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王子様は休業中  作者: 小林晴幸
いち。女装はじめました。
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5.白魔法使いの黒魔法





5-1 白い光のかけら


 何とか意思の疎通を図りたくて、でもどうすべきか咄嗟には思いつかない。


 部屋の隅、ちょうどベッドからは死角になる位置に側近たちがいる。

見知らぬ人間で囲って彼女を怯えさせまいという配慮と、女性の寝顔をじろじろと眺めるべきではないという常識から、意図的に部屋の隅に追いやっていた。

もちろん、自分のことは棚に上げて。

 だがこうなると、頼りになるのは側近たちだ。

戦闘力しか取り柄のないベルリオは除外して。

計り知れないほどに博識で、ラプランツェの知識は幅広い。

私が家庭教師たちに習ったようなことは既に全て知っているんじゃないかと思っている。

私よりもずっと物知りな彼は、いざというときに重宝している。

それにサンドリオ。

彼は書記官という職務の特質上、様々な言語を知っている。

この大陸は何百年と昔に言語が統一され、他の言語など滅多に使うことはないが。

交易などで交流のある他大陸や島国の主立った言葉は習得済みと言うから恐れ入る。

他の書記官たちは、辞書を片手に四苦八苦がやっとだというのに。

それほど高い能力を有しているからこそ、若くして王太子(わたし)専属にまで出世しているのだが。

 だが職務上必要でも、ほとんど活用の機会がないのが他言語だ。

他言語を確かに習得しているだろう二人は、有能だが変人ではないか?

