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王子様は休業中  作者: 小林晴幸
いち。女装はじめました。
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2.星散る出会い

王子様の側近達も、今回から女装です。

どうぞますますもって生温い目でお見守り下さい。




2-1 女装品評会


「とりあえず、遊びに行きたい」

 母の泣き落としに全てをあきらめ、開き直ったスノウは言った。

「どこにですか? 遠出なさるのなら、それなりの警備計画を…」

「ベルリオ、お前、私が何のためにこんな格好をしていると?」

 じっとりと、悲哀といらだちの込められたスノウの瞳。

「…は。申し訳ございません」

「せっかく猶予をいただけたんだ。この格好の時に王子扱いすることは禁ずる」

「そもそも禁じられる以前に、我々とて王子にお付き合いして世間を欺いてる最中じゃないですか」

「本来の職責で動けるはずもないのに、ベルリオはお馬鹿ですねぇ」

「っサンドリオ、ラプランツェ」

「……………お前たち、似合うな」

「お褒めいただき光栄の至り」

「全くもってうれしくありませんけどね」

「ああ、殿下のお気持ちがこうなって初めて、よくわかりました…」

「…それでも、私に比べればましじゃないか」

「「「………」」」

「その沈黙は肯定か? 肯定なんだな?」

 現在、王子の三人の側近はそれぞれ王子に合わせ、変装していた。

もちろん提案および強要したのは調子に乗った王様夫妻。

普段とはかけ離れた姿に、四人の背中に悲哀がのしかかる。

とりあえず、彼らの言いたいこと…その気持ちは一つだった。


 なぜに全員、女装………。


「ひとまず、現状の役割を再確認しましょう。あまりにもいろいろと衝撃的すぎて、放っておくとすぐに脳裏から情報がロストされそうです」

「忘れないためにも、何度も何度もすり込むように再確認しないとですね…」

「何ともはや、情けない。ご先祖に顔向けできない」

 どうしても前向きになれないながら、落ち込み最高潮。

 真っ先に女装させられ、既に開き直った王子のみがちょっとだけ強かった。

「それじゃ、サンドリオから確認していくぞ。サンドリオ、覚えているな?」

「あ、はい」

「それじゃあ、自分の役柄を復唱してみろ」

「…はい。僕はスノウお嬢様の介添えを務めますグレイ家のリオネットと申します。主な仕事はスノウお嬢様を一人にしないことです」

 淑女を装い、ドレスの裾をつまんで。

 淑女教育を施されていないとは思えないほど、優雅にサンドリオは一礼した。

 しかしそれに対して王子は半眼になり、厳しい口調で迎え撃つ。

「減点。-5」

「なんでですか! 設定、間違えてないはずですよ?」

「一人称。お前、いま僕って言ってたぞ」

「あ」

「前途、多難だな」

「申し訳ありません…」

 しゅんとしおれて、うなだれるサンドリオ。

その彼をして、ラプランツェが手を挙げた。

「それでは殿下、サンドリオのこの惨状について感想を一言」

「お前、細身で良かったな」

「…正体がばれたら、もう婿にいけません」

 細身の優男、加えて女顔だったサンドリオは、清楚なきれい系のお姉さんになっていた。

どこからどう見ても、物静かな知的美人である。


「それじゃ、次はラプランツェ」

「ふふふ。望むところです。非の打ち所もなく返り討ちにして差し上げましょう」

「それは楽しみだな。で、お前の役割は?」

「ええ、私の役はずばりスノウお嬢様の家庭教師ですわ。名前はチシャ・ブロンド。エルビセラの大学教授、神学者ブロンド教授の姪というふれこみです。さてお嬢様? 私に何かご指摘はありまして?」

