6.真意の水
今回、鈴蘭がちょっと暴挙に出ます。
そしてちょっと長めです。
6-1 嘆きと羞恥
理解できない状況に混乱し、不安を高めて。
言葉にできないほど、悲痛な悲鳴に振り回される彼女。
泣きじゃくる少女はずっと幼くて、無垢で、全てをおそれている。
それがわかってしまうほど、心の声の嘆きようはすさまじかった。
そう、彼女には何の敵意も害意も、作為もない。
私に向かって飛びこんできたことさえ衝動で、わざとじゃない。
それら全てを明かし、彼女の心の涙が証明していた。
全力で泣きわめく心の声と、口を食いしばってぼろぼろ涙をこぼす泣き顔。
いたいけで、痛ましくて、辛いと全身で叫ぶ姿。
あまりのことにベルリオやサンドリオでさえ、思考停止したのか。
心に思ったことが残らず声として聞こえてくる部屋の中。
先ほどまでうるさかった二人すら、緊張した顔で押し黙っている。
心の声は聞こえないが、案じる心が瞳に宿っていた。
彼女を間者か刺客かもしれないと主張していたベルリオ。
図らずも、嘘をつけない心の声が、彼女の無実を証明している。
ここにいるのは、思いがけない不運に見舞われて途惑い嘆く、ただの少女だ。
何の悪意も持たない、自分のことで必死になっている少女。
そんな無害な少女を前に、大の男が四人で途方に暮れている。
何とも滑稽で、でも笑えない光景だ。
何とか彼女を慰めて、その涙を止めてやりたい。
泣き顔を見ているだけでも辛くて、でも逃げることはできないから。
涙を見ないですむように。
彼女を泣きやませてあげられるように。
頭は空転するばかりで、私自身が混乱していた。
脳は深く考えることを拒否し、後先考えない指令を出してくる。
そして混乱していた私は、それを忠実に実行していた。
気づいたときには、抱きしめていた。
はたと気づいたときには、自分で自分の行動に更に混乱していた。
心の中で「ええええぇぇぇぇ!?」と叫んでいて、実際に音にもなっていた。
彼女の嘆きの声で、かき消されたけれど。
どうすればいいのか途惑い、側近たちの顔を順に見てみるが…
ベルリオには視線をそらされた。後で覚えてろ。
サンドリオには手振りで「ぐっといけ」と示された。何をだ。
ラプランツェには親指を立てられた。無性に腹が立ったので、後で殴りたい。
俺の求める救いなど何処にも見えない、奴らの様子。
どうしろと。
とりあえず総合意見は、「続けろ」ということだろう。
見られていることに気恥ずかしさが高まる。
だけど羞恥は耐えなければならない。
乙女の涙は何より気高いと、家庭教師も言っていた。
男は、その涙を止めるために命をかけなければならないとも。
…私は、いったい何の教育を受けていたのだったか。
細かいことを気にしている余裕はすぐに消え、私は自分の行動に責任を持たなければならない。
一度したことは、投げ出せない。
おそるおそる、そろそろと。
私はぎこちない手つきで、彼女の背をなでた。
日だまりに寝ころぶ、猫をなでるくらいに優しく。慎重な手つきで。
彼女が、私の背に腕を回してぐっと身を寄せてきた。
体重ごと私に体をもたせかけ、全身を硬直させていたこわばりがほぐれる。
力を抜いて身を預けてきたことに、安堵はするのだが…
だが、その密着ぶりに。
再度固まる、私の体。硬直具合は先ほどまでの比ではない。
混乱の症状が深まり、私はなでる手だけは懸命に維持したが、顔はひどいことになっていた。
熱が上がるのが、自分でわかる。
きっと人には見せられない、無様な顔。
密着具合は過去にないほどぴったりと私と彼女の体を沿わせ、鼓動の音まで伝わってくる。
柔らかさが布地越しに伝わってくるが…その、生々しい感触から意識をそらせない。
私は今、これまで経験したことのない苦行に遭っている。
私の腕の中、彼女の緊張がほぐれ、力が抜けていく。
ゆっくりとしたその動きも、つぶさに追ってしまう程、私の意識は彼女に向いていた。
なで続ける手にも感情がこもり、いたわりを察してほしいと願う。
心の声を自制するにも、そろそろ限界がきていた。
だけど私の自制心がぎりぎりと削られていくのに比例するように、腕の中、温もりで包んで慰めてやりたいと思った少女が落ち着いていくのがわかった。
人肌の温もりに安堵したのか、鎮められていく。
嘆きの声も徐々に小さくなり、涙は私の衣に全て吸い取られて。
やがて、部屋の中は静かになった。
「気持ちいー…」
腕の中、至近から聞こえてきた声に、ぎょっとした。
すっかりおとなしくなり、静かに抱きしめられるまま、身を任せていた彼女。
てっきり寝たものかと思っていたんだが…
どうやら、彼女は寝ていなかったらしい。
読心の術によって露わになった心の声は、先ほどまでの嘆きとは全く違っていた。
先ほどまでの嘆きとは全く違う、呑気な声。
今までの気を張っていた状況には場違いな声が、飛び出してきた。
「あったかくて、ぬくぬく。ふわふわ。すごく気持ちいいのー…
力加減もいい塩梅。私まるで、猫になった気分…」
呑気な声は平和そのもので。
先ほどまでの切り裂かれるような声とは全く違った。
そのことに安心してもいいはずなのに、何故か不穏な気配。
落ち着いて、持ち直してくれた。泣きやんでくれた。
そのことは純粋にうれしいのに、先ほどまでの彼女とあまりに差がありすぎて。
そして、聞こえてくる声の内容が。
まて、何を言い出す気なんだ。
何故だろう。言いしれぬ恐怖が這い寄る。
私にとって不都合なことを言い出されそうな、そんな気がする。
というか、解説されている…!
