8.謎の令嬢
今回から、書き方が変わりまーす。
ざわ、ざわり。
色とりどりのドレスと、熱気。
情熱に彩られた、白粉と香水のにおい。
いつも通りの夜会のはずだった。
いつも通りに終わる、夜会のはずだった。
ただ王子の不在という一事において、普段よりも華やかさと興奮が抑えられる。
普段よりも少しだけ寂しい、でも珍しくはない夜。
一人の令嬢の出現で、そんな夜が豹変した。
空気が揺れて、感情が高ぶって。
巨大な興奮が波となり、うねる。
常ならざる熱気に夜会の場が染まったのは、一人の令嬢の希有な姿故。
あまりにも華麗で、可憐で、清楚で。
美しさの精髄を結集し、人の形をとったような。
筆舌に尽くしがたい美貌の、一人の少女。
この場の誰も知らない。今まで見たこともない。
初めて見る姿。素性さえ、知るものなく。
それが神秘性となって、令嬢への興味を更にかき立てる。
夜会の途中、何の前触れもなく現れた令嬢。
誰も知らないが、誰もが目を奪われずにいられないほど、美しい。
それ以外のものは、もう誰の目にも入らなかった。
男たちは感嘆の溜息をつき、陶然と見とれて。
次いで思う。
あの令嬢は誰で、お近づきになるにはどうしたら良いか――と。
女たちは感嘆の溜息をつき、次いでそんな自分に気づいて。
屈辱と妬心に麗しく整えたかんばせを歪ませ、思う。
あの令嬢は誰で、自分の邪魔者になりはしないか。
追い落とすには、どうしたら良いのか――と。
同時に見とれながら、全く逆のことを思う夜会の出席者たち。
彼らが行動に出たのは、翌日からのこと。
しかし令嬢の顔を思い出すにつけ、慎重に動く必要に気づく。
顔に見とれ、思考を止めていたときには気づかなかったが。
…令嬢は無視できないほど、自国の王妃によく似た面差しをしていた。
令嬢のことを知る者は一人もいなかったから、誰も令嬢の素性を知ることはできなかった。今現在、どこにいるのかさえ。
ただ一つわかったのは、入場の際に案内係の告げた名前。
――スノウ・ホワイト
王族と同じ姓を持つ、王妃によく似た少女。
彼女が王族の末端にあり、王宮に滞在していること。
それを知ったときには、男も女も互いに牽制しあう状況が作られており。
誰も抜け駆けできないまま、じりじりと過ごす羽目に陥っていた。
その牽制しあう体制が、国王夫妻の仕向けたこととは、知る由もなく。
「すごいね、スノウ様。美女だね。みんな見てるよ」
「全く持って面白くもないし、嬉しくもない。視線が鬱陶しいから早く帰ろう」
「待って、もう少し…」
異国の少女を引き連れ、一瞬で夜会の空気を塗り替えた令嬢。
誰の目も等しく平等に奪い、心を自分の名前で染め上げた。
本人には、そんなことをするつもりなど、全くなかったのに。
誰もが気にせずにはいられない彼女の正体は、国王夫妻と側近だけが知っていた。