「女言葉がきもい」

「そんなひどい!」

 きらきら光を帯びている金髪をきっちりと結い上げ、たたずむ毅然とした姿。

 滝のように流れる豪奢な金髪は地毛だというから、恐れ入る。

 女が悔し涙を流すほど、美しい金糸の束。本物の金のような輝き。

 そして金の輝きをまとってなお、褪せず飲まれず主張してくる整った顔。

 口さえ開かなければ、ラプランツェは凜とした完璧な美女に見える。

 口さえ、開かなければ。

「裏声くらい使えないのか?」

「角砂糖でもかじってますよ。それかチョーク」

「…それ、迷信だぞ」

「なんと!?」



「最後にベルリオ、だが………どぎついな」

「わざわざ彼まで女装させる意味があったんでしょうか」

「ないな。完全に母上様の趣味だ」

「それはそれは楽しそうに、私達の顔を化粧で塗りたくってましたね」

「それでも、ベルリオだけは免除してやっても良かったんじゃないだろうか…」

「なんですかね、このアマゾネスぶり」

「決して細くない、むしろごついはずなのに何故か女に見えるのがすごいな」

「腕とかこんなに太くてむきむきなのにな。くびれもないし」

「骨太だし、顔だって男らしいのに。何故か女に見えますね」

「王妃様のこの技術は、もはや特殊メイクと呼んでも差し支えないかと」

「………好き勝手に言われても、俺は泣きませんからね」

「「「泣くな、化粧が崩れる」」」

「……………」

 好き放題、主と同僚に言われるベルリオ。

 自分でも自覚できてる姿のアレ具合に、がっくり膝をついてうなだれた。

 そんな彼の役割は、そのままスノウの護衛役。

 ただし騎士ではなく、個人的にスノウの家に雇われた女戦士という設定だ。

「名前はベル・クリムゾンローズ。男慣れしていないご令嬢を細やかなところまでお守りする、融通の利かない女戦士」

「あー…基本はそのままか」

「そのままですね」

「そのままだねぇ」

「どうせ護衛以外に取り柄も特技もありませんよ!」

「まあ、ベルリオは見るからに護衛…戦士だから仕方ない」

「そうですね。可憐な令嬢や貞淑な貴婦人を装うには無理があります」

「なんと言っても、その身長。そのがたい。男としては羨ましい限りですが…こうなると、男だとばれる一番の不安要素ですね」

「そうだな。いざという時一番ばれる要素が高いのは間違いなくベルリオだな」

「怖いですねぇ」

「怖いな」

「ええ、怖いです」

「そうやって俺のことを脅かすの、やめてもらえませんか!?」

 嘆くベルリオの野性味あふれる鋭い顔は、化粧によって柔和な印象を与えられ、実際よりもずいぶんと柔らかくなっている。

 偽名にも用いられた薔薇のように赤い髪には白い薔薇が飾られ、どことなく優雅でさえある。鋭い顔は華やかに変わり、大柄ながらも麗しい。

 この中で一番、普段と印象が変わっているのは間違いなくベルリオだろう。

 化粧という魔法によって、彼は一応女性の範疇に見える。

 それでも生来の素材として、男臭さは完全に抜け切れていないが。

 それもなんとか、女性っぽい凛々しさやたくましさに見えるよう、改造が施され済みである。

 あまりいじりすぎると返って変になると程々に押さえられてはいるが。

 それでも誰がどう見ても男にしか見えなかったはずのベルリオは、ちゃんと女に見えた。


「大丈夫だ、ベルリオ。エキゾチックな美人といえなくもない」

「それは一体なんのフォローですか!?」

「というか、胸に詰め物しすぎでしょう。誰の趣味ですか。巨乳に拘りでも?」

「俺がやったんじゃありませんよ!? 俺じゃありませんからね!?」

「………母上様か」



 王妃様の王妃様による、王妃様の最高傑作。

 四人の女装は、王妃様の満足がいくまでいじられ。

 世知辛いことに、ちゃんと女性に見える程度まで改造されていた。


 そんな彼ら四人。

 肩に重くのしかかるのは、憂鬱という感情。

 どうにもいやで仕方がないが、王妃の涙には敵わない。

 よって、彼らもまた仕方のないことだとあきらめた。