「気持ちよくて、心地よくて、安心するー。眠くなっちゃう。このあったかさ、絶妙ぅ。
ねむねむ、ねむねむー…もう寝ちゃおうかなぁー…」
微睡むような心の声を伴いながら、彼女が更にすり寄ってきた。
それと同時に私の心労は募り、精神力がすり減ってきた。
いっそもう、寝てくれ。
そうしたらベッドに寝かせて、穏便に離れることができる。
だけど私の願いは、誰にも聞き届けられることなく。
ぐいぐいと頭を押しつけてくる、少女。
だが、少女の体が、不意にぴたりと動きを止めた。
「…なんだろ。なんか、違和感」
その言葉に、私の背筋が凍った。
客観的に、今の自分を見てみよう。
流行のドレス。リボンで飾られた愛らしい髪型。さりげない化粧。
女装。
誰が見ても、女装。文句なしに女装。
そしてそんな女装のまま、自分は何をしているのか。
…弱った少女の嘆きにつけ込んで、抱きしめているようにしか見えない。
自分がものすごく極悪で、卑劣な変態に見えた。
疑惑に満ちた、曰く言い難い少女の顔つき。
思考停止でもしたか、発せられていた心の声も止まり、妙な空白を感じさせる。
身じろぎ、彼女が私との間に隙間を作る。
ほんの少し生じた余裕に、わずかばかりの心許なさと物足りなさを感じた。
だが私の内心など知らぬ少女は、驚きを示す顔で。
彼女の視線は、私の顔と私の胸へ交互に寄せられていた。
嫌な予感がした。
「えい!」
「うわああぁっ」
思わず悲鳴が出た。私の口から。
悲鳴を上げてしまうくらいに、衝撃を受けた。
彼女が、彼女が…!
その白くて小さくて、柔らかな手で。指で。
わっしりと、私の胸に取り付けられた二つの偽胸を鷲掴んでいた。
傍目にも何とも異様で、言葉にしがたい光景だった。
「んー…むにむにしてる。ぷよぷよ? うん、ぷにぷにっていうより、ぷよぷよ」
待て、そんな解説は要らない。
私の胸には女装に伴い、母によって強制的に取り付けられた偽胸。
当然ながら自前の胸などないので、偽物なのは当たり前だが。
母曰く「最新式のいいやつ」とのことだが、母に余計なお世話だと叫んだ記憶も新しい。
目のやり場に困る自然なたわみ方、腕に当たる柔らかさなど、偽物なのに反応に困った。
今はもう、悲しいことに慣れてしまい、最早何とも思わないのだが。
ちなみに三人の側近たちが胸に取り付けているのも、同じシリーズの偽胸だ。
動く度に弾んだり、意図せず触ってしまったり。
そんな時、ベルリオやサンドリオも顔を赤らめ、困っている姿を見かけた。
ラプランツェ一人が、何故か平然とした顔をしていて釈然としないが。
所詮偽物と言い放ち、早々に割り切った奴に勝てる気がしない。
「弾力も、柔らかさもすっごい気持ちいーんだけどー…なんか、うん。なんか」
私が偽胸に思いをはせ、現実逃避に陥っている間。
その間も少女の指は動きを止めることなく、むしろ積極的に動いていた。
私の方からすれば何の感触も感じないので、現実と離れた光景に見える。
私の胸部に指を食い込ませ、柔らかさを堪能するような、吟味するような顔。
上下に揺らし、持ち上げるように揉み込んでくる。
なんでそんな、熱心に…
微妙ないたたまれなさに、私の視線がさまよう。
見ている側からも思うところあるのか、側近たちも目をそらしていた。
いや、止めろよ。助けろよ。
驚きと羞恥による余裕のなさが、私の冷静をみるみる奪っていく。
体は驚きのためか硬直して、逃げることも抵抗もできない。
私は腕の中に収まる小さな少女を見ることもできなかった。
「なーんかやっぱり、違うー…」
だから、反応が遅れた。
「ていっ!」
「ぅわあぁっ!?」
再度の衝撃。
今度は先ほどに感じた驚愕よりも数段、信じられない思いを味わった。
突飛で奇特な行動ばかりをとる彼女が、私にはわからない。