そんな疑問は内心に押し隠し、私は二人を手招いた。

目覚めたばかりの彼女を驚かさないよう、気をつけろと告げて。

 しかし言葉の通じない現状、いきなり見知らぬ人間が増えると怖くなるのか。

二人に、そして壁際に控えるベルリオに気づいて、彼女の手がびくっと震えた。

私は思わず顔をしかめ、とがめる目つきで二人を見てしまう。

私の目つきに気づいたらしい二人は、肩をすくめてやれやれという仕草をした。


「『|×××、×××××《私の言葉がわかりますか》?』…これも駄目ですか」

「では、『|※※※※※、※※《この言葉はどうでしょう》?』…駄目ですね」


 二人は代わる代わる、彼女に対して語りかける。

それぞれに知っている言語、心当たりのある言語で語りかける。

彼女が反応を示さないか、慎重に観察しながらの語りかけだ。

 しかし成果はゼロ。


「*****! *************?」

「「・・・・・・・」」


挙げ句の果てに、彼女の言葉を聞いて二人は頭を抱える始末。


「まっ…たくっわかりません!」

「なんですか、これ。新種の言語じゃないですか?」

「二人がそう言うのなら、よほどのことか」

「全然聞いたことのない言葉です」

「私もこの言葉に心当たりが全然ですよ」

「そうか…」

 どうしよう。二人なら解決するかと思ったが、八方、手がふさがった。

このまま次は何をすべきかと考えていると、ラプランツェがゆらりと立ち上がった。

その顔には、何とも言い難い真剣な顔。

「こうなっては仕方がありません…最後の手段です」

「最後って何をするつもりだ!?」

「ラプランツェ、頼むから、頼むから最後の手段は最後までとっておいてくれ!」

「いいえ、私は決めました!」

「「「だから、何を!?」」」

どうやら知識に自信のある身で、全く未知の言語に遭遇し、自尊心をくすぐられたらしい。

やめてくれ。何をやらかすつもりだ。

ラプランツェはたまに突拍子もなく、こちらの度肝を抜いてくれる魔法使いだ。

そんな彼が何をするつもりなのか…全く予想できずに恐ろしい。

 だがラプランツェは、私たちの制止を振り切って杖を掲げた。

そして宣言する。

「今から『読心の術』を部屋全体にかけます! 他人に知られたくない秘密は、心の奥底にそっと隠しておいてください!」

「「「ちょっと待てええぇぇぇぇぇぇ!!」」」

 思わず、三人そろって声を上げていた。

彼女がびくっと肩をふるわせ、目を丸くして見上げてくる。

それに対してなだめるも慰めるもせず、私たちはラプランツェに詰め寄った。

「読心の術って言いましたか!?」

「馬鹿待てお前っ それ黒魔法じゃないか!」

「ラプランツェ、黒魔法はこの国じゃ禁術だ! お前は知っているだろう!」

「ぐちゃぐちゃうるさいですね。言葉の通じない相手と話すには、一番手っ取り早いんですよ!」

「なんだその物言い!? お前もしや常習犯か!」

「だとしたらどうだっていうんです」

「犯罪だ!!」

「知ったことではありませんね!」

「開き直りおった!?」

 いきなりの思い切った宣言に、私たちはそろって引き留めようとするが…

走り出した魔法使いは止まらない。

特に、ラプランツェは止まらない。


 強行突破された。


 そうして杖の先から吹き出した、魔法のきらめきが部屋中に満ちる。

ぽかんとした顔で、少女は食い入るようにその光を見ていた。

ちらちらと瞬いて、部屋中に広がっていく、花びらみたいな白い光を。


何故だか不意に、彼女が泣きそうな顔をした。





5-2 赤裸々なことば


 豪奢な金髪のお姉様が掲げた杖の先から、光が吹き出す。

まるで雪のように真っ白な、私の心に染みる光。

心についた小さな傷に、塩でもすり込まれた気がした。

それぐらい、目に痛いくらい、その光は白かった。


 たぶん、私とコミュニケーションがとれないか努力してくれたんだと思う。

思いつく限りの言葉を伝え合おうと、私も彼女たちも伝わらない言葉を口々に言い合った。

私もいっぱいしゃべったけど、彼女たちもずっとしゃべってた。

 でも、埒があかなかった。


 私に語りかけてくれていた三人(一人は何故か壁際で傍観に専念していた)。

やがて三人のうち、金髪のお姉様が暴走しだした。

言葉なんて全くわからなかったけど、たぶん確かにそうだった。

だって他の人たちがぎょっとした顔で、金髪のお姉様を注目していた。

まるで怒鳴り合うみたいに、罵るみたいに、喧々囂々。

 なんだかやけに低い声の人ばっかりだって思っていたけど。

その声音は、どこからどう聞いても完璧に女性の声じゃないような…なんか、野太いよ?

思わずぎょっとしちゃったよ。

私には理解できない、早口の言葉。慌てて、金髪の人に追いすがる言葉。

何を言っているのかわからなくても、含まれる意図は明らか。

他の人たちは金髪の人を止めようとしている。

だけど金髪の人は周りの全員を振り切って、小さな金属の杖を掲げた。

シンデレラの魔法使いさんみたいな杖だった。


 その先から、本当に魔法さながら光が飛び出すとは思っていませんでした。


 部屋中に広がりいく光を目で追って、何度も瞬きしてしまう。

私の一番近くにいるお姫様が、その手のひらで顔を覆っていた。

ひどく、脱力した様子。

ううん、脱力と言うより…諦め? 頭を抱えていた。

金髪の人の隣で、中性的な知的美人も「あちゃー」って顔。

壁際の野性味あふれる大柄な人に至っては、へたり込んで床に手をついていた。

ああ、こりゃ金髪の人が何かやらかしたな。

そんな状況が如実にわかる、そんな部屋の中の様子。


 それから私にとって、信じられないことが起こった。

そう、部屋中に広がった光が、弾けて消えた後に。


「ああああぁぁぁっ この馬鹿が、本当にやらかしやがった」


 …え?


「ラプランツェは馬鹿です。ラプランツェは馬鹿です!」

「白魔法使いのくせに黒を使うなんて、どんだけ邪悪なんだ!」

「おやおや皆の衆、ひどいですねぇ。心の中じゃそんなこと思ってたんですか」

「こんな事態が誰かにばれたら…どうやって状況を隠蔽すれば…」

「ラプランツェを教会に押し込めましょう。清めて貰いましょう。一晩懺悔させるんです」


「え? え? …え?」

 ぱちぱちと瞬いてみても、部屋の中に変わった様子はないのに。

白い光が消えた後、部屋の中は確かに変わっていた。

私を取り囲む人たちの口から、私にもわかる言葉が飛び出したんだ。

 

 それが信じられなくて、驚きで。

私は無意味にきょろきょろと周囲を見回してしまう。

そんな私に、しっかと目を合わせてくる人がいた。

豪奢な金髪の、あの人だ。


「お嬢さん、私たちの言葉がわかるでしょう?」

 そう言って、にんまりと笑いながらのぞき込んでくる、その顔。

全然似てないし、整った顔は派手なのに。

何でか、不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫を思い出す顔だった。

「チェシャ猫? なんですかね、それ」

「…え?」

 なんで、私の考えていたことが?

