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王子様は休業中  作者: 小林晴幸
さん。ストーカー被害はじまりました。
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20.素敵な弱味で脅しにかける





「殿下、気づくのが遅くなりまして申しわ…」

「仕方がない」

「…は?」

「本当に、仕方がないな」

「で、殿下?」

「すまない、許せ…」

「………え」


 何故か哀れみの目を向けてくる主の姿に、若い騎士は戸惑う。

その背後には、いつの間にか女装騎士と女装書記が忍び寄っていた。

異様な気配を纏う二人は、スノウが指を鳴らすのに合わせて迅速に行動へ移る。



 女装の秘密を知ったディンゼル・グルーヴィア。

その代償として、彼は窮地に立たされつつあった。


「知られてしまったからには、仕方がない」


 重々しく溜息を吐いたスノウの号令一声。

素早く動いたベルリオとサンドリオによって、ディンゼルは地に伏せさせられる。

ぎりりと締め上げ、ベルリオは容赦しない。

サンドリオもまた、薄っぺらな笑顔で関節をきめた。

「で、殿下…!? 俺をどうする気で…」

「道連れだ」

 スノウの言葉は、すぱっと簡潔だった。

ディンゼルの背中が、心なしか煤けた。まるで燃え残った灰のようだった。

「……………」

 思考が止まってしまったのか、意味がわからなかったのか。

道連れ宣言を受けたディンゼルは暫し固まった。

戸惑う目が右側のベルリオを見て、次いで左側のサンドリオに視線を移す。

それから斜め前にいるラプランツェを見た後で、真っ正面のスノウに戻り………

「……………………」

 眼前にいる男達の共通点=女装。

ようやっと彼の思考回路がそこに到達した時、青年騎士の顔面から、まるでアニメのような勢いで血の気が引いた。

 おお、と感嘆の声を上げる鈴蘭。

その隣で、状況に置いて行かれながらも巻き込まれている女性が一人。

ご沙汰を待つ身の未亡人ルーアが、おろおろと狼狽えている。


 為す術なく思い人が見守るその前で。

ディンゼルはずるずると引きずられ、スノウ達が根城としている離宮まで連行された。

まるで売られていく仔牛のように悲しそうな瞳だった。

本気で道連れを覚悟しなければならないのだろうか。

その懸念に囚われた青年の目に、ルーアが映る。

 ――このままの流れで行けば、『見られる』。

途端、ディンゼルの顔が盛大に引きつった。

次いで、抵抗は不可能と弁えて大人しくしていた体が暴れ始める。

何とか女装二人の拘束から逃れようと、全力で。

しかし藻掻き足掻く彼の首筋に、ベルリオの手刀一つ。

ディンゼルの意識は、闇に掻き消えた。




 目が覚めた時、ディンゼルは見知らぬ部屋にいた。

「こ、ここは…?」

「目覚めたか」

 すぐ傍から声をかけられ、ガタッと音を立ててディンゼルは身を起こす。

いや、起こそうとした。

だが椅子に縛り付けられた体は微塵も動かない。

前後の記憶を即座に思い出して取り乱すディンゼルを、4人の女装が取り囲んでいた。

何という、異様にして恐ろしい光景。彼等の麗しさがより一層怯えを引き出す。

目を限界まで見開き、恐怖に戦慄く。

慌てて自分の身形を確認すれば…

ほっと、息を吐いた。

ディンゼルの身形は記憶にある最後と同じまま。

その服装はまだ女物になってはいなかった。

「殿下、俺は一体どうなるんですか…」

 不安と怯えを訴える青年騎士。

味方であり、相手は直属の上司達なのに、この扱い。

自分がどんな目に遭わせられるのか、ディンゼルは頑張って考えるまいとした。

「大丈夫、これ以上悪いことはしない。君が、私達に従うのなら」

しっかりとした声で、スノウが言う。

不安を滲ませて自分を見上げてくる青年が、しっかりと現実を見据えられるように。

「…何しろ既に、やった後だから」

「え、何を」

不穏な言葉にディンゼルが戸惑う眼前、ラプランツェが杖を振る。

「う、うわぁぁああああっ」

ディンゼルの悲鳴が上がった。



 青年が落ち着きを取り戻すのに、暫し。

「あ、そう言えばルーアは…」

「彼女は使用人宿舎に戻した。宿舎は点呼があるだろ」

「ああ、成る程。それじゃあ、先程のアレは…」

「彼女は見ていない」

「よ、良かった! まだ良かった! 神はいた!」

「そんなに感激するほど嬉しいんだね」

「あ、君が裏切ったと判断できたら、いの一番に彼女にアレ見せますよー?」

「…と、言う訳だ。君の行動如何で私達の誇る愉快犯が君に社会的なトドメを刺すことになる」

「神は死んだ!!」

「…分かりやすい弱みを握ることができたのは結構だが、俺の部下だ。お手柔らかに頼む、ラプランツェ……」

「ふふふ。遊び甲斐のある玩具ゲット☆ですよ」

「…あんまり遊んでやらないでくれ。思い詰めて泣かれたら面倒だ」

「男の涙は見苦しいですしね」

 女装騎士と女装書記は、若干の哀れみを込めて青年騎士を見ていた。


 ディンゼルが、特にルーアには見られたくない『アレ』。

それは言わずもがな、彼の女装艶姿だ。

目覚めた時の姿で女装を免れたと思ったのは糠喜びだった。

なんのことはない、気絶している内に女装させ、目覚めぬ内に元に戻しただけである。

彼を飾り立てて麗しく女装させたのは勿論、スノウの愉快な母君様と配下達。

その出来映えは、どこからどう見ても女にしか見えないという神の如き見事さで。


 コルセットを締めたら流石に起きるだろう。

そんな配慮の元、あまり締め付けない衣装を選んだ母君様方。

ふりふりひらひらを見事に体現した、目に毒にも程のある衣装。

人はそれを、ベビードールと呼ぶ。

――それを着込んだ、身長180㎝オーバーの肉体派成人男子。


 ラプランツェが艶姿の写しを記録として魔法に残し、嫌な証拠が世に残された。

今もラプランツェが縛られた騎士の眼前、緑の石が嵌ったペンダントを左右に振っている。

そのペンダントの石こそが、『女装艶姿』を記録した媒体。

これに魔法の光を当てると、まるで映写機の如く立体的に『女装艶姿』が投影される。

それを目の前にして悲鳴を上げたディンゼルの気持ちも推して知れるというものだろう。

自分がされて嫌なことはしてはいけない。

親から声と伝えられる教えを、女装男子共は華麗に破り捨てていた。

彼らも自分の社会的な生死がかかっているのだから、必死だ。

「これと普段の貴方の姿をセットで見比べられるよう編集して国中にばらまかれたくなければ………わかりますね?」

 ラプランツェが、笑顔で念押しする。

がくがくと、首振り人形のような必死さでディンゼルが頷いた。

今この時より彼の社会的な生死もまた、スノウ達と一蓮托生。

誰よりも必死に忠誠を誓うだけの理由が、ディンゼルに生まれたのだった。


 そうしてディンゼルは弱みをがっちり握られ解放された。

彼に下された命令は三つ。

スノウ達の正体に関しては口を噤み、目して語らぬ事。

スノウ達の心身を安全に保つ為、正体がばれないように外部からフォローすること。

火急の際は本来の命令系統とは別に、スノウやベルリオの指示で行動すること。

これらを守る限り、彼の社会的な生命は守られる。

決して破れることのない様、ラプランツェの魔法の力で誓約を交わす。

ディンゼルはスノウ達の下僕(イヌ)と化した。






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