19.白日の下に
ベルリオがその場に辿り着いた時には、完全に出遅れていた。
暴れ狂う男達。
そしてそれを蹂躙するよく見知った姿、女装。
予想もしていなかった光景に、ようやっと冷えかけていた頭が再度混乱して煮える。
どう反応したものかと逡巡するが、考えずとも彼が取るべき行動はいつであろうと基準が定まっている。
即ち、仲間の味方だ。
相手が誰であるかはさして重要じゃない。
どんな事情があるのか、どんな流れでこうなったのかはまるきりわからない。
しかしサンドリオが暴れている方が、彼にとっての大儀。
何より、ベルリオはサンドリオの判断を信頼していた。
ここはサンドリオに加勢するのが正義に決まっている。
何故なら其処には、彼の主の意志が介在しているはずだからだ。
ラプランツェの姿が見えないのは、同じく姿の見えない主を守っているからだろうと当たりを付けて。
ベルリオは己の成すべき事を成すことにした。
そう、溜まりに溜まった鬱憤晴らしもそこに含めて。
ベルリオにとっては、主が白と言えば黒いモノも白くなるらしい。
改めて状況確認も込めて見回してみれば、サンドリオが1人の女性を背に庇って奮闘している。
「ふむ?」
その女性はどうやら、此処まで追ってきたかの貴婦人のようだった。
「成る程? なんとなくわかった」
サンドリオは女性1人を守る為、あまり派手な動きが取れない。
しかし防戦に徹しているからこそ、この人数差で潰されずにいられる。
何も考えずにサンドリオが打って出ていたら、手薄となった貴婦人は殺されるか攫われるか…そうなっていてもおかしくない。
だからこそ、ああしてサンドリオは女性を庇うことを第一としている。
であれば、此処は後方から攪乱も込めて突撃かますのが面白い。
混乱した男達が浮き足立つのが目に見えるようだ。
拙くなったら、何処かで見ているだろうラプランツェがフォローしてくれるだろう。
ベルリオはスカートの下に隠していた大降りのダガーを手に取った。
いざという時にディンゼルを撃退するために潜ませておいたものだが…これで賊退治も、面白いだろう。
ストレスの、溜まりに溜まったベルリオ。
彼はぎらりと、血の滴る出刃包丁みたいな笑みを浮かべた。
成り行きで此処まで同道したディンゼルが、隣で一歩引いた気配がしたが…そんなものは気にならない。
それにさして待つ間もなく、ディンゼル自身が参戦を決めたようだ。
ベルリオはディンゼルとあの貴婦人との間にどのような因縁があるのかは知らなかったが…
近いところから聞こえてきた鞘走る音に、喜悦で口元を歪めた。
現役の騎士が二人と、かつて騎士を志した一人と。
天空に身を隠す、魔法使いの目の下で。
圧倒的な力量の差でもって、男達の運命は蹴散らされようとしていた。
男達が締め上げられ、警邏に突き出されるまでにさほど時間はかからなかった。
乱闘の最中、ベルリオは気づかなかった。
男達を叩きのめしながらも、冷静に自分を観察する目があることを。
いや、正確にはそれをラプランツェの物だと思いこみ、気に留めていなかった。
近いところで、剣を振りながら。
ディンゼルがベルリオをじっと見ている。
正確には、ベルリオの太刀筋を。その身のこなしを。
じっと自分を観察し、分析しようとする視線。
それにベルリオは、最後まで気づかなかった。
真上から鈴蘭を宥めつつ。
成り行きの全体を見下ろすスノウだけが、冷や汗を流す。
「…これは、拙いかも知れない」
その言葉が意味を確かな物とするのに、時間はかからない。
真の騒動は、スノウ達にとっての問題は、これから始まろうとしていた。
ハプニングの内に何とかうやむやにしてデートを中断できたと、肩の荷が下りた気分でベルリオは息を吐いていた。
完全に気の抜けた心地で、ほっと一息。
だが、そんな彼に(精神的に)地獄の猛追が始まる。
気づいてしまった事実を胸の内に収めること無く、追求という形で真実を迫るディンゼルの、容赦ない質問攻めによって。