だけどその手が引き起こした惨事は、傍目にも明らかだ。
ぶっちぃ……っ
弾けるような、布の裂ける音。
少女がわっしりと掴んだままだった偽胸を力任せに引っ張った。
引っ張ったというか、勢いよく引きちぎった。
なんという暴挙。
「ええぇぇぇぇっ!?」
いきなりの暴挙に、サンドリオが叫んでいる。
こんなことをするような少女には見えなかったんだが…。
「やっぱり偽物だー。…気になって仕方なかったけど、すっきりした!」
こんな暴挙をかましておいて、尚ものんびりとした声が聞こえる。
私の胸元、小柄な少女の心の声が。
力任せに引っ張られ、無惨にも偽胸は台無しになった。
どうやら固定していた帯の方が裂けてしまったらしい。
お陰で偽胸の残骸が腹の方まで落ちてしまい、シルエットがひどいことになっている。
引っ張られるついでにドレスの襟も裂けてしまったので、胸元が涼しくなってしまった。
つまり、見たまま女装暴露。弁明の余地なし。
どこからどうみても、変態の姿だ。
きっと痛々しいことになっている自分の姿が、どうしようもなく恥ずかしかった。
だけど少女は。
私がどう弁明したものかと混乱に頭と舌を縺れさせている前で。
何故か花がほころぶように、ふわりと笑った。
本当に、何故?
疑問でこちらの頭が固まると、それを見越したようなタイミングで彼女が動く。
再度抱きしめられた。
それも今度は、彼女から。
私の頭の中身の混乱ぶりは、最高潮に達していた。
自制できずにあふれた心の声も、狼狽えて意味のない言葉ばかりを羅列している。
「ええぇぇぇぇっ!?」とか、「うわぁ!?」とか。
何とも情けない声で、恥ずかしさは更に高まる。
でも意味のある言葉を叫ばれるよりはマシだ。
今この場で、この心に忠実に言葉が意味を持ったとしたら…
その時はきっと、最高に死にたくなるに違いなかったから。
そしてそんな錯乱する私の耳に、トドメとばかり、少女の声が。
「違和感消えたから、凄い気持ちいぃ……あ、この人、意外と筋肉g…」
彼女が何を言おうとしていたのか、詳しいことは分からない。
だがこの時の私の心理状態では、最後まで聞くことは耐えられなかった。
だから、必死になって声を張り上げていた。
心の声ではなく、現実の、私自身の声帯が発する声を。
「ラプランツェ、今すぐ魔法を解除しろ!!」
指示が間に合ったお陰で、私の理性と羞恥心は事なきを得た。
…あれ以上は聞いていられない。聞いたら、きっと私は羞恥で死んでしまう。
そんな不吉な予感がした。
だけど、このままではいられない。
依然として、言語の壁という障害が立ち塞がっている。
魔法が解けたことで、私達と彼女を隔てるもどかしさは一層増している。
一時は意思の疎通が図れるかと、期待した分だけ余計に。
だが「心の声」なんて物に頼っても、此方の珠が混乱して破裂しそうになっただけ。
他の手段を探さないとイケナイ。
そしてこの状況を打破することのできる心当たりは、今のところ一つきりだ。
「サンドリオ、『真意の水』を使う。教会に使いを出してくれ」
「……ですがアレは、使用には王室の許可が…」
「それこそ、私の名前を使えばいい」
「王子は『修行の旅』に出たことになっています。ここで王子の名を出すのは不自然では」
「そこは出先で必要だと思ったから取り寄せの手紙がきたとか、誤魔化せ」
「また、王子は無茶振りですよ…」
「兎に角、申請書類を揃えて教会に」
「分かりました、分かりましたよ!」
口では文句を言うが、サンドリオは有能で命令にも忠実だ。
そして行動も迅速という言葉を旨とする通り、早くて手際が良い。
彼が「わかった」というのだから、目的の物は遠からず手にはいるだろう。
さて、それまでの間、彼女をなんとかしなくては…
6-2
偽胸の感触に違和感を持って、気持ち悪かった。