 ぎょっとして、私はまじまじとその顔を見上げてしまう。

「今、この部屋に軽い読心の術をかけました。軽い術なので深層心理までは読み取れませんが、上辺は…その時、強く思ったことなら、まるで声のように周りに響きますよ。そう、今のこれ、このように」

 何言ってるのか、わかんない。わかりたくもない。

何故だか、この人の言ってることは聞いちゃいけない気がした。

「おやおや~? ひどい物言いですねぇ」

 そう言ってにやにや笑う、その顔。

わかりたくなかったけど、どうしても理解しないではいられなかった。

 そう、確かに読心ね。

私の思っていることが、声に出してないのに聞こえてるみたいだ。

そしてそれは、この人以外の全員にも。

「物わかりが中々よろしいですね。理解が早いと楽でいい」

 そう言って笑う、魔法使い。

その言葉もきっと、実際に声に出している訳じゃない。

あたかも声のように聞こえるだけで、きっとそれは魔法使いの思っていること。

 信じたくない。

信じたくなかった。だけど、理解してしまった。

こんなこと、魔法でしかあり得ない。

こんなことができる金髪の人は、魔法使いに他ならないのだって。



 此処には魔法がある。

そして私の生まれ故郷には、魔法なんてものは存在しない。




 よくよく部屋の中を見回して、耳をすます。

そうしたらわかった。私以外の人が発する心の声。

この部屋の中にいる、全員の心の声が今、だだ漏れになっている。

それが飛びこんでくるような勢いで、私の耳に響いてきた。


 何あれ、壁際の人こわい。

壁際にいる、大柄な人の心の声は怖かった。


「王子に徒なす者は殺す。王子の御身をお守りするのが俺の使命。王子を害する者は殺す。王子を傷つけようとする者は殺す。王子を殺傷しようというのなら、その前に俺が殺せばそれでいいんだ。王子に襲いかかる全ては殺す。王子に不用意に近づく不穏分子、得体の知れぬ小娘、言いしれぬ不安、王子を惑わす全て。不遜にも程があるだろう、殺さねば。王子をお守りせねば。王子の安全は俺の手にかかっている。全力でお守りするためにも、王子の敵は…」


 こわっ

 何アレ、本当にこわい。


本人も心の声が止まらずに慌ててるけど、聞いてる方は怖くてたまらないよ。

周囲の、部屋の中の他の人達も、壁際の人のことをドン引きした顔で見てる。

だって途切れることなく、同じ内容のことばっかり続くんだもの。

一心不乱に、どんだけそれを考えてるのか。

本人でさえも止めようのないらしい心の声は、壊れたレコードみたいに延々と続く。

その内容の暗さ黒さに、私はぞっと怖気を感じた。

下手したら、殺られる。

それがわかってしまう、本気の声。

どんだけ私のことを警戒しているのか…。

こうやって慌ててる間にも、視線を向ければ目が合うんだよ。

あの人の注意深くこちらをつぶさに観察する、鋭い視線と。

私はただの、何の力もなく、生き延びる手段もおぼつかない小娘なのに。

それなのにどうやら、私はあの人の警戒対象第一位にされているらしい。

 私は目をそらし、もうあの人を見なかった。

絶対に、もう絶対にあの人には近寄るまい。

そんな決意さえ、固めてしまう。

いざとなったら誰かの背後に隠れないと、本気で殺されそうな気がした。




 あんなにだだ漏れで、他人への悪意を垂れ流すなんて。

周囲にも本人にもひどい。プライバシーがちっともない。

でもだだ漏れに思考を垂れ流してる人は、他にいないかと思ったら、もう一人いた。

知的美人さんだ。


「何だって言うんですか。僕だって色々あるのに、とうとうこんな目に遭わされて巻き込まれるにも程があるでしょうに。だいたいなんで僕が女装なんてしなきゃいけないんですか。こんなの女顔王子だけで十分でしょうに。ああもう、帰ってマドレーヌ(犬)と遊ぶ時間だってないって言うのに。ああ、帰りたい。帰りたい。こんな姿がマリーに知られたらと思うと…ああ、見られたらどうしよう。それが原因で婚約破棄されたらどうしよう!! そのときは真剣に首をくくるしか…!」