真剣な目をしたディンゼルが、ベルリオに詰め寄る。
勢い仰け反るベルリオに、ディンゼルは勢いを殺さぬまま…
「隊長! 貴方は隊長なんでしょう!?」
ベルリオの目が、思いっきり泳いだ。
右に左に揺れる目に映った物は、女装という苦楽を共にする仲間達。
女装達が、「しらばっくれろ」とジェスチャーしていた。
「お、おおう…なんの事デッショーカッ! ワタクシなんの事やらさっぱり」
酷い棒演技だった。
「隊長っ ばっくれようたって無駄ですからね!? 俺が何年隊長の背中を守ってきたと思っているんです? ここまでしっかり太刀筋を拝見させてもらえば、自ずと正体にも気づきますから!」
「気のせい、そう、気のせいではござらぬか!?」
「隊長、動揺のあまり口調がおかしくなってますよ」
「…しまった」
「――認めましたね?」
「っ!? しまった!!」
半ばこの光景を予想できてしまっていたスノウは、頭を抱えて逃げたくなった。
もしも身軽であれば、実際にサンドリオ達と共に逃げたであろう。
夜空の散歩という、鈴蘭の常識的にはあり得ない体験のせいで怯え、縮こまって震える鈴蘭さえいなければ。
小動物のようにふるふると震える、鈴蘭。
その一杯一杯の様子は、到底「急いでこの場を離れよう」と提案できる物ではなかった。
終いにはベルリオからずるずる芋蔓式の連鎖反応で全員の正体がばれた。
元々ディンゼルは王子と腹心三人衆が旅に出たという情報自体に懐疑的だったらしく。
察したが最後、スノウ達に言い訳やごまかしを差し挟む隙すら与えない。
麗しいきらきらの女装の前に膝を突いて。
女装王子スノウの前に、ディンゼルは恭しく頭を下げたのである。
「――我らが主、未来の君主。真白きエレカルスノウ・エドレスカ殿下」
真相の姫君にしか見えないとはいえ、生まれながらの高貴。
騎士が頭を垂れる前に佇むスノウの姿は、一幅の絵の如く。
崇高な気配を纏う、女装王子が其処にいた。
乱闘の最中、剣を持って武を示す『彼女』をずっと目の端で捕らえていた。
前々から、なんだかおかしいとは思っていた。
何がおかしいのか、確信を持てたのはあの日。
訓練場で、近くで『彼女』が剣を振るう姿を見た日。
あの時に、頭の中で閃くものがあった。
まさかそんなはずはない。
『あの人』がこんなことをするはずがないと思いながら。
その疑いを捨て去ることができず、目を離すことができなかった。
まるで粗を探すように。掴むべき尻尾を見逃さずに済むように。
そんな自分の行動に不信感をもたれたのは当然なのかもしれない。
だけどだからこそ。
この疑いを切欠に、逆に勝負をかけようと思った。
疑われているからには短期決戦で行くしかない。
チャンスを逃したら、追求できる機会を永遠に逃してしまう。
本当は見なかったふりをするべきだったのかも知れない。
だが、一度気になったからには追求しないではいられなかった。
今日のこの日、この機会を有効に使って。
俺は何とか尻尾を掴もうと決意した。
予想以上に化けの皮が厚くて苦戦したのは、予想外。
『あの人』の性格なら、もっと単純に簡単に行くと思った。
このままでは証拠を掴む前に今日が終わってしまう。
正直、焦っていた。
『彼女』に、気づくのが遅れてしまうくらいに。
そうして起きたハプニング。
だけど逆に、これが決め手になった。
共に戦う大きな背中。
赤いドレスの、その背中。
随分と変わり果ててしまったが、それは自分の見慣れたものと同一で。
見間違えるはずもない太刀筋に、俺はとうとう確信を掴んだ。
このドレスの大女は大女ではなく大男で。
そして自分達の従うべき長である、第三近衛の隊長その人なのだと。
この日、女装達の秘密が近衛騎士ディンゼル・グルーヴィアにばれた。
しかし真実を知ったことと引き替えに、ディンゼルは後悔を一つ得る。
口を噤んでいなかったことの代償を、彼は支払うことになったのだ。