だからそれを欲求任せに引きちぎった。
なくなってほっとしたから、また元の位置に戻った。
安心できる、腕の中に。
一息ついて、抱きしめて。
もう一回、夢も見ないくらい眠ってしまいたい。
そう思ったし、実際に半分以上夢の中に埋没しかけていた。
でもそんな私の意識を引き留める声。
私を抱きかかえている彼が、何故かひどく狼狽えて、慌てていた。
その声もあわあわしてる。
何か叫んでいるのが聞こえた。
心の声? ううん、あれは本当の声だ。
いつの間にか魔法が解けていることにも気づかず、私は呑気に微睡んでいた。
一眠りして、目が覚めて。
何故か私を見守る女装青年たちは憔悴した様子。
特に、お姫様みたいな外見の、彼。
…私が、剥いちゃった彼。
あのとき、つい何も考えずに行動しちゃったけど…
こうやって改めて見てみると、とんでもないことをしてしまったような……。
そのまま流れで抱き枕にしてしまったこともあり、申し訳なくなる。
私の腕力は見た目よりちょっと強いらしい。
しがみつかれると、ふりほどくのは困難だと友達に言われたことがある。
彼にとっても、そうだったんだろうか…。
お姫様みたいな外見していて、男だけど。
ふりほどくのは彼にとっても困難だったのか。
それとも優しさからふりほどかなかったのか。
そのどちらか、私にはわからないけれど。
言葉の通じない中、これだけ私の好き放題にさせておいて、放置してくれる。
なんとなく、やっぱり彼は優しい人なんだろうなと思った。
うん、投げやりな人には見えないし。
その顔は疲れきっていても、私を邪険にしないし。
邪険にしないどころか、私の視線に気づいて微笑みかけてくれた。
私が不安に思わないよう、安心させようって心に満ちた笑み。
目の中に気遣いが見えるから、きっと確か。
まだ短い時間しか接していないし、初対面の男性。しかも女装。
それでもなんでかな。
やっぱり、短い時間でもたくさん優しくしてくれたからかもしれない。
何故だか自分でも不思議なくらい。
私はいつの間にか、彼に信頼を寄せている。
優しい彼を、無条件に信じられると思うようになっていた。
私の勝手な思いこみかもしれないけれど。
無碍にはされまい。無情なことはされまい。
そう、自分の心が叫ぶから。
だからやっぱり、私は彼を頼れる人だと思った。
女装が頼れるのか、疑問もちょっぴりあったけど。それは見ないふりで。
私の目が覚めたことを察して、金髪美人が寄ってくる。
手には細工の見事なガラス瓶。
ガラス瓶と揃いのグラスに中身を注ぎ、私に差し出してくる。
目覚めの一杯?
さわやかな透明の水は、光の加減だろうか、グラスを通した光だろうか。
水の中、吸い込まれるように深いところで、虹色の揺らめきが見えた。
まるで、水と虹の光を互い違いに織り込んだみたいに。
あまりにきれいで不思議なその水を、私はこっくり飲み干した。
とろりとした粘性の高い感触が、喉を伝う。
『水』と呼ぶには、異質な感触。
でも違和感はないし、私の体は拒否しなかった。
甘いようで酸味があり、苦いようでさわやかな味。
何とも言えない、不思議な味。
でもどうしてだろう。表現できないはずの味に、一つの名前が浮き上がる。
水とは呼べない不思議な『水』は、深い知識の味がした。
飲み干すと、世界が違って見えた。
ううん、元から世界は違ったけれど。
なんと言うんだろう、視界を隔てていたガラスを、一枚とっぱらった感じ?
目を覆っていた汚れが、全て一掃されたような。
いいえ、それよりももっと劇的に。
ずっと同じ景色、同じ部屋にいたのに。
世の雑音は全て消えたか、耳は静かに音を拾い集めていく。
耳も視界も今まで感じたことがないくらい、世界を鮮やかに写し取っていた。
そう、いま、世界はとっても鮮やかだ。
この『水』を飲んだせい?