 そうして四人は、仮の身分と立場を手に入れたのだ。

 うまく立ち回れば、ぐっと自由に出歩けるはずだ。

 そのことを思い、スノウは女装第一日目からして既に昂ぶりを覚えていた。

 これから始まる仮初めの日々に、どうしても胸が高鳴るのである。


 そんな彼にとって忘れられない、衝撃の出会い。

 それはお忍びで出かける、翌日にまで迫っていた。





2-2 お忍び中の彼女と見せかけ、彼


 その一行は見た目からしてきらきらと、とても目立っていた。

もっとはっきり言えば、豪奢に派手だった。

だからこそ私の目にもとまり、こうして標的となっている。

何故だか私は、彼女(・・)たちに接触しなければならない気がした。

私は詰めていた息を意識して吐き出し、無駄な力を極力抜いて。

 そうしてから、一気にかけ出した。


 どうしても人目を引く、麗しい姿めがけて。


「「あいたぁぁぁぁっ」」

 結果的に、私たちは正面から衝突した。

私は思ったよりもしっかりした体を意外に思いつつ。

ドレスの裾に身動きを封じられたのか、ぎこちない彼女。

何となく違和感のある彼女を巻き込み、私は彼女ごと地面に転がった。

「お嬢様!?」

 一緒に転んでしまった彼女の、お付きらしい人の声がする。

予想以上に野太かったそれに、私の耳がぎょっとして。

私は彼女にしっかりとしがみついたまま、怯えてぎゅっと縮こまった。

目を白黒させていたはずの、彼女。

私が小さく震えているのに気づいたのか、彼女が私をぎゅっと抱きしめた。

まるで、小さな濡れ鼠を保護し、なだめるように。

私の背中に当てられた手から、温かい何かが伝わってきた。


 力強い手だった。

支えられて、思わずほっとするような。力が抜けて安堵してしまうような。

そんな手だった。

そして私がそう思ったのはどうやら錯覚でも何でもなかったらしく…

現実の、こと。

私は不覚にも抱き留めてくれたご令嬢の手に安心してしまったのだ。

張り詰めていたものが、一瞬で解き放たれていく。

ずっと気を張り詰めていた私は、自分でも気づかないまま意識を失っていた。


 本当はどうにかこのご令嬢の気を引いて、窮状を訴えて。

何かしらの援助がほしいなんて図々しいことは言わないから。

それでも何かしらの助けがほしかった私は。

施しでもいいから、誰かに優しくしてほしくて。

そして何故だか直感的に、彼女なら…

この世の者とも思えぬほど美しく清らかな彼女なら。

彼女なら、それを与えてくれるような気がして。


 自分でもわざとらしいとは思ったけれど。

それでもすがる思いは強くて。

どうにか口をきく切欠だけでもほしくて。

なりふりなんてかまっていられない。

私は必死な思いで、自分でも不思議に思うくらいに、必死な思いで。

そんな気持ちが強すぎて、思いは抑えられなくて。

そうして私は、彼女に特攻をかけていた。

 自分でも、アレはどうかなと思わなくもなかったんだけど。

それでも無謀でも、走らずにはいられなかったんだ。

何故だか、本当に何故だか。

ただ、彼女の顔しか目に入らなかった。




 そうして私はその後の自分がどうなるかなど、知るよしもなく。

気を失った自分を抱えて、誰かさんが途方に暮れるなんて思いもせず。

何故だか不思議と安堵に沈みゆく中で。

見知らぬ場所に飛ばされて初めて、ゆるゆるとほどける緊張。

ひどく、ひどく安心してしまって。

温かい腕の中、しっかりと支えられるのが心地よくて。

まるでぬるま湯の中みたいに、居心地良くて。

自分の居場所を見失って初めて、私は安らかな眠りに落ちていた。

 

自分を取り囲むご令嬢たちの、とまどいなど知らず。

ご令嬢に見えた人たちが、実は男という驚愕の真実も知らないで。


世の中、知らない方がいいこともある。

そんな言葉を私が思い出す、一昨日のことだった。






次回、王子様が拾いものをします。


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