 うん。中々にひどいことになってると思った。

どうやらマリーさんという婚約者がいるらしいね。そして女装なんだね。

私以外の人もそう思っているみたいで、私の隣、お姫様が手で顔を覆っている。


 お姫様はある程度自分の思考をコントロールできるのか、他の二人みたいな心の声垂れ流しにはなっていなかった。そうそれは、魔法使いも。

この部屋で、二人だけが心の声を制御していた。

そう、二人だけが。



 心の声なんて得体の知れないもの、意図して抑えることなんて、できない。

今この場でとまどうことしかできない、この私には。

私の心は抑えようがなく、途惑い悲哀驚愕狼狽、全てを込めて部屋に響いた。

誰もが顔をしかめるような、聞いているだけで苦しくなるような。

自分でも痛くて、苦しくて、締め付けられる胸は呼吸を阻害するほど。

そんな、全ての現実を拒絶して怯える、私の悲鳴が。


 私のおびえは最高潮。

体が勝手に身を縮めて、毛布の中に隠れようとしてしまう。

そんな私の、口にしたわけでもないのに響いてしまう恐怖の声。

か細く泣きそうな悲鳴。

ううん、もう泣いてる。

心でも、現実のこの肉体でも。

耳に届いてしまった心の声は、もう無視できない。

さっきまでは我慢して、耐えることができていたのに。

一所懸命、恐怖からも現実からも目を逸らしていたっていうのに。

自分の心があげる悲鳴を聞いたとたんに、我慢ができなくなった。

もう、目がそらせない。

自分の心が、どれだけ嘆いているのかを知ってしまったから。


心の悲鳴に引きずられて、死にたくなるくらい、ぼろぼろと涙がこぼれた。



あの怖い人への恐怖だけじゃなくて、色々なことが相まって嘆き悲しむ声。

自分でも、そんな声を上げたい訳じゃないのに。

信じられない事態と、信じたくない事態と。

もう無視もできなくなってきている、現実。

それら全てに対する嘆きととまどいが、まるでミキサーにかけたみたいに混ざって、混沌となって、子供みたいな泣き声に心の声が変換される。

自分で聞いていて、耳をふさぎたくなる悲痛な声。


痛い、とっても痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

痛くて、痛くて、消えてしまいたくなる。


響き渡る私の悲鳴は、部屋中の人にどうしても聞こえてしまって。

私の隣、お姫様が悲痛に顔をゆがめる。

私が嘆き悲しむ姿を見るのが、我慢できないような顔で。

「泣かないで…」

 言葉にできない感情が、お姫様の心の声から聞こえてくる。

私の肩を抱き寄せて、一所懸命になだめよう、慰めようとしてくれる。

その腕が温かくて、込められる力が心地よくて。


 抱きしめられるだけで、なだめられることってあるんだね。

優しい、その優しくて気遣いに満ちた、腕の力。

うっとりするくらいの温もりに、私は不意に思い出す。


 お姫様に突撃して、腕の中に倒れ込んで。

気を失う寸前、彼女の腕に抱きしめられたことを。

その居心地の良さと、無条件に感じてしまった安堵。

緊張がするするとほどけていく、気持ちの良い感覚。

 今の今まで、忘れていた。

彼女の腕に倒れ込んだのは覚えていたのに。

気絶する前、抱きしめてもらったこと。

まるで心が解放されるような、怖いことが全てなくなったような安心。

それら全て、温かくて優しかった全部を、今の今まで忘れてたんだ。

 でも、思い出したから。

私の気をゆるませて、気絶させた腕の温もりを。

それは今も、今回も変わっていなくて。

むしろ私を案じる気持ちが直接伝わってくる分、ずっとずっとうれしくて。

心が安らかになる。恐怖を忘れる。

たとえそれが、一時的なものでも。

そんなこと関係ないって思ってしまうくらい、私の心は安堵に包まれて。

 いつの間にか、体の方でも心の方でも、自然と涙が止まっていた。

お姫様のお陰で、泣きやんでいた。


 暖かくて気持ちいい、腕の中。

私はまるで日だまりにまるまる子猫みたい。

優しく背中をなでてくれるから。

あんまり気持ちが良くって、私は彼女の胸にすり寄っていた。


 ……………ん? って、あれ?

この、感触は………?


 どうしようもなくすさまじい違和感が、私の中を駆けめぐった。

それまでを上回る、大きすぎる戸惑いが、私の心を占領したから。

それはもう、咄嗟に何も考えることができなくなるくらいに。


だから。


その後、私がとった全ての行動は、本当の本当に衝動的なものだった。






次回、鈴蘭が暴挙に走ります。

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