きっと、そう。だって他に、切欠になることなんてなかった。
頭の中はまるで散らかっていた全てを棚に整理したみたいにすっきりしている。
無駄が全て省かれた中、意識の奥で、新たに設けられた棚が浮かんで見える。
その中身がなんなのか、開けてなくてもわかる気がする。
今、私は新しく、知らなかったはずの知識を手に入れたんだと。
鮮やかな世界の中、何故かレベルアップしたような感覚。
そうとしか、私には表現できない。
耳も目も、知識でさえ性能が上がっている。
これで身体能力が上がっていれば完璧。
でも多分、あがってないのが感覚でわかってがっかりした。
それでもレベルアップしたと自分で思うくらい、私の体は変わっていた。
まるで、今一瞬で一から作り替えたみたいに。
「…ことば、わかるか?」
こちらの反応を伺うように、おずおずと聞いてくる。
「わかる…よ?」
さっきまでは本当にわからなかったはずの、知らない異質な言語。
だけど今はそれが違う。
意味がわかる、理解する。話すことができる。
話慣れていないから、どうしてもぎこちなく舌っ足らずに聞こえるけれど。
それでも、ちゃんと意味が通じる。私の口はしゃべってる。
それもこれも全部、さっきの『水』を飲んだから。
それが自分でも、感覚で理解できた。
あの『水』は、本当に水とは違う。
味わった知識の味は、こうして私に知識を授けてくれたのだと。
私の反応を見ていたお姫様な彼が、深い安堵の息をついた。
「それは良かった。これでやっと一息つける」
あまりにも疲れている様子で、申し訳ないと思ったから。
今更だけど私は謝った。我ながらおろおろしていた。
「ごめんなさい、すがりきってしまって。でもありがとう。誰かを頼りたかっただけだったけど…甘えさせてくれて、安心できたから」
「いや、いいんだ。こっちも嫌だった訳じゃないし」
「本当に? 私、貴方の服を破いちゃったし、胸だって…」
「それはいい! 本当に、もう、いいから!!」
その話題には、深く触れてほしくないみたいだった。
見れば服も無惨にあのときのまま。
やっぱり私に抱きつかれて身動きできず、着替えもままならなかったみたい。
もう一度ごめんなさいするべき?
でも蒸し返してほしくないみたいだったので、私は謝罪の言葉を胸に納めた。
6-3 神意の水
「さっきの水はなんだったの?」
一息ついて、落ち着いて。
それから彼女が切り出したのは、疑問の言葉。
気になるのは当然だ。あの水は門外不出の水。
その効能も名前も、広く知られている訳じゃない。
さっきまで言葉を知らなかった少女が、いきなり拙いながらもしゃべり出す。
それを可能にしたモノを、気にせずにいられるわけがない。
だから、それを説明した。
あれは『真意の水』。
教会じゃ、『神意の水』とも呼ばれている。
本質はただの水。だけどあれは魔力を有する泉の湧き水だ。
我が国の初代王が研究の末、水の有する魔力に一つの性質を加えた。
以来、我が国の秘技として代々教会が泉ごと管理している。
水の魔力に与えられた、一つの性質。
それは水が見聞きした、周囲の知識を蓄えるというもの。
そして蓄えられた知識は、その水を飲み干した者に与えられる。
泉はまだまだ枯れない。水は無限といえるほど豊に湧き出す。
だけど水に知識を蓄えさせるには時間と手間がかかり、使える段階のの水は少ない。
何しろ水に、一から知識となる情報を言い聞かせたり見せたりするのは大変で。
どれだけの知識を飲み込ませても、完全と言えるものはない。
それでも数百年かけて知識を飲み込ませれば、それは膨大な知識となる。
…そんなモノを飲み込んで、人の方が無事に済むとも思えないけれど。
滅多に飲もうとする者もいないし、そもそも王族の許可を必要とするので機会も少ない。
なので、深い知識を有した水を飲んだ時、飲んだ者がどうなるのか…謎だ。
今回は最低限会話ができるようになればいい。
そう思ったから、水を分けてもらうのも気軽にできた。
膨大な知識を付与された水であれば、王族の求めでも教会は渋っただろう。
あっさりと水を分けてもらえたのは、必要な情報が言語知識くらいだったから。
少女に飲ませた水は言語を授けたけれど、大した情報を持つ水じゃないはずだ。
だからこそ、少女の方も授けられた知識量に変調を来さず済んでいる。
…無事に済んで良かった。
そう言うと、彼女がとても引きつった顔をした。
次回から、ようやっと王子達と鈴蘭は意思の疎通ができる様になります。