 土間の隅っこから、藁で編んだわらじみたいのが出てきた。和風なんだか洋風なんだかよくわからん世界だな。


「服も、……それ、ぼろぼろね。ちょっと大きいけど私のを貸しましょうか」」


 一応クローゼットなのだろう。唯一の家具とも言えるただの箱のなかを、なにやらごそごそ探っている。


 確かに、靴と服は重大な問題であった。それを解決してくれるペレイさんには、いくら感謝しても足りないくらいだ。しかし今の俺には、いやうら若い乙女であるアーシスのこの身体には、もっともっと重要なものがある。なんとしてでも解決しなければならない問題がある。問題は、それをどう伝えるかである。


「えーと、その、……あの、もうひとつ、貸してほしいものが……」


 ペレイさんが不思議そうな顔でこちらを見る。息子のオオカミ少年ビージュ君も、何事かとこちらを凝視ししている。


 ビージュ君、君が居るとちょっと言いづらいことなんだ。どっか行ってくれないかな。視線でさりげなくアピールしたつもりなのだが、このオオカミ少年には全然通じていないようだ。「どうしたの?」とか言いながらこちらに寄って来やがる。鈍感な男だな。それじゃ、もてないぞ。俺も他人のこと言えないけどな。


 そんな俺の視線に、母がやっと気づいてくれた。


「ビージュ、ちょっと納屋にいって干し肉をもってきてちょうだい」


「今?」


「そうよ、いますぐ」


「……わかった」


 あいまいな返事をしながら家からでていくオオカミ少年。母が、こちらをむく。「どうぞ」と視線で言ってくれる。俺は、意を決して口をひらく。


「あの……その、えーとですね。……下着を、パンツを、貸していただけませんか?」


 一瞬だけ目を丸くするペレイさん。


「えっ? あ、ああ、つけてないの? その下になにも?」


 俺は頷くしか無い。顔が赤くなっているかもしれない。


「そ、そうね。服だけじゃダメよね。ごめんなさい、気がつかなくて」


 そもそもなぜ俺がこんな格好をしているのか、気にならないわけがないはずだ。いろいろ想像はしているのだろうが、細かい事情を聞かないでくれるのはありがたい。聞かれても答えようが無いからな。いい人だ、ペレイさん。


「でも、うーん、サイズが」


 ペレイさんは俺の華奢な体つきをながめながら悩んでいる。確かに、スタイル抜群の人妻ペレイさんに比べれば、このアーシスの身体はどこもかしこもとにかく細い。そして薄い。ウェストはともかく、腰回りのサイズなど一児の母であるペレイさんと比べるべくもない。


 しかし、そんな事はささいな問題であろう。『はいていない』に比べれば、サイズの差など取るに足らないと、もともと男である俺には思われるのだが。


「いえ、サイズなんてどうでもいいですから」


 という俺の声など聞こえないかのように、「ちょっとまってね」と言い残しペレイさんは出て行ってしまう。そして、ほんの数分後に帰ってきたときには、銀髪エルフっ娘ダーヴィーちゃんがいっしょだった。美少女が俺に包みを手渡す。


「これ」


 なにやら折りたたまれた布のかたまり。広げてみると、あらかわいらしい。薄いピンク色の夏用のワンピースだ。ひとめでわかる高級な布。つくりもしっかりしている。目の前のペレイさんのボロボロの服とはあきらかに違う。着るものにはあまり興味がなかった俺だが、これだけでもこの村はともかくこの世界全体ではそれなりに文明が発達していることがわかる。ついでに、貧富の差が大きいと言うことも。


 そして、もうひとつ。包みの奥に隠された白っぽい布。


「こっ、これは」


 パンツだ。女物だ。なんて小さな布きれ。さわっただけでわかる。こいつも高級な布だ。しっ、しかし、こんな可愛らしいものを借りるわけには……。そもそも、女の子同士でも、こんなものの貸し借りなんてするものだろうか? ていうか、貸してくれと言ったのは確かに俺だが、本当にこの俺が、こんなものを身につけるというのか? 心の中にのこる男の子成分が、盛大に拒否反応を発症しているぞ。


「それは新品。いつも師匠が買ってきてくれる」


 そんな俺の心中の葛藤を知ってか知らずか、ちょっと恥ずかしそうにエルフっ娘が教えてくれる。


 師匠というと、あのセクハラ一歩手前のコミュ障っぽい自称魔法使いバルデさんだよな。あの根暗セクハラ魔法使いが、こんな高級品を買うというのか。ていうか、弟子とはいえ、女の子にパンツ買ってやるというのはどうなんだ?


 うさんくさい。……という感情が表情にでていたのだろう。ペレイさんがお隣の魔法使いを弁護しはじめた。


「バルデさんは、お隣の家にダーヴィーと一緒に住んでいる親代わりなのよ。たしかにちょっと変わった人だけど……」


「……おまけに人間嫌いで引き籠もりでコミュ障のダメ人間」


 ダーヴィーちゃんが付け足す。おまえ、自分の師匠にそれはどうなのよ。


「ででで、でも、あれでもバルデさんは、もともと王国有数の大魔法使いでお金持ちなのよ」


 慌てた様子で、ペレイさんがバルデさんをかばう。


「定期的に姿を変えて街までいって、日用品を仕入れてきてくれるの。ここは服も下着も日用品もない辺鄙な村だし、村人の多くは人間とは関わりたくないから、バルデさんのおかげでいろいろ助かっているのはダーヴィーだけじゃないわ」


 ほほぉ、人は見かけによらないものだな。


「……だから私は着る物にも日用品にも困っていない。命の恩人であるあなたは私から遠慮無く借りるべき」


 ダーヴィーちゃんがだまって頷く。ちょっと誇らしげだ。あんなんでもやっぱり師匠が誇りなんだなぁ。


「そうよ、ユーキちゃん。ダーヴィーちゃんの服を借りちゃいましょう」


「はやく着替えて」


 くっ。なんという屈辱。こんな女の子女の子した下着を、この俺がつけることになるとは。


「はやく」


 いったいなにがうれしいんだ? このエルフっ娘は。さっきまで無表情だったくせに。


「この村には同年代の女の子がいないから、服の貸し借りとかできるのが嬉しいのよね」


 手の中には、白くて、柔らかくて、手触りのよい小さな布が一枚。ファンタジーな異世界ということで、もしかしてフンドシみたいな下着がでてくるかともおもったが、どうやらパンツの形態は俺の世界とおなじらしい。この俺が、これをはくというのか。


 ゴクリ。


 おもわず喉が鳴る。ダーヴィーちゃんはあいかわらずこっちを凝視している。真剣な目だ。


「わっ、わるい。ちょっと向こうを向いていてくれ」





 俺は、覚悟を決めて下着を握りしめる。改めて両手で広げてみる。なんてかわいらしい布きれ。そして、どっちが前だ? ちいさなリボンの刺繍がついた方でいいのか?


 バランスを崩しながら、片足ずつ、ゆっくりと脚を通す。そして、慎重に上に上げる。下半身を覆う、小さな小さな可愛らしい布。言葉にしがたい屈辱。しかし、今までスカートの裾のあたりに感じていた強烈な不安感が劇的に解消されたのは確かだ。こんな小さな布きれなのに、防御力のアップ感は半端ない。


 パンツなんて些細なことだと思っていた。しかし、女物の下着をつけたこの時になって初めて、俺は自分が女の子の身体になったことを実感してしまったのだ。俺はもう、還れないのか。


 精神的なダメージから立ち直るために、深呼吸が三つ必要だった。よし。俺はひとつ気合いをいれる。次は服だ。


 まずはいま着ているものを脱がねばならない。スカートの裾に両手をかけ、病院の検査服もどきをまくりあげる。着用したばかりのパンツが露わになる。そして、胸も。


 いっ、……いいのか?


 誰も見ていないとわかっていても、とんでもなく不安になる。本当にいいのか? 胸をさらしてしまっていいのか? 一般的な婦女子というのは、誰も見ていないときどれくらい恥ずかしがるのが正常なんだ? 恥ずかしがる必要はないのか。わからん。わからんが、なぜか本能的に恥ずかしい。


 あわててワンピースを着る。ダーヴィーちゃんよりも、身長は俺の方がちょっと高いようだ。スカートの丈が短い。その他のサイズは、……胸と尻の部分が極端にあまっている。そして、上半身には下着なしのままだ。首から胸元がのぞけてしまってやばいような気もするが、とりあえず姿勢に気をつければいいだろう。


「着替えた?」


「あ、ああ」


 エルフっ娘が振り向く。俺の全身をしげしげと眺めている。


「ど、どこか、おかしいか?」


 俺に問いに答えることなく、ダーヴィーちゃんは嬉しそうな顔をしながら鏡を差し出した。ちょっと大きめな手鏡。この手のファンタジー世界では、歪みの無い平面の鏡というものはなかなか作れないというのが定番だが、これはそれなりに歪みの無いきちんとした鏡だ。少し離れれば、全身を見ることができる。


 ここで俺は、初めて自分の姿をみた。緋色の瞳の少女。緋色の髪。この姿は夢の中のアーシスそのものだ。なんて小さくて、そして可愛らしい顔。


 問題があるとすれば、髪がぼさぼさに伸びてしまっていること。しかも、ところどころ血糊がついていること。そして、ちょっと顔色が悪いこと。なによりも、15才にしては痩せすぎなこと。夢の中のアーシスも確かにやせ気味だったが、ここまでではなかった。あれは、彼女自身の記憶の中の姿だったのだろう。冬眠とやらのせいで、こんなに痩せてしまったのかもしれない。


 昨日までの俺は、確かにスレンダーな女の子が好きだった。それを言葉に出してマコトにひっぱたかれたこともあった。その俺の目から見ても、これは許容範囲ギリギリくらいかな。まぁ、病的で不健康というほど痩せているわけではないし、これはこれでちょっとマニアックな人には受けるかもしれない。言葉をかえれば、ピーキーなスペックを誇る肉体と言ってもよかろう。


 とにかく、いろいろと問題はあるが、……たしかに可愛らしい。猛烈な庇護欲をそそられる。儚げで守ってあげたくなる美少女だ。そして、……自分自身の姿に対してそう思ってしまった自分に気づいて、おもわず死にたくなる。ああ、どうして俺はこんな事になってしまったのか。


 俺はため息をつく。つかずにはいられない。つい昨日までは、いろんな意味で女の子の着替えシーンにあこがれていたんだけどなぁ。自分自身がやってみて、たかが着替えるだけでこんなに疲れものだったとは思わなかった。


 帰ってきたオオカミ少年が、かわいらしい服装になった俺の姿をみて真っ赤になっていやがる。くそ、いっそ殺せ!




 

2013.08.12 初出

